グランドセイバーは剣式にした今も最前線にいるマスターです
日が落ちて夜の闇に閉ざされつつある工場地帯。響はギアを纏ったまま、その場で唖然としていた。
ランスロットが飛び去った後の静謐さが嘘のように辺りは慌ただしかった。翼と共に来た車から出てきた黒服の集団が周囲の被害状況と安全確保を行い、暫くして軍用車やヘリなども到着し、降りてきた自衛官たちによって災害用の仮設テントや立ち入り禁止のバリケードが組み立てられてゆく。
一緒にいた少女は、自衛官の1人に連れられて、離れた場所で自衛官の上着を羽織りながら箱に座って飲み物を飲んでいた。
状況についていけず、1人ぽつんと立っていた響の元に黒服や自衛官とは違う、別の職員のようなスーツを着た女性がやってきた。
「大丈夫? 良かったら、あたたかいもの、どうぞ」
「あ、あたたかいもの、どうもです」
ほのかに湯気が漂わせてる紙コップを差し出された響は反射的にそれを受け取って口へと運ぶ。ホッと一息がついて力が抜けた瞬間、自身の身体が光り始めた。
「えっ!? あわわわわ!?」
驚いている間に響の身体に纏っていたシンフォギアは光と共に消えていき、元の制服姿に戻った。同時に手足から力が抜けて、持っていたコップを手放し、後ろから背中から倒れてゆく。
だが、倒れる直前に誰かが受けとめてくれた事により、地面に倒れるのは回避された、が
「え?」
それがキッカケだったのか、何かが自分に繋がった感覚がしたと思った途端、どこかに落ちていくような感覚と共に響の視界が暗転した。
■■■■■独界 表層 蒼の庭園
正体不明の現象に驚き思わず閉じていた目を開くと、そこは別の場所であった。
靴をほぼ丸々浸かせる量の水が地面に張っているマングローブのような森の中、立花響は木々から零れ落ちてくる日の光を浴びながら立っていた。
なんだか体がふわふわして、現実にいる感覚がない。まるで夢の中に迷い込んだかのようであった。
だが記憶は特に問題はない。さっきまで妙なスーツを着てノイズと戦ってしまったり、そこに命の恩人の蒼騎士との二度目の邂逅と助けてくれた事、倒れかけた自分を誰かが助けてくれた事など、ちゃんと覚えていた。
とにかく出口を探そうと歩き出す。パシャパシャと歩く度に地面から発する心地よい水音を聴きながら前へと向かって進んでいく。
足元から飛び散る水飛沫や木々から落ちた葉などが木の枝の群れの間から零れる日の光に当たり、宝石のようにキラキラしており、なんだかだんだん楽しくなってきた。
気づいた時には両足は速度を上げ、駆け出していた。
今までよりも勢いよく地面を踏み締めているため、水飛沫の規模はさらに上がって、服を濡らす。あちこち透けてしまっているが、見たところ周囲には人がいなさそうな感じだから大丈夫! とテンション高くなっているのもあって、いつもより大雑把な判断になっていた。
ここで親友と一緒に走り回ってみたい、お弁当持ってゆっくり過ごしたい などと、ささやかな願望を浮かばせながら、響は森の中をまっすぐに駆け抜けていく。
気が付けばさっきよりも周囲に生えている木々が少なくなっていて空から地上を照らす光が目立ってきていた。
もしかしたら出口が近いかもしれない。少しばかり名残惜しさがあったが、スピードを速めて一気にその場を抜けていく。
その先の景色を見ようとした瞬間、勢いつけ過ぎた所為で足をズルっと滑って転んでしまった。
森を抜けた先でも地面には水が張っていたので、全身は地面の水に衝突してしまった。
バシャン!! と走っていた時よりも強い力で叩きつけられて中々の痛みが衣服に吸収された水分と共に身体中を駆け巡っていく。それに耐えながらも立ち上がって犬が濡れた体から水を払っているようにブルブルッと体を動かしてある程度の水を外へと飛ばしていく。
それでも染み込んだ水分はもう既に取れず、学校の制服の上着だけでなく、シャツもピッタリと肌に張り付いて体のラインや下着が丸見えとなっていた。
思わず自分の身体を両腕で抱きしめ、頬の熱が急上昇した。本当に誰もいなくてよかったと安堵と共になぜかあの騎士が脳裏に過ぎっていた事の疑問を生じながらも目の前に映る新たな景色へと意識を向ける。
雲一つない澄み切った蒼穹、巨大な湿地帯、更に先にある日差しを浴び水面を煌めかせている湖。
日本では見られない珍しく美しい光景が響の視界に広がった。
「うわぁ……凄い、綺麗……」
先ほどまで響が抱いていた羞恥心と疑問は、眼前に広がる美しい世界に対する感動と興奮によって瞬く間に上塗りされていった。
「でも、なんでだろう……初めて見たはずなのに……懐かしい感じがする……本当にどこなんだろここ……海外っぽいけどさすがに日本からここまでワープしたって訳ではないだろうし……」
喜ぶのもつかの間。謎の既視感と自分の所在地がわからない疑問が新たに生成されながらも、とにかく行けるところまで行ってみようと一歩踏み出したその時。
「おっと、そこから先は行ってはいけないよお嬢さん」
「うええ⁉だ、誰⁉」
背後から聞こえてきた男の呼びかけによって響の歩みは止められた。
驚いてまた転びそうになったのを何とか踏ん張って耐えた後、後ろを振り向いてみた。
さっきまで響が出てきた森の手前辺りに声の主はいた。
白いローブを羽織り、手には白く装飾されている見栄えのよい杖を。頭部には白いフードで覆い隠されていて表情はみえない。よくあるファンタジーものに出る魔法使いのような衣装に身を包んでいる誰かがそこにいた。
