Lostbelt No.EX-異聞統合封土ガイア-地に落ちた林檎 作:飴玉鉛
「――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、
分からない。何も分からない。
剪定された自分の世界。理由も分からない世界の消滅。
なんの因果か異聞帯なるものに成り上がり、汎人類史と成り代わる為の戦いに駆り出された。
始まりはいつもそうだ。訳の分からないまま駆け出して。必死に駆け抜けた先が、これだ。
今度はなんだ? 次はどうする? 分からない。
戦争の状況は不明。装備は皆無。バックアップもない。マシュもいない。
これで、ただの一般人だった自分に、何をどうしろと言うのだろう。
世界が、切り捨てられた? ……なんで?
どうせ滅びる運命にある世界だったのなら。
あんなに、必死になって戦う必要なんてなかったじゃないか――
「……誓いをここに。
我は常世総ての善と成る者。我は常世総ての悪を敷く者」
挙げ句。自分の世界を救う為に、他の世界を殺戮し尽くせだって? 最後の最後には汎人類史を殺して、異星の神も殺す? 戦って戦って戦って、他の世界を殺した罪悪感に塗れて。
――自分の世界の命運を背負って、責任を一人で抱えろ?
(ふざけるな。なんで俺なんだよ。なんで俺がそこまでしないといけない)
脳裏にこびりつく、ひどくちっぽけな怨嗟。
生き残りを賭けて戦い、戦いの過程で現地の人から魂喰いをしないと魔力も調達できない。
自前の魔力リソースが令呪三画だけとかどんなイジメだ。自分は魔術師なんかじゃないのに。自分一人じゃなんの力もないのに。人を殺す覚悟なんてないし、そんな覚悟はしたくもないのに……。
覚悟も決意もない。ただただ、経験的な閃きに従っているのが今だ。今のまま盤外にいるのはマズいと感じて。必要に迫られるまま、英霊召喚に踏み切ったのである。
――だから。
「汝、
――助けに来てくれた人を見た時、立香は不覚にも目頭を熱くさせてしまった。
彼は、平凡な。異聞聖杯戦争史上最弱のマスターである。
† † † † † † † †
三日目。三日目かぁ……。
顎に手を当てうろうろと、留置所の檻の中で歩き回る美女。
本来の性別は男だが、最高の美を自ら体現して『モナリザ』そのものの姿になったのがこのレオナルド・ダ・ヴィンチである。今のダ・ヴィンチは一見、絶世の美女にしか見えない。人体のパーツの総てが黄金比であり、些細な所作一つにすら美を醸し出していた。
ダ・ヴィンチは人類最大級の天才である。『天賦の叡智』と『星の開拓者』というスキルをEXランクで保有しており、藤丸立香の窮地を打開できるのは彼……彼女だけと言っていいだろう。
もしエクストラクラスが空いていたら。他の座が空いていたら。そういうたらればを語っても無意味だが、もし立香がダ・ヴィンチ以外を召喚していた場合、立香の敗死する確率は100%だった。藤丸立香の生存と勝機、それを10%……生存に限っては極めて簡単な条件を満たしたのなら、100%の確率で彼を生きて帰らせる事ができるのがダ・ヴィンチである。
此度の異聞聖杯戦争では、縁は機能しない。
ただただ純粋に、相性が最高にマッチする英霊が選ばれるだけである。
カルデアに来る前の立香の能力は、平均の中間。人類ど真ん中。善にも悪にも簡単に転べるし染まれる平凡な性質である。そんな彼はおおよその英霊と良好な関係を築けるが、
デミ・サーヴァントは人間である。故にマシュ・キリエライトは召喚不能。である以上、彼が喚び出せるサーヴァントはほとんど決まっている。それは、彼同様に尖った面のない平凡な英霊か。或いは
「……やっぱり、ダ・ヴィンチちゃんでも状況は悪いと思う?」
不安げに問う立香に、ダ・ヴィンチは苦笑した。彼と同じ世界の者として召喚される以上、彼女はカルデアでの活動記録も当然のように有していた。
実を言えば、ダ・ヴィンチはカルデアでの記憶はない。記録があるだけで、そこで感じた慚愧や悔悟、体験を他人事のように知っているだけである。
だがダ・ヴィンチはそれを語る気はなかった。そんな余分な情報を立香が知る必要はない。
