「あなたは、何?どうしてマリアージュにならないの?」
「……………マリアージュ?こいつらのことか。何だかよく分からんが、俺の名前はアガリアレプト。プロジェクトAと言う実験で生み出された、ただの肉体だ…………いや、だった……か」
「そう、じゃああなたもきっと、マリアージュやゆりかご同じ目的で作られたのかもしれない……」
「俺は失敗作で、命が吹き込めずに廃棄された筈だが……お前らのことだけは知っていた。だからここにきた」
「私が……ううん、マリアージュが蘇らせた……ところで、命なき肉体だったはずなのに、記憶があるのと、マリアージュにならないのはなぜ?
」
「確か……………それは……………」
「…………ん…………ラさん………………アキラさん!」
「ん!?」
アキラが目を覚ますと、目の前にはディードがいた。アキラが無限書庫に来て手伝いを始め、ヴィヴィオが来て、解読のためにルーテシアと回線を繋いだところまでは覚えているが、アキラにはそれ以降の記憶がない。どうやら眠ってしまっていたようだ。
「大丈夫ですか?」
「あ…………ああ。すまん、仮眠はしたんだが、まだ眠かったみてぇだ」
(今のは、夢?)
「ルーお嬢様とアギトが解読終わらせてくれました」
「そうか、どうだった?」
別次元にいるルーテシア・アルピーノとアギトはかつてジェイル・スカリエッティのもとにいた時、古代ベルカ文字の文法などを習っていたし、目覚めた母親と与えられた場所で生活しているときによく勉強をしていたので解読は得意だった。
「あ、アキラさん久しぶりです」
「オッスー」
画面の向こうで楽しそうにやっているルーテシアをアギトをみてアキラは少し安心する。
「ああ。どんな感じだった?」
「なんか物騒な感じ………いい?」
「読んでくれ」
ルーテシアは頷いて翻訳をメモした紙に目を移す。アキラは眠っていたのでまだルーテシアに渡された本文を見ていなかったのでそちらを見た。だが、不思議とアキラには読める気がした。
「読むね…………死者たちによって構成される多数の軍列、死した敵兵を喰らいその数を増やし、戦場を焼け野に変える。それがマリアージュ。ここ、削れてて名前がわからないんだけど………◆◆◆によって構成されたそれは無限に増殖し続け、その進軍を止めることは不可能」
「ということは、増殖兵器!?」
「古代ベルカにそんな技術が…………」
「まぁ、アルハザードが現役だった時代だからな」
それぞれ驚きの思いを口々に出している中、アキラはなにか引っかかり感じていた。なにか懐かしいような、自分とは別の記憶があるような、妙な感じに。
「あ、この間キャロがプレゼントしてくれた掘り出し物の希少文………それに似たようなことが書いてあった気がする」
「本当?」
「うん、ちょっと待ってて探してくる」
「…………………」
何やらぼーっとしているアキラにオットーが気づく。
「どうしました?」
「いや、さっきお前らが聞いたイクス………なんか思い出せそうなんだ」
「本当ですか?」
オットーがより深く聞こうとした時、ルーテシアが本を見つけ、戻ってきた。
「えっとね…………冥府の王」
その名前が出てきた瞬間、アキラはハッとして口を開いた。
「「冥王」」
ルーテシアと声がハモる。
「アガリアレプト」
「イクスヴェリア」
だが、ハモりは一瞬だった。ルーテシアは「アガリアレプト」と言い、アキラは「イクスヴェリア」と言った。二人は互いの顔を見合わせる。
「イクスヴェリア?」
「あ…いや、何でもない…………一瞬なぜかその名前が出てきてな………続けてくれ」
場の混乱と停滞を避けるためにアキラはすぐに自分に構わず進めるように言った。ルーテシアは少し戸惑いながら頷くと、続けた。
「冥王、アガリアレプト。戦史時代の王様の名前。ヴィヴィオ、試しにこの名前で絞り込んでみて」
「うん、絞り込み検索……冥王アガリアレプト。戦史224年生誕、古代ベルカ、ガレア王国の君主」
「戦乱と残虐を好んだ、人の屍を使った兵器を駆使し、近隣諸国を侵略したとされる。古代ベルカ語で死体を意味するマリアージュと呼ばれる死体兵器とその製法は、聖王家の戦船やゆりかごに同等のオーバーテクノロジーによるものと考えられる………」
「きな臭いね」
アキラはそれを聞くとヴィヴィオに尋ねる。
「なぁヴィヴィオ。文献はそれだけか?他になにか………ないか?」
「うーん、とりあえず冥王アガリアレプトで検索してヒットしたのはそれくらいですけど……どうしてですか?」
「なんか、その文献に書いてあることをなんていうか、本能的に否定してて受け入れられないっていうか………」
「なにかご存知なんですか?」
「いや……」
「あーーーーーーー!!!!!」
突然、画面の向こうのアギトが叫んだ。その声に、全員が振り向く。なにか重要なことを思い出したようだ。
「ルールー、あたしら聞いてるよトレディア・グラーゼって名前!」
トレディア・グラーゼ。最初にマリアージュを発見したとされる今回の事件における重要な容疑者だ。ヴィヴィオは回線を開いた時に一番最初にルーテシアとアギトにトレディアについて聞いていたのだ。
「え……どこで?」
ルーテシアはまだ思い出せない様子だ。
「ほらあれだよ!あの変態博士の研究所!!」
「あっ……」
「ドクターのラボで?」
オットーとディードが反応したが、知ってる様子ではなさそうだ。
「ああ、二人の稼働するずっと前だったから」
「なんか話してたよね……」
「そういうことでしたら、クアットロ姉様より上の姉様、それかドクターご自身なら知っているかと」
「そうか………オットー、この情報を急いでティアナに、ディードはギンガに頼む。ギンガには、すぐ戻るから待っててくれって伝えてくれ」
「はい」
「お任せください」
「じゃあこっちも急ぎ資料まとめちゃおう!」
「翻訳、手伝うよ」
それぞれが準備に取り掛かる。アキラは軽くため息をついて無限書庫を後にしようと出口に向かう。出口にたどり着く直前、通信機が鳴った。
「ギンガ?どうした?」
[あ、アキラ君。実は、さっきディードから連絡あったからこれからスカリエッティのところに行こうと思うんだけど]
「ああ、俺も無限書庫から直で向かおうって思ってたんだ。それで?」
[チンクとセッテが一緒に来たいって………いいかな?]
