Lostbelt No.EX-異聞統合封土ガイア-地に落ちた林檎   作:飴玉鉛

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バゼット/衛宮切嗣の戦意

 

 

 

 

「抑止の輪より来たれ……天秤の守り手よ――」

 

 正直に言おう。

 

 まるで実感が湧かない。

 

 剪定事象、編纂事象。それは名前として聞いた事はある。しかし自分の世界が剪定されて、編纂事象の世界が白紙化され、自分の世界以外にも無数に異聞帯化して地表に出現し、汎人類史の残党が世界を取り戻そうと奮闘している。……なんの冗談だ?

 自分の世界に至っては、異星の神とやらのお眼鏡に適わず捨て置かれ、自分の世界を含めた七つを星の抑止力――いや、ガイアそのものの意思が星の内海に出現させ、空想樹とやらで固定し、2000回以上も聖杯戦争を繰り返してタイプ・アース創造の為のデータ取りをしている?

 話のスケールがデカすぎる。だが、()()()()。恐らく他の参加者も見せられているのだろうが、地表の異聞帯の様子や、そこに乗り込んで空想切除に取り掛かっている汎人類史の戦闘などは、虚構のものとは思えないほどリアリティに富んでいた。

 

 本当の話、なのだろう。

 

 何もあの『声』の話を鵜呑みにしたわけではない。

 

 自分で一応裏は取った。――結果的にだが。

 

 バゼット・フラガ・マクレミッツは冬木の第五次聖杯戦争に参加することになっていた。令呪も現れ、サーヴァント召喚の触媒も用意している。故によく分からない話に惑わされるわけにはいかないと、当初の予定を前倒しして聖杯戦争の監督役がいる教会に向かったのだ。

 そこには、()()()がいるはずだ。自分をいつの間にか失神させ、拉致した後、意味不明な話をしていった何者かについても相談したくて。あの人は腕利きの代行者だ、相談相手として不足はない。

 しかし、あの人はいなかった。

 いるはずの人はおらず、後任として赴任したというカレン・オルテンシアという修道女がいた。訝しむバゼットに、しかしカレンはまるで顔見知りのように接して来て……訳が分からないまま、自分に令呪があるのを話し、『聖杯戦争は終わったはずなのに』と驚かれた。

 

 そんな馬鹿な話があるかと思った。故に他のマスターとして確実に参戦するであろう御三家、遠坂を訪ねに行ったのだが――遠坂の館で出迎えてきた当主、遠坂凛は『まさか』という顔をしてお茶を濁すような対応をされた。そのままやんわりと帰され、混乱したまま街を歩き地形を確認していると、出くわした赤毛の少年に知人に対するような調子で挨拶された。

 

 まさか。まさかと思った。まさか本当に……? と。

 

 バゼットは恐る恐る、時計塔に連絡した。すると紆余曲折の末――()()()()()()()()()()()()()()()という情報を入手できてしまった。

 教会へ顔を出した時に会ったカレンの話で一点、遠坂からされた対応と赤毛の少年の態度で二点、時計塔から『別のバゼット』の存在が確認できた点から三点。これら三つの要素から、少なくとも『第五次聖杯戦争は既に終わっており、言峰綺礼は死亡し、別人のバゼットが存在している』事に確信を持ててしまった。半ば以上あの『声』を信じざるを得ないと思わされ、そして――

 

 

 

「――ああ、ソイツはマジな話だぜ、バゼット」

 

 

 

 万が一本当だったらマズいと判断して、ほとんどヤケで召喚した『槍兵』のサーヴァント、クー・フーリンから保証されてしまった。

 

 幼少の頃から憧れてきた伝説の、神話の英雄。

 青い髪と豹のようにしなやかな手脚、神性の高さを示すかのような赤い双眸と、無駄のない機能的な戦装束。朱い魔槍を手にした()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ランサーは()()()()()()()()()()()()()()()()()()、親しげにバゼットへ言った。

 

「オレは冬木の聖杯とやらに召喚されたわけじゃねぇ。ソイツがオレに関わってたんなら、まずオレのステータスは一つか二つランクが落ちてるはずだ」

「――日本での貴方の知名度が低いから、ですか……?」

「おうよ。だがマスターとしての権限で分かんだろ? オレのステータスは、冬木の聖杯に……いや尋常の聖杯に喚ばれたにしちゃ高すぎる。このステータスはホームグラウンドでのオレに匹敵するぜ。サーヴァントって括りとしちゃこれ以上はないってほどのな」

 

 そう言うランサーのステータスは、彼の申告通りに非常に高い。

 筋力と耐久がAランク、敏捷はA+ランク、魔力はBランクで宝具がB+だ。幸運は……ともかく、白兵戦能力は最高峰、宝具の性能も凶悪であり、間違いなく最強だとバゼットは感動したものだ。

 だがその感動――憧れの英雄とこうして会えた感慨は、すぐに霧散させられてしまった。

 ランサーはバゼットの認識を正すかのように言ったのだ。

 

