【連載版】えとろふびより ―艦娘社会更生法―   作:山の漁り火

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投稿時間を変えてみます。


第二話 オムライス

「――そっか、チャイムは押せなかったんだな」

「は、はい。ちょっと届かなくて……それでノックはしていたんですけど」

 

 正午を過ぎた住宅街を、俺は年端もいかない少女――択捉(えとろふ)と名乗った艦娘(かんむす)と歩く。

 初夏ではあるが、本日は真夏並みに日射しが強い。

 半日かけてその日射しを浴びたアスファルトは十分に熱せられ、その上を歩く俺たちに熱をじわじわと伝えてくる。

 

「……何時に俺の家に着いたんだっけ?」

「えっと……確か九時くらいだったと思います……」

 

 とすると約二時間半くらいか。

 俺が帰って来たのはその一時間くらい前だから……たぶん俺が寝てすぐにこの子は部屋の前に着いたんだな。

 

「すみません。ちゃんと事前に連絡しておけば良かったんですけど」

 

 そう言って択捉は申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 ……申し訳ない気分になるのはこっちの方である。いやホントに。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 ――さて、俺が択捉とこんなクソ暑い町中を歩いているのは、昼飯を食べるためだ。

 

「ふつつかものですがよろしくお願いします!!」

 

 いくら艦娘とは言え、見ず知らずの幼い少女に突然そんな事を言われても事情がさっぱり分からない。

 なんのこっちゃと詳しい話を聞く前に、もうお昼時であるからまずは腹ごしらえを……と思い、我が家の冷蔵庫を開けたら何も無い。

 

 入っていたのはパック半分ほど残った牛乳と、酒のつまみにと思い買ってきた魚肉ソーセージ……の残りが1本のみ。

 

 見事なまでに何も無い。

 そもそも何も無いのが分かっていたからこそ、今朝はコンビニで食料(あさめし)を調達していたわけなのだが。

 

「……外に飯食いに行くか」

 

 もはや迷うまでも無かった。

 俺の提案に、冷蔵庫を興味深そうに覗き込む少女も「はい」と言って頷いた。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 汗を掻きながら約十分ほどの道のりを歩いてやってきたのは、俺が行きつけにしている小さな食堂である。

 

 “御食事処 迅鯨(じんげい)”とガラスの表面に白い文字で描かれた引き戸。

 俺が取っ手に力を入れると、ガラガラとだいぶ年季の入った音を立てながら、戸が横にスライドしていった。

 

「おっ、すずし――」

 

 店内の冷えた空気が不意に俺の顔を擦り、俺は思わずほっとした気分になる。やっぱり今日の陽気は初夏というには暑すぎるらしい。

 

「あら、いらっしゃい」

 

 そう言って俺たちを笑顔で出迎えたのは、この小さな食堂のおかみさんである。

 白いエプロンと赤いバンダナを巻いた、笑顔が素敵な女性。年齢は四十代前半という事だが、顔も体型もだいぶ若々しく見える。

 ……と、一緒に店に入ってきた択捉の姿を見て、彼女は少し訝しげな顔をして俺に尋ねる。

 

「誰だいその子」

「ん、あー……昔の()()()()……みたいなもんかな」

 

 とりあえずそういう風に答えておいた。

 艦娘は海軍の所属なのだから、俺の言うことは間違ってはいない。

 

 ……まあこの子とは、基地や戦場(げんば)では会った事も無いはずだけど。

 俺は訓練期間を終えた後は、殆ど巡視艇での船上勤務。彼女は艦娘を運用するどこかの“鎮守府”に所属していたのだろうから。

 

「……お嬢ちゃん、お名前は?」

「はい、択捉(えとろふ)と言います!!」

「……ふーん。 まあいいでしょ」

 

 俺達二人を見比べた後に一言呟いて、おかみさんは空いていたテーブル――といっても俺達以外にまだ客はいないのだが――へと案内し「お冷やだよ」と静かにコップを置いた。

 

 おかみさんは俺の()()()()を知っている。

 択捉が艦娘である事も伝えなかったし、おかみさんからも深く追及は無かったが……とりあえず今の説明で納得はしてくれたらしい。

 まあおかみさんに説明しようにも、残念ながらまだ自分も彼女の事情についてはさっぱり分からないのだ。

 食事の後に択捉に詳しい話を聞き、その上でおかみさんには後日改めて伝えるとして、今日の所はさらっと流して頂きたい。

 

