黒板に表示された学級委員長の欄に紬ちゃんの名前があったけど、本人は自らを立候補せず、あまり乗り気じゃないようだった。
「紬ちゃん。今からでも変わってくれる?」
「却下。それに、女子は
カツ丼を持つ僕の願いをばっさり一刀両断した幼馴染は、涼しい顔で上品に肉じゃが定食の味噌汁から手をつけ始め、そこで飯田君の胆力どうこうの話をされると、余計に胃の辺りがキリキリと痛む感覚がした。
「胆力なら、紬ちゃんのほうが適任だよ。かっちゃんに物怖じせずに挨拶できるし」
「でも、か弱い女子に向かって『クソブス』とかは酷いと思うんよ」
「そうだ。決して聞き流せるものではないぞ」
「……」
「あ。飲みこんでからで大丈夫だからね」
僕達の向かい側に座る麗日さんと飯田君の答えに対し、まだ肉じゃがとご飯を
「そう言われても、こっちは慣れてんだ。幼稚園の頃から変わらないし、口癖みたいなものだからほっとけばいい」
「しかし…!」
「……」
「いや。すまない」
飯田君の目をしっかり見て無言の圧力をかけた紬ちゃんは、何事もなかったように食事を再開し、彼の兄でプロヒーロー『インゲニウム』の話に適度に
『それは大変だ!』と飯田君が勢い良く席から立ち上がり、紬ちゃんは食事を中断されたことに腹を立てているのか背筋が凍るほどの冷笑を浮かべ、舌打ちをした後に離席して植木鉢をひょいと飛び越えて、人の波とは逆方向に向かって外が見えるガラス窓に近づく。
「猫戸君! 屋外はこっちだぞ!?」
「原因究明が先だ。飯時くらい遠慮しろよ。クソが」
『食べ物の恨みは怖い』と言うが、それは彼女にとって重要な問題だ。
彼女がまだ感情表現に乏しかった年少の頃、給食の時間にデザートを横取りした友達に対して、先生の制止があるまで、無表情のまま無言で何度も拳で殴り続けたことがある。あの時は、さすがにかっちゃんも唖然とし、開いた口が塞がらなかった。
紬ちゃんの伝達と飯田君の活躍により、原因が朝に正面玄関口で待ち伏せしていた多数の報道陣であることが判明し、『非常口』というあだ名がつけられた飯田君が僕に代わって学級委員長となる。
翌週のヒーロー基礎学は救助訓練で、担当教師は担任と副担任。もう1人で行うらしく、コスチュームの着用も個人に委ねられ、訓練場は少し遠いためバスで向かうと言われる。乗車後に思っていた席とは違うことに落ちこむ飯田君に対して、芦戸さんの隣に座っている紬ちゃんも苦笑し、話は派手さと強さになり、かっちゃんと轟君に注目が集まる。
「爆豪ちゃんはキレてばっかだから、人気出なさそう」
「んだとコラ! 出すわ!」
上鳴君に『クソを下水で煮込んだような性格』と言われて、語彙力に対して『殺すぞ』とかっちゃんが返す。でも、それに堂々と異を唱える人が1人だけいた。
「そう言わないで。ああ見えて結構優しいとこあるし、一定層の人に人気出ると思うよ」
それは紬ちゃんで、コスチュームは彼女が好む昔の小説『フルメタル・パニック!』の作中に出てくる組織の操縦服をモデルにしているらしいが、体の線に沿っているため、正直目のやり場に困っている。でもカッコよく映り、軽量化されたヘッドギアは膝の上に行儀良く鎮座していた。
そんな彼女の言葉に全員が驚き、信じられないという目でかっちゃんを見ている。言った本人は評価した人に優しく微笑み、歯を食いしばっているかっちゃんは柵を持つ手に力をこめ、番犬のごとく激しく吠え続けた。
「馬鹿にしとんのか!」
「してない。優しさがなかったらただのクズ野郎だし、その時点で友達辞めてるよ。これからもよろしくね」
「ケッ。テメェとよろしくするつもりなんざねェわ!」
強く拒絶されても傷つく
バスの到着先には、災害救助専門のプロヒーロー『13号』が待ち構え、施設内部はユニバーサル・スタジオ・ジャパン同様様々な災害が想定して設置されており、正式名称『嘘の災害や事故ルーム』。略称で『USJ』と言うらしく、想定外の名称の一致に生徒一同唖然とする。そして、自分達の“個性”は一歩間違えば簡単に人を殺せるもので、それを各自が把握した上で人に向ける危うさを学び、同時に
異変が起こったのは、その直後だった。
ドーム状の施設をぐるりと囲む照明が明滅後に消え、階段を下りた先にある中央に位置する噴水が不規則に噴出を繰り返し、空間が渦を巻くようにぐらりと歪んで、黒い霧が中央周辺を包んでいった。そこから、ぞろぞろと大勢の人達が出てくる。
即座に、相澤先生の指示が飛ぶ。
「ひとかたまりになって動くな! 13号、生徒を守れ!」
『
「簡単に避難させないだろうな」
そう静かにつぶやいたのは、笑顔が消えた紬ちゃんだった。
おそらくもうひとつの“個性”を応用して黒い猫耳に長い尻尾を生やした状態の彼女が言った通り、眼前に黒い霧の“個性”を持った人が玄関までの通路を塞いで、クラスの避難を難なく妨害し、自分達のことを『
「うっ…!」
僕達に襲いかかった霧は文字通り散らすことに成功したようで、
なんとか広場に繋がるプールの縁まで3人一緒にたどり着いた時、相澤先生は肩で息をしている状態で、すでに体力も抹消する“個性”も限界を迎えていて、インターバルのことも注意深く観察していた線の細い敵に見破られている状況だった。
「ところで、ヒーロー。本命は俺じゃない」
先生の身長を優に越える巨体と、脳と
形勢や戦略全てが敵側の有利なほうに事が運んでいき、相澤先生の右腕がたやすく折られ、僕達はただ敵に見つからないように息を殺して戦況を見守るしかなかった。
「ギッ!」
しかし、『カイジン・ノウム』が何かの衝撃を受けて脳の欠片と血を流しながら悲鳴を上げ、先生の右腕を掴んでいた右腕が肩先から落ちたことで、敵味方関係なく一同我に帰る。
「っ!」
足音も気配も消して敵の本命に弱点である剥き出しの脳に直接攻撃をしかけて、指先から猫の
「相澤先生を返してもらうぞ。マッチ棒」