【連載版】えとろふびより ―艦娘社会更生法― 作:山の漁り火
――戦争は終わった。
深海棲艦の
残された深海棲艦もその統制を喪い、ハワイ沖に集結していた群れは散り散りとなった。
その後の各国海軍による執念の追撃により、その数は更に減る。
だが、その追撃から見事に逃げおおせた個体は少なくはない。
そもそもハワイ沖に集結せずに自らの支配する海域に留まっていた個体もおり、その生き延びた個体同士が合流し、再び群れを作り始めたという報告も出始める事になる。
しかしながら――決して放置は出来ない存在ではあるが、これからは以前よりも小規模の艦艇や艦娘の部隊で彼らに対応できるだろう――というのが、概ねではあるが各国間で共有している見解であった。
こうして各国の協議の結果、七つの海に展開していた各国の艦艇は段階的ではあるが本国の港へと帰還していく事になる。
軍艦は展開しているだけで金が掛かる為、人類を脅かす強大な敵が消えた以上は当然の流れではあった。
なお“一斉”にではなく“段階的”なのは、各国の軍事バランスを考慮した政策であり。
『任務を終えた大半の艦艇が母国へと無事に帰還す』と報道されたのは、“オペレーション・ゼロ”から約半年後の事である。
……さて出動していた艦艇については蹴りが付き、世界が落ち着きを取り戻しつつある中で……決して見逃しようのない問題が浮上してくる。
それは“
*
――敢えて、誰も深くは考えなかった。
いや、考えないようにしていた。
それとも、目を逸らしていたというのが正しいのか。
世界を一時存亡の危機へと追い込んだ深海棲艦。その対抗兵器として生み出された
彼女たちは
我が国でも、国民がその異様さにようやく気付き始める。
*
海軍の艦艇の帰還と共に、艦娘たちもその多くがそれぞれの母国へと帰還していった。
我が国の艦娘たちも、自らが所属する“鎮守府”と呼ばれる母港へと続々と帰還する。
そしてひと時の休息を得た彼女たちは、すぐさま彼女たちの上役から自らの去就を決めるように……と決断を迫られることになった。
――深海棲艦との戦いで生き残った艦娘たちを引退させ、社会へと送り出す。
これは“艦娘社会更生法”が施行される前から、政府と海軍の間で概ね決まっていた方針だった。
*
――ある艦娘は「私にはまだ戦う理由がある」と告げ、鎮守府に残る事を決めた。
――ある艦娘は、彼女等の指揮官であった“提督”と呼ばれる軍人と結婚し、家庭を築いた。
――ある変わった事例では、何人かの
こうして艦娘は自らの意思で軍に残留するか、または新天地へと旅立っていく。
*
――問題は、一部の駆逐艦娘や海防艦娘である。
艦娘の開発に携わった海軍の研究室曰く――
その
戦艦であれば、強力な巨砲と装甲に相応しき強靭な肉体を持つ者。
航空母艦であれば、数十もの航空機を扱えるだけの状況判断能力と、しなやかな肉体を持つ者。
艦船に相応しい依代が海軍によって慎重に
なお求められる条件に合わない力を手に入れた依代は、身にそぐわぬ力に振り回された結果……最悪の場合は命を喪うという。
そして、小型艦である駆逐艦や海防艦の依代となる者は――
――より
従って大半の駆逐艦娘や海防艦娘は少女の姿であった。
生体兵器となった彼女たちには、法律上“保護者”と呼ばれる存在はいない。そんな彼女たちを、そのまま世に解き放つことは倫理上
また、去就をどうするかを自分で判断出来ない子も多かった。
そこで海軍は行き先の決まらない艦娘たちを収容可能な“保護施設”を造ろうと考えた。
各地の鎮守府に散らばるよりは一か所に集め、彼女たちの去就が決まるまではそこで
別の言い方をすれば問題の先送りとも言う。
しかしこの考えは女性議員を中心とした国会議員の超党派により猛反発を受ける事になった。
曰く「保護施設とは何事か」と。
深海棲艦と戦ってくれた彼女たちに教育の機会を与え、社会へと羽ばたかせるのが我々銃後の役目では無いかと。
その意見を聞きつけて、深海棲艦の脅威が去り冷静になったマスコミや国民も騒ぎ始める。
こうして全てはひっくり返った。
マスコミに散々叩かれまくった海軍と内閣主導の会議が大慌てで開かれ、集められた有識者がそこで様々な議論を交わし、幼い艦娘たちを穏やかに社会に復帰させるべく政治は動き出した。