故に彼女は立香の問いへ率直に答えた。
「ああ、悪いね。最悪一歩手前……いや半歩手前かな?」
「そっ……か……」
ダ・ヴィンチほどの天才がそう言うなら、そうなのだろう。
自らの判断ミスを悔やむように立香は俯く。
そんな彼に歩み寄り、ダ・ヴィンチは立香の肩に手を置いた。
「だが我々にとっては最高の状況だ。だからそう悔やむ事はないよ」
「え? それって、どういう……」
「簡単な話さ。私はホームズみたいに勿体ぶらないから安心してくれよ? もし藤丸くんがあのまま冬木に残っていて、早期に私を召喚していた場合、敗北からの戦死はこの私ですら避けられなかっただろう。他のマスターやサーヴァントが、どれほど弱くたってね」
「……えっと、どういう意味なんだ?」
「早い話。なんの下準備や工房もない状況で乱戦に巻き込まれたら、流石の私も君を庇い切れる自信がないってわけさ。他マスターと同盟を組めたら話は全く変わるけど、そこは論じる意味はない」
そう。立香にとって最善の選択肢とは、
もし
過ぎた話だ。立香が選んだのは最善ではないが、次善の状況である。故に彼女は最高の状況だと言うのだ。……だってこれ以上も、これ以下も有り得ないのだから。
「藤丸くん」
「はい」
「……プッ。なにそれ? 急に畏まるのやめてよ、もう」
真面目な顔で呼び掛けると、正座したまま背筋を伸ばした立香にダ・ヴィンチは噴き出す。
穏やかな空気が流れる。しかし、そんなのほほんとしている場合でもない。
立香としては心底頼れる相手なのだ。目上の人でもある。……寧ろ雲の上の人だった。
平凡な凡人である立香にとって、英霊とはほぼ全員が偉大な歴史なのだ。特にダ・ヴィンチは、長い戦いを共に駆け抜けてくれた人でもある。最大級の敬意と信頼を懐いていた。
ダ・ヴィンチは、そんな彼の信頼に応えたいと思う。だから、彼女は語る。
「……いいかい? これから私達がするべき事は、如何にして勝利するかの算段を立てる事だ」
「うん。それは、分かるよ」
「では勝利する為に必要なものは? 魔力、工房、装備、情報だ。今の我々にはそのどれもない。戦術を立てようにも情報がないんじゃお手上げだ。さあ藤丸くん、これからどうしたら良いと思う? いや……この問は残酷だったね。答えなくていい、私が勝手にやるからさ」
「……ごめん」
魂喰いは避けられない。絶対にしないといけない。でないと魔力リソースが枯渇してしまう。
故にダ・ヴィンチはそれを独断でやると宣言した。……本当なら立香に決断させるべきなのだろう……しかし立香の成長や立ち直るのを待つだけの時間はないのである。
「で……魂喰いは継続的にやらざるを得ないとして。次に必要なのが装備だ。情報を集めたくても手ぶらで戦場に行くのは自殺行為だからね。まずは冬木の外……つまりここで
礼装の現物があれば、一から作るよりかは手間も省けるのだが、状況的に流石に無理がある。
ダ・ヴィンチは召喚されて間もないというのに、冬木の状況におおまかな推測を立てていた。誰も彼もが神秘の秘匿なんて考えず、派手にやってるんだろうなぁ、と。
となると、魔術師がここに派遣される事態を起こすのは得策ではない。起こすにしても、魔術師が来る前にこの地を離れた方がいい。何が切っ掛けで情報が漏れるか分かったものではないのだ。
冬木に派遣された魔術師に連絡が行く可能性もある。そうなった場合、その魔術師に暗示を掛けるなり操るなりして、冬木の外に自分達がいる可能性が漏れない保障はないのだ。
可能性としては低いし、そういうのはキャスターの専売特許なのが普通なのだが……カルデアの記録を持つ故に、例外という物はありふれている事をダ・ヴィンチは知っていた。
安易な行動は厳に慎むべきである。何せ自分達の唯一の強みが、まだ誰にも情報が漏れていない事なのだ。情報漏洩にだけは気を遣う必要がある。せっかちは貰いが少ない……この事を念頭に、慎重かつ大胆な作戦を立てないといけない。
――この時、ダ・ヴィンチは自らがキャスターである故に、エクストラクラスとして裁定者のクラスの出現も想定していた。今のダ・ヴィンチの天敵とも言える相手だからだ。
