Lostbelt No.EX-異聞統合封土ガイア-地に落ちた林檎 作:飴玉鉛
「ク――」
――ああ! なんて愉しいのでしょう! 綺麗に着飾ったドレスの裾。ひらりひらりと翻し。くるりくるりと廻る杖の先。さながら
「ククッ」
ああ、落ち着いて。獲物を前に舌なめずりだなんて品がない。落ち着いて、欲しい物は全て揃ったのだ。こんな所で転んでしまえば、奇しくも巡り会えた最高のダンスパートナーに申し訳ない。気を込めて、パートナーの足を踏まないよう、丁寧に丁寧に踊りましょう。
馬上から突き出される聖槍と、剣聖の刃を自らの魔槍で弾く。幾度も咲き誇り繚乱する鋼の火花は壮麗で。騎兵の一撃は骨身に響く。魔力で強化された筋力と、白馬の突進の勢いを乗せた打撃と刺突、そのどちらにも伴う聖なる光。受け手を誤れば魔槍ごと叩き潰れてしまいそうだ。剣聖は常にマスターの安否を気に掛け、援護や牽制以上の事をして来ないのは僥倖だと言える。
気を抜いたらすぐに死ぬ。この細腕は魔猪のような騎士王のせいで折れてしまいそう。ああ、おかしい。何が悲しくて一兵卒のように槍を振り回しているのか。だが今回だけ、一度限りの酔狂だと思えば全てが笑い話。なんだか放っておけない夫の許へ帰り、もう二度と離れなければいいだけのこと。――まさか自分と似たような事を考えていた敵が居ただなんて、本当に心の底からおかしくて堪らなかった。悔しいけどダンスパートナーの方が上手だと認めよう。
「何が可笑しい、妖姫ッ!」
聖槍を突き出しながら、アルトリアが猛る。凄まじい風圧で巻き取られ、ビルに背中を打ち付けられた魔女は、血反吐を吐きながらも笑みを隠し切れていなかった。
ああ、正面からではやはり勝てない。ましてこちらが何かしようにも剣聖が邪魔で魔術も使えない。このままでは討たれてしまう、敗けてしまう、だというのに嗤えてしまって仕方ない。
「けほっ。……ふふ、クククク……これが笑わずにいられるか、アルトリア。何故なら私の勝ちだ。私はもう、勝ったのだ! この異聞聖杯戦争で私が勝ち残り、私は私とマスターの世界を救った!」
「戯言をッ!」
「戯言なものか!
「ッ――!?」
突如、横合いから飛来した矢雨。速射砲にも勝る矢の弾丸。アルトリアは愛馬を走らせなんとか回避し、セイバーはマスターを狙った矢を切り払うべく後退した。
あともう少しでモルガンを倒せるというところでの横槍だ。それはよりにもよって赤い外套の騎士によるもので、ライダーは歯噛みする。ここぞというところで妨害する意図が全く読めない。
フェイカーは何が狙いなのか。ランサーほどの難敵に狙われ、こちらに構う余裕などあるはずがないというのに。現に見ろ……度重なる挑発で本気を出した光の御子、その暴威を。
あれは、駄目だ。ライダーは悟る。朱槍と同化した禍々しい姿は、聖槍による真名解放で一撃のもと消滅させなければ、自身もまた敗れ去ってしまうと思わされるほどの強大さである。
「……どうしたんだ、士郎さん。らしくない……らしくなさ過ぎる」
セイバーのマスターが……恐らく無意識にだろう、贋作者の名を呟く。彼が赤い外套の贋作者を知っているのは甚だ不可解だったが、ライダーも同意見であった。
戦上手なあの弓兵らしくない。登場からの何もかもが……否、あんな雑な狙撃をしてきた時点でおかしい。だがライダー達が見守る中、異形の狂戦士と化したランサーが突撃した。
どれほどの投影宝具を掃射しようと、彼の肉体を傷つける事はできず、規格外の怪力と耐久力を盾に一直線に突貫してくる狂戦士を、贋作者はいなすことができなかった。
果たして、その時はきた。
ランサーの豪腕で双剣ごと両腕を破壊され、血潮を噴き出すエミヤ。傷口から突き出る呪いの棘。後退するもランサーの敏捷性から逃れられず、その心臓に死牙の獣の尾を突き刺されたのだ。
霊核を破壊された。どう見ても死んだ。明らかに、確実に、絶対に死んだ。極めて妥当で、結果の見えていた結末である。尾の先端を引き抜かれたエミヤの体が傾ぐ。しかし倒れず、朱槍を分離した槍兵を苦笑しながら見ていた。
「どうよ、アーチャー。いや……フェイカーだっつったか? オレを舐めたからそうなったんだ」
「……舐めてなどいなかったさ」
魔力が散華していく。エミヤが消えようとしている。霊核を破壊されたのである……それも治癒不能の呪詛を帯びた朱槍によって。例えどんな大魔術を以てしても、彼を延命させることはできまい。
