Lostbelt No.EX-異聞統合封土ガイア-地に落ちた林檎 作:飴玉鉛
ギャリ、ギャリギャリギャリ。
火花を散らして、呪いの朱槍が地面を削る。
穂先を引き摺りながら接敵する槍兵を、剣聖は凪いだ湖面の如き双眸で静かに見据えた。
――槍兵の放つ殺気で、空気が澱む。
強大な霊基から溢れる神性で、汚染された風が重くなる。
精霊をも狂騒させる戦意は暴圧的で、狂気的だ。死の光に等しい半神半人の大英雄は、泰然としたまま静止している武士に軽口を叩く。それは彼なりの挨拶――これから殺すぞと暗に告げる口上だ。
「こんなシケたところで黄昏れてるたぁ、よっぽど暇らしいな――
開眼して神代の槍兵を見据える初老の武士。鋭い眼光に宿る剣気に、血と肉が沸き立つ感覚を槍兵は味わった。心地のいい殺気だ、途轍もない強敵である事を肌で感じて歓喜に身が震える。
これだ。これを求めていた。余計な縛りもなく、死力を尽くして戦う。戦の場に於いて生死を賭した意思の応酬などありきたりなものだ、そこに軽いも重いもない。生きるか死ぬかの原始の理に、煩わしい雑音を混ぜるのは性に合わなかった。純粋な殺し合いで勝てば生き、負ければ死ぬ。最善を尽くそうと最悪を犯そうと、そこに運否天賦の介在する余地などありはしない。
槍兵は凶悪な笑みを浮かべ、腰を落とすと朱槍を扱いた。
「退屈してんならオレの槍でも食らって逝きな。世界の命運だのなんだの、そんな重荷を老体に背負わせるのは偲びねぇ、早々に楽にしてやるよ」
「生憎と、我が身は衆生を背負う器に非ず。ただ主の意向に沿い、敵を斬るだけの刃なり。口上は無用、いざ尋常に彼我の勝敗を決さん」
「――いいねぇ、そういうシンプルな在り方は嫌いじゃない。嫌いじゃないが……悪いな、遊んではやれねぇ。最初から加減無しで、殺してやるよ――」
表通りから漏れ聞こえる喧騒。道行く人々の話し声、足音。車のエンジン音と走行音が奏でる不協和音は、しかし現代の人の営みから生じたもの故に、なんら違和の感覚を呼び起こすものではない。
異物は寧ろ、対峙する剣士と槍兵だ。時代錯誤の戦装束に身を包んだ両者の醸す、濃厚に過ぎる殺気のぶつけ合いこそが秩序を乱していた。狭い路地裏、直線上にある雑多な構造物、非常用階段やゴミ箱などを背景に、超常の者達は戦意のボルテージを最高潮にまで高める。
片や噴火寸前の火山のように。
片や水底に沈没する孤島のように。
セイバーのサーヴァント、柳生但馬守宗矩は己が主へ謹んで言上仕った。
(マスター。ご下命通り、敵の主従と接触致した。敵サーヴァントは恐らくランサー、敵マスターは南蛮の女。開戦の時でありましょう、不肖の身に力添えを)
『分かった、令呪を以て命じる。セイバー、
(承知)
戦闘開始の初日、初戦。そんな状況下であるのに躊躇なく、三画しかない令呪の一つを切るマスターの判断に、先見の明に長けた謀略家でもある宗矩は異論を唱えない。
充実する魔力はサーヴァントの燃料。なみなみと力を注がれ、宗矩は未だ嘗てない万能感を獲得する。その感覚は無念夢想の境地に至った宗矩をして高揚を感じるほどのもの――老境に至るまで培った技倆と鍛えた精神、令呪により得た若かりし頃の肉体面での
その魔力の充謐は、対峙するバゼットやランサーにも伝わった。どこかにいる敵マスターが、なんらかの強力な支援をしたと判断する。まさか初手から令呪を使用してきたとは想像もしていない。
(……ランサー。敵サーヴァントのステータスは先に言った通り、敏捷のランクだけ貴方を上回っています。心配はしていませんが、油断はしないように)
言われるまでもない。油断などするはずがなかった。
サムライは、敏捷のランクがA++である。それは彼のギリシャ最速の英霊をも上回り、サーヴァントとして最高のステータスを引き出されているアイルランドの光の御子も超えている。
