Lostbelt No.EX-異聞統合封土ガイア-地に落ちた林檎 作:飴玉鉛
長いこと放置したせいで部分的にど忘れしてるかもですが、お目溢し頂くかご指摘くだされば幸いに存じまする。
それから、私の更新が滞ってる間、多くの方が評価とお気に入り登録してくださっていました。ありがとうございます、ご期待に沿えるように頑張ります。
隠す気のない銃声。殺す気もない銃弾。轟音を置き去りに飛翔した弾丸が、少年の右肩へ容赦なく食い込んでいく。鉛玉は衣服を貫通し、皮膚を破り、肉を捻じり、深々と抉って骨を砕いた。
瞬間、慣性と運動エネルギーに貫かれた肉体が揺らぎ、鮮血が吹き出て、少年の肉体は銃創から発される激痛の信号を脳に送り、彼は遅れて自らを襲った緊急事態を認知する。
「ギッ……!? ァァァアッ、……ッ!」
――悲鳴。シンプルなリアクション。
勝手知ったる他人の家と言えるほど住み慣れていないが、以前口説いてキープしていた後輩の女子の家に、間桐慎二は泊めて貰っていた。そこで目覚め、トイレに入ったのだ。
完全に油断していた。慎二は右肩に感じた灼熱に悲鳴を上げてしまう。熱が痛みに変わり、寝惚けていた頭は一瞬で覚めた。発作的に悲鳴を上げてしまった直後、慎二はすぐに左手で口を抑える。
(痛い……! 痛いぃ……! く、くそっ、なんで……!?)
慎二は精神的にも肉体的にも超人ではない。寝覚めの一発とばかりに銃弾を食らっていながら、さもなんでもありませんよとばかりに振る舞い、平然としていられるような破綻者でもなかった。
本来の彼なら無様にのたうち回って泣き叫んでいただろう。そんな醜態を晒さずに済んだのには勿論理由が有る。彼の精神状態が、普通ではなくなっているからだ。
慎二は必死にトイレから這い出て、銃声に驚き顔を出した後輩の女子と、その両親へ救急車と警察を呼ぶように要求した。現地人を巻き込む事はできないが、それは自分以外のマスターにも言えた事だ。騒ぎになって現地人が集まれば、彼らを巻き込んで脱落したくない敵マスターは戦闘行為を避けるだろう。――それに
不意を打っての奇襲攻撃により、驚愕と激痛を味わいながらも、ここまで的確に行動できる慎二は確かに非凡だった。慎二は銃撃による激痛に襲われていても疑問符を忘れなかったのだ。
(……なんで……だ? なんで、
何処から撃たれたのか。それは、トイレの個室にある窓からだ。
そんな至近距離から撃てるのなら、普通なら頭か心臓を狙うはずだろう。余程射撃が下手なら外すこともあるかもしれないが、現地のマスターが慎二である以上、銃器の調達は困難以前に不可能であるはずだ。冬木で銃火器を入手可能だとは思えないからである。なら慎二を撃った敵は、
なのに右肩を撃たれた。自身の居場所が割れていることも含め恐るべき計画を感じる。ここで慎二を殺さないということは、これから取る慎二の行動が相手に制限されたことを意味するのだ。
慎二が取れる選択肢はたった二つ。一つは警察に保護され、守られるか病院に入れられるか。これは駄目だ、一般人が周りにいたら神秘の秘匿の観点から凛達の庇護を受け辛くなる。
そうなれば敵からの襲撃を防げずに死ぬ。
二つ目の選択肢はライダーや凛達と合流し、行動を共にすること。しかしそんな真似をしたら、戦闘力が皆無である慎二が戦場に出る事になり、ライダーの足手まといになってしまう。
かといってこのまま従来の方針通りに動いてしまえば、たった今慎二を銃撃した相手に捕捉され続け、いつでも殺される状態に置かれ続けてしまう。警察の保護が論外なら、慎二はライダー達と合流せざるを得ない。そしてそんな行動は、慎二を撃った相手からすると織り込み済みの選択肢でしかないだろう。つまり、慎二の行動が敵の掌の上ということになってしまう。
「……チクショウッ!」
悪態を吐いて、慎二は泊めてもらっていた後輩女子とその両親の目を盗み、士郎へと携帯電話での通話を試みる。そして彼に事情を説明し、病院で治療を受けた後、速やかに合流する旨を伝えた。
士郎達には自分の回収を頼む。それだけ一気に言って慎二は通話を切った。何処の誰が自分を撃って、どう動かせようとしているのか手に取るように分かる。慎二をライダーと合流させた後、他の敵陣営と激突させようとしているのだろう。だがそれが分かっていても、慎二はライダー達と合流するしかなかった。それが悔しくて、怖くて、慎二は右肩を強く抑える。
そこから感じる痛みが慎二の頭脳をより深く、鋭利に研ぎ澄ませていった。
(どこの誰だか知らないけどさ……ふざけた真似してくれるじゃないかっ! いいよ、僕に誰を倒させたいのかなんて知らないけど、倒してやろうじゃんか……! けどその後はオマエだ……!)