殺したことで、ランサーの怒りも鎮まったらしい。エミヤを見る目は険しいが、とうのエミヤの顔に険はなかった。彼はただ仕方なさそうに肩を竦める。
「最初から私は敗れ去るつもりだった。ここで貴様に倒されるつもりだったんだよ、ランサー」
「なんだと?」
「最後にいいものを見られた。あのアイルランドの光の御子に本気を出させた……私のような者には過ぎた誉れだな。では、さらばだクー・フーリン。私の愚かなマスターは地獄に落ちろ」
最後にそう言い遺し、エミヤは消滅していった。
ランサーやライダー、セイバーの中に小さくないしこりを残して。
(……倒されるつもりだっただと? どういうつもりだ。サーヴァントを失ったマスターは元の世界に送還される。生き残りを賭けた敗者復活戦なんざ無いだろ。アイツのマスターは何を考えてやがる)
その思考は恐らく、この場の者が共通して懐いたものだ。
エミヤという英雄は断じてこんな序盤で、真っ先に脱落するような男ではない。それはランサーも認めている。ではなぜ? ……考えられるのは、キャスターか他の魔術師に己のマスターを捕らえられ、令呪を切られて無謀な戦いに挑まされた事。
……終わったことだ。どんな思惑があれ、死んでしまえばどうにもならないものである。少なくともこの異聞聖杯戦争ではそうだ。ランサーはそう結論づけ、なんとか自身を納得させた。
と、その時だ。ライダーに大きく遅れて、やっと遠坂凛と衛宮士郎が駆けつけて来た。ライダーはモルガンを討つために先行していたに過ぎない。
凛と士郎にも見えていたのだろう、エミヤが消滅した事実に彼らは唖然としているようだった。
「うそ……アイツが、こんな簡単に……? ……いえ、それよりもライダー、状況は!?」
「……リン。そう焦らずとも、状況はゆっくり説明できそうですよ」
「え? なんで……って、あちゃ……私達、来るのが遅かったみたいね……」
現地人の参戦。それにランサーは舌打ちした。
セイバーとライダーは結託している、そこに現地人も交えたのなら戦いにくい。ここは一度退くべきだろうと判断し、ランサーは言葉も交わさず跳躍して撤退した。まずは一騎落とした、戦果は充分だ。
槍兵が退くや魔女の姿も薄くなっていく。ライダーやセイバーが、ランサーの余りに兇悪な姿に目を奪われた一瞬の隙を突き、転移魔術を発動することに成功していたらしい。既に魔女は此処にいない、いるように見えていたのは幻術による残影だった。
「過ぎたもんは仕方ないとして。……で、アンタは? お侍様のマスターならライダーと戦う気?」
凛が白野に声を掛ける。サーヴァントやマスターが、自分たちに危害を加えられないと知る故の余裕だった。だが、凛も気づいている。ライダーは警戒こそしているが、戦闘態勢ではない。
つまりこの少年は――
「――いや。俺にその気はないよ。それより、ライダーのマスターは? 話がしたい。その後に、もしよければ俺と同盟を組んでくれないか?」
懐かしそうに目を細め、しかし郷愁に似た感情を振り払い、凛ですら舐めて掛かれない風格を持って提案した。
† † † † † † † †
――そうして。乾坤一擲の策略は結実した。
「こひゅ……こほっ……ゴホッ、」
下水道の闇の中。地面に両手をつき、跪いた男は吐血する。ビチャビチャと鮮血を吐き、今に死んでしまいそうな形相である。
いや、彼が人間であれば死んでいた。彼がサーヴァントだったなら死んでいた。
心臓を破壊されたのだ。男――エミヤシロウは致命的に死んでいた。
だが、彼は人間ではない。彼はサーヴァントでもない。
デミ・サーヴァントだった。
サーヴァントと一心同体というイレギュラーであり、彼は自らに掛けた令呪により生き延びたのである。
第一の令呪『致命傷を受けた後、安全な拠点に空間転移しろ』
第二の令呪『
そう――あの槍兵に心臓を破壊される瞬間、彼は霊基を解きただの人間に立ち返ったのだ。
そうして己の心臓を破壊させた。だがデミ・サーヴァントであるが故にエミヤは即死を免れ、人間としての己を生贄に、己を半端なサーヴァントの状態から脱却させたのである。
英霊と完全に一体化する。そのための工程があの戦闘だった。
今、英霊は己の死体に憑依している形だ。死体とはいえ意識があった故に、脱落の判定を受けていない。意思ある死体に自らなったことで、エミヤは一度の死からまんまと抜け出せたのである。
この異聞聖杯戦争が終わり、サーヴァントが退去させられたら、エミヤは死ぬ。ただの死体だけが残される。だがそれがどうした? 元々死ぬ直前だったのだ、正しい形に戻るだけだろう。