だがそれは、最大速度で超えているというわけではない。もし敏捷のランクで速度が決まるなら、目の前の侍は駿足の英雄と、光の御子よりも速いという事になるのだ。それは有り得ない。故に敏捷のステータスが物語るのは初速、そして機動力であり、その二つの点で剣聖たる老兵は光の御子を超えている。白兵戦を主とするクラスの者なら、それは決して無視できない要素だ。
セイバーは昂ぶった精神を一息で整え、腰の
剣聖が静寂なる草原の柳を擦れ合わせるように囁く。
「――参る」
「応! 来な、セイバー……!」
彼の鋭利な剣気から、宗矩がセイバーだと断じた槍兵が応じる。
脱力。弛緩した肉体が地に倒れ――地を蹴った剣士が馳せた。姿の輪郭が霞む、初速から最高速に到達し刹那の内に距離を詰めた剣士の刃が鞘走る――寸前、至近距離から小刀が擲たれた。
並の勇士であれば視認も叶わず斬り捨てられていただろう。至近距離から投じられた小刀の迎撃が叶うだけで称賛に値する。しかし無論の事ながら、この槍兵は並ではない。
条件反射の如く魔槍を半周旋回させ小刀を弾き飛ばすと、間髪入れず大刀の間合いに踏み込んできた剣聖の抜刀撃を朱槍の柄で受け止める。火花が散り、しかし手応えが軽いのを感じた瞬間、槍兵は魔槍を更に半周旋回させながら跳び退いた。一撃で不利な戦況に追いやられると見た槍兵は、影も残さぬまま後退し即座に仕切り直したのである。
――この一瞬で抜刀撃を受け止められたと見るや、老剣聖は手首を捻って刃の角度を変え、魔槍の柄の表面を滑らせ槍兵の指を切り落とさんとしたのだ。跳び退き様に繰り出された槍兵の上段蹴りを、剣聖は首を傾けるだけで躱し、大刀を青眼に構えその切っ先で敵を睨む。
(――私の小刀への反応は随意のそれではない。スキルとやらによるものか。飛び道具は効かぬと見てよかろう……併せて見るに人体の構造からは考えられぬ体捌き、身体能力の一言で片付けられぬ。溢れる獣気、紛れる神気……人ならざる者との混血であろうな。であるならあの朱槍も尋常の物ではあるまい。迂闊に槍の間合いで死合えば、妖術の類いにて穿かれるやもしれん。……奴の好む間は外して掛からねば討たれる。守るなら後の先、攻めるならば常に先の先を取らねば)
「ハッ――!」
思考は1秒も経ない一瞬のもの。跳び退いて着地した途端、弾かれたように跳ね返った槍兵の体が剣聖に迫る。同時に踏み込んだ剣聖は、突き出されて来た魔槍の穂先に大刀を添え、微かに軌道を逸らす事で直撃を避けた。秒間十撃を超える音速の槍、魔槍の弾幕を足を止めたまま正面切って捌き切る剣聖の業は、まさしく神域のものである。全ての槍撃に返る反撃の意は、攻め手の失速は命取りである事を報せていた。
「そら、そらそらそらそらッ!」
故に、槍兵は加速する。思わぬ強敵に血を滾らせ、戦いに没頭していく槍兵は、一撃を経るごとに沸騰する喜悦に凶悪な面相を浮かべていった。彼がランサーのクラスに縛られていなければ、間もなく彼は戦いの熱に呑まれ災害に等しい狂戦士へと変貌していただろう。
加減は無しだと言った――しかし悉く槍撃を捌かれながらも、ランサーは刺突以外の手札を切っていない。であるのにセイバーをその場に釘付けにし、縫い止めて一歩も動かさずにいた。
動けないのだ。前に出たら串刺しにされ、下がっても同じ。謂わば槍兵が失速するか、剣聖が受け手を誤るかのチキンレースの強要だ。身体能力と体力の面で圧倒的に剣聖へ不利な局面に、しかし。
「――――」
その心は不動。精神に漣一つ起こさず、最小の所作で神速の刺突を捌き続ける。そして繰り返される槍撃のパターンとリズムを掴むや、自らの所作に微かな無駄を敢えて挟み
槍兵は敏感にそれを見て取る。無視できない
