【フレイヤ・ファミリア】の老執事   作:織田三郎ノッブ

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2巻前編

「すみません、セバスさん。荷物持ちなどさせてしまって」

 

「いえいえ、お嬢様方にあまり荷物を持たせるわけにはいきませぬゆえ。お気になさらず」

 

「ねぇ?それより……リュー、いつもこんな道を通っているの?」

 

「ええ。道順を把握してしまえば、こちらの方が遥かに時間の短縮になります。シルが危惧しているほど不便ではありません」

 

「そういうことじゃないんだけど....」

 

「まぁ、彼女なら力量的に問題はないのでしょう。年若い女性がこの様な道を通るのは良くないのでしょうが」

 

セバスと豊穣の女主人亭のウェイトレス2人が深い裏道を歩いている。3人とも紙袋を抱えており、林檎を初めとした果実や野菜が袋の口から覗いていた。大方、買い出しの帰りなのだろう。彼らが会話をしながら歩いていると、前から人がやってきた。自分たちも人のことを言えないが、この道を人が通るのも珍しい。背かっこうが小さいしパルゥムだろう。そのまま、気にせず歩いて行き横を通り過ぎる。するとエルフの彼女が何か気づいたようだ。

 

「ー待ちなさい、そこのパルゥム」

 

立ち止まり後ろを振り向くと、パルゥムの背に言葉を投げかけた。

 

「袖にしまったナイフ、それを見せてほしい」

 

ピタリとセバスとシル、パルゥムと思わしき人物が足を止める、

 

「リュ、リュー?」

 

「....何故ですか?」

 

「知人の持ち物に似ていたので。もしよければ確認させてほしいのですが」

 

なるほど。そういうことですか。セバスはようやく状況が理解できた。おそらく、その友人とはいつもシルが弁当をあげている彼のことだろう。そして、彼女はおそらく神の恩恵をその身に刻んでいる。それも、LV3以上のものを。

 

「生憎ですがこれは私のものです。貴方の勘違いでしょう」

 

相手は要求を突っぱねると歩みを進めた。それで話は終わったかと思えたその時、

 

「抜かせ」

 

凄まじい威圧を放ちながら、否とその返答を真っ向から否定した。

 

「....ッ!?」

 

相対する人物はその威圧に晒され萎縮してしまっている。

 

「【神聖文字(ヒエログリフ)】が刻まれた武器の持ち主など、私は1人しか知らない」

 

追い討ちをかける様に威圧を発するエルフは言葉を続け、その人物へと歩き出した。

 

「動かないでください」

 

リューが歩みを進める度、恐怖が増しているのが伝わってくる。一歩、また一歩と彼女が近づき、距離が縮まっていく。パルゥムはとうとう堪えきれず、別れ道目掛け駆け出した。

 

「警告はしました」

 

曲がり角に入ろうとしたその瞬間、彼女はいつのまにか自らが抱える袋の中から林檎を取り出しており、走り去ろうとする人物目掛け投擲した。

 

「いぎっ!?」

 

炸裂する。

林檎を投擲とかナニヲイッテルノカチョットワカラナイがそれが神の恩恵。それが神時代である。というか、彼女はLV3ではなくLV4なのかもしれない。それか、『力』のアビリティが上がる系統のスキルを発現しているか。いや、詮索はよそう。豊穣の女主人亭は従業員が基本訳ありの様だし、キリがない。そう思考を完結させると、木っ端微塵に砕け散った林檎を一瞥し、視線をリューへと移した。パルゥムの足元に黒いナイフが落ちている。あの一撃で手にしていた物を取り落としたようだ。

 

「腹に力をこめた方がいい」

 

リューは既に足を大きく後ろに反らしている。足が振りぬかれ、パルゥムの脇腹を打ち抜く。

 

「ふぎゃあっっ!?」

 

悲鳴が鳴り響く。おそらく第2級冒険者と思われるエルフの蹴りだ。無理もない。すると、周囲にいたのであろう猫達がにゃーにゃー!と叫びを上げてどこかへ逃げ去って行った。エルフとヒューマンとドラゴニュートが呆然とする中、パルゥムは猫と同じ方向へと走り出した。思考が停止していた3人もパルゥムを追い始めるが、神の恩恵を受けていないヒューマンであるシルはどうしても2人より遅くなってしまう。そのことに気づいたセバスは彼女を両手で抱えた。LV7の身体能力であれば造作もない。

 

「え!?ひゃッ!、セバスさん?!!」

 

「危ないので、舌をかみ切らないようにしてください」

 

世間一般で言うところの『お姫様抱っこ』と呼ばれるものだ。恥ずかしいのか彼女は何か叫んでいるが、気にせず加速する。

 

「まさか逃げられるとは……」

 

リューさんに続いて大通りに出ると、噂の彼がそこに居た。

 

「あ、ベルさん」

 

シルはセバスに抱えられながらも、律儀に頭を下げる。

 

「今度はリューさんとシルさん!?な、何が起こってるんですか、一体!ていうか、お姫様抱っこ!?」

 

そういえばと気づき、シルを地面に下ろす。

 

「ああ、ちょうど良かった。実は貴方の.....」

 

そこまで言いかけたリューだったが、へたり込んでいる人物を見てすっと目を細めた。その人物は深く被ったフードの中で何かを呟いた。

 