自身が死ぬことで勝利を手に出来るなら問題ない。全て作戦通りだ。
これで敵陣営はエミヤが脱落したと思い込む。――最強のマスター? 聖剣でもなんでも投影できる? だからどうした、そんな力があっても負ける時は負けるのである、魔力差などで英霊に勝てると自惚れるほど、サーヴァントを知るエミヤは楽天家になれなかった。
「……全く、景気よく風穴を空けてくれたな、ランサー。まさか生きている内に二度も、お前に心臓をくれてやる事になるとは思わなかったぞ」
皮肉げに苦笑した
彼はもう戦う気がなかった。最後の最後まで引き篭もり、隠れ潜む。
参戦した上で脱落したと思い込ませる――本当の穴熊、意識の刷り込み、全て上手くいった。
エクストラクラスの敵を除き、全てのサーヴァントの顔触れも把握でき、その面子に自身の脱落を見せつける事もできている。暗殺者は怪しいが……致命傷ではないのだ、あの場に隠れ潜んで状況を見ている可能性はあった。
エミヤに油断はない。慢心もない。盤面を、外から眺め続ける。
† † † † † † † †
手製の令呪二画を得たモルガンは、一目散に目的の地へ向かっていた。
彼女は魔女である。しかし戦略にも明るい。故に彼女は召喚された直後、己のマスターが魔術的素養に乏しい素人と見て取ると、万が一を考え
その後、簡易神殿を築く傍ら情報も集めて。冬木のこと。
情報を集め、地理を把握する。基本中の基本であり、その結果モルガンは見つけたのだ。
己の切り札に成り得るもの――
それは神域の天才が築いた魔術炉心だ。同じものは流石のモルガンでも作れない。
だが。
異なる世界、汎人類史のモルガンは、話に聞いただけの『カルデアのレイシフト技術』を模倣してのけるほどの天才である。このモルガンもまた大聖杯という実物を見たのなら、その利用方法など幾らでも思いついた。
「これで……できる。
現地のモルガンではなく、完全に自分と同一の存在を喚び出すのだ。
新都で魔力を集め令呪を作ったのはこの為。
一騎のサーヴァントを除き、全ての敵の情報は掴めた。
もはやモルガンの勝ちは揺るがない。
セイバー、柳生宗矩。
アーチャー、エミヤシロウ。
ランサー、クー・フーリン。
ライダー、アルトリア・ペンドラゴン。
セイバーを炙り出すために一瞬だけ気配遮断が解れ、探知できたアサシン、エミヤ・キリツグ。
ステータスも把握した。情報はほぼ出揃った。後は……そう、最後の敵の情報を集めればいい。
モルガンは笑った。勝利を確信して。
計算外の事態の発生に備えた保険も掛け終えた。
盤石の布陣を敷く。後はそう……。
† † † † † † † †
「抑止の環より来たれ……天秤の守り手よ」
――そうして、苦渋の決断を下した最後のマスターがサーヴァントを召喚する。
やらないと死ぬという状況に迫られ。覚悟も固まらないまま、彼は英霊召喚を決行したのだ。
果たして現れたのは、藤丸立香の生存と、勝機を同時に齎し得るサーヴァントである。目映い光から進み出てきた彼女……否、彼は。己を召喚するなり令呪を切り、現界の維持に当てて項垂れる立香の肩に手を置いて、慰めるように囁きかけた。
「
モルガンがマスターに吐いた一つの嘘。それはクラス。
彼女は、ルーラーである。
藤丸立香は一人だと何も出来ない。少なくともこの状況だと。
そこで、なんでもできる万能の天才があてがわれた模様。
勝者予想アンケ第3弾!
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ダ・ヴィンチ
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エミヤシロウ
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モルガン
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クー・フーリン
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アルトリア・ライダー(聖槍)
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エミヤキリツグ
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柳生宗矩