心眼。
柳生新陰流の極意の一つであるスキル『水月』が内包する、鍛錬の末に開眼するそれと、先天的なものであるはずの直感力を合一させた洞察力。剣士としての極致に至っている剣聖の技は、明白に光の御子を凌駕している。それを、槍兵は認めた。認めた上で攻め手を切り替える。
「行くぜ。付いて来な――付いて来れるならなァッ!」
数百もの刺突の軌跡に慣れた剣聖の目に、突如薙ぎ払いの一閃が映り込む。胴から下に来るのが分かっていても対処が難しい、だが冷静に高く跳んで虚空に逃れた剣聖は次に迫る一撃に備えた。
薙ぎ払いの反動を利し、地面を滑りながら間を詰める動作はほぼ同時。槍兵が鞭の如く撓る蹴撃を空中の剣士に叩き込む。肘を閉じ、膝を上げて胴体を守るも、剣士は槍兵の一撃で吹き飛んだ。
戦場は狭い路地裏。当然のようにビルの壁面に叩きつけられそうになるが、身を翻した剣聖・柳生宗矩は聳えるビルに着地する。地面と垂直の場に足を付けたにも関わらず体軸と体感に狂いはなく、衝撃そのままにアスファルトの地面に亀裂を刻んだ。ビルが揺れる――剣戟の音色は騒音となり、表通りにも届いていた。通り掛かっていた人々は何事かと気にしていたが、そんなことなど知らぬとばかりにランサーが追撃に出る。
ビルの壁面に着地したはいいが、無理矢理に押し込まれたに等しい。故に即座に動き出せはせず、跳躍したランサーの追撃を避けられはしなかった。呪いの朱槍を回転させ、遠心力を乗せた一撃が見舞われるのに、セイバーは帯から小刀の鞘を抜き取り盾にする。
「ッ――」
小刀の鞘が砕ける。そしてランサーの膂力に空中のセイバーは抗えず、嵐に巻かれる木っ端の如く飛翔させられた。奇しくも表通りに繋がる道を転がり、跳ね起きたセイバーは危機を悟る。
狭い路地裏で対峙してすら思い知る身体能力の格差。素早さの一点で負けておらずとも、それ以外では苦しいものがある。であるのに広い場に出てしまえば、兵器の王とすら言われる武装の『槍』を持つ槍兵が圧倒的に有利となるだろう。そこまで考え――路地裏から飛び出してきた槍兵共々状況を把握した。すなわち、現地の一般人達がいるのだ。
剣戟の音色に釣られて、好奇心に駆られた現地人達が、近寄ってきている。――だからどうしたとばかりに槍兵が突貫した。剣士に向けて朱槍を突き、大刀で捌いた剣士は応戦を余儀なくされる。
再び繚乱する剣戟の火花。唖然としてそれを見る新都の通行人。
映画の撮影? 驚くも、彼らは状況を理解していない。余りに現実離れした光景に理解が追いつかないのだ。目で追えない殺陣など有り得るのか、いやいや映画の撮影だろう……そうとしか思えない。
「コイツで仕舞だ、セイバー!」
――そうしてランサーが
狭い路地裏から出て、縦横無尽に立ち回れるようになると、待ってましたとばかりに槍兵が得物を構える。その穂先が地面を睨んだ。剣士は顔を険しくさせる。宝具だ。槍兵が宝具を撃とうとしている。充填された魔力の禍々しさを見るに間違いない。
状況からして間違いなく対人宝具だ。周囲を巻き込まないものである。アレを撃たれてはマズい、斯くなる上はこちらも宝具を使わざるを得ない。殺られる前に斬る、それしかないだろう。
「――いざ」
剣は生死の狭間にて大活し、禅は静思黙考の裡大悟へ至る。我が剣にお前は何れを見るものか。宝具開帳――
「駄目だ――! やめろ、ランサー!」
「――チィッ!」
セイバーにとっての幸運。ランサーにとっての不運。それは異聞聖杯戦争の
現地の第五次聖杯戦争終結からほんの一ヶ月と半――つまり現在、学生は春休みの只中であり。これだけの騒ぎとなれば、
機械音痴の少女のせいで。また、少女の機械音痴を知らずにその少年の呼び出しを任せた参加マスターの判断ミスのせいで。まだ彼は、何も事情を知らずにいたのである。
