救いの手   作:白天竺牡丹

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第4話 猫とシガラキ

「相澤先生を返してもらうぞ。マッチ棒」

 

 初めて見た猫戸のコスチュームは艶消しの黒で統一されたもので、頭から爪先まで無駄が省かれた合理的な作りになっており、向けられている背中からは頼りなさなど微塵も感じられない。

 

「これも奪っておこう。暴れられたら洒落にならん」

「クソガキ…!」

「クソガキに奪われるお前は間抜けだな」

 

 猫戸が隠していた影の“個性”で、敵が触れるより前に『ノウム』とやらの巨体を影が包んで縮んだと思った瞬間、それは眼前から姿を消していた。

 ガリガリと首筋を片手で()き始めて空いた手を伸ばした敵の殺意や憎悪をものともせず、前(かが)みの姿勢になった彼をひょいと身軽な足取りで避けて、容赦なく(あご)を蹴り上げる。そして、ついでと言わんばかりに右ストレートを食らわせた。『マッチ棒』と評されるほど細い男は、高校生になったばかりの女子に殴り飛ばされ、広場の地面を二転三転した後にようやく止まる。

 

「死柄木(とむら)。っ!? どうしたのですか!?」

「あのクソガキにノウムを奪われた…! 殴られたし、蹴られた!! 黒霧。13号は()ったのか?」

「行動不能にはできたものの、散らし損ねた生徒がいまして、1名逃げられました」

「…は? お前…。お前…! お前がワープゲートじゃなきゃ、粉々にしてたよ…!」

 

 それから落ち着きを取り戻し、何十人ものプロヒーロー相手では勝ち目がないことから『ゲームオーバー』だと言い、あっさり撤退を選択した。しかし、あの巨体の化け物を用意した上に、ここまで奇襲に成功しておいて引き下がり、現実や物事をゲーム感覚で(とら)える思考が理解できない。

 

「あ、そうだ。帰る前に、『平和の象徴』としての矜持を少しでもへし折って帰ろう!」

 

 シガラキと呼ばれた青年は、(わら)いながら片手を伸ばし、猫戸に襲いかかる。俺の右肘の皮膚を崩し、筋肉まで露出させた“個性”で彼女を殺す気だ。しかし、明確な死が差し迫っているというのに、猫戸は恐怖で体が強張ったり、指先が震えたりすることはない。

 片膝をついた姿勢のまま、普段通り落ち着いた呼吸をしているだけだ。

 だが、このままでは確実に命を落とす。それだけは何があっても絶対に避けるべきことで、自分のドライアイや折られた右腕は後回しにして抹消の“個性”を発動させた。

 

「…チッ。…ほんとカッコいいよ。イレイザーヘッド」

 

 眼前に猫戸がいるせいで敵と彼女との正確な距離が(わか)らない。もしかしたら、もう指先が触れているかもしれない。

 判らない尽くしで腹に力をこめて気張っている隙に、すぐ近くで動きがあった。

 

「手、放せ! スマーッシュ!」

 

 今度は水辺にいた緑谷が拳を振るって、敵の頬を殴りつけるはずだった。

 黒霧と呼ばれた男が“個性”を膨張させて、瞬時にシガラキと緑谷の間に割って入り、ワープゲートを開いて緑谷を噴水の遥か向こうに移動させることで攻撃を不発にし、少年は受け身を取れずに地面を転がる羽目になる。

 

「いい動きだ。『スマッシュ』って、オールマイトのフォロワーか?」

 

 シガラキが言った矢先、施設の正面玄関にあたる方向から破壊音が聞こえてきて、何者かによって扉が乱暴に開け放たれた。新たな(ヴィラン)の増援だと思って警戒して身構えたのは、今のところ猫戸だけで、あとは敵味方関係なく音に驚いて身を固くする者達ばかりだ。

 

「もう大丈夫! 私が来た!」

 

 オールマイトさんの声がUSJ中に響いても、猫戸は緑谷達とは違って怪我人の俺に背を向けたまま警戒を緩めず、音に驚いた際に頭頂部と腰から勢い良く生え出た黒い猫耳と尻尾を(せわ)しく動かして、この場からできる限り情報収集にあたっている。

 そして、チンピラが何かを言った直後にはおそらく殴り飛ばされ、顔面と右腕の激痛で気を失う寸前の自分の体が浮いた。たぶんオールマイトさんに、右腕を外側にして横抱きにされているのだろう。

 

「相澤君、すまない。猫戸少女、よく頑張った」

 

 

 そこから先の記憶がないため、オールマイトさんから後日、こちらから尋ねてもないのに詳細を聞かされた。

 

(みんな、入口へ! 相澤君を頼む。意識が無い。早く!)

