Lostbelt No.EX-異聞統合封土ガイア-地に落ちた林檎   作:飴玉鉛

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2004回目の聖杯戦争

 

 

 顔に硬く、冷たいものを押し当てられている。

 

 無機的で、息苦しさを感じるこの心地は、決して自然なものではない。

 懐かしい土の香りとも、風に靡き擦れ合う葉の囀りとも、正反対に位置する人工の感触だ。

 どこか場違いな場所に居る気がする。

 ――ああ、そうだ。場違いなんだ。だって俺は……俺は――?

 

「っ……」

 

 言い様のない悪寒に襲われ、目を覚ました。辺りが冷たい空気に包まれているのを知覚する。天井(うえ)地下(した)をアスファルトで挟まれ、閉ざされた空間だ。

 呻き声を上げて両手を地面につき、上体を起こした俺は、自分がアスファルトの地面にうつ伏せで倒れていたのだと理解した。顔に押し当てられていると感じていたのはこの冷え切った地面なのだ。

 ……ここはどこだろう。寝起き故かぼんやりとした頭で思考する。

 すると、すぐ隣に一人の男が立っているのに気がついた。

 

「起きたか」

 

 その男を一言で例えるなら、痩せた獣だ。飢えて、彷徨い、餌を求める伽藍の獣。野卑な香りはなく、卑しさもなく、獣らしい貪欲さもないくせに、ありもしない餌を求めて放浪する一匹狼。

 単純に、未知の生き物。純粋に、怖いニンゲン。全身が粟立ち総毛立つ様な戦慄は、この男の前で無防備に寝てしまっていた己に対するものだ。

 硝煙と血の匂いを充満させるその男は日本人的な容貌ではあるが、今まで見てきたどんなニンゲンより危険に見える。それこそ()()()()のような魔女よりも、ずっと。

 

「……アンタは、」

「つまらない詮索はするな。状況が掴めていないのは僕も同じだからな」

「………」

 

 ろくに手入れもされていない黒い髪――草臥れた相貌と、昏い奈落を詰めたかのような眼。黒いコートとスーツという、全身を黒一色で固めた出で立ちの男は、俺が何か言いかけるのを遮り顎で示す。

 

「それよりも、見ろ」

 

 促されるまま見ようとはせず、しかし見ないわけにもいかず、俺は男に対して注意を払いながらも示されたものを見る。

 男が俺に見せたかったのは、今俺達がいる場所だ。自分がどこにいるのかを俺に認識させたかったのかもしれない。

 

「ここは……」

 

 そうして、俺は絶句した。なんとも形容し難い違和感に殴りつけられて。

 

「どこかは知らないが、僕達は今どこぞの地下駐車場らしき所にいる。だがおかしい。これだけの規模なのに()()()()()()()()()()()()、それどころか()()()()()()()()()()()()()んだ」

「………」

 

 見渡す限りの空洞だ。

 駐車場というものが、車という乗り物を置いておく為の所だというのは知っている。なのにその車がないし、そもそも()()()()()()()()のに周辺環境や隣の男の存在を視認できている。普通なら全く何も見えないはずだというのに、だ。それにどれだけ広いのか――遠くを見ても突き当たる壁がない。地平線の彼方まで、どこまでもどこまでも天井と地面に挟まれた空洞が続いている。

 男は冷静な表情と声、機械的な瞳で俺を見下ろした。

 

()()()()目を覚ましたのがお前だ。お前は誰だ? 見たところ日本人らしいが」

「……そう言うアンタは誰なんだ。普通、名前を訊ねるなら自分から名乗るものだろ」

「質問をしているのは僕だ。余計な事は言わない方がいい」

「………」

 

 有無を言わせぬとはこういうことか。男の態度から、どうやら俺はこの男に疑われているらしいと察せられる。まるでこめかみに拳銃を突きつけられているかのような威圧感だ、逆らっても良いことはなさそうである。……ここは素直に従った方がいいかもしれない。

 

「俺は、静希草十郎(シズキ・ソウジュウロウ)だ」

「歳は」

「17歳。三咲町の三咲高校に通ってる高校生だよ」

「……静希草十郎。お前は魔術を知っているか?」

「知ってる。けど知ってるだけだ。その魔術っていうのを使える知り合いがいるんだ」

「……、……そうか」

 

