【連載版】えとろふびより ―艦娘社会更生法―   作:山の漁り火

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第一話 ふつつかものではありますが

 ――たまに昔の夢を見る。

 

 予報を裏切り、異常に荒れる海。高まる波と激しい揺れにこみ上げる吐き気。

 

「――深海棲艦!? 戦闘準備!!」

 

 雨に濡れながら叫ぶ同僚の海兵の声。彼が指し示す先を見ると、そこには海上に浮かぶ赤く光る眼をした()()らしき姿。

 その直後に凄まじい爆発音と共に船が大きく揺れる。

 

「敵の砲撃だ! 応戦しろっ!」

 

 その声と共に始まる激しい砲撃と銃撃戦。飛び交う銃弾と砲弾を避けて俺は必死に逃げる。

 

 ――突如、右足に赤く熱せられた鉄の塊を押し付けられたかのような熱さと痛みが襲い、俺は甲板へと倒れ伏す。

 

 敵の弾か、それとも味方の誤射か。そんな事は分からない。

 どくどく、どくどくと――赤くて暖かい液体が、太腿に開いた穴から溢れ出しズボンに大きな染みが広がっていく。

 

「嘘……だろ……畜生…っ!」

 

 熱い、痛い、こんな所で死にたくない――ただそれだけの思いで、敵の砲撃で傷ついた甲板を必死に這いずり回る。

 

 

 

 ――ああ、なんて情けない。

 

 両親に反対されてでも家を飛び出し、念願の海兵になった俺。

 

 それがどうだ。命を惜しみ、甲板を這いずる虫のような今の有様に涙が出る――

 

 

 

 ――これは、あくまで夢だ。気付いた時には場面は変わる。

 

 銃撃戦が止み、少しだけ静かになった甲板。

 俺は痛む右足を押さえながら、ただ一点を見て――いや、(にら)んでいた。

 

 尚も荒れる海上を(はし)るのは、果敢に……そして可憐に深海棲艦と戦う年端も行かぬ()()()()

 

「あれが、艦娘(かんむす)……」

 

 そう思わず呟いたのは、隣で負傷者に応急処置を行う衛生兵か、それとも俺自身なのか。

 今となってはよく分からない。

 

 ――なにせこれは過去の夢で()()()()。何もかもが曖昧だ。

 

 

 

 ……少なくとも、その時の俺は様々な感情が煮え(たぎ)っていたのは確かだが。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「――また、嫌な夢見ちまったな」

 

 この夢を見た後は、目覚めが悪い。

 海兵を辞めて二年が過ぎた今になっても、この夢は月に数回――多い時で週に何度も見る。

 最近は頻度も減ってはいるが、それでも気分はよろしくは無いのが正直なところだ。

 

「どのくらい寝たんだ……?」

 

 外はまだ明るい……というか少し眩しいくらいだ。

 近くに置いてあった目覚まし時計を見ると、そろそろ正午という時刻だった。

 

「いつもなら、夕方までグッスリなんだけどな」

 

 嫌な夢を見た日は、いつも眠りが浅い。困ったものだ。

 ぽりぽりと頭を掻いていると、次第に頭の中がはっきりとしてくる。

 

「……眠いっちゃ眠いが、もう一眠りって気分にもならねえんだよな」

 

 中途半端に目覚めてしまったお陰か。喉が渇いたので、水を飲むついでに顔でも洗おうと台所へと向かうが……。

 

 

 ――コン…コン。

 

 

「……ん?」

 

 部屋の入口の方から、小さく何かを叩く音が聞こえる。何の音……

 訝しげに入口に近づくと、その音の正体はすぐに分かる。

 これは……扉を叩くノック音だ。

 

「……誰だ?」

 

 ――コンコン。コンコン。

 

 小さなノック音が繰り返される。

 外に誰かが来ているのだろうか。扉の近くにはチャイムが設置してあるはずだが、それを鳴らさずに扉を叩いているのはなぜだろう?

 

「……猫か?」

 

 以前に野良猫が悪戯で扉を叩いていたのを思い出しながら、俺はノブを回した後慎重に扉を押した。

 

 ――ギィィイ。

 

 軋んだ音を立てながら、外開きの扉がゆっくりと開いていく。

 扉の目の前には人の姿も、人の声も無かった。

 

(――誰もいない。という事は)

 

 やっぱり猫の悪戯か。困ったものだ。

 ……とここで俺は()()がいる気配を感じ、ふと通路の左横に視線を移すと……。

 

「………あ」

 

 その視線の先――俺の部屋の扉と、通路に乱雑に積まれたダンボールの間のスペースにちょこんと座っていたのは、俺が予想していた野良猫(もの)では無かった。

 

「……ふぅ」

 

 そこにいたのは膝を抱え込んで座り込む、帽子をかぶった年端もいかない赤毛の少女。

 見たところ年齢は十歳程度――小学校の中学年くらいだろうか。

 少しくたびれた様子で俯く彼女は、小さく溜め息をついている。

 

 やがて俺の視線に気づいた彼女は、上方を向き俺の顔を見た。

 まじまじと俺の顔を見つめたまま、僅かな沈黙の後。

 

「……あ………」

 

 それだけを呟いた彼女はどこかほっとした表情を見せた。

 その彼女のあどけない顔には、俺は全くもって見覚えが無い。

 

 ――何処かで会っただろうか?

 

 ……仕事で?

 覚えがあるとすれば、警備員の仕事で小学校の校門前の道路工事に行った位だが……。

 俺がよく行く店――と言っても飯屋くらいだが――こんな子はいなかったはずだし、このアパートにもこの年頃の女の子はいなかったはず。

 

「……お、おう」

 

 そんな事を考えながら足元に座る謎の女の子に向けて、俺は返事にもなっていない返事をする。

 

「んしょっと……は、はじめまして」

 

 少女は通路の床からすくりと立ち上がると、俺に向けて挨拶をした。

 持ち物は桃色のリュックサックと、小さく(いかり)の模様が描かれたショルダーバッグのみ。

 手には買ったばかりなのか、新しめの地図を持っている。

 

(さて……)

 

 彼女は何者なのか、どうしてここにいるのか。それを尋ねようとした俺だったが……。

 そんな彼女から放たれたまさかの()()()()に、俺は思考を停止する事になる。

 

「私は海防艦娘、択捉(えとろふ)型一番艦“択捉(えとろふ)”です。ふ、ふつつかものではありますが……今日からお世話になりますっ!!」

 


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