 

 峰田と蛙吹は命令を聞き、二人がかりで俺の体を抱えて退避したが、猫耳と尻尾を収めた猫戸と歯を食い縛った緑谷はオールマイトのところへ引き返したらしい。敵は、やはりノウムありきの作戦だったようで、黒霧だけでは出勤時間に制限時間を越えた状態のオールマイトを完全に足止めするには至らない。

 

(目にも止まらぬ速度のあなたを拘束するのが、ノウムの役目。そして、あなたの体が半端に留まった状態でゲートを閉じ、引き千切るのが私の役目。しかし、あの少女にノウムを奪われた以上、我々に勝ち目は無い。敵ながら見事な状況判断です)

 

 猫戸が黒霧に触れた瞬間、爆発という横槍が入る。

 

(退け! 邪魔だ、猫!)

 

 爆破の衝撃により黒霧は霧散し、その隙に猫戸の指示で緑谷と共にオールマイトを挟むように周囲を警戒。シガラキは攻撃を仕掛けようとするが、直前に氷結で首元まで一気に凍らされ身動きが取れなかった。

 

(テメェらが、オールマイト殺しを実行する役とかって聞いた)

 

 轟が足止めしたが例の崩す“個性”で氷結が塵になり、殴りかかろうとした切島とシガラキの手が危うく接触しそうになって、たたらを踏んで後退した拍子に切島の後頭部と猫戸の顔面が思い切りぶつかるという、なんとも間抜けな一場面もあったらしい。

 

(スカしてんじゃねェぞ、モヤモブがァ!)

(平和の象徴はテメェらごときにやれねェよ)

 

 爆豪が籠手(こて)を着けていない左手で、黒霧の体の一部を押さえていたため、ゲートを展開しようとしても無理な話だ。『怪しい動きがあると判断すれば、すぐに爆破する』という、およそヒーローらしからぬ爆豪の言動に切島と猫戸双方が苦笑したが、観念したのかその隙にシガラキは逃げる素振(そぶ)りも見せない。

 

(そこの霧と一緒におとなしくお縄にかかれ。シガラキ・トムラ)

(…お前のせいだ。お前さえいなければ! クソッ! なん──)

(足元がお留守だぞ)

 

 痛む鼻を指先で押さえながら、しれっと告げる猫戸とシガラキの影は、すでに文字通り足元を基点に繋がっており、彼が動こうともがいても接着剤で固めたようにびくともしない。無駄な抵抗なのに諦めの悪い彼を見て、彼女はなおも会話を試みる。

 

(詰みだから諦めろ。ところで、首筋を()く癖は思い通りにならないから?)

(うるさい…!)

(全て思い通りにいく人生があると思ってんの? うまくいかないから、あの黒霧相手に子供みたいに癇癪(かんしゃく)を起こすつもり? 迷惑だし、見苦しいからやめとけ)

(うるさい!! 黙れ!!)

(吠えるな。やかましい。話は変わるが、ノウムは人間と何をかけ合わせてるんだ? 答えろ)

 

 正論を交えた尋問で相手を精神的に追い詰めるやり方は素晴らしいが、子供のような青年相手では話が余計に(こじ)れるだけだ。

 オールマイトさんが猫戸を止めて、問い詰める時間が終わる。

 それから飯田が動ける教師を率いて増援を呼び、全(ヴィラン)を逮捕することになったが、黒霧とシガラキトムラ両名だけは“個性”を使って逃亡したと報せを受けた。

 

「ノウムは、あれからどうなったんです?」

「猫戸少女の“個性”と私の怪力で、影から引きずり出して直接お縄にかけたさ。今は警察のほうで解剖中らしいよ」

 

 ひとまず解決して良かったと思う反面、猫戸の有事に対する異常なまでの冷静さと判断能力の高さに引っかかりを感じているのは、どうやらオールマイトさんも同感で、一度親御さんと話してみようと決意する。

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