Lostbelt No.EX-異聞統合封土ガイア-地に落ちた林檎 作:飴玉鉛
日付を跨ぎ、激動の夜が明ける。
地平線の彼方から顔を出した朝日に背を向けて、住人が留守にしている家に帰還した男は、靴も脱がずに室内に上がり込む。二階へ向かい、半開きにしたカーテンの傍に陣取った。
窓には朝露が張り付いている。春が近いのだろう、肌寒さも殆ど感じない。アインツベルンの城での寒さに慣れているから温かいと感じるだけで、日本に住んでいる人間はまだまだ寒さに震えるのだろうが、少なくとも男にとってはどうという事もない気候だった。
椅子を引っ張ってきて座っている男は短機関銃を手に取る。それから何をするでもなしに無言で佇んだ。彼の意識は秒刻みに時間を数えながら、正確無比な機械のように戦局を予想する。
『予想』と聞けば、不確かな響きに聞こえるものだろう。だが何時も情報収集を万全に行える訳ではない。手元にある情報と経験で、手探りにでも動かねばならない時はある。
衛宮切嗣にとってはそれが普通だ。そして切嗣なら、手元にある情報だけでも充分に正確な予測を立てることはできる。欠けている情報の陥穽により危機に陥る可能性はあるが、危険は何時だって背中合わせにあるものだ、気にし過ぎても意味はなかった。
(日の出まで外を練り歩いたが、敵の姿は確認できなかった。同様に敵からも僕は見つけられていないだろう。となるとやはり、敵は作戦会議をしている。キャスターが何らかの策を仕掛ける前に動きたいと思っているはずだ。なら今後の動向を決めるのに時は掛けられない。最も早く動き出すとしたら槍兵だが……先程の戦闘で奴のマスターが姿を見せなかったのは解せないな)
初日から二日目まで共に行動し、一度はセイバーと戦闘になっても、ランサーのマスターは戦場にいた。あの行動を見ていると、別行動を取っていたのが腑に落ちない。
ランサーの戦闘力は異常だ。恐らく今回の聖杯戦争中最強と見ていい。普通に戦うだけでも勝機は充分で、マスターが一流なら余程の事がない限り敗北はしないだろう。
あの女マスターもそう考えて、堂々と行動していたはず。だというのに急に方針転換でもしたように隠れていたのは何故だ? よもや不仲、戦術の不一致による別行動というわけではあるまい。もし仮に駒を自由に動かせられないのだとしたら、まるで恐れるに足りない証拠になるのだが……流石にそう決めつけるには判断材料が少な過ぎる。ランサーのマスターに関する評価は保留だ。ただあの女マスターにトラブルが起こっている可能性がある以上、今後の計算に入れるのは避けていた方が賢明だろう。
(キャスターも何かを仕掛けようとしている。あれだけ大胆に魔力を集めておきながら、拙速に行動するとは考え辛い。水面下で密かに布石を打ち、手札を固めてから動くだろう。
生粋の魔術師の思考形態は、どれだけ歴史があろうとなかろうと――それこそ名門も、凄腕かつ武闘派の魔術使いだろうと一貫している。
場当たり的な行動は取らない。手足に等しい魔術という手札があるのだ、必ずそれを下敷きにした行動パターンを組む。そしてモルガンほどのキャスターなら、より確実にそうだと断定できた。
伝承に語られる悪辣さはある。現に奴は自ら真名を名乗った。モルガンほどの魔女が、英雄サマみたいな矜持やら誇りやらで真名を明かすとは思えない。そうした点も切嗣の判断材料になっていた。
(真名を名乗ることで何かを印象づけようとした。だが何を? 奴がモルガンなのは、
……。
無言で、思案する。アサシンを経由して奴の真名を知った時からずっと考えていた。
行動の時までまだ時間はある。じっくりと思惟を働かせられた。
(――モルガンと聞いて浮かぶ印象は『魔女』だ。円卓を崩壊させ、アーサー王の破滅を決定づけた悪女。アーサー王伝説を知っていれば誰でもそう思う。僕もそうだ)
……。
(――どれだけ考えても答えは一つしか出せないな。奴は自らの真名を明かす事で、敵に『モルガンならキャスタークラスだろう』という先入観を刷り込もうとしている。目的は
全体像の見えないパズルに、確実にピースを当てていく。
切嗣は思考の陥穽に嵌まらない。彼の魔術師殺しとしての頭脳は明晰に冴え渡っている。型破りな暗殺は全て魔術師という生き物を分析し、思考の死角を突く為に組み立てたロジックなのだから。
――魔術師殺しの悪名が世に轟いた故に、未来では切嗣の使っていたような戦術への対策は進んでいる。だがその時代に切嗣がいれば、そうした前提を踏まえて別の戦術を組み立てるだろう。
フリーランスの魔術使いの業界に於いて、伝説的な傭兵だった彼の戦果が翳る事はない。状況や条件に応じて柔軟に対応し、変化する事を恐れない冷徹さこそが衛宮切嗣の本当の武器だった。
(奴がルーラーだとすればマズイな。一騎のサーヴァントを除き、アサシンも真名やステータスを知られた可能性が高い。奴が魔力を集めるついでに、敵の真名を暴こうとさっきの戦闘を仕組んだのだとしたら、盤面を支配しているのは現状モルガンという事になる)
そして。アサシンのキリツグはそんな衛宮切嗣より戦歴は豊富だ。今、切嗣が思い至ったような事にも既に辿り着いている。――だがやはり切嗣とアサシンは別人だった。
情を捨てた殺戮機構と化したアサシンには無い、この衛宮切嗣だからこその強み。
