ー12月ー
ギンガは家での出産を控え、ベッドで安静にしていた。ここの所、特に事件もなく平和なので普段は忙しいフェイトやティアナもお見舞いに来てくれている。
今日は八神家の者たちがお見舞いに来ていた。
「そっか、じゃあギンガは自宅出産を望んどるんか」
「ああ」
「なんだかすいません。お忙しい中」
「いや、いいんやって。ウチらが好きで来てるだけやし、後輩兼部下の妊娠祝わな上司失格や」
「もうあんたらの管轄じゃねぇけどな。あれ、茶葉が………ノーリ、茶葉と適当に菓子買ってきてくれねぇか」
茶葉が切れていることに気づくとアキラはノーリに買い物を頼んだ。部屋の隅で本を読んでいたノーリは本を閉じて立ち上がる。
「わかった」
「いってらっしゃい」
ギンガに見送られ、買い物に向かうノーリを見て、はやてはふと思ったことをアキラに尋ねる。
「アキラ君はどうして、あの子を引き取ったん?」
「………まぁ、理由はいろいろあるが基本的にあいつは俺が原因で生まれてきちまったからな。俺がしっかりケジメつけねぇと」
その言葉にはやては以前ナカジマ家を尋ねたなのはと同じ感想を持った。見た目や、人と接する態度はこれといって変わらないが、ちゃんと中身は大人になっていると。
「そっか」
「ところであんたらは結婚とか妊娠とかそういうのないのか?」
「うっ…」
アキラが何となく放ったその言葉は、槍となり、はやてに突き刺さった。はやてははやてで後輩兼部下に結婚と妊娠をほぼ同時に追い抜かれ、少し気にしていたのだ。ちなみにこれはなのはやフェイトも同じだった。
「……?どうした」
「いや、何でもあらへんよ………ま、まぁウチはまだいいかな……古代ベルカ式魔法継承者は安ないんや…」
軽く青ざめながら答えるはやてに、その理由をよくわかってないアキラは頭に「?」を浮かべる。
「そーいやシグナム何か気になる人がいるんじゃなかったか?」
話の流れでヴィータが思い出したことを言った。それを聞いてシグナムは軽く笑う。
「あれは…………単なる心の迷いだ。さっきのアキラの質問の返答にしても、お前に漏らしたそのことも私たちヴォルケンリッターは主のための一振りの刃であるべきだ。色恋などに現を抜かす訳には」
「別に、もうええんやで?闇の書の呪縛も等の昔になくなったんや。普通の人として恋くらいしてもええんやで」
「そうよ!わたしもいつか結婚とかして見たいわ〜。素敵な旦那さんと一緒に、旅行とか、デートとかいってみたいわ」
「シャマル……お前………」
はやてはシグナムに対してもう闇の書に縛られる必要はないということを伝える。シャマルもそれを押すように言った。シグナムは呆れていたが、確かにそうかもしれないということも思ったのか少し表情が緩んでいた。
(それに、シグナムの気になる人ってアキラ君やないか?)
念話ではやてがシグナムに言うと、彼女は予想外の反応を見せる。ピタリと止まって完全に硬直したのだ。
(ほー、何だよ、アキラが好きだったのか。ああ、アキラが結婚して子供まで作っちまってもう99%奪える可能性がなくなったから心の迷いとか言ってたのかw)
(あらあら〜シグナムったら、乙女ね〜。つまり失恋しちゃったわけだ)
(だ、誰もアキラが好きと言ったわけではないだろう!)
