救いの手   作:白天竺牡丹

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序章

 ソイツはデクと違って、初めて会った時から喜怒哀楽に乏しく、声を出さずに表情だけでヘタクソに笑い、子供らしくなくて気味が悪かったのを今でも覚えている。

 幼稚園の送迎バスに座る時や昼寝する時は、デクの隣にいつも『つむぎ』という女の子がいて、俺からデクを守っているように見えた。

 

(おい。なんでデクの隣にいるんだよ?)

(? かつき君がいずく君をいじめてるから)

(あ゛? なんもできねェなんて役立たずじゃねェか)

 

 出たばかりの“個性”で、手のひらからボンボンと爆発させても、それをじっと見るだけで興味をなくしたように目をそらした。

 

(や、やめてよ。かっちゃん。つむぎちゃんがこまってるじゃないか)

(デクはだまってろ! 俺はコイツに話してんだ!)

(っ!)

 

 椅子に座る前のつむぎを乱暴に腕を引っ張って、無理やりデクの隣から引き剥がす。びっくりした表情を見せたものの『いたい』とも『はなして』とも言わずにされるがままで、壊れた人形を相手にしてるみたいだった。

 腰まである黒髪が揺れ、感情の起伏が少ない濃い青の不気味な目が俺を映す。

 

(いずく君は役立たずじゃないよ。優しいもん)

(俺よりできねェこと多すぎるんだぜ)

(だから、なに?)

(は?)

(できないことが多くても、ぜんぜんやさしくないかつき君よりマシだ。どうぶつには優しいのに、なんで人間には優しくできないの?)

 

 周りは俺のことを『すごい』『かっこいい』って言うのに、コイツだけは違うことを突きつけてくる。だからイライラした気持ちのまま、鼻で笑ってこう言った。

 

(優しいとか優しくないとかうるせェ! つむぎは、デクより下のくせに俺にさからうな!)

(うるさいのはかつき君のほう。椅子に座って。幼稚園行けないでしょ)

 

 舌打ちしてから外を見ると、つむぎのお母さんはバイバイしないでさっさと背中を見せて、バスから遠ざかっている。それはいつもの風景で変わらないけど、なぜかその時は口から突いて出た。

 

(つむぎ。母ちゃんに捨てられてやんの)

 

 息を呑んだ動揺も、窓ガラスから見える遠くの背中をあわてて見ることもなく、ただおとなしく椅子に座っている。

 

(…そうかもね)

 

 静かに受け入れる様子を見ていたけど、直後同席している先生に『それは言っちゃいけない』とすげェ怒られた。

 

 

 それから季節が変わり、夏の終わりに一本の電話が家にかかってきた。

 あの時、(ババア)はあわてたように誰かの名前を呼んで、オヤジに救急車とレスキュー隊に通報するように言う。

 

(つむぎちゃん!? へんじして!)

 

 携帯から声が聞こえなくなっても、繰り返しババアは呼びかけ続けた。電話口の向こうで水が流れ続けて、音が反響することから風呂場と推測し、オヤジに指示を飛ばす。

 

 

 事件翌日。つむぎの証言から何度も母親に殺されかけていたことと、母親がプロヒーロー『トーティ』だったことを、オヤジとババアは新聞で。俺はテレビで知った。

 ドアには鍵がかかっていて、レスキュー隊が(かんぬき)部分をまず壊し、そのまま真っ暗な玄関先を抜けて水が出る方向にある脱衣場に走っていく。風呂場の電気をつけ、風呂の水は出しっぱなしでフタがされているのに、手だけが手錠と一緒に出ている。手はぴくりとも動かず、呼んでも返事がない。勢い良く蛇腹状のフタをめくると、つむぎが裸で沈められ、左脇腹を動物にひっかかれたように切り裂かれ、水が少し赤くなっていた。足首にはカセと共に重りをかけられて、簡単に逃げられないようにされていたという。

 ババアとオヤジの短い悲鳴が、近くにいるはずなのに遠くから聞こえて、そろって蒼い顔をしていた。

 母親は殺人未遂で逮捕され、プロヒーローの資格を剥奪。つむぎは『幼い』という理由で、担当医から容態以外の全ての質問を控えると報道される。

 

(ネグレクト…?)