 魔術。この言葉を出され、素直に答えると、男は小揺るぎもしないまま警戒心を高めたようだ。

 無言で一歩間合いを離した男の間の取り方は、()()()()()()()()()ことができるもので。俺が立ち上がるか妙な動きを見せた途端、制圧してくるつもりなのが伝わってくる。剣呑だな、と思う。この男は当たり前の行動として、自然に『敵』という存在を想定しているのだ。

 

「アンタは? 俺は名乗ったんだから、今度はアンタの番のはずだろ」

「………」

 

 男の目をまっすぐ見て問う。すると男は数秒の間を空け、思案しながら答えた。

 

「……衛宮切嗣(エミヤ・キリツグ)だ」

 

 衛宮。そう名乗った時、男は俺の反応をつぶさに観察しているようだった。

 もしかすると彼は有名人なのかもしれない。その名前を聞いた時の反応を見ているようだ。だけど俺は、その手の話には詳しくない。名前を言われても驚いてはやれなかった。

 

「そっか。ならアンタのことは衛宮さんって呼べばいいんだな……あ、敬語で話した方が――」

「いや、僕にそんな拘りはない。君が僕を警戒する気持ちは分かる。好きにするといい」

 

 それじゃあ遠慮なく……。

 彼は年上の人だ、敬語で話すのが礼儀だとは思うが、()()()()()()()()()()()()()()と、俺はなんとなく感じていた。なんというか、身の危険を感じるのだ。身近に居てほしくない。

 

「それより静希()()、君は三咲町に住んでいるみたいだが、魔術を使える知り合いというのは()()か? それとも()()()かい?」

「蒼崎と有珠を知ってるのか?」

「――なるほど。蒼崎に、()()ときたか……」

 

 衛宮切嗣が何故か失笑気味に苦笑いする。態度は軟化して、幾らか自然体になったが、彼にはなんらかの判断が付きつつあるらしい。状況が把握できてきているなら教えてほしいものだ。

 

「質問しよう。君は意識を失う前はどこにいた?」

「有珠のところだ。家にいて……あれ?」

 

 そこまで思い出すも、そこから先に辿るべきものがないと気づく。

 顔が険しくなっていたのだろう、衛宮切嗣は俺の様子から再び表情を引き締めた。

 

「その様子だと意識を失う直前の記憶はないらしいな。……君は日本にいたみたいだが僕はドイツにいた。そして君と同じく此処へ至るまでの記憶がない。君はあの久遠寺邸にいて、僕はアインツベルンの城にいたというのに、一体誰がどうやって僕達を連れてきた……?」

「……俺にはサッパリだ。魔術とかいうのは、こんな簡単に人を拐ったりとかできるんだな」

「魔術はそう万能なものじゃない。特に久遠寺の魔女とアインツベルンの目を盗み、その関係者を拉致してしまうだなんて無茶を実現するのは、僕の知り得る限りだと不可能だと断言できる。何よりそんなことをするメリットがない。……いや、僕に想像がつかないだけでメリットはあるのかもしれないが、得られるだろうリターンとリスクがまるで釣り合っていないだろう」

 

 「現状で認識するべき要点は五つだ」と衛宮切嗣は言う。そうして広げた掌の指を一つ、一つと折っていきながら、彼は視線を俺から外して周囲を見た。

 俺も気づいてはいた。ここには、()()()()()()()()()いるんだ。まだその五人は目を覚ましていないらしいが、全員が無造作に地面へ投げ出されて眠っている。

 

「一つ。少なくとも僕と君の他に五人の、合計七人を拉致し、同じ場所、同じ時間帯に目覚めるようにした『何者か』がいる。ソイツは並の魔術師じゃないな。それと個人でもない。僕と君は日本とドイツの、有力な魔術師の庇護下にいたが、それらの目を盗み拉致を実現する成果を見せたんだ。こんなことは個人で出来る事じゃない。必ずそれ相応の組織が関わっているだろう。

 ――そうでなければ、()()()()()()()()()()()

 話を戻そう、二つ目の要点だ。ここは恐らく固有結界の内部か、それに準じる大魔術の領域内だろう。出口がないのは当然だ、そんなものを親切に設定しているとは思えない。だがこれだけの異界を維持するには天文学的な魔力か、それに代わる設備と電力が必要になるだろう。ここからも個人には不可能な犯行だと断定できるな。