シグナムは否定するが態度で真実は丸わかりだ。念話で話してるため外見は平然を装っているが内心はすっちゃかめっちゃかしてる。
「………どうした?」
急に黙り込んだ八神家一同にアキラが疑問を持つ。
「いや、何でもあらへんよ〜」
はやては笑顔で流した。八神家の中でシグナムが弱みを握られてるころ、ギンガの身体に異変が起きていた。ギンガの顔色が少し悪いことにアキラが気づく。
「ギンガ、なんか顔色が悪い気がするが、大丈夫か?」
「うん、なんだかさっきからアリスがすごくよく動いてて………んっ!」
「!」
「シャマル!」
「アキラ君!出産予定日はいつ!?」
急にその場の全員の顔色が変わる。シャマルの質問にアキラは慌てて答える。
「え…あ!四日後あたりだったが…」
「もう準備万端で待ってなきゃダメな時期じゃない!アキラ君!助産師に連絡!」
出産が初めてだからアキラが準備を怠っていると思ったシャマルが注意すると、アキラは自分が座っていた一人用のソファを蹴り上げその下にあるボタンを押した。すると、壁の一部が倒れ、自宅出産に必要な道具が出てきた。
「このボタンで助産師にも連絡が行く。俺がこんな大切な事の準備を怠るわけないだろう」
「ならいいわ。シグナム、そこの壁から出てきた布団敷いて!ヴィータちゃんはその桶にお湯いれて!はやてちゃんアキラ君、ギンガ運ぶの手伝って!」
シャマルの指示で全員が動き出した。アキラはギンガを運んだあと、すぐにギンガの手を強く握った。
「大丈夫か?ギンガ、しっかりな」
「うん、頑張る……。はやてさん、すいません、お客様としてきてもらったのにこんな面倒…うっ!」
「なぁに、困った時はお互い様や。医療のスペシャリストがいるのに、対応しない方がおかしいっちゅうねん。あ、ザフィーラ」
「はい、我が主」
はやてはギンガを軽くなだめた後、ザフィーラを呼ぶ。
「ちょっと尻尾ギンガの枕変わりにしてくれへん?」
「………承知」
お願いされてから少し間が空いたが、ザフィーラははやてのお願いを聞いてギンガの頭のそばに行く。
「すいません、ザフィーラさん」
「問題ない。私より、自分とお子さんの心配をした方がいい」
「はい……」
そして、二十分しないうちに助産師が到着し、連絡を受けたゲンヤとセッテ、そして半分サボりにきたメグ、最後にスバルが駆けつけた。陣痛が始まってまだ間もない為にまだ出てく予兆は無い。
「ギンガ………」
アキラはこの時程自分を無力に感じてはいなかった。ギンガが苦しみに顔を歪ませているのに、ただ手を握ることしかできない。苦しみから開放してやれないのがこんなにも辛いこととは思ってなかった。
「んっ……ぐぅ……はっ」
「はい、落ち着いてください。息をゆっくりにして……」
「ヴィータちゃん、ギンガちゃんの汗」
「おう……」
「ギンガ姉、しっかり……」
みんなでギンガを支えながら出産を試みる。ギンガは陣痛を耐えながらアキラの手を必死で握り、アキラの顔を見ていた。
「アキラ君………はぁ、はぁ、!」
「どうした?ギンガ?大丈夫か!?そ、そうだ!何だったら、俺の左手の力で痛みを麻痺させることもできるぞ!?初めてのセッ……じゃなかった、営みの時だって……」
軽く恥ずかしいことをこんな大勢の前で言えるくらいアキラは焦り、そして何かをしてやりたいと思っていた。だがギンガは笑顔で首を振った。
「え、へへ……んう!今までアキラ君に痛い思いぃ……い!…ばっかりさせてきちゃったから…………せめて、これくらいの痛み、はぁ、はぁ、我慢しなきゃ……」
「ギンガ……頑張れ!」
ギンガの優しさに、強さにアキラは少し涙ぐみ最後まで手を出さず見守ることに決めた。
ー9時間経過ー
時間はかかったがようやく赤ん坊に動きが現れた。あともうしばらくすれば産まれるだろうが、今回のお産は随分と難産のようだ。ギンガがアキラの手を握る力は次第に強くなり、痛みが原因で加減ができなくなった怪力でアキラの骨からミシミシと嫌な音がするが、アキラは必死で耐えた。
「あ、頭が見えてきましたよ!」
「!」
「ギンガ、もう少しだ!!」
「あ、あああ!」
「ギンガ!」
「ギンガ姉!」
「ぐぅぅ!ぁぁぁ!」
出産の苦しさを表しながらギンガは唸る。だが、もうすぐ生まれる命の為にギンガは必死で耐えていた。
「アリスもギンガも!頑張れ!」
「アリス!?アリスって名前なんか!?」