「クラネルさん、どいてください」

 

「え、ちょ、ちょっと!?」

 

「ひゃっ!」

 

少年を押しのけたリューは、躊躇なくそのローブに手をかけフードをはぎ取った。あらわになる大きな瞳と、ボサボサの栗色の髪。そして獣の耳。恐怖で引き攣らせる犬人(シアンスロープ)の少女の顔をじっと直視したリューは、

 

「失礼しました」

 

と詫びてフードを戻す。

 

「な、何をしちゃってるんですか貴方は!リリ、大丈夫!?」

 

「は、はぃ....!」

 

「すいません、人違いでした。少々気が短くなっていたようです」

 

その少女は彼と知り合いのようだ。理解が追いついていない彼は、へなへなと地面に崩れる彼女を支えながら、顔を路地裏とリューの間で往復させた。

 

間を置かず、シルがリューに詰め寄る。

 

「リュ.....リュー!食べ物をあんな風に使っちゃダメ!お母さんに怒られるよ!?」

 

「それは、困ります.....」

 

「あのぅ、そろそろ説明をしてもらえると助かるんですけど.....」

 

その要求を受け、リューは率直にベルへ質問した。

 

「クラネルさん。貴方は今、あの黒いナイフを持っていますか?」

 

「あ、そうだった!?2人とも、上から下まで真っ黒なナイフを見かけませんでしたか!?」

 

思い出したように取り乱し始めたベルに、案の定と言った感じでリューは切れ目の全くない抜き身のナイフを懐から取り出した。

 

「これですか?」

 

「ーうあああああああああああああああああぁっ!!」

 

大歓喜。凄まじい大歓声に少女達は、思いっきり肩を跳ねさせた。

 

「ありがとうッッ!!本っ当にっ、ありがとうございますっ!!」

 

「.....クラネルさん、その、困る。このようなことは私ではなく、シルに向けてもらわなくては.....」

 

「リューなに言ってるの!?」

 

少年は感極まった顔で、がしっとリューの滑らかな白い手を自分の両手で包み込んだ。間近に寄せられた子供のような泣き顔に、彼女はらしくないほど狼狽する。シルの悲鳴を聞きながら、ごしごしと顔を拭うベルは漆黒のナイフを受け取った。

 

「あぁ、良かった.....。神様ゴメンナサイ、もう2度と落としたりしませんっ......!」

 

「落とした.....?」

 

彼がナイフを持つと、そのナイフは紫紺の輝きを帯びた。

 

「すいません、本当に。このナイフ、どこにありましたか?」

 

「あった、というより1人のパルゥムが所持していました」

 

「パルゥム?」

 

リューの返答に少年は目を丸くする。

 

「もしかして、さっきのは....」

 

「ええ、先程までそのパルゥムを追いかけ回していたのですがら逃げられてしまい.....この場にいた彼女を疑ってしまいました。すいません、私の早とちりです」

 

「早とちり、ってことは.....?」

 

「はい。彼女は犬人(シアンスロープ)のようですし。それに私が追っていたそのパルゥムは()()でした」

 

話を聞き終えたベルは「なるほど」とようやく納得した。

 

「身近に男性のパルゥムはいますか?何か見覚えは?」

 

「いえ、ないですけど.....」

 

「では、やはり貴方が落としたものをあのパルゥムが拾ったのでしょう。昨日、路地裏で貴方のナイフを見ていたのは僥倖だった。変わったナイフでしたので、少し見ただけでも見当がつきました」

 

「ああ、そういうことですか」

 

どうやら、昨日リューとベルは会っていたらしい。何があったのかは知らないが。それより、買い出しの途中なので先を急がなくては。予想外な出来事で時間を取られてしまった。買い出しに戻ろうと2人に言葉を投げかけようとしたその時、リューと話をしていた彼は不意にこちらを振り向いた。

 

「あの?お爺さんがあのときお金を払ってくれたんですよね?お礼を言いたくて、本当にありがとうございました。ミアさんにあの後の経緯を聞きました」

 

この様子だとミアはあの狼人の青年との諍いのことを少年には聞かせていないのだろう。この少年は私が【フレイヤ・ファミリア】の所属だと知っているような雰囲気ではない。まぁ、そっちの方が好都合だが。

 

「何、礼を言われる程ではありません。それに、お代は後々、ミアから渡されましたし」

 

そう。後日彼は払いに来たようでその時に代金を私に渡してくれるようミアに頼み込んでいたのだった。

 

「それでは」

 

路地裏に戻ろうとする私達のために道を開けたベルに別れを告げ、歩き始めるその去り際。シルが、おもむろに犬人の少女の耳に唇を寄せた。

 

「ー()()()()()()()()()()()()?」

 

「!!」

 

やはり女性は恐ろしい。耳に入ったその言葉を聞いて、そう思った。

 

シルは何事もなかったかのように立ち上がり、こちらに来る。リューが怪訝そうな顔をしているが、説明する必要はあるまい。次は何を買うのか彼女らに聞きながら、歩みを進める。もしかしたら、あの白髪の少年。ベルと言ったか。はその内、痛い目に合うかもしれない。彼は冒険者にしては優しすぎる。そんな未来を思いながら、セバスは楽しそうに会話をしている2人のウェイトレスを眺めた。

 

 

 

 

 

 

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