「バゼットをよその世界から召喚したのが地球の意思ってのはマジだ。北極だろうが南極だろうが、地球って枠組みなら()()()()()()()だろ? オレを召喚しやがったのが地球でもない限り、日本で最高の状態のオレを喚び出せる訳がない。いいか、バゼット。異聞帯云々の話は真実だ。そしてアンタがアンタの世界の代表ってのもな」

「……そんな、馬鹿な……」

「他に有り得ない可能性を排除したんなら、残った奴がどれだけ荒唐無稽でもマジの話ってこった。それとも()()()()()()喚び出されたオレが信じられねぇか?」

「……なら、本当に……? 本当に私が……私の世界の命運を……?」

 

 思わぬ重責に、今更震えが来る。ガイアの言う『最終戦』こそが本当の意味での命運を決する戦いなのだが、それ以前であっても『最終戦』で自分の世界を有利にすることは可能だ。そういう意味では命運の一端を、確かにバゼットは背負っている。

 瞳を揺らして自分の体を掻き抱くバゼットにランサーは苦笑した。

 ()()()()()()が第五次聖杯戦争を経験する前だというのは、自分に対する態度から分かってはいた。が、打たれ弱いのは相変わらずらしい。ランサーは重く受け止め過ぎているマスターに、彼女の為に召喚に応じたサーヴァントとして訊ねた。

 

「なあ、アンタに救いたい奴はいんのか?」

「え?」

「だぁから、テメェは命賭けで助けたい身内はいんのかって聞いてんだよ」

「………」

「いねぇだろ。少なくとも今のアンタにはな。なら話は単純だ、難しく考えんなよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。小難しい事は全部終わった後にじっくり悩めばいい。違うか?」

「――、……――なるほど。確かにその通りですね」

 

 バゼットはランサーの助言を聞いて、()()()()()()()()()()。彼女が精神的に脆いが故の現実逃避だったが、しかしそれは悪い事ではない。赤枝の騎士としてまずは勝つ事に集中し、自身を苛む懊悩を雑念として処理したのである。戦う者に徹したなら惑う事はない。

 元々冬木には戦いに来たのだ、意識の切り替えは迅速だった。

 落ち着きを取り戻したバゼットは、ランサーへ敬意と共に感謝を述べようとし――しかしその前に、ランサーが不意に顔を険しくさせる。

 

「……ランサー?」

「――下手打ったな、バゼット。テメェは尾行()けられてたらしいぜ。この拠点からたった今どこぞの鼠が出て行きやがった」

「――――」

 

 バゼットがランサーを召喚した場所は、遠坂邸の近くにある西の双子館だ。

 精神的に大いに揺れていたとはいえ、並の者に尾行されて気づかないバゼットではない。こんな時にバゼットを尾行し、気配を悟られないような輩など――彼女には一人しか心当たりがなかった。

 

「衛宮、切嗣か……!」

「どうやら(やっこ)さんは離脱していくみてぇだ。聞きたい話は聞けたってとこか? 追うだけ無駄だぜ、バゼット」

「ですがランサー! あの男が本当に衛宮切嗣なら危険です! 今の内に手を打たなくては、」

「あーあー、相変わらずの猪だこって……。やめとけよ、24時間以内の戦闘は禁止だってルールを忘れたのか? ルール違反には気をつけろよ」

「ぐっ……!」

 

 呆れたように諌められ、バゼットは羞恥に頬を染めた。言われるまで失念していたのである。

 今のバゼットには、精神的支柱がない。言峰綺礼(思い出のヒト)のいない世界で、彼女は無意識に寄りかかれる存在を欲していた。故にバゼットの脆い部分は、幼い頃から憧れていた英雄であり、絶対的に頼れるバゼットだけの味方のランサーに心を開いていた。

 早すぎる。心を許すのが。だがバゼットのその弱点は、今だけは良い方向に働いていた。――理由はなんであれ、唯一のパートナーを信頼するのは良いことである。こと戦場に向かう者の心構えで、ランサー以上にバゼットの手本になれる者はいないのだ。

 

「一応、遮音の結界ぐらいは張っとくぜ? こっから先は作戦会議だからな」

 

 言いながら息をするようにルーンを用い結界を張ったランサーに、同じルーンの使い手であるバゼットは瞠目する。――いや、ランサーの用いたルーンは影の国の女王から学んだという原初のそれだろう。現代のルーン魔術など比にならなくて当然だ。

 バゼットは、責任を意図して見ない。見る必要がない。例えどんな背景があろうと戦うことに変わりはなく、そして戦う以上は勝つだけの話なのだから。何より隣には今、憧れた英雄がいる。情けない姿は見せたくないという子供じみた意地が、バゼットの心の背骨だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――まず真っ先に取り掛かったのは裏取りだ。

 

 僅かでも真実である可能性があるなら確認を取る。

 情報は命だ、それを疎かにする事などあってはならない。

 

