本格的な授業が始まった翌日。
ヒーロー基礎学は私オールマイトが担当し、その授業で二人一組になってヒーローとヴィランに分かれ、ヴィラン側はハリボテの核を守って屋内戦をするというもので、猫戸少女と芦戸少女はくじの結果でヒーロー役になった。
彼女達の対戦相手は、筋骨隆々の
猫戸少女は慎重で用心深い上に観察眼が鋭く、昨日だけで生徒全員の性格をある程度把握している。通信機越しの会話を聞く限りでは、口田少年は戦いを好まないと早々に判断して、砂藤少年のみを警戒するようだ。
彼女のコスチュームも極力無駄が省かれており、ポケットの類は必要最低限。頭部以外の露出がない空軍パイロットが着るような首周りにクッション材が仕込まれた体のラインが出るスタイリッシュなスーツだけでなく、手袋やコンバットブーツも全身が暗闇に溶けこむような艶消しの黒で統一されて、金色の瞳だけが爛々と光るその姿は一見
『やっほーい!』
『…美奈』
『ごめんごめん』
『はしゃぐな。演習でも本番だと思って真面目にやれ』
『えー。紬ってば真面目~』
『真面目にやらないと怪我するのは当たり前だろ。大概にせんか』
『っ! ごめん』
『待て』
方言混じりでぴしゃりと叱った後は、猫戸少女が“個性”でヘッドギアで守られていない頭頂部から黒い猫耳を生やし、曲がり角にたどり着く度に行く先を警戒し、危険の有無を視覚や嗅覚も駆使して確認。後続の芦戸少女に合図を出しながら、確実に前に進んでいく。
初めてにしては身のこなしがとても滑らかで、核を守る二人がいる最上階までたどり着いた。扉に罠がかけられていないことを確認した猫戸少女は、酸で溶かすよう芦戸少女に指示し、堂々正面から突入する。
『!』
『テメェらの相手はあたしだ』
少年達の反応より早く持ち前の脚力で間合いを詰めた一瞬で、事前に渡していた捕獲テープを巻きつけて動きを拘束した隙に、芦戸少女がそれをかいくぐって核の回収に成功して演習が終了。
連携が取れた、実に良いものだった。
放課後になって、涙を制服の袖口で拭う爆豪少年の背を見送り、背後に立つ包帯だらけの緑谷少年と再度向き合う。
「ところで、猫戸少女はどこに?」
「え? あ。カラオケに行くって言ってました」
「そうか…」
「つむ…。猫戸さんに何か用だったんですか?」
「君達が幼馴染だって少年少女達が言ってたから、ご挨拶をと思ってね。行き先知ってる?」
「いえ、知りません。すみません」
「いやいや。緑谷少年が謝ることじゃないよ」
いつも通り快活に笑って許しながら、猫戸少女とどうにか接点を持つために他の方法を探り、担任である相澤君が脳裏に浮かんだ。緑谷少年と別れてから仮眠室に向かい、背広に着替えて職員室に直行する。
「…お疲れ様です。オールマイトさん」
「お疲れ様、相澤君。猫戸少女のこと何か知ってる?」
「緑谷と爆豪の幼馴染としか。それ以外なら、反感を買わない範囲で本人に直接聞けばいいでしょう」
「あ、うん。そうだね」
机上にあるノートパソコンを開いて猫戸少女の情報を閲覧するついでに、爆豪少年と緑谷少年のものも一緒に開くと、幼稚園が一緒だったことが判明した。その後、彼女は親の都合で三重県に引っ越し、地元の私立小中学校に通っている。雄英進学に伴って単身引っ越すことになり、現在一人暮らし。学費と仕送りの援助を両親から受けているものの、自分の生活費と家賃を稼ぐために、自宅からほど近いチェーン展開している飲食店で週四日。17時から22時までバイトをしている。
未成年であるため親御さんはもちろんだが、学校と担任である相澤君からも許可が出ている。最低でもそれくらい働かないと、自分を
「やるとしても1学期が終わるまでですよ。本人も、とりあえずそこまでを一区切りにしてます」
「……」
こちらの液晶画面を
本格的に始まったばかりの学業とバイト。課題をやる時間など差し引いて計算してみても、猫戸少女の睡眠時間はおそらく6時間しか取れておらず、受験前に共に特訓した緑谷少年同様オーバーワーク気味なのではと心配になってしまう。
彼女のことが気になって仕事をできる限り早く終わらせようとしたが、あまり早く行っても店の迷惑になるだけなので小腹を満たす程度に、明日シフトが終わる1時間前に来店しようと決めた。
案の定、店は騒ぎになったが『ただ夜食を食べに来ただけ』ということで一時的に沈静化する。当の猫戸少女といえば、ホールスタッフで配膳や注文。テーブルの片付けで文字通り駆け回っており、視線が合っても会釈と営業用の笑顔のみで、演習同様冷静さを崩さずに去っていった。
「こんばんは。猫戸少女」
「っ! …オールマイトさん。驚かせないで下さいよ」
「ハッハッハッ! それはすまなかった」
まさか、学校の教師が出待ちしているとは思っていなかったようで、猫のプリントTシャツにパーカー。フレアスカートにスニーカーといった可愛らしい出で立ちの少女が、眼前の人物の気配で身を強ばらせるよりも早く、眼光が鋭くなり臨戦態勢の構えを取った。しかし、不審者ではないと判断した彼女は警戒を解いてため息をつき、私を邪険にする様子はなく、とりあえず話を聞く姿勢を見せながら歩みを進める。
「…なんのご用ですか?」
「今日の演習についてだ」
「私のですか?」
「いや。君のは素晴らしかった。爆豪少年と緑谷少年のことだよ」
すると、『ああ。なるほど』と生返事を返して発言を続けた。信号待ちの間にふと見た街灯に照らされた彼女はしばらく沈黙し、思案顔だが誰かを深く
「出久君がやっと勝己君に反抗できるようになった嬉しさと、物事に優劣をつけたがる勝己君の増長が、あそこまで膨れ上がった悲しさ。ずっと心配していたことが現実になって、自分がただ傍観することしかできない心苦しさ。それが混ざり合ってる状態で…。……複雑です」
「そうか」
「幼い頃一緒に過ごしたから。あの二人を間近で見てきたからこそ、わかるんです。オールマイトさん。あなたは出久君に何をしたんですか?」
「!」
視界の端で信号が青になったのに、私は眼前の金色の瞳から目が離せないでいた。
幼馴染なら、当然緑谷少年が無個性だということは知っている。そして、雄英進学の一般入試で同じ会場にいた彼女なら、最後の仮想
「何もしてないよ」
結局、私がそう答えている間に横断歩道の信号が赤に変わり、深夜に差しかかっても車の往来が始まって耳に騒音が届き、我々の会話にも支障が出る。
「……そうですか」
猫戸少女は、排気音に負けてしまいそうなほど静かに告げて、私との会話を終わらせた。納得した態度を見せて余計な混乱と詮索を防ぐとともに、感情の制御ができている証拠だが、自分の目には大人びた印象を受ける。
私はそれに気づかないふりをしてから他愛のない話をして、住宅街に繋がる夜道を5分ほど歩き続け、彼女が一人で暮らすコーポハヤシの107号室まで送り届けた。