「ああ!そうだ!」
「アリス!はよ出てくるんやで!かっこいいお父さんが待っとるで!」
「美人なお母さんもな!」
ーさらに3時間後ー
午前2時32分。
真夜中のナカジマ家に初の産声が響いた。ギンガは出産のために体力を使い果たし、ぐったりとしていたが、視線はしっかりとアキラの抱える自身の………自身とアキラの子供に向けていた。アキラはアリスを産湯につけながら目に涙をためていた。
「……………」
(今俺の手にある……小さな命。消そうと思えば簡単に消せる…小さな命…。こんな命を………俺が造り出し、守る時が来るなんてな………)
「アキラ君?」
「ギンガ……」
アキラはギンガの手を再び握り、アリス少し強く抱く。
「どうしたの?」
(それに橘君、これも忘れないで。あなたが私を守ってくれたから今の私がいる。あなたの手は今もしっかり……守る事ができる…)
(あんたは今、俺の手はまだ守れるって言ってくれた。だったら試させてくれ。本当に、俺の手がまだ誰かを守れるか)
「俺に…………もう一度守れることを教えてくれてありがとう」
「え?」
(ううん、なんだかアキラ君がこう…人道的な行動をしたのがなんか嬉しくて)
「俺に人の道を教えてくれてありがとう………」
(今ここで、アキラ君を恨んで、暴力を振るったり、殺したところで母さんは帰って来ないし、誰も喜ばない。何より、そんなこと、母さんが一番望んでないよ。原因はアキラ君にあったとしても、アキラ君は、母さんが守った命だもの。アキラ君がいなくなったら母さんが残したもの…全部なくなっちゃう…)
「俺を許してくれてありがとう………」
今までの記憶を思い起こしながら、アキラは涙を流して礼を言い連ねる。
(バカッッッ!どうしてわからないの!?あなたがいなくなったら悲しむ人だっているんだよ!?もっと命は大切にしなきゃダメだよ!死んだ人は戻ってこれない!良くわかってるでしょ!?)
「俺の命の価値を教えてくれてありがとう………」
(だって私はアキラ君のことが!好きだから!同じ職場の仲間とかじゃなく、友達でもない………ただ純粋に……恋人として………)
「愛しくれて…ありがとう…………」
最後にアキラはアリスを少し見て、再びギンガを涙でくしゃくしゃになった顔で見た。その顔を見てギンガは少し笑う。アキラは手を強く、強く握り、精一杯の声で喋った。
「父親にしてくれてありがとう…………!!!!!!」
「もぉ、大げさなんだから…」
ギンガも自然と涙を流しながらアキラに笑いかける。こうして、アリスは生まれた。世界初の人造魔導師同士の子供が。
◆◆◆◆◆◆◆
ー聖王教会ー
「それから一ヶ月位経って、今に至るわけだ」
「いろいろあったねー。なんだか三年くらいかけて聞かされた気がするよ」
今は新暦0078年。この話の始まりの終わり、そして、新たな始まり。
アキラは白いスーツに袖を通し、なのは、ヴィヴィオ、ティアナ、フェイトに自分の話をしながらオットーが来るのを待っていた。すると急にドアが開き、オットーが入ってきた。
「お待たせしました。アキラさん、準備終わりました」
「お、そうか。んじゃあお話もちょうど終わったとこだし、あんたらも席に行け」
「はーい」
「そうだね、行こうか」
「楽しみですね、フェイトさん」
「陛下はお仕事もありますから僕についてきてください」
「あ、そうだった今行きまーす」
ーチャペルー
「………」
チャペルの一番奥にはアキラが立ち、神父の変わりにカリム・グラシアがいた。客席にはスバルやセッテ、ティアナやフェイトやなのは、その他アキラの知り合いやナンバーズ達がいる。スバルに抱きかかえられてはいるがイクスもいる。
「なんだか出所してすぐにこんなイベントに連れてこられるとはな」
チンクが軽くため息をついたが、表情は笑顔だった。
「でも、ギンガとアキラの晴れ舞台ッスから。全力で祝ってあげるッス」
「では、花嫁の入場です」
盛大な音楽と共に、後方のドアが開いた。ドアの向こうには、若干青みがかったウェディングドレスに身を包んだギンガと、スーツ姿のゲンヤが腕を組んでいる。さらにその後ろにはヴィヴィオがギンガのドレスの裾を持っていた。
ドアが完全に開き切ると、ギンガはアキラのほうに向かってゆっくりと歩を進めた。
アキラの横に着くと、ゲンヤは離れて客席に行った。アキラとギンガはカリムの方をみて微笑む。カリムは手元の本を開き、書類通りに式を進めた。