慎二は豪胆ではない。性格的な点だけを見たら小者もいいところだ。激痛に晒されているのにこうまで論理的な思考を保てているのは、あくまでガイアの暗示が強力極まるからでしかない。
しかし、そのお蔭で慎二は自らの持ち得る能力の全てをフルに発揮できていた。……鉄火場を知らぬ小僧と嘲るのは容易い。だが、本物の戦争を知らない青二才だと見縊るのは危険だという事ぐらい、衛宮切嗣は重々承知していた。大規模な戦争ではまず無いが、規模の小さい局地戦では大番狂わせが起こり得る。その大番狂わせを起こすのは、えてして追い詰められた弱小者なのだ。
(――いい貌をする。銃で撃たれたのが初めてなら、大の大人でもパニックに陷るというのに……いや暗示による精神汚染か? だとすればガイアによる暗示の効力を見縊っていた事になる。銃撃されてなお平静を保てる敵は危険だ。……平和ボケした国の、平和ボケした学生だろうに……そんな子供さえも一廉の兵士のようにしてしまうとなると……ここで殺しておくべきか?)
殺ろうと思えば、まだ間に合う。間桐慎二が令呪を発動しないところを鑑みるに、あの少年が切嗣の真意に気づいたことは伝わってくるが、ここで戦略を修正してしまえば射殺するのは容易い。
しかし駆けつけた救急車に乗せられる少年の貌を、銃のスコープから覗き見ていた切嗣は、優先順位を変えるだけの理由が見当たらなかった故に見過ごすことにする。
(履き違えるな、衛宮切嗣。盤面を見るに、そろそろ脱落者が出始める頃合いだ。この異聞聖杯戦争で
戦略は修正しない。切嗣は速やかに撤収する。もはや民家に隠れ潜むつもりはなかった。
――様々な角度の思惑、策謀が入り乱れる中。混迷に到ろうとする戦況を、快刀が乱麻を断つように切り分けて、綺麗に整理するのはやはり――現状、盤面を支配するブリテンの魔女であろう。
衛宮切嗣はただ、その時が来るのをジッと待つ。間桐慎二はただ、訪れる痛みの今と先を思いグッと堪えた。そして、
「――貴様は独りなのか、
† † † † † † † †
女は、英雄へ呼び掛けた。
「………」
女は、英雄に縋りついた。
「………、」
バゼット・フラガ・マクレミッツは、サーヴァントへ問い掛けた。
「……私ではなく、あの少年が貴方のマスターだったら……ランサー。貴方はどう思いますか?」
「………」
青い槍兵は一瞥すら向けずにマスターの問いを黙殺する。答えを待つも、答えはもらえない。バゼットが項垂れて視線を逸らすのを見計らって、ランサーは険しい視線を己のマスターに向けた。
マスターの言う
質問に答えるとするなら、最高の一言だ。男のマスターとして申し分ない。もしあの男が自分のマスターだったなら、さぞ槍の振るい甲斐があるに違いなかった。
だが比較して何の意味がある? 己のマスターはバゼットで、バゼットのサーヴァントはランサーなのだ。こちらとあちらを比較する時点で舐めている。莫迦が、と叱咤する気にもならない。
「……ハァ」
露骨な溜め息に、バゼットは肩を震わせる。そんな問いが出てくる時点で論外なのだが、わざわざ指摘してやる気にはなれなかった。
いい加減、バゼットを導く手段は一つしかないと結論づけていた。どだい、指導者だなんてガラではないのである。ケルトの戦士らしい荒療治が必要だ。バゼットから女々しさを拭い去る、どぎつい張り手を一発食らわせてやり、目を覚ませられたのなら上等である。
勝つにせよ負けるにせよ、どうせ戦うしかないのなら、気持ちのいい戦士と共に戦いたい。だがもしもバゼットの目を覚ませられなかったのなら、槍兵は一人で戦うことも厭わないつもりだ。
現時点でランサーは、バゼットと肩を並べて戦場に立つ気はなかったのである。生憎独りで戦うのには生前から慣れていた。この小娘が戦士として立てないなら単独で動く。なぜなら戦士ですらない小娘など、ランサーにとっては庇護すべき弱者でしかないのだから。