――やがてそれは“艦娘社会更生プログラム”と名付けられ。
――約半年前に“艦娘社会更生法”として成立。そして異例の早さで施行される事になる。
*
「――私は、その『艦娘社会更生プログラム』の第一期生です」
ずっと話していて喉が渇いたのか、択捉は手に持った缶を傾け、缶の中のジュースを小さな口の中にこくりと流し込んだ。
それに釣られて俺もテーブルの上の缶を持ち口を付けるが、缶に半分ほど残っていたコーヒーはだいぶぬるくなっていた。
「……それで、今までは軍の更生施設にいたんだな」
「はい。そこで日常生活と社会生活に関する知識を半年掛けて習得しました」
択捉と同じ基本教育を受けたのは、その更生施設にいる駆逐艦娘及び海防艦娘の三分の一程度。
そして半年間の教育で問題無しと判断され、プログラムの第一期生に選ばれたのはその中でも数人しかいないという。
「プログラムの第一期生に課せられた最後の任務……いえ研修内容は『実際に社会生活及び日常生活を送る』事です」
第一期生を一般家庭に送り出し、そこで問題なく日常生活と社会生活を送れるかどうかのモニタリングを行う。
択捉が誰の案内も受けずに俺の住むアパートへやって来たのも、『日常生活で使用する交通網を利用して目的地に辿り着けるか』という、ある種の試験であるという。
彼女たちの生活の状況は、定期的に海軍の担当部署へとレポートとして報告されるらしい。
そして問題が無い事が判断され次第、プログラムの第二期生が続けて研修を開始する……という手筈とのこと。
そして何故その一般家庭として俺の家が選ばれ、彼女がやって来たかと言えば……
「『軍の知り合いから距離を置いており、しかしながら軍とはある程度の繋がりが維持できている人間』がモニタリング対象として最適との事です。初回ということもありますので」
――確かに
ただ退役軍人かつ傷痍軍人である為、恩給を貰う上で海軍とは定期的な連絡は取っていたし、今も手紙が来ている。
……先日届いた手紙は忙しくてまだ開封もしていないが。
択捉曰く、他の第一期生も似たような条件の家庭に向かっているらしい。
元自衛隊員の祖父がいる三世代の家庭が選ばれたり、元海軍関係者の母と子一人のシングルマザーの家庭が選ばれたりと、微妙にシチュエーションは違うようだが。
とにかく、艦娘の今後の為にも様々なサンプルが欲しいというのが軍の意向らしいが。
「……なるほどな」
長い択捉の話を聞き終えた俺は、背筋をぐっと伸ばしながらそう呟く。
俺達が座る四阿の外に見える空は、憎らしい程に雲一つない晴天だった。
「――突然やって来た上に、
択捉は俺に向かって姿勢を正した上で、此方の目を真っ直ぐに見て静かに告げる。
「……ですが、私をどうかあなた様の家に“研修生”として受け入れていただけますでしょうか」
*
「……とりあえず、その海軍の担当部署に電話だな」
担当者と話す内容は、当然“お断り”の連絡である。
……いや、確かに択捉の話は聞いたけども。
いきなりやって来た艦娘を
「なるほど、それなら今日から俺たちは家族だ。よろしく頼むぞ!(涙ながらに抱きしめる)」
……なんてテレビドラマみたいには受け入れられませんて。
そもそも俺は、日々の生活で精一杯の一人暮らしである。
警備員という仕事の関係上、夜勤もある為生活は不規則。
実家とは親父と大喧嘩して、半ば勘当同然で飛び出してから折り合いが悪く、今もまともに連絡を取れているのは、お互いに携帯番号を知っている妹とのみ。
この街に引っ越してきてからは、悲しい事にプライベートな人付き合いも殆ど無い。
そんな俺が、いくら艦娘とはいえ少女と一緒に暮らす?
……あり得んだろ。
どう見てもお互い不幸になる結末が待っている。
ここは彼女には申し訳ないが、身を引いてもらった方がいい。
俺はそう決意した。
*
――なお択捉に連絡先を聞き、早速担当部署に電話してみるも
「担当者が本日は休日で不在の為、月曜に改めてご連絡ください」
とのこと。
*
「……お役所仕事だなあ」
俺は思わず空を見上げて唸り、そして隣で不安そうにする択捉に気付いて思った。
――せめて今夜と明日の夜の彼女の寝る場所だけは確保しなきゃな、と。