異聞聖杯戦争のルーラーに、他サーヴァントへ有効な令呪は無い。だが真名看破は機能する。レオナルド・ダ・ヴィンチという真名がルーラーに知られたら、ルーラーは真っ先にダ・ヴィンチを倒そうとするはずだった。ステータス的にも直接戦闘力の低いキャスターが、なんの準備も整えられていないと知られたら詰む。冗談抜きで敗北という未来しかない。
「藤丸くん。今の私達に取れる手には、AからC案の三つがある。A案はとにかく藤丸くんを生存させる事だけを考えた案だ。これなら藤丸くんは100%確実に生還できる」
「そんな案があるの!?」
「あるんだなぁ、これが」
「流石ダ・ヴィンチちゃん! 頼りになるっ!」
多分だが、他のマスターやサーヴァントはやらない。やっても意味がないからだ。ダ・ヴィンチが藤丸立香の身の上を知っているからこそ、その案も悪くないと考えられたのである。
このダ・ヴィンチはカルデアのサーヴァントではない。しかしカルデアと、異聞聖杯戦争の仕組みも知っていた。――立香は本人である。分霊だとか、コピーだとかではないオリジナルだ。である以上、
ならばカルデアは立香を探す。特異点か何かのせいかと疑い、なんとかして立香を見つけ出そうとしている最中だろう。どうやら異聞帯のことは知らなさそうだし、密かにカルデアの自分が作製した特注の車も使えないだろうから、カルデアがこの異聞聖杯戦争に介入するのは絶対に無理だろう。……そこは仕方ない。だが立香が生きて元の世界に戻り、記憶をはじめとした痕跡はなくなっていても、カルデアは立香が行方不明になった原因を探すはずだ。
そうなれば、もしかすると世界の危機にも気づけるかもしれない。あくまで可能性だが、零から一に可能性を広げられる。それは奇跡だ。故に――悪くない案だと判断した。
一にも二にも、立香の生存。それがダ・ヴィンチの中での最優先事項だ。
「A案を聞かせてくれ。ダ・ヴィンチちゃん、俺は何をしたらいい?」
「何もしなくていい」
「……なんで?」
この反応だと、思いついてもいないらしい。それが立香らしい反応だ。彼が
だがダ・ヴィンチはこのA案こそを推す。しかし、推しても彼は反対するだろう。そうした反応も織り込んで、強硬に意見を打ち出すつもりだった。
「藤丸くんの手助けが要らないシンプルな案がA案なんだよ。私が自害するだけなんだから」
そう。これこそが最適解。間違いのない案だった。
しかし、やはり立香は拒絶するような顔になった。
「……それは、」
「聞いて」
「ダ・ヴィンチちゃんっ」
「聞くんだ、藤丸くん。私が自害したら、君は敗退した扱いになって元の世界に送還される。なんのリスクもなく、今すぐに帰還できるんだ。君がオリジナルである以上、君は今行方不明という事になっている。ならカルデアは君を探しているはずだろう? 君が帰還する事が何よりも優先される目標になるのは必然だ。悪いけどこれだけは譲れないね」
「でもそれだとダ・ヴィンチちゃんが死んじゃうじゃないか!」
「そうだけど、忘れたのかい? サーヴァントは元から死人なんだぜ? 気を遣う必要はないし、むしろ迷惑だ。だけど何もしない内にA案を押し通すつもりは私にもない。――詰んだって私が判断したら、私は即座に自害する。だから藤丸くんもそのつもりでいてね?」
「っ………、…………わか、った………分かったよ、ダ・ヴィンチちゃん」
「良い子だ。なぁに、カルデアに帰ったらまた会えるさ」
沈んだ顔をしている立香へ、ダ・ヴィンチは辛気臭い空気を振り払うかのように、右手の杖をフルスイングして留置所の壁を壊した。少年を外へと誘いながら、万能の人は講師の如く語りかける。
「B案、C案のどちらが良いかは君が決めてくれていい。B案は――で、C案は――だ。さあ、どうしたい? 人類最後のマスター、藤丸立香くん。君の選択を聞かせておくれ」
ちょっとマスターのターンが続きます。
勝者予想アンケ第3弾!
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ダ・ヴィンチ
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