あの時はほんの少し様子を見るだけのつもりだった。大怪我から回復してからのリハビリはとても大変であった筈だ。そんな彼女への心配が生じたが故に、あの子が住んでいる地域に向かい、そして
周囲からの仕打ちの数々を見てしまった。
あの時の彼女を例えるなら、水を与えられず萎れながらも必死に地面へ根付こうとする花のような雰囲気だった。
気づいた時には、思わず家に投げられた石を目で捉えられない速度でキャッチアンドリリースをしたり、ふざけた一言が書かれた張り紙を家につけたやつにはすぐさま張り紙を剥がして高速で接近して背中に貼り付けたり、学校に忍び込んで落書きだらけの机を磨き上げて綺麗にしたり、ズタボロにされた教科書を見た時はすぐにネットで検索して書店にあるやつはすぐに購入して、ない奴は隠れ家に郵送してもらってから机の中にこっそり入れたり、などなど……気づいた時にはいつも以上にノイズ退治を終わらせたらすぐさま様子を見に行っては対処する流れができていた。
とはいえ、そんな事を繰り返しても何も解決にはならないし、ほかの生存者たちも同じ目、もしくはこれ以上の目にあっている可能性も低くない。だから、みんなに──仲間たちに相談した。下手をすれば大事になる可能性になるし、それ以前に自分たちはあくまでノイズ殲滅と聖遺物関連の問題対処がスタンスだ。世間を騒がせるようなことは御法度だ。しかもこのスタンス自体、自分が最初掲げたものだ。自分勝手で、わがままで、危険な案件である。それでも……
あの仕打ちを見過ごせないと、心が強く雄たけびを上げていた。そもそも、あのライブ会場の惨劇が起こる前に自分が早く駆けつけていればいけなかったことだ。決して無関係ではないと。
どうにかしたい/それはダメだ
そんな二律背反している感情が、自身の内で渦巻いていた。
だが、そんなに深く思い悩む必要はなかった。結果を言えばみんな快く賛同してくれたした上に(一部はため息を吐きながら仕方ないといった風ではあったが)、フェアリーにいたってはバッシングの詳細や動画を用意していた。あの時の資料を持っていた手がやや強く握られていたり、いつも以上にイイ笑顔をしていた事から、頭にきていたのは自分だけではなく彼女もそうであったようだ。それに他のメンバーも大なり小なりこの件に関しては思うところがあったようにも見えた。
そうして普段のやるべきことに生存者たちのフォローやバッシングの対応も入って大忙しとなった。結果として、世間を騒がしてしまったが、それがきっかけで生存者たちを支援する民間団体が立ち上がってくれたのは予想外だった。その上ツヴァイウイングの関連企業や彼女たちが通っているリディアン音楽院の運営側も支援についてくれるなどと、思わぬ出来事が起こったのもあって当初の予定以上に事が良い方向に向いてくれたのは嬉しかった。
それから半年ほど経ったある日に彼女の様子を見に行った。あんなに萎んでいた筈の蕾が急速に息を吹き返し、そのまま勢いで開花したかのように、花咲く笑顔をしながら日常を過ごしていた。
太陽が大地に向かって光を照らしているように、彼女の明るさが、友人、家族、そして見知らぬ人さえも明るくさせて。
後は彼女自身と支えてくれる大切な人たちがいる以上、もう自分がいなくても大丈夫だろうと区切りをつけて、最後は彼女が父母と祖母と一緒に笑いながらどこか出かけようとしているのを見納めにその場を立ち去り、再び戦う日々に戻った。
もう顔を見ることは今後ないだろう。そう思ってたのに、なぜ
あのかけがえのない/かつて■■の■■であった■■の僅かなカケラと自身の願望が混じり生じた、求めてやまない、そして手に入ることはない日常にいるべき子がなぜ
いつまで彼女と見つめ合っていたのだろうか。
