第三十八話 障害
むかし、大きな戦がありました。数百年以上の長きに渡って続いた古代ベルカ戦争。
その終焉には、古代ベルカの土地を人の住めない場所に変えてしまった忘れ得ぬ戦。そんな戦乱の歴史は、たくさんの命と可能性を奪いましたが、同時に、様々な物を生み出しました。独自の魔法や技術、そして武器や兵器。
忌まわしい記憶として消えてしまったもの。今も受け継がれているもの。大きな戦争のない時代になって、暦が新暦を数えるようになってから、もうじき80年。世界は概ね平和ですが、尽きることのない事件や災害と、今も、戦い続けている人たちがいます。
ーミッドショッピングモールー
ここはショッピングモールフィリーズ。ミッドチルダが誇る巨大なショッピングモールだ。様々な店があり、そこだけで日常的な生活に必要なものは全て揃うと言っても過言ではない。
さて、そんな中には宝石店なんかもある。その宝石店の前でうろうろそわそわと、落ち着かない男性が一人。
珍しく一人で出歩いている橘アキラだ。
「……」
「ん?」
アキラに気づいた誰かが、後ろから声をかけた。
「久しぶりだな。橘アキラ」
「うおわっ!!!!」
予想以上に驚いたアキラに、声をかけたシグナムも驚く。声をかけてきたのがシグナムだとわかると、アキラはほっと胸を撫で下ろす。そしてため息をついた。
「なんだ……あんたか………」
「ああ、私だ。アキラ陸曹…あ、今は二尉だったか。今は一体こんなところで何をしてたんだ?ここは………宝石店?」
「あ、いやっその………」
なにか言い訳を探そうとするが、そんな経験がなくて良い言い訳が思い付かず慌てるアキラを見て、シグナムはクスリと笑った。そして店頭のショーケースに置かれている指輪やネックレスを見ていう。
「見たところ、ギンガへのプレゼントといったところか」
「あ……いや、その………ああ」
全て見透かされているのだろうと思ったアキラは、誤魔化そうとするのを諦めた。
「理由はだいたい想像がつくが、ギンガにプレゼントを贈りたくて来たはいいものの、入ったことがない店で緊張してたってところか?」
アキラは完全に動きを止めている。100%図星だったようだ。その様子を見ると、シグナムは顔を逸らして口元を押さえる。
「ククク………っ!くっくっ」
「な、なに笑ってんだよ!悪かったな!宝石屋に入る度胸もなくて!!!!」
「いや、昔に比べると、ずいぶんお前も丸くなったと思ってな」
シグナムに言われ、アキラは首を傾げて考える。アキラ本人としては、丸くなった気がしてなかったからだ。だが、あのシグナムが笑うくらいだ。ギンガのおかげでここまで丸くなれたんだと、アキラは実感する。
「ところで、なんでプレゼントを渡そうと思ったんだ?」
「さっきだいたい想像がつくがって言ったじゃねぇかよ………それはまぁ……その……」
アキラが理由を言おうとした瞬間だった。アキラ達がいる階の上、27階が突然爆発した。二人の表情は一気に仕事モードに変わり、爆発した場所を見る。
「!?」
「なんだ!」
アキラは急いでバリアジャケットを纏い、シグナムと共に走り出した。
「シグナムさん!!あんたは上の階の避難誘導頼めるか!管理局制服着てる人間がやった方が進みが早い!」
「わかった、お前は」
「爆発ってことは犯人がいる可能性がある!氷結魔法で消化しながら爆発の原因を調べる!」
アキラは非常用の階段を駆け上がりながらギンガに連絡をとった。
「ギンガ!」
[あ、アキラ君。今どこにいるの?まだ仕事中……]
「悪いが事情はあとで話す!緊急事態発生だ!ショッピングモールフィリーズにて爆発が発生。恐らく最近頻発してる事件と…フォルスやヴァイゼンの事件と関連性がある!」
[ええっ!?]