これくらいのことはギンガだけでも決めれるが、あくまで隊長はアキラなのでその許可申請のためだ。アキラは少し悩む仕草を見せたあと、すぐに頷く。
「……………別に構わねぇよ。ただ」
[ただ?]
「念話等の遮断、必要以上の会話はさせない。あいつらを信用してねぇわけじゃねぇが、念のためな。手間かけて悪りぃが二人迎えに行ってくれ」
[うん、ありがとう]
通信を終えると、今度こそ無限書庫を出ようとしたアキラの視界に、出口付近の本棚にある一冊の本が目に入った。
「……………」
試しに手に取ると、それは古代ベルカ語で書かれている本。本というよりは実験の記録のように見えるものだった。アキラはそれをパラパラとめくり、しばらく眺めたあとヴィヴィオ達のもとにUターンした。そして、一人でヴィヴィオの取り出した本の内容をチェックしているディードを捕まえる。
「アキラさん、どうしました?」
「ディード、それが終わったらでいいんだが、これを丸々コピーしてあとで俺に送ってくれないか?できなかったら適当にキープしておくだけでいい」
「あ、はい………わかりました」
「頼んだぜ」
ディードが了承するとアキラはすぐに無限書庫を出て行った。ディードは彼の頼みごとに疑問を抱きながら本を見つめる。
「これは……………」
◆◆◆◆◆◆◆
ー衛生軌道拘置所ー
アキラが拘置所のフロントで待っていると、ギンガがセッテとチンクを連れてやってきた。アキラは黙ってチンク達に近寄ると腕輪を渡す。念話妨害用の腕輪だ。
「施設内部に念話をジャミングするシステムはあるが念のためだ。信用はしてるがルールなんでな。すまんな」
「いや、これくらいは当然さ。全く構わん」
「私も大丈夫です」
二人は嫌な顔をせず腕輪をつけてくれた。アキラは少し安心する。そして、腕輪を確認すると、四人は面会室に向かって歩き出した。面会室とは言え、それは別の次元間の施設にあるもので一度そこまで次元船で移動する必要がある。
四人は次元船に乗り込み、面会用の衛生軌道施設に向かった。
ー面会室ー
面会室にたどり着くとアキラは一旦止まって全員を見る。
「準備はいいか?変な思い入れや味方はすんなよ。お前たちはもう自由になったんだ。あいつらのいうことなんて、聞かなくていい」
「わかっている」
「…大丈夫です」
「なら…いくぞ」
まずアキラがドアを開けると、そこには机に繋がれた手錠をし、怪しげに笑うスカリエッティと付き添いの局員がいた。
「やぁ、久しいねぇ」
ニヤリと、怪しげな笑いを深め、スカリエッティは挨拶をする。一体何を考えているのかわからないのは相変わらずだとアキラは思った。
「相変わらず不気味なヤローだな」
「ん?そのバッジ………ここ数年で出世した見たいだね」
「世間話しにきた訳じゃねぇ」
スカリエッティが首をかしげると同時に、ギンガ達三人が入ってきた。
「あなたの事件とは別件で任意での事情聴取を依頼しにきました」
「おやぁ…………待っていたよゼロファーs」
スカリエッティがゼロファーストと言いかけた瞬間、アキラはスカリエッティの顔面を殴った。椅子は勢いよく倒れたが、手錠が机と繋がっているスカリエッティは吹っ飛ばされず、机の方に引き戻される。
アキラはスカリエッティの胸ぐらを掴み、顔を近づけた。とんでもないことをしたアキラにギンガは頭を抱える。
「次「ギンガ」以外の名前で呼んだら…………左手で行くぞ」
JS事件後、人口の皮膚で覆われただけの頑丈な腕になったアキラの左腕はもはや凶器であった。スカリエッティが少し笑うとアキラはスカリエッティを離す。
「アキラ君、あんまり過ぎると追い出すよ?」
「けどよ……」
「いいから、面倒事にしたくないからなるべく下がってて」
ギンガが注意すると、アキラは軽く舌打ちをする。
「君も相変わらず血の気が多いね。機嫌を損ねたら何も話さないかもしれない相手の顔面ストレートとは…度胸も変わっていない…いや、成長しているのかな」
「テメェは聞かれたことだけ答えてりゃいいんだ。余計なことは喋るな」