響に抱えられている少女が何か言っているが、いまはそれは全く耳に入らなかった。
(その目で、その顔で、僕を見ないでくれ……)
鏡があったら今の自分の表情は苦虫を嚙み潰したように酷く歪んでいるだろう。バイザーをつけて良かったと安堵する。今の顔をこの子に見られたらどうかしてしまいそうだった。
こんなに心が乱されるとは思わなかった。これまでも助けた人たちから怯えや恐怖の視線を向けられたり怪物と罵られる事はあったが、今はそんなの当たり前のことだから気にしてはいない。たまに助けてくれてありがとうとお礼を言われることは少なからずあった。だがこれはシラナイ。
こんな憧れの人を見ているような、思い焦がれた人に巡り合えた喜びをしている表情はこれまでになかったし、こんなに胸が締め付けられることになるなんて思わなかった。
らしくない動揺をしていたが故に気付かなかった。彼らの接近とフェアリーからの通信を。
『……からランスロットへ! 応答お願いします! 二課の人たちがそちらにむかってきてます! すぐにその場を離脱してください!』
「っ!? しまった……!」
通信を聞いて自身の失態に気づいたランスロットは辺りを見渡す。もうすでにこの高台に黒塗りの車が数台こちらに向かっており、その先頭にはバイクを駆っている青き防人。
地面に火花が散らされながらバイクは高台の真下近くで停車、運転者──風鳴 翼はバイクから降りて間髪入れずに跳躍し、ランスロットたちがいる所に着地する。
最初は少女を抱えながらガングニールを纏っている響を見た時は動揺が見れたが、数秒で視線はランスロットに変わった。彼を視認した瞬間、普段とは何か違和感を感じた翼は疑問を思わず呟いた。
「あなた、どうしたの……?」
翼の言葉でランスロットは漸く、自身が思っている以上に動揺していたのを気づいた。一目見ただけでおかしいと思わせるほどに。
このままではボロを出してしまう危険性があると察知したランスロットはその場から離脱をはかる。この2年、戦場で何度か肩を並べたり、時に刃を交わした事もあった翼はランスロットの行動に気づけたが、対応するには行動を起こすのが遅すぎた。
気づいた時には既に夕焼け空へと飛翔しており、僅か数秒で視界では捉えられないスピードで上昇し、消えていった。まるで空と同化してしまったのではないかと錯覚する程に。
その場に残ったのは3人。
先程までもう1人この場にいたのかどうか怪しんでしまうくらいに、静かであった。
「はあ、はあ、はあ……くそっ!」
離脱したランスロットはフェアリーに指定されたポイント付近の林へ着地し、近くの木にもたれかかる。
立つことすら怠くなってきたのか、ズルズルと木の幹と背中を擦らせながら身体を地面に落として座り込みながら変身を解除して黒コート姿に戻る。座りずらいので特注の厚底ブーツを取り外して近くに放り捨て、額に着けていたバンダナも外す。バンダナが解かれた額の両端には人体にあるはずがない小さな三角形の黒くて先端に多少丸みがある角を外気へ晒しながら頭上を見上げる。視線の先では、既に夜の帳に閉ざされ、天上に浮かぶ月と小さな星々が大地の向かって弱々しい光を放っていた。
都会から少し離れているために星は見えやすいが、数はそんなにはなかった。だが、それでも。本来あるはずのものが無くなってしまっているように見えても、この
夜空から地上へと降り注ぐ柔らかな銀と金の光にランスロットは照らされながら、その場で先程の出来事を整理していた。
(彼女が装者になったのは二課も予想外の筈だ。二年前、一時期彼女を見ていたけど、二課が彼女に接触した事はなかったし、離れた後も二課の行動はある程度監視していたが、気になる動きは特になかった。だとすれば、原因は他にある……?)