 三つ。僕達を捕らえ、ここに閉じ込めた『何者か』の目的は今のところ不明だ。僕は最初に目を覚ましたからね、まず他六人の持ち物や人相を検めさせてもらったが、僕の他に()()()()()()()()。人種は七人中六人がアジア人で、内一人を除いた奴が日本人だ。一人は白人の女、歳は二十歳前半で、ソイツが魔術師だな。多分、時計塔の紐付きだろう」

 

 その白人の女はしなやかな肢体を持ったスーツ姿の麗人だった。ワインレッドの髪は男性的なカットをされていて非常に短い。だが何より目を引くのはその鍛え込まれた肉体だ。スーツを纏っていても分かる。この女の人は、山の熊なんて比じゃないレベルでぶっ飛んでる、と。

 蒼崎と殴り合ったとしたら、蒼崎が一方的に叩きのめされて終わりそうだ。戦闘というレベルだと衛宮切嗣にも匹敵するか、上回っている気がする。

 

「そしてもう一人の魔術師がそこの白髪の黒人だ。肉体的なポテンシャルで言えば七人の中で随一だろう。恐らく魔術をただの手段として使う、フリーランスの魔術使いだな」

 

 白髪の黒人……確かにいる。190cm近い身長と、全身を覆う筋肉の鎧は凄い力を発揮しそうだ。

 黒いボディーアーマーを身に着け、白い外套を纏い、短い白髪をオールバックにしている。

 彼を見る衛宮切嗣の目は剣呑な光を放っていた。

 

「……要点を纏めてくれるのは有り難いが、どうしてそれを教えてくれるんだ?」

 

 気になって問い掛けると、衛宮切嗣はちらりと俺を一瞥した。

 

「理由は単純だよ、静希くん。君が()()()()()()()()()()()からだ。早い話、君を脅威だと思えないから、他の五人が起きる前に味方にしておこうと思っただけのことさ」

「……なるほど?」

「付け加えると、こんな状況に放り出されたのに落ち着いている点と、()()()()()()()()()()()()だから、何があっても足手まといにならないだろうと見込んだからでもある。……と、どうやら他の連中も目を覚ましそうだ。他の要点はまた機会があれば話そう」

「……分かった」

 

 とりあえず頷いておく。衛宮切嗣は俺に好感を持ったらしいけど、生憎と俺はこの男のことが苦手だった。

 ――だってそうだろう。衛宮切嗣は俺に好感を持ったとしても、きっと必要となればすぐに牙を剥いてくる。そんな危ない奴に好かれたって、ちっとも嬉しくない。

 俺はひとまず、目を覚ました他の人達に目を向けた。彼らも衛宮切嗣と話すことになるだろう。俺は黙ってそれを見ておくことにする。

 

 ……誰がやったのかは知らないが、迷惑な話だ。こっちにはバイトだってあるのに、なんだってこんなところに拐ってきたのだろう。多分蒼崎と有珠も心配してる……してる、はず。だから早く帰らないといけない。そのためにも、なんとかしないといけなかった。

 具体的に何をどうしたら良いのかなんて、全く分からないのが難点だが――

 

(――今更だな。()()()()()()()()()()()のは、今回が初めてってわけでもない。初体験ってのはなんにでもあることだ、大事なのはそういう時に慌てないことだと思う。……だよな?)

 

 ちょっと自信はない。なくても構わない。俺は、地面に座り込んだまま衛宮切嗣をぼんやり眺めることにした。

 誰かが行動を起こすとしたら、それはあの男であると見定めたのである。気分は山の中で土砂崩れを目の当たりにした時のもの――つまり人の身にはどうしようもない、ということだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 七人中、最も早く目を覚ましたのは幸運だった。

 だが、恐らくという注釈はつくものの、最も早く起きたのは偶然ではない。

 自分は精神の解体清掃(フィールド・ストリッピング)により、意識を解体してストレスを識域諸共消し飛ばし、約2時間の休眠を取っていたのだ。安全だと判断した冬の城で、()()()()()()()体調を整える為に。

 2時間という規定時間を過ぎた為、消し飛ばした意識は自然再生して意識を取り戻した事になる。この2時間の間は肉体的に完全に無防備になる為、細心の注意を払う必要があるが、代わりにどれだけの心的肉体的な疲労も無くせる為重宝しているのだが――それが今回は仇になったかもしれない。

 

(アイリ……イリヤ……)

 