「一応消火活動には当たるが、もしかしたら犯人がいる可能性が……うぉわ!!!」
◆◆◆◆◆◆◆
[ザーッ…………]
通信がきれた。画面の前でギンガは少し唖然としていた。そして、一気に何処かへ向かってダッシュし出す。
ー部隊長室ー
「とおっさんっっっっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!」
ゲンヤが部隊長室でコーヒーを飲んでくつろいでいるところに、ギンガがドアをブチ破る勢いで部屋に飛び込んできた。ゲンヤは心臓が止まりそうな勢いで驚き、コーヒーを噴き出してしまう。そして、近くにあったティッシュを掴んで口元をおさえながらむせた。
だがしかし、ギンガはそんなこと気にせずにズカズカと部屋の中に入ってくる。
「今すぐアキラ君の部隊に出撃命令を!!!」
「げほっ!ごほ!どうした急に」
「アキラ君から先ほど連絡がありました!ショッピン…」
ギンガが説明し終わる前に、警防隊からの連絡があった通信室が先に放送を始める。
[緊急事態発生!ミッドチルダ南部、ショッピングモールフィリーズにて爆発による火災発生!出撃命令が出る可能性があります!武装隊はいつでも出撃可能にしてください!』
「部隊長!」
放送が終わるのと同時に通信室の隊員が部隊長室に飛び込んできた。そして現状を報告する。これまで起きていた爆発事件と類似性があること、まだ開催前だったイベント会場にて事件が起きたことを報告した。
「そうか……わかった。ところでギンガ、アキラはどうした」
「そのアキラ君が今ショッピングモールにいたらしくて、でも、急に通信が途切れて……心配になったからここにきたんです!」
「なるほどな……まぁあいつなら大丈夫だろ。よしギンガ、これから警防と連携とって現場での犯人確保と現場の収集つけにいってくれ。これが最近続いてる事件と関連があったら本格的に捜査開始だな。執務官とも連携をとる。いいな」
「「了解!!」」
通信係の隊員と共にギンガは部屋を出た。一人になったゲンヤは、クイントの写真に語りかける。
「はぁ……なぁ、クイント。スバルはまだわかんねぇけどよ。とりあえずギンガは、いい旦那をもらえそうだぜ。いや……もうもらわれてる…かな」
ーショッピングモールフィリーズ 非常用階段ー
「いてて……なんで階段が崩れたんだぁ?」
アキラが非常用階段で次階に駆け上がっていた最中、突然踊り場が爆発し、その爆発に巻き込まれたアキラの通信機は故障してしまいギンガとの通信が途絶えたのだ。
「あーあ。また新しいの買わなくちゃだな…まぁちょっと階段が崩れたところで…」
アキラは落とされた階からひとっ飛びで目的の階の非常ドアがある踊り場まで筒抜けになった部分を抜けて着地する。そのまま勢いでドアノブを掴むと、予想以上に熱く、反射的にドアノブを離してしまう。少しだけ氷結魔法を使いながら手のひらを冷ます。
「あっつ………頼むから扉の向こうに誰もいないでくれよ……っ!!!!」
アキラは全力で重たい非常用のドアを蹴り破った。ドアは先の壁に叩きつけられ、突き刺さる。イベント会場は既に炎に包まれていた。幸い、人の少ない時間だったため、この部屋には逃げ遅れなどは見当たらない。アキラは刀を構えた。
「氷刀一閃…………円陣舞!!!!!!」
刀を自分を中心に、円を描くように降り切り、周囲に氷結魔法を放つ技だ。部屋の壁、床、天井が凍りつき、消火される。アキラは近くにあったイベントの案内パンフレットを拾い上げた。
「古代ベルカ美術展………誰かが何かを狙って事件を起こしたのか?」
アキラはパンフレットを懐にしまってその部屋を出る。と、同時に炎の渦がアキラを襲った。だいぶいたるところに炎が広がっているようだ。アキラは逃げ遅れがいないか確認しようとした時、奥で声が聴こえた。
「ヒィィィ!!!!」
「!!」
[答えてください。あなたにそれ以外の選択肢はありません。イクスのありかを…答えてください]
「し、知らねぇよ……」
バイザーをつけた人物が、イベント会場の開催者であろう初老の男性の首を掴んで壁に押し付けている。。アキラはディバイダーを出現させ、銃口を向けた。
「動くな!!!怪我したくなかったらその人を離せ」
[………時を経て、兵士たちもずいぶん様変わりしたようですね]
「あ?なに言ってやがる?」
アキラが聞くが、返答しようとはしない。犯人と思われる女はそのまま男の首の骨を折る。アキラはそれを見た瞬間、ディバイダーで魔力弾を発射した。
[左腕武装化。形態、戦刀]
「!?」
女は左腕を刀に変え、アキラの玉を全て弾く。
(何かの変身魔法かなんかか!?いや、それよりこいつ………)
女は俊敏な動きでアキラが連射する魔力弾を回避しながらアキラに接近して行く。まるで変幻自在のスライムでも撃ってるかのようだ。女は一気にアキラの足元に移動すると、下から切りかかってくる。アキラはディバイダーの刃でそれを受け止めるが甘かった。女は右手も刀に変えて再び切りかかった。アキラは軽い氷結魔法を刀にぶつけて軌道をズラした。そして、女の腹部に膝蹴りを決めてバックステップで距離をとる。
アキラが着地すると同時にアキラの足元に血が数滴垂れた。軌道をズラしたのはいいものの女の刀はアキラの目に命中していた。しかもちゃんと見える左目だ。右目の視力は、クローンの記憶と共に少しずつ戻ってきていたが、まだ視力は0.5にも及ばない。
「ぐっ……よりにもよって見える方の目を…………だが、逃がすわけには……」
アキラがどう対抗しようと考えた時、窓の外から誰かが窓ガラスを割って入ってきた。
「!?」
「紫電一閃!!!!!!」
シグナムだ。彼女は入ってくるやいなや紫電一閃を放ち、近くの壁を崩した。
「大丈夫か?」
「シグナムさんか………すまん、全く見えねぇ」
先ほどギンガに通信を取ったところ、シグナムはすぐに助けに言ってくれと頼まれたので仕方なく来たのだ。
「もうすぐお前の隊が到着する。私はお前を助けに来た」
「だが、俺の隊の奴らで相手になるかどうか………」
「自分の隊を信頼しろ。いくらなんでもその状態じゃ不利だ」
アキラはシグナムに説得され、シグナムの肩を借りながら現場を後にした。
ー二番ヘリポートー
アキラは108部隊のヘリが現場付近まで飛んできたヘリポートまでシグナムと一緒に来ている。そして、到着するやいなやギンガに飛びつかれた。
「アキラ君!良かった無事で………急に通信がきれたから心配でしんぱ……その目……」
「大丈夫だ。ちょっとミスっただけだって」
「じゃあやっぱりこれは……」
「ああ、犯人がいる。事故なんかじゃねぇ」
続く