あの日から今日までの二課の動向は別段気になる点は浮かばなかった。次は事の発端であるライブ会場での状況を振り返り、当時の彼女の状態を脳裏に浮かべる。
(何かあるとしたら、あの時負っていた怪我。彼女は胸から大量出血を起こしていた……大方戦闘の影響で飛んできた瓦礫の破片が直撃したと思っていたが、仮にもし……)
瓦礫以外の別のものであったなら? だが、そう仮定した所で、一体何が当たったのかが思いつかなかった。一瞬ボロボロのギアを纏った奏が脳裏に過ぎって嫌な予想が浮かんできたが、確定ではないと否定する。
(ダメだ、情報が足りなすぎる……ここ最近は日本のノイズ出現率が多い今、翼ちゃんしか装者がいない二課からしたら、響ちゃんは思わぬ戦力候補だ。また戦場に来てしまう可能性もありえる……詳しい事はハッキングで調べるのもアリだけど、それは最終手段だ。あそこのシステムは今、米国を始めとした各国から不正なアクセスが活発化しているから、外部からのコンタクトに関してはかなり警戒している筈だ。いくらその手に腕がある人員と設備があるウチとはいえ、少しでも逆探知されてしまう可能性があるなら控えるべきだな……)
奏の治療関連の件に関しては、当時は現在より比較的強固なセキュリティではなかった事と、研究室に直接改良案を送り込む事に全力を注いでいたからこそだ。いわば初見のみに通用する不意打ちみたいなものだ。そう簡単に自分たちの拠点が知られるわけはないと豪語したいが、何が起こるかわからないのがこの世界だ。用心するに越したことはない。であれば、真実を確かめる方法はただ一つ。
(結局、直接会って確かめるしかないか……)
それに関しては問題はない、不安があるとすれば。次に会った時、自分は彼女を真正面から見る事が出来るかどうか。その一点であった。
先ほどに関しては、駆けつける前に奏とちょうど2年前に話をしていたのも混みであったのもあるとはいえども、迂闊だった。いくらノイズを倒し切ったとはいえ戦場であんなに動揺してしまうのはまずい。通信にすらも気付かなかったのはこの上ない失態であった。
考えに耽っていたため、いつのまにか地面の方へ顔を向けていたのに気づいたランスロットはまた夜空を見て一息つこうとしたその時、急に身体が浮かび上がった。否、誰かに持ち上げられていた。
「やっと見つけました。こんな所にいたんですね、もう」
「セ、セレナ!? な、なんで君が……!?」
ランスロットを持ち上げたのは 赤毛の長い髪をバレッタでポニーテールに纏めているセーターとスカートを着た女性──フェアリーことセレナであった。彼女は持ち上げたランスロットをそのまま抱きしめていた。
「さっきの通信からいつもと様子がおかしかったのは丸わかりでしたし、ポイント付近に着いたっきり動かないから、こうして迎えに来たんですよ」
まったくもう! と言わんばかりの頬を少し膨らませ、私、心配したし、怒ってるんですよ! と言わんばかりの表情をしていた。
「それに関してはすまなかった……だからとりあえず降ろしてくれないかな……当たってるんだよ」
人外の身とはいえ、男であるので女性特有の二つの膨らみが当たっていると意識せざるを得ない。しかもセレナに関してはかなり大きいのでムニュッと身体が沈むようにめり込み、ダイレクトに柔らかい感触が伝播してしまう。
「嫌です。 このまま船までお持ちかえりさせてもらいますから」
と、セレナは落ちていたブーツとバンダナを抱きしめていた片方の手で解いて拾い上げ、ランスロットを抱きしめている片腕へ更に力を入れながら歩きだした。傍から見ると遊び疲れた弟を抱き上げながら帰るお姉さんの図に見えてしまいそうであった。
「ちょっと待って! またみんなに変な目で見られるのは勘弁だ!」
「そんなのいつもの事じゃないですか。いい加減慣れましょうよ」
ランスロットはセレナの拘束から逃れようと藻掻くが、彼女相手に本気は出せないし、戦場以外で女の子に力を振るうのはしたくないが故に結局抱かれたままとなり、項垂れながら運ばれてゆく。逆にセレナの方は抱き心地を堪能しており、顔がホクホクとしていた。
未だにこの状況に関して物申したいが、それよりも気になる部分があった。
「何があったのか、聞かないの?」
ランスロットの呟きにセレナは、
「気にならないと言ったら嘘になります。でも今は早く帰って、シャワー浴びて温かいもの食べて、寝るのが優先です。だって、凄く疲れてる貴方に無理なんてさせたくないんですから。話は明日でも大丈夫でしょ?」
「……ありがとう」