セイバーとランサーの間に割って入り、両手を広げてランサーの前に待ち塞がった少年の名は衛宮士郎。いつでも干将莫耶の投影ができるように魔術回路も励起させた彼は怒っていた。
「こんな真っ昼間に何してんだ! バゼット、アンタもだぞ!? なんでランサーがいるのかは知らないけどな、事情を話して貰うからな!」
咄嗟に止まった槍兵の隙を突き、剣士が霊体化して撤退する。当初の目的通り、目立てるだけ目立てたのだ。戦果としてはこれで充分だろう。
† † † † † † † †
「ははっ――この頃のオレなら、確かにそうするか。
……出来の悪い鏡を見ている気分だな」
遠く。1kmも離れた冬木大橋の上から戦況を眺めていた赤い外套の弓兵は失笑を漏らす。
殺意はない。その理由がない。だが彼は噴き出してしまった。あのままいけば、セイバーは脱落していただろう。バゼットが宝具を構えていたのだ、この推測に誤りはあるまい。
だがそうはならなかった。衛宮士郎が邪魔に入ったからだ。――エミヤは、だからこそ頭が痛くなる。羞恥心を掻き立てられた。ああ、消し去りたい恥の記憶……。
だが、これはこれで良い展開だろう。ランサーのクー・フーリンとバゼットの組み合わせは強力だ、あの一組から先に退場してもらいたいエミヤとしては理想的な展開になったと言える。
(まさか彼の高名な
彼の異能に等しい固有結界の副次効果として、目にした刀剣とその担い手の来歴を知る事が出来る。故に『衛宮士郎の能力』を完成させている彼は、日本刀を遠くから視認しただけで、セイバーの真名を看破する事ができていた。
投影魔術の憑依経験の工程で、セイバーの宝具の詳細も把握している。だから、彼は柳生宗矩の撤退を妨害しなかったのだ。
――セイバーは、格好のカモだ。御しやすい。柳生宗矩に遠距離攻撃は存在せず、マスターが共にいたら纏めて討ち取れる確信がある。
宝具の投影、弓で投射、敢えてセイバーの足元に着弾させてからの『壊れた幻想』による爆撃。マスターを庇わざるを得ないセイバーは、仮に助かっても重傷を負う。マスターを庇わなかったら、マスターは死ぬ。柳生宗矩の実力を掌握したエミヤはそのように結論した。
御し易い敵を生かし、難敵を先に始末する。こうした戦場では基本だろう。エミヤは基本に忠実だ。忠実だからこそ――基本を更に発展させた戦術を執っている。
「まずはランサーとセイバー、それからアサシンの姿は確認できた。
……後は他の参加者も確認を済ませたいな」
穴熊を決め込んでいる手合いがいたら理想的な展開だ。
エミヤは酷薄な表情で、冬木の街を見下ろしている――
面白い、続きが気になると思って頂けたなら、感想評価お気に入り登録等、よろしくお願いします。それらは作者の燃料になりますれば…。
既に誰が勝ちどんな結末を迎えるか決まってますが、それはそれとして読者は誰が勝つと予想しているか知りたい感じです。アンケートという体の人気投票的なものです。感想欄では勘弁な!
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衛宮・キリツグ(アサシン組)
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エミヤ・シロウ(鉄心組)
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バゼット・ランサー(幸運E組)
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慎二・SNオールスター(ライダー組)
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月の王・柳但