 そう思いながら、俺はテーブルの傍らに置かれていたメニュー表を開く。

 

「日替わりランチ……はそっか、土曜だから無いのか」

 

 メニューを眺めるが、この食堂の人気メニューである日替わりランチは平日のみ。

 ちなみに値段は580円。ボリュームもそこそこで昨今の物価の値上がりに対してなかなか良心的な価格である。

 

「ごめんねぇ。でもそれ以外のメニューならどれでもイケるよ」

 

 そう言っておかみさんは壁に掲げられたメニューの一覧を指し示す。

 

 

 ――野菜炒め定食680円。

 

 ――豚の生姜焼き定食780円。

 

 ――ミックスフライ定食880円。

 

 

 ……うーむ。今日の気分は生姜焼き定食だろうか。

 ひと眠りしたせいか、腹も良い具合に空いている。ちょっとばかりガッツリした物が食べたい気分なのだ。

 さて、択捉は何をご所望だろうか……と、テーブルの向かい側をちらりと見ると、彼女は真剣な顔でメニュー表とにらめっこしていた。

 

「どうした? 別に何でも頼んでいいんだぞ」

「いえ、そのあの……迷ってしまって」

 

 俺に問われて択捉はしどろもどろにそう答える。

 

「値段なら気にしなくていいぞ。……まああんまり高いのは困るけど」

「は、はい……でもこういう……食べる物を選ぶってのはあまり経験が無くて」

「そうなのか?」

「はい。私のいた鎮守府(いえ)は毎日献立が決まってましたし……」

 

 なるほど、そういうもんか。

 確かに鎮守府の宿舎での暮らしとなれば、食べる物は大体決まっている。

 休暇で外出でもしていれば食事をする機会もあるのだろうが――空母級の艦娘がおめかしして外出している姿を、海兵だった頃に一度だけ見た事がある――択捉を見れば分かるが、海防艦娘は他の艦娘に比べてだいぶ……いやかなり幼く見える姿をしている。

 

 連日のように良からぬ輩による事件も報道される昨今だ。

 外出先での余計なトラブルを防ぐ為にも、単独で外に出る機会もなかなか無かったのだろう。

 

(さて、となると何を食べさせたら良いのやら)

 

 目の前に一旦置いたメニュー表を再び手に持ち、択捉と一緒に頭を悩ませる俺だったが……。

 

 

 

 

 

「――オムライス。食ってみるか?」

 

 厨房の奥からぬっと顔を出し、白髪頭の店主がぼそりと呟いた。

 

 

 

 

*

 

 

 

 

「わあ……」

 

 目の前に置かれた()()を見た択捉の瞳は輝いていた。

 真っ白な大きなお皿の上に、ででんと築かれたチキンライスの小山――表面は薄焼き卵に覆われて、少な目ながらもケチャップがかけられている。

 付け合わせとばかりに、お皿の傍らには赤色のウィンナーとブロッコリー。

 山の頂上には、ご丁寧にも日の丸の旗が突き立っている。

 

「……冷める前に食っちまいな」

「は、はい! いただきます!!」

 

 店主にそう促され、銀色のスプーンを装備した択捉は果敢にオムライス山攻略作戦を開始した。

 

「おいしい……です」

 

 彼女は小さな口にスプーンで掬ったチキンライスを放り込み、もぐもぐと口を動かしては呑み込んでいく。そして再びスプーンはチキンライスの麓へと……。

 美味しそうに頬張る択捉の様子に、おかみさんもニコニコと笑っている。

 

 ――こう見ると、やっぱり年相応だな。

 

 しかしまあ食堂にこんな小洒落た裏メニューがあったとは、知らなかった。

 

「……久々に作った。今はもう息子も娘もすっかりデカくなっちまったからな」

 

 俺の心の中を読んだかのように、おかみさんの横で腕組みをする店主がでそうボソリと呟く。

 店主とおかみさんの間にはお子さんが二人いる。確か今は大学生と高校生だったはずだ。

 この洒落たオムライスも、元々は子どもたちの為に作り方を覚えた物なんだろうな。

 

 ――心なしか、いつもはぶっきらぼうな店主のオヤジさんの口角も少し上がっているように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そういや、俺の生姜焼き定食は?」

 

「……今作る」

 

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