「このくらいはいつもの事ですよ。ただでさえ常日頃頑張りすぎなんですから、少しはゆっくりして欲しいと言いたいくらいですよ、まったくもう」
顔は見えないがまた、頬を膨らませて優しく怒っていながらも気遣ってくれる彼女に、抱えられているランスロットは感謝した。
暫く歩いて数分、木々は少なくなり、地面は硬い土から砂となっていた。ジャリジャリと砂を踏む音を聞きながら歩き続けた先に2人の耳に入るのは、波打つ小さな音であった。
たどり着いた場所は、誰もいない海岸。近くにいる虫や波打つ音による自然の合奏が流れており、まるで2人を出迎えているかのようであった。
もう暫くこの音に耳を澄ませてゆっくりと過ごしたいところではあるが、早く休んで明日に備えねばならないのでその場を後にする。
ザクザクと波打ち際を歩くセレナの足跡を、抱えられた(抜け出すのを諦めた)ランスロットは見る。しっかりと後は残っているのに、波に飲まれたらすぐに消えてしまう光景を見ていると、無性に胸が苦しくなってしまう。まるで、どんなに頑張ったとしても、ひと波で全て飲み込んで消えてしまいそうな気がした。
不意に、セレナの抱き締めている腕の力が強くなったような気がする。自分の顔は見えていない筈なのだが、何か察してくれたのかもしれない。
(奏といいセレナといい、察しが良すぎじゃないかな……)
先程会った片翼の歌姫や、6年もの付き合いをしている妖精。どちらも色々な意味でかなわないような気がしてならない。
なお、少々先の未来では、とある少女から真っ正面からアプローチをかけられてしまい、それがきっかけでセレナを始めとした一部の女性陣にグイグイ迫られてしまう事になるのを、まだ彼は知らない。
そうして、黒く染められた海岸線を歩き続けていると、ゴールが見えてきた。
数メートル先の浅瀬付近に鎮座している巨大なナニカ。暗い夜の中であっても尚存在感が大きいナニカこそが自分たちの拠点。
もし昼間であったら、こう表現していただろう。
青と赤の色合いをした竜のような巨大戦艦と。
思わぬ再会によって乱された騎士を優しく出迎えたのは、かつてはまだ幼かった妖精。
彼に向ける想いは友愛にあらず。それは、短くない時を共に過ごしたことで生まれた淡い感情。
その想いがどうなるかは、まだ誰にもわからない。
だが、かの騎士は人ならざる混ざりモノ/人の業より産まれてしまった罪深い、ツギハギだらけの怪物
怪物と人間との恋物語の結末は大抵……
苦味がつきものなのだから/報われる事はない
次回 蒼の観測/決断(仮タイトル)
お待たせしました!
予想以上にお気に入り登録者が増え、高評価までしてもらい度肝抜かれましたが、同時に嬉しさが込み上げてきた……ありがとうございます……
当初は予告した通り、二課視点から見たランスロットの説明と戦闘にするつもりでしたが、予想以上に文量増加して詰め込みすぎて読みにくそうになりそうだったので、切りすてソーリーして、ランスロットサイド兼ヒロイン登場回にしました。申し訳ない……次回こそ書くから……!
セレナがヒロインに関しては当初からふわふわと考えてました。妖精のような雰囲気のギアでもあったんで、ランスロ君と合わせて、妖精騎士!!
容姿はAnotherの大人セレナ。なんか構図的にこの2人おねショゲフンゲフン。
大人セレナの口調確認や資料集めも兼ねて、久々にやったシンフォギアXDではなんか大人セレナが怪盗してて反応に困りましたわ()でも可愛いからいいか!(思考放棄)
前回言い忘れあったんでちょっとしたネタばらし(になるのか?)。ランスロットの来てる黒コートのイメージは、某王国心のあの機関メンバーが着ていた奴です。あのコート好きなんよな……某夢の国のネズミでお強い王専用に小さいコートもあったからちょうどいいかなーと思い……
後は最後に出した戦艦、ワイルドアームズ有識者なら察するかなぁ……
月姫一気に休みで終わらせて、バッドエンドも回収。いやあ、最高ですわな……月の裏側もはよ来て欲しいが、絶対今回以上にキャラ多いから時間かかりそうだな……fgoはちょうど本日からイベント来そうだから月姫終わらせられたのはタイミング的にちょうどよかったかもしれんな……とはいえ、先日1600日ログボで貰えた石を美遊ガチャに溶かしてしまいましたが(結果大爆死)
まあ、最優先は素材回収と配布鯖正式加入なんで走り抜かないと……!(血走った目)
後はウルトラマントリガーでは久々のご唱和、セイバーから新ライダーへバトンが渡って、仮面ライダーリバイス開始。ゼンカイジャーも新展開。特撮も盛り上がってきて、私は大満足だ……