「橘アキラ改め、アキラ・ナカジマさん。あなたは今ギンガ・ナカジマさんを妻とし 神の導きによって夫婦になろうとしています。汝健やかなるときも、病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときもこれを愛し、敬い、慰め遣え、共に助け合い、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「ああ、誓います」
「ギンガ・ナカジマさん。あなたは今アキラ・ナカジマさんを夫とし、神の導きによって夫婦になろうとしています。汝、健やかなるときも 病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときもこれを愛し、敬い、慰め遣え、共に助け合い、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい 誓います」
ここまでは普通だが、ここでカリムのアドリブが入った。
「アキラさん?」
「ん?」
「汝は、これから先も妻を守り、暗い過去を振り返らずに妻と共に前へ進むと誓いますか?」
「………………ああ。必ず」
アキラは力強く答えた。
「では、指輪の交換を」
「はい」
二人は互いの指に指輪を通した。この世できっと最も幸せな時間とギンガは感じていた。初めてあった時はまるで路地裏に住むネズミのような少年が、清楚に、優しく、こんなに立派になって、自身の恋人になってくれて。憧れだったウェディングドレスも来て、欲しかった子供も手に入れて。神の前で共に結ばれることを許され、認められ…。こんなに幸せなことがあるだろうか、と。
「最後に、誓いのキスを」
「いくぞ」
ギンガの顔の前にかかっているレースをアキラがゆっくり上げ、顔を見つめる。
「……………幸せにするよ」
「はいっ」
ぐっと強く口づけをした。強く、なおかつ優しく。客席からは拍手が上がった。
それから、客席にいた全員が外に出てスタンバイし、二人は腕を組みながらチャペル入口付近の階段を降りるという予定だが。スタンバイが終わったところでアキラの我慢が限界に来た。
「……………あー!もう我慢できねぇ!!!」
「ふぇ!?あ、アキラ君!?」
アキラはギンガをお姫様抱っこで抱え上げ、チャペルのドアを蹴り開けた。その大胆な行動に、皆が驚いている中アキラはギンガに言った。
「幸せな未来、築こうぜ」
階段はゆっくりと歩き、二人ははみんなが投げてくれるフラワーシャワーに包まれて満面の笑みを見せていた。その時だった。
鳴り響いていた拍手が途絶え、フラワーシャワーは空中で止まる。時間が止まったのだ。
「!?」
「これは……」
「あ、アキラ君!」
ギンガが指差した方向、それは階段を降りきった先。結婚した二人が幸せの鐘を鳴らす、その手前。ここの所姿を見せなかった白い甲冑を纏った男がいる。だが、そこに立っていたのは一人ではなかった。男の隣に少女が一人。
「……………セ…セシル!?」
「あの子が………」
少女は笑顔で口を開いた。
「おめでとう……」
刹那、再び拍手が鳴り響き、フラワーシャワーが落ち始めた。鐘の前には既に誰もいなかった。
「………………ありがとう…セシル……」
(セシルちゃん、アキラ君のことは任せてね……)
「じゃあ、ブーケ投げまーす!」
ギンガの投げたブーケが空高く飛んだ。
ー中庭ー
アキラ達の結婚式にほとんどの人間が駆り出されている聖王教会の中庭には誰もいなかった。唯一いるのは、白甲冑の男と、セシルだった。
「本当にあれだけで良かったのか?」
「いいんだよ。私は今この世界にいちゃいけない存在なんだから。幽霊でもなんでも、最後にアキラに言いたいこと言えて良かった。それにしてもあなたはすごいね。死んだ人間を現世に呼び戻すなんて…………あなたはだれ?」
「そうだな………リュウセイ………とでも名乗っておくか。まぁいい。もうこの世界に未練はないな?」
「うん……大丈夫」
白甲冑の男改め、リュウセイとセシルは光の中へ消えた。
ー同時刻 管理局上層部ー
「…………現在橘アキラに発作はなし。以上で橘アキラの報告を終わります」
「ご苦労。引き続き調査を続けてくれ…………そうか、人間かぁ………面白い」
続く