だから、一度だけだ。ランサーはもう独りで戦うつもりでいるが、一度だけ活を入れる。
「バゼット。テメェは何を勘違いしてやがる」
「……勘違い?」
「ここはどこだ」
「……ここは」
「戦場だろうが。テメェは戦場にいるってのに、なにを悠長に構えてやがる。戦場に出ちまえば、テメェがどれだけ芯のない小娘だろうと、敵は容赦なんざしてくれねぇ。戦場に立った時点で、どれだけ未熟でも戦士以外の何者にもなれねぇだろ。敵はテメェの葛藤になんざ付き合っちゃくれねぇよ。だからな、いいかバゼット……一度しか言わねえからよく聞け」
「………」
「死ね」
余りに端的で、余りに酷くて、余りに
余人には意味が分からないだろう。分かるはずがない。しかし赤枝の系譜に連なる者にはこれ以上分かりやすい助言もなかった。目を見開くバゼットに、半神半人の大英雄は酷薄に告げる。
「
言うだけ言って、双子館からランサーは立ち去る。自らの在り方を見つめ直して、煩悶とするバゼットに掛けてやる言葉はこれ以上何もなかった。答えを得るまで待ってやるほど親切でもない。
ランサーは戦場に向かう。敵を殺し、敵の命を奪い、奪った命で生きながらえる。弱肉強食、大いに結構ではないか。外敵を駆逐して発展したのが人類の歴史であり、人間の敵がまたしても人間だっただけの事だ。今回はちょっとばかし殺し合いの規模がデカいだけで、現代の文明を考慮すればいつかは発生し得る、人類の命運を賭けた世界大戦が勃発しただけのことである。
自らの世界の為に殺し合う事に異論はない。サーヴァントとして喚び出された以上は最善を尽くして戦うし、敗けるつもりは毛頭ないが、どれだけ人事を尽くしても天命を得られなければ敗れることは充分に有り得るのだ。サーヴァントはマスターから離れたら十全の力を発揮できない? だからなんだ。そんなもの、生前に乗り越えた戦いと比べればハンデにもならない。
というわけで、嘲笑する魔女へ彼は失笑で応える。
「――は。テメェの相手はオレだけで充分ってだけだ。別に舐めてるつもりは無ぇが、そう見えたんなら謝っとくぜ。すまねぇな
トントンと朱槍の柄で肩を叩きながら苦笑する槍兵に、マスターであろう青年を伴った魔女が余裕の笑みを湛える。
「よせ。死に逝く者に謝意を示されても鬱陶しいだけだ。……それより、いいのか? ランサー」
双子館から出てまだ間もない。ランサーが敵を求めて出たように、モルガンはランサーを狙って襲来してきたのだろう。好戦的な敵は嫌いではないが、相手が魔女なら話は変わってくる。
またぞろ陰謀の臭いを漂わせている、鼻が曲がりそうだ。そうした小賢しい搦手に頼るのは勝手だが、付き合わされる身にもなってほしいものである。ランサーは苦笑したまま反駁した。
「何がだ?」
「異邦の地で果てることになるのに、看取るのが私だけでいいのかと聞いているのだ」
得物を横薙に振るって威圧し、不敵に嗤う魔槍を携えた魔女。
彼女が戦闘態勢に移行するのを見て取り、光の御子は鼻を鳴らした。流石に誘い文句が上手い――そそられない手合いでも、そうまで熱烈に誘われたのでは乗らないわけにはいかなかった。
「ハッ! 何を企んでるのかは知らねえが、遊び相手にこのオレを選んだ度胸だけは褒めておいてやる。そんなに死に急ぐなら是非もない、まずはテメェが先に逝け」
担い手の魔力を吸い、呪いの朱槍が赫々と燃える。
――異聞聖杯戦争、三日目の朝。昇り始めた日輪を受け、長い影を伸ばした双子館のすぐ近く。
アイルランドの光の御子と、ブリテンの妖精が激突した。
人的被害以外は考慮にも入れず、冬木の地に深い傷跡が刻まれようとしている――