「まぁまぁ、硬いことは言わないでおくれよ。誰かと話すのは久し振りなんだ……それに、会うのも久しぶりだね…チンク、セッテ………」
「ご無沙汰している、ドクター」
「……お久しぶりです」
チンクは変わらず冷静に対応したが、セッテは少し怯えたような、恐れるような表情でスカリエッティと話を始める。少しくらいならいいかと、アキラもギンガも口は出さなかった。
「チンク…懐かしいね……セッテも」
「お変わりないようで、安心した」
「健康は維持しているよ。あのガラス張りの牢獄は案外快適でねぇ……しかし、セッテ。君は変わったね」
「え………」
「昔の君の瞳はそんなに輝いていなかった。額にシワを寄せることも、無意識に手遊びすることも」
セッテはハッとして自分の手を見た。確かに爪を弄ったり手遊びしていたようだ。
「今のセッテには、感情がある…テメェらの作った感情のない人形じゃねぇ」
「君が………与えたのかい?その左腕の………君の固有能力で」
アキラは小さく頷く。すると、スカリエッティはさっきと違う軽い笑みを浮かべた。
「…………少しだけ…君に礼を言っておくよ」
「あ?」
「クアットロのやったことを否定するわけじゃないがね、捕まってしまった以上、私としてはナンバーズには……彼女達には全員自由に、幸せになってもらいたいと思っていた。だから…セッテのことは少し気がかりだったんだ」
「何だテメェ。急に……キモチワリィ…」
アキラが少し口を挟む。
「ははっ、別に野望を諦めたわけでもないがね。作った者としては少し気になっていたというだけの話さ」
「ケッ、読みズレぇやつだ」
アキラがそっぽを向くと、チンクがスカリエッティに聞いた。
「トーレ達も元気で…」
「変わりない。クアトロが少し太ったくらいだ」
その瞬間、スカリエッティの横に通信画面が開き、クアットロが映し出された。
[あん、ドクターひどぉい!もう元に戻しました]
「クアットロ」
[あら、チンクちゃんにフィフティーンそれに……サーティ]
恐らく、ギンガが呼ばれるであったであろうナンバーズの番号をクアットロが口に出した瞬間、アキラは懐の拳銃を取り出し、投影機を一つ破壊した。
小さい沈黙が流れると同時に別の投影機が通信画面を開く。
[んもぉ、最後まで言わせないなんて、相変わらず血の気が多いこと。冗談じゃない]
「テメェもテメェだ。次言ったら入院させっぞ」
[いやん、こわぁ〜い]
反省の「は」の字も見せないような態度でクアットロがアキラをおちょくってると、別の回線が開かれる。
[捜査協力なら断ると言ったが]
トーレだ。
「トーレ、今日は違うそうだよ?そうだろう?」
「あなた方の通信回線を同時オープンする危険を犯してでも、聞いておかなきゃならないことがあります」
「下の妹達も関わるかもしれん、少々重要な案件だ」
チンクとギンガが言うと、スカリエッティは少し頷いて口を開く。
「殴られた時はどうしようかと思ったが……愛娘達の姿と声を久しぶりに聞けて気分もいい、構わんよ。ああ、その前に」
「なんだ?」
「ウーノは元気にしているかい?」
「……………」
[ったく、あいつは何を考えているんだ!仮にもドクターの作った最初のナンバーズだというのに]
アキラが答えようとする前にトーレが苛立ちの混じった声で言い放った。
[ほーんと、そうよねぇ。チンクちゃんから下はほとんどなにも知らずに戦ってたようなものだし、どうでもいいけどウーノ姉様はドクターに忠誠をt]
また投影機が一つ破壊され、クアットロの画面が消えるが、別の投影機ですぐに表示される。
[ちょっとぉ!なんで!?]
「あいつは、あいつの新しい一歩を踏み出したんだ。いつまでも同じ場所で足踏みしてるお前らとは違うんだよ」
[ずいぶん偉そうな口を…]
キレ気味な声で何か反論しようとしたクアットロをスカリエッティが抑制する。
「まぁ、落ち着きたまえクアットロ。それで、元気にしているかい?」
「…………健康は維持している。けど、なんかうわの空みたいな感じだ。大抵本読むか、一日ぼーっとしてる」
「…………………そうか。すまない話がそれたね。さて………私に聞きたいことは何かね?」
続く。