声からして女性らしいが、深くかぶられたフード越しからはそれを確かめられない。
「なぁに、私は通りすがりの花のお姉さん。怪しいものじゃないさ。とはいえ、ここに迷い込んでしまった経緯を考えると楽しいお話はまたの機会にお預けかな。今の君がここに来るのはいささか早すぎる。何、君と彼の2年前に出来た縁は今回で強まった。自己紹介はそう遠くない先の未来にてまた会おうお嬢さん」
「ちょ、ちょっとまってくださ……」
響は女性に駆け寄ろうとしたが、自身と彼女との間に無数の花びらが飛び交って道を遮り、やがて彼女の姿を見れなくなるほどの規模となっていた。気づいた時には正面以外にも花びらの舞いが響の周囲で起こっていた。
それでも、負けじと響は大声で彼女に尋ねる。
「いったいどういう意味ですか! この綺麗な場所はいったいどこなんです! あなたはいったいなにを……知って……いるん、です……か……」
大きく声を張り上げていたはずなのに、なぜか強烈な眠気が襲われた響の声は次第に小さくなり、鉛のように重くなった瞼を閉じて意識は落ちていった……。
「うーん、何か起こるだろうと予想はしてたけど、まさかこんなに早く再訪するとはね。一時期体内に入れられてた◼️の影響で無意識の内に迷い込んだ影響と今回で結ばれた縁が強まったのに加えて、こちらに何度か訪れた翼ちゃんとの接触。色んな条件が揃って上手く噛み合っちゃった結果、彼女を介してこちらに迷い込んでしまったってところかな」
「あれ……ここは……戻ってきた?」
気がつけば、鮮やかな蒼穹は暗い夜空へ、あの綺麗な蒼穹と湿地帯と湖が見えた場所から工場地帯に戻っていた。
さっきまで起きてたことがまるで幻だったかのように。
「大丈夫? どこか痛いところとかある?」
だれが自分を助けてくれたのか確かめようと背後を見ると、青い髪が視界に映ったことにより、自分を支えてくれたのは翼だと分かった。
「は、はい! 大丈夫です……ひゃあ!」
急に声をかけられたためにテンパってしまい、響は思わず翼から離れて距離をとってしまい、まだ力が入り切ってない状態であったのでまたバランスを崩して倒れかけた所を翼が響の手を掴んで阻止した。
「す、すいません……」
「謝らなくてもいいわ。寧ろ、謝るのは私たちかもしれないのだから」
「? いま、なにか言いましたか?」
「いいえ、なんでもないわ」
助けてくれた翼の口から小声で何か言ったように聞こえた響は思わず聞き返したが、誤魔化すように響を引き上げて姿勢を直してやった。
「これで2回目ですね、翼さんに助けられたのは」
「………やっぱり、あの時の子だったのね貴方」
「覚えててくれてたんですか!?」
「ええ……積もる話があるだろうけどごめんなさい、貴方をこのまま帰す訳にはいかないの。小川さん、お願いします」
申し訳なさげな声色と表情をしながらも翼は響を肩を抑え、そこに静かに近づいていた黒服の優男が響の両手に電子ロック式の錠をかけた。
「え、え!?」
「すみません。申し訳ないですが、貴方の身柄を拘束させていただきます」
そうして響は小川と呼ばれたものとこちらにやってきた他の黒服たちによって車に押し込められるのだった。
「なんでですかーーーー!?」
響を小川に任せて別の車の後方座席に乗り込む。隣には自身の片翼であり大切な相方である天羽奏が座っていた。顔を下へ俯けて、強く拳を握り締めながら。
「なあ翼、あの子はまさか……」
「…………そう、だと思う。詳しいことは本部で調べてもらわないといけないけど」
翼の返答を聞いた奏は拳を窓ガラスに叩きつける。
「何やってんだ、アタシは……! あの時だって、寝てる間に生き延びた人たちが周りの人たちに周囲に叩かれてたのを知らず……漸く元通りになってた矢先がコレかよ! なんであの子がシンフォギア纏ってんだよ! なんで……」
怒りとやるせなさをもった叫びを上げながら何度も窓を強く叩き、やがて拳を震えながら下ろし、奏は2年前の時を思い返す。
ノイズの攻撃を防ぎきれず、砕けたギアの破片が響の胸へと突き刺さったのを。
聖遺物やシンフォギアの事に詳しい訳でない奏でも何が原因となったのか、一つしかないと気付ける。
彼女がシンフォギアを纏うキッカケは──
「アタシのせい、だよな……」
叩き過ぎによる赤くなった手を見ながらポツリと弱々しい呟きをする彼女の近くに翼が寄り、痛々しい赤い手をそっと包むように握る。
「奏だけのせいじゃないわ。あの場にいながらあの子を守れかったのは私もよ……」
そうして奏への気遣いをしながら翼は先程のランスロットの事を思い返す。
2年前以来、何度か相対して少しだけ話を交わしたが故に彼がどんな人かを知っている。逃げ遅れた人がいればすぐさま駆けつけてノイズの攻撃を人々に触れる事ないように己を盾として剣を振るい人類の脅威を倒しているのを。それを見て恐怖した一部の人に恐れ怯えられていても、一切の揺るぎを見せる事なく戦い続けているのを。
そんな彼が動揺しているのを見るのは初めてだった。あの様子からして彼も彼女が2年前のライブ会場で助けたあの子だとわかったのだろうと。
だからこそ今の自分たちのように自責しているのではないかと。
同時に、何かが動き始めた予感もあって翼の心情は様々なもので複雑に絡み合っていた。
すっかり色々ありましたな……イドにアーキタイプにトリニティ……