 身から出た錆とはいえ、2時間の空白の時間の内に何があったのか知る術はなかった。

 

 アインツベルンの城にいた衛宮切嗣を、どうやって連れ去りこうして未知の領域に捕らえた。目的は? どんな手を使ってあの場所に侵入した。妻や娘は無事なのか――『魔術師殺し(傭兵)』としての活動を中断し、九年の雌伏を経た切嗣は錆びついている。身体的にも、精神的にもだ。故に切嗣の精神はこの異常事態に際して、限界寸前まで軋みを上げている。

 だがそれでも彼は思考を止めない。考えることをやめない。

 ……最も高い可能性としては、アインツベルンが変心して切嗣を切り捨て、処理するために隔離したというものだが、それにしたって回りくどいだろう。精神の解体清掃をしていた切嗣は無防備だったのだから、処理したければその時にやれば良いだけの話だ。よってこの可能性は却下できる。アインツベルンは、衛宮切嗣を切り捨ててはいない。

 

(令呪は――ある)

 

 切嗣の手には、冬木の聖杯戦争にて参加者の証となる、三画の令呪という膨大な魔力リソースが刻まれていた。 

 これが奪われず切嗣の手にあるということは、切嗣を連れ去った下手人が令呪を摘出する術を持っていなかったか、聖杯戦争のことを知らないか――あるいは聖杯戦争に利用しようとしているケースも想定できる。最悪の場合、サーヴァントを召喚しても、この場を切り抜けられないかもしれない。少なくとも切嗣を意思持たぬ傀儡にしていない時点で、拉致の下手人はサーヴァントをも御せると判断するに足る何かを持っているのだろう。

 だがそれは下手人が英霊の力を見縊っているからこその慢心の可能性も――

 

(馬鹿な。楽観はやめろ、衛宮切嗣。敵の規模は未知数だ、舐めて掛かっていい道理はない)

 

 なんであれ、サーヴァントは強力な戦力だ。召喚できるなら即座にするべきだった。

 だというのに起きてすぐサーヴァントを召喚しなかったのは、英霊召喚のための準備を整える道具がなく、何よりこの場にいる人間の数に嫌な符号を見つけてしまったからである。

 

(この異界――恐らく固有結界か、それに類するものだ。これだけ大掛かりなものとなると、維持には相当大きな組織が関わっている。その正体は気になるが、今問題なのは閉じ込められた人数だ)

 

 第四次聖杯戦争の参加者である切嗣の他に、六人の人間。内、自分を除いて二人が魔術師だ。

 七人が、この異界の中に居る。

 そして――聖杯戦争のマスターも、七人。

 この数の符合は偶然か? 限りなく可能性は低いが、聖杯がイレギュラーを起こしマスターをどこぞに召喚した可能性も想定し――そんな機能があるなど妻から聞いたことはないが――まだ眠っていた六人に手出しは控えたが、そうでなければ魔術師の二人は始末していただろう。

 冬木の聖杯戦争には御三家が存在する。自分がアインツベルンであり、他が遠坂と間桐だ。前者は当主の遠坂時臣がマスターであるという裏が取れているが、後者は不明だった。魔術師がここに二人いることから、遠坂時臣はなんらかの理由で聖杯戦争から降り、第三者を代理か手駒として参加させたと見るべきだろうか? 間桐も同様に外部から傭兵を――そんな馬鹿な話があるかとは思う、思うが、しかしそうとしか考えられない。

 魔術師二人がこの異界になんらかの形で関与していないか、一応調べてはみた。女の方は、白だ。現存する宝具らしきものを持っていたが、あれは恐らくケルト縁のもの。とはいえ結界の維持や構築にはなんの役にも立たない。この女が時計塔の輩だと思ったのは、現存する宝具だなんてものを所持している野良の魔術使いがこの場に居合わせる確率は低いからだ。恐らく遠坂の傭兵だろう。となると怪しいのは男の方だ。明らかに魔術師、あるいは魔術使いであるのに、その男は礼装の類いはおろか武器の一つも所持していなかったのだ。

 

(男の方は念の為、始末しておくべきなのかもしれないが……)

 

 そうは思うも、手出しは躊躇われた。なにせその男を含め、()()()()()()()()()()()。全員の服を脱がして調べたのだから間違いない。

 手元に道具があれば、拘束するなり時限爆弾を忍ばせるなりしたが、今の切嗣の手元にある装備はキャリコ M950Aとその弾丸100発、サバイバルナイフが一本、トンプソン・コンテンダーと起源弾6発だ。それらがご丁寧にもコートの内側に忍ばされていた。