(そうらしいですよ。担当医の話だと、体重も身長も平均より若干下回ってて──)

(ああ。いつも延長保育してらしたわ)

 

 つむぎの母親による供述によれば、娘に対する心理的虐待や育児放棄。身体的虐待を毎日やっていた。それでも友達の真似をして甘えてきたが、暴力を振るわない日はない。『だから手にかけたの。いらないから』と笑いながら警察官に告げたらしい。

 当然、彼女に対する風当たりは強くなり、東京の事務所は閉鎖。彼女の妊娠を知っていたはずの相棒(サイドキック)も同罪で、半年の謹慎処分を言い渡され、このことから『トーティ』の娘に同情の声が数多く寄せられる結果になった。

 

 

 つむぎと再び会ったのは、事件の2週間近く過ぎた頃。

 親族の人は、退院したばかりのつむぎが『幼稚園に行きたい』という意思を尊重したらしい。

 

(おはようございます)

(おはようございます…?)

(はじめまして、園長先生。猫戸(ねこと)千嘉子(ちかこ)と申します。このたび、姪の紬を引き取った者です)

(あ、そうでしたか。いやァ、紬ちゃんが無事で良かったです)

(ええ…。私もそう思います)

 

 園長先生にあいさつしているのは猫を人間大にしたような外見だったが、俺もテレビで何回か見たことがある。

 ヒーロー名『ブラウン・タビー』。

 ヒーロー家系から一般家庭に嫁に行き、母親とヒーローを両立するキャリアウーマンで有名で、雑誌の取材やテレビ出演を極力控えることで家族の時間に()てるなど、ババアが好きなヒーローの1人だ。その興奮ぶりと話は毎回聞いていた影響もあり、年中だった俺にもおのずとわかるほどで、『その人に会った』と夕食時に言った時はババアにすげェうらやましがられた。

 それからつむぎとおばさんは幼稚園近辺の物件に引っ越し、お遊戯(ゆうぎ)会を機に事件時に電話をかけた相手として、ババアと俺に対して『ブラウン・タビー』ことネコト・チカコが話す機会が必然的に多くなり、井戸端会議の待ち時間に仕方なく遊んでやった。

 

(なあ)

(ん? なに。かつき君)

(あの猫の人、やさしいか?)

(やさしいよ。いたいことしないし、あたしがやりたいことやっていいって言ってくれるんだ)

(!)

 

 その時、初めてまともに笑ったつむぎの顔を目の当たりにして、楽しげに弾んだ声を聞いた。

 よほど嬉しいのか、会話が途切れたのをきっかけに俺の知らない歌を歌い始める。軽快で明るい行進曲という第一印象で、一定のテンポで前向きな歌詞で、丸々一曲遮ることなく子供らしく年相応にはしゃぐ姿を眺めていた。

 家庭に限らず、環境が変われば人はそれに順応し、感情にすら影響を及ぼすことを実感する。

 つむぎの場合は、自分を殺しかけた母親と住んでいた家を親戚の決断で捨て、身の回りの環境を全て新しくすることで、安全な居場所と安心できる人を手に入れた。だが、肝心のババアに電話をかけてきた理由も、なんで番号を知っていたのかすら話さない。

 ババアは何か知っている様子でも、俺とオヤジに今も明かさず隠している。

 

 

 真相を何も知らされないまま、時に意見の相違から喧嘩に発展して衝突するような関係が続き、やがて卒園式がやってきた。

 男子の中で特に仲の良かった俺とデクの間を陣取り、満面の笑みで看板の前に立って自分の腕と絡ませ、左手でVサインを作って写真撮影後にこう言う。

 

(あのね。わたし、今月中に新しい家族のところにひっこすの)

(え!? そうなの!?)

(うん。だから、二人とはこれでさよならね)

(そっか…。げ、元気でね。つむぎちゃん)

(じゃあな。つむぎ)

(今までありがとう。かつき君。いずく君)

 

 卒園まで静岡に住んだ後は、三重県に引っ越し二度と会うことはないと思っていた。

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