雄英高校一般入試の日。
軽快な足音が聞こえて、さっきまで浮いていた僕に声をかける女子がもう1人いた。
「おはよう。
「お、おは…? …すみません。どちら様ですか?」
ベリーショートとでも言うのだろうか。活発な印象を受ける短い黒髪に、凛とした雰囲気を醸し出す切れ長のアーモンド型の目元とは対照的に、吸いこまれそうなほどきれいな金色の瞳は感情を素直に伝えている。一言で言えば、十ニ分に美人と言える女子だ。
そんな人が、女子にしては若干低い声で僕に告げる。
「紬だ。猫戸紬」
「…え!? 紬ちゃん!? わああ、久しぶり! 目の色が変わってたから分からなかったよ」
「自分でも驚いたよ。幼稚園以来だから10年ぶりか? どこ受けるんだ?」
「ひ、ヒーロー科…」
「そう。お互い頑張ろうぜ」
「う、うん!」
僕が無個性だと知っているはずだけど、他人が側にいるから話を合わせてくれたと信じる。口調が変わって格好良くなった紬ちゃんは、昔からそういう人だ。
「勝己は?」
「かっちゃんなら先に言ったよ」
「わかった。じゃあ、二人共またあとで」
僕ら手を振る暇もなく、もう1人の幼なじみのところへ駆け出して颯爽と去り、後ろから声をかける様子を見守る。どうやら彼も僕と同じ反応を示したようで、彼女の明るい挨拶とは違い怒鳴り声が辺りに響き渡った。しかし、彼女は幼稚園の頃とは違って怒りを受け流して、あっさり引き下がってひらりとかっちゃんに手を振る。
そんな様子を見ていた僕は、10年前と変わっていないことに安堵して試験に
試験説明会の席で紬ちゃんは眼鏡の人の隣にいて、形の良い薄紅色の唇の前で人差し指を静かに立てているのが見えた。小さく謝罪の言葉を返すとにこりと微笑んで前を向くと同時に、僕の隣にいるかっちゃんから盛大な舌打ちが聞こえる。
バスで街ひとつありそうな広大な試験会場前にたどり着くと、僕を浮かせたジャージ姿の良い人に、黒タンクトップにカーキ色のカーゴパンツ。コンバットブーツといった軍人のような格好をした紬ちゃんが視界に入ってきた。しかし、紬ちゃんの雰囲気が数時間前とは一変して真剣そのもので近寄りがたく感じる中、さっきの眼鏡の人に『精神統一の邪魔をするな』と注意され、周囲の人達からせせら笑いが聞こえる。
『はい、スタート!』
説明会で説明したプレゼント・マイクの声が、会場に響き渡る。巨大な塔の上に立って距離もあるのに全員の耳に聞こえるのは、ひとえに彼の“個性”のおかげだ。
『どうしたー! 実戦にカウントダウンなんかねーんだよ! 走れ走れ!
『スタート』の時点で誰よりも早く反応したのは紬ちゃんで、あとからその他大勢。最後尾に僕といった調子で完全に出遅れたし、幼馴染との差はこの時開き過ぎていた。自分に『落ち着け』と言い聞かせ、焦りながらも既視感を感じている。
幼稚園の時からそうだった。
いつも二人は僕のはるか先にいる。
容姿は人間が基になっているけど、生まれた時から猫の“個性”が発現していたという紬ちゃんは、無個性の僕に対してかっちゃんのように見下したりしないで、1人の人間として対等に接してくれた。僕は、それに甘えて彼女に守ってもらい、二人の背中を後ろから見ていた。
でも、今はそうじゃない。
オールマイトから授かった力でこの場にいる。
『あと6分2秒!』
制限時間が刻々と迫る中、だんだん敵がいなくなり、まだ1ポイントも取ってないせいで思考と視界が
しかし、この状況でも僕の肩を軽く叩いてあきらめない人がいた。
「行くぞ。出久」
僕の横で片膝をつき、疲労で額からびっしり汗を流している状態の紬ちゃんで、その瞳は誰よりも力強い意思が宿っている。頬から
「無茶だよ、紬ちゃん!」
「無茶じゃない。あれさえ倒せば試験に生き残れる。それに、君はまだピンピンしてるだろう?」
余力の少ない彼女が、ワン・フォー・オールを一度も使ってない僕を頼ってると理解して目尻に浮かんだ涙を拭い、膝が笑っているのは後回しにして立ち上がる。
「…うん!」
「よし。あれをブン殴って、一緒にあの子を
「あの子…?」
崩れた
「紬ちゃんは、その人を!」
「了解!」
迫りくる巨大な敵の手に
「出久!」
名前を呼ばれて我に返ると、紬ちゃんが良い人を背負ってみるみる接近しているのが分かり、次の瞬間には横っ面を勢い良くひっぱたかれていた。幼馴染の助力で地面に腹這いで着地したはいいものの、結局僕は1ポイントも取れずに、彼女が良い人の背を
次に紬ちゃんと会ったのは登校初日で、ちょうどイイダ君とかっちゃんが言い争ってるところを目の当たりにした。
「相変わらず乱暴な言葉遣いだな、勝己。初対面の人への礼儀がなってないぞ」
「うっせぇ、クソ猫! 呼び捨てすんなや!」
「クソ猫でいいから、脚上げるのやめような」
「誰がテメェの言うことなんざ聞くか! 大人しくひっこんでろ!」
「わかった。でも、それで後から恥をかくの君だぞ」
幼稚園の時とは違ってあっさり引き下がった彼女は、教室の入り口に立った僕に対して挨拶の言葉をかける。それで皆の注目を集めることになって、独りあわてふためいてしまった。
「おはよう。出久」
「お、おはよう! 紬ちゃん」
「む! 君達知り合いなのか?」
「ん。爆豪もな。幼稚園以来で、いわゆる幼馴染ってヤツ」
「気安く触んなや!」
「悪い。ついな」
「チッ」
かっちゃんの盛大な舌打ちと共に寝袋に入り、
50メートル走で紬ちゃんは猫の“個性”を最大限活かした結果、1秒04を叩き出して弾けるような満面の笑顔を見せ、立ち幅跳びでも軽やかに飛び、誰の目から見ても『楽しそう』という印象を受けた。長座体前屈では柔らかく、持久走では“個性”なしで走り続けている。最下位の僕からすれば、幼馴染二人はすごい成績で上位を占めていた。
「ねぇ、名字なんて読むの? 私、
「
「よろしく。私のこと、美奈って呼んで」
「美奈。あたしのことは、紬って呼んでくれ」
「わかった。紬、これからカラオケ行かない?」
「ごめん。今からバイト。水曜日なら大丈夫」
「わかった。あさってね!」
断りつつもきちんと埋め合わせをする姿勢に好感を持ちつつ、僕は下校するために教室を出た。