 

 不気味だ。切嗣の武装を全てではないにしろ持ってきているとは……一度解体(バラ)して細工が施されていないか確認したとはいえ、正体の知れない他者の手が加わった武器など使いたくはない。

 信頼できるのは細工の施しようのないナイフのみ――これでは到底何かを仕掛けられないだろう。それに彼らが聖杯戦争の参加者なら、今殺しても意味がない。聖杯戦争の主目的はサーヴァントを脱落させ、大聖杯にサーヴァントの魂を焚べる事なのである。燃料(英霊の魂)もないのに(聖杯)走る(使える)わけがなかった。

 

 今マスターを殺しても意味がない。むしろこの不可解な状況を解き明かす為にも、生かしておいたほうが賢明だろう。

 

(まずは全員が目覚めるのを待つ。そして僕やコイツらを拉致した輩の正体を暴き、可能なら袋叩きにする。目が覚めた者と会話し、何人かから信頼を得、同盟関係に持っていけたらベストだ。信頼を得られたら()()()()()()()()()()だからな)

 

 手元に聖剣の鞘という触媒はない。当初の予定だったアーサー王は喚べないだろう。

 本来なら不服であり、アサシンあたりを喚びたかったが、今は騎士王が持っているだろう聖剣の大火力は惜しかった。もしアーサー王が喚べたら、この異界を消し飛ばしてしまえる可能性が高いからだ。

 しかし無いものは無いと割り切る他にない。切嗣は一度思考をリセットし、目の前の現実に思考の焦点を戻した。

 

(静希草十郎……一般人のはずだが、どうにも()()()()な印象が拭えないな)

 

 直前まで接していた少年について懐いた所感を纏める。彼は歳は17歳で、高校2年生だという。しかし持ち物は若者らしくなく、財布がズボンの中にあっただけだ。学生証は入っていた為、偽名ではなさそうだが、あんなものは簡単に偽造できる。鵜呑みにするつもりは毛頭ない。

 普通の少年ではないだろう。どこか浮世離れしている。静希草十郎がまだ意識を取り戻していなかった時、彼も調べていた。肉体は情報の宝庫である、どんな名優でも体だけは素直だ。

 鍛えられた肉体は無駄を削ぎ落とし、辛うじて無害な一般人に見える範疇に留めている。全身は傷だらけで、過酷な修練を経ているのが分かった。あの肉体は兵士ではなく、アスリートでもなく、衛宮切嗣に――そう、暗殺者に似ていた。

 

 であるのに実際に話してみると純朴で、素直で、冷静だ。あるがままを受け入れる姿勢は、地獄と化した戦場を幾つも越えてきた切嗣とは似ても似つかない。これまで会ったことのない人種だ。

 どう評価していいか分からないが、あの久遠寺の魔女と蒼崎と関係のある人間らしい、油断していい相手ではないのは確かだろう。拳の錬成具合から見て得意とするのは徒手空拳、もし不意打ちに失敗した場合は遠距離からの射撃に徹し、近接戦は避けるべきだと結論する。

 

(射撃に徹する、か。僕もヤキが回ってるな。何者かの手が加わっているかもしれない武装を計算に入れるなんて。起源弾も機能するか怪しい、確実な効果を発揮するか調べないといけない)

 

 課題は山積みだ。現状はどう考えても詰んでいる、やはり今後の展開はサーヴァントの召喚に掛かっていると見て良いだろう。

 だがその前に、やるべきことがある。情報の収集と、布石を打つことだ。

 状況が動こうとしている。静希草十郎に続き、三人が目を覚まそうとしているのだ。

 時計塔の者らしき白人の女と、白髪の黒人、そして海藻類にも見える癖の強い髪の毛の少年。

 この三人と会話を試みる。切嗣は自身のらしくない遣り方に失笑気味に鼻を鳴らしながら、懐からタバコとライターを取り出して、火を付けたタバコを口に咥えた。

 

 紫煙を燻ぶらせながら、機械的に声を掛ける――その寸前。ぼんやりと瞼を開けた白髪の男が、切嗣を見るなり目を見開き、日本語ではっきりと呟くのを聞いた。

 

「――爺さん?」

 

 

 

 

 

 

 

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