それは機械には有り得ない、
――エミヤシロウは正義の味方として、戦闘者として、完全に衛宮切嗣の上位互換と言える。
だがそんなエミヤでも切嗣に及ばない分野があった。
それは戦術の展開力と、戦況の掌握力だ。見てもいない敵の姿を克明に浮かび上がらせ、その人物像を解体し、心理を見抜く眼力でエミヤは切嗣に及んでいない。
英雄として。正義の味方として。殺戮機構として。そして戦闘者として。ほとんどの分野で衛宮切嗣を凌駕するエミヤだが――
(
アサシン、どうだ? と。切嗣は魔力のパスを通じて
すると即答が返ってくる。他マスターの痕跡や、店舗の監視カメラ等での姿は確認できたが、やはり三人ほど影も形も見当たらない人間がいる、と。それを聞いた切嗣は確信する。
初日と、二日目。そして三日目の朝まで情報収集に努めてきたアサシンの索敵から逃れられる人間などいる訳がない。どれだけ警戒していても、自分でも無理だと切嗣は思う。だから、
(一人はモルガンのマスターだろう。今回のルールから見て、モルガンと相性の良さそうなマスターに目星は付けられないが……少なくとも、
居場所が割れているマスターは――
まずは自分。暗殺者のマスター。
槍兵のマスター。白人の女。
現地人を味方につけた、現地のマスター。恐らく切嗣が捕捉した少年が騎兵のマスターだ。魔術師のサーヴァントを喚んだにしても、弓兵を喚んだにしても、防衛力が低すぎる故にそう判断した。
剣士のマスターである茶髪の少年。ライダー陣営と同盟したらしい、現地人と共に居る。
所在不明なのが裁定者と思しきモルガンのマスター。
弓兵か魔術師のマスターであろう褐色の男。
そして、最後。箸にも棒にも掛かりそうになかった、平凡な少年。
開戦前の猶予期間中、一堂に会した面々の顔を切嗣は記憶している。故に、あの褐色の男はともかく、あんな少年を発見できないのはおかしいと思った。不条理ですらある。
なら答えは決まっていた。
(――最後の一人。あの黒髪の少年は、
切嗣は概ね正確に盤面と盤外を推測した。そしてその上で切嗣はアサシンに命じる。
『なんだって? ……正気か、マスター』
その後に続いた指示に、アサシンは己の耳と雇い主の正気を疑った。
切嗣は淡白に応答する。いたって正気だと。命令通り動けと念を押した。
『……いいだろう。アンタの指示には従うという契約だ。裏目に出ないことを祈っておくさ』
失笑する。アサシンのエミヤキリツグが、一体何に祈るというのか。
切嗣は鼻を鳴らして、アサシンとの念話を打ち切る。そろそろ時間が来るからだ。
切嗣が索敵の他にアサシンへと命じたのは、たった一つのシンプルな指令。――
情報収集はもう要らなかった。後はもう、行動あるのみである。
「時間だ」
切嗣はカーテンを開く。窓も半開きにし、銃口を外気に晒した。
そして待つ。只管に。
やがて待ち望んだ瞬間が訪れた。
銃声が轟く。一発、たったの一発だけ銃弾が放たれた。
それは少年の
幾ら狙撃に用いたのが短機関銃で、なおかつ距離が離れていたとはいえ、射撃の名手である切嗣が棒立ちの少年を殺せなかったのは何故か。――無論、わざとである。殺意があったなら、もっと近くから手榴弾を投げ込んでいたか、少年の潜んでいる民家に忍び込み、ナイフで一突きしていただろう。そうしていない時点で、切嗣には当面あの少年を殺すつもりはなかった証拠になる。
現地人を味方に出来る、現地のマスター。アーサー王なんて大物の英霊を喚べる人間性か、触媒持ち。現地人に戦闘を委託し、自らの死を避けようとする臆病さ。反面、サーヴァントが傍にいない恐怖に耐え、無力な一般人に紛れていられる奇妙な判断力。頭脳明晰だが臆病、臆病であっても責任を意識する精神状態、現地人と即座に協力体制を築けた行動力。――
速やかに撤収していきながら、切嗣は慎二の行動を予測した。
それはやはり、的中する。
(――これであの少年は一度、ライダーと合流する。せざるを得ない。またいつ僕から攻撃されるか分かったものじゃないからな。隠れていた拠点を暴かれた以上、一度落ち着く為にもライダーの近くにいないと駄目だと思うだろう。するとどうなるか……
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勝者予想アンケ第3弾!
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ダ・ヴィンチ
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エミヤシロウ
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モルガン
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クー・フーリン
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アルトリア・ライダー(聖槍)
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エミヤキリツグ
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柳生宗矩