 それでも有り得ないと思っていた。嘘であってほしいとも思った。

 だが、街の人間の誰に聞いても、今が西()()2()0()0()4()()だと言う。

 どうやら本当に、衛宮切嗣は十年後の未来の冬木にいるらしかった。

 

 だが切嗣は更に情報の精度を求める。あの『声』の開示した情報をどこまで信じたら良いか、さしもの切嗣も図りかねていたからだ。

 そこで切嗣が着目したのは、あの『声』が通告してくる前、褐色の男が言っていた言葉だ。自分が1994年の聖杯戦争に参加し、騎士王を召喚しようとしていた事を言い当てたあの男は、白人の女バゼットが2004年の第五次聖杯戦争に参加する前だろうと言っていた。

 

 なら、切嗣のやる事は決まっている。

 

 あの女が聖杯戦争に参加するつもりで冬木に向かっていたとしたら、自称ガイアの意思の言葉の真偽を確かめる為に、教会へ向かうだろうと踏んだのだ。すると、ビンゴだった。

 教会に向かう途中のバゼットを見つけた切嗣は、あの女の口の動きを見て、言葉を読み取り、表情や仕草から心理状況を見定めつつ、バゼットが遠坂邸に向かうのを見届け――どこかに連絡を取り始めたところまでずっと見ていた。そうして最後にはバゼットの進行方向から、彼女が西の双子館に向かっていると読んで先回りして潜伏し――彼女が英霊召喚を決行したのを確認した。

 そこで召喚されたサーヴァントと、バゼットの会話を聞いて――サーヴァントという、この状況下では最も信頼できる第三者の口から、あの話が完全に真実であると保障されるのを聞いた。

 

「――は、はは……」

 

 切嗣は、自身の存在が露見するのも構わず双子館から出て行った。あの話が本当なら、追ってくるはずがないと確信したからである。そして案の定、誰も追っては来なかった。

 

「ははは、はははは――!」

 

 切嗣は笑った。乾いた、自嘲の笑い声だった。――それは、涙の滲む、苦悩と歓喜、恐怖と緊張、そして夢にまで見た絵空事を実現できる舞台に、不意に登らされていた、子供のような笑い声だ。

 衛宮切嗣は今、人生初、戦場で腹の底から笑い転げていた。他者の目と耳に晒されない、見晴らしのいいビルの屋上で、声を上げて笑って、笑って、泣きながらひたすら笑っている。

 

「こ、こんな馬鹿げた話が、現実に起こっているのか? し、しかも……僕が……この僕が世界の、人間代表だと……!? なんて質の悪い冗談だ、僕なんかにそんな資格はないはずだ! なのになんで僕が選ばれた? タイプ・アース作製のデータ取りの為か? 衛宮切嗣のどこから、有用なデータなんて取れる? 無駄だ、無駄でしかない! とんでもない徒労だ! ……でも――」

 

 そうだ。でも――そんなことはどうでもいい。だってそうだろう?

 

「僕に……僕の手に掛かってる。世界の……」

 

 運命が。

 

「………」

 

 笑いが、止まる。高揚が、鎮まる。……切嗣は思い描く。自分の生きてきた世界を。それは――それは地獄だ。衛宮切嗣の知る世界は、地獄でしかなかった。そしてその地獄に自ら進んで足を踏み入れて……地獄以外にも、世界がある事を知ってしまった。

 あの冬の城に。

 あの、雪に閉ざされた世界に。

 こんな自分なんかが、安息を得られる居場所があった。

 アイリ……イリヤ……最愛の、大切な、妻と娘……。自分は本来、最も愛した妻を、生贄にする戦いに出向こうとしていた。理想のためだ。世界を、地獄から救うため、聖杯が必要だから。

 こんな罪人が幸福を得てはならないからと、妻すらも贄にしてまで理想を果たそうとしていた。そんな自分が、何を血迷っているのか。そう思い、自戒しようとして――しかし、思ってしまった。

 

 

 

 ――文字通り、世界を救えば、それは――何よりも理想を果たした(罪を償いきれた)という事にならないだろうか――と。

 

 ――あの始まりの瞬間、初恋の人を手に掛け、実の父をも殺めた罪を濯ぎ、これまで衛宮切嗣が奪ってきた全ての命に報いた事にならないだろうか、と。

 

 ――安易な逃げだと思う。だがもしもこの世界の運命を決める戦いで、聖杯(ガイア)に【最終戦で僕の世界の代表となった者に、無尽蔵の魔力と、最高の英霊を複数、出来る限り与えろ】と願ったなら。

 

 ――そしてその願いで勝利に寄与できたなら。

 

 ――衛宮切嗣は、自分を少しだけ赦せる気がした。

 

 

 

「…………………」

 

 六つの他の世界は、切り捨てる。切嗣にとってそれは余りに軽い。逆に自分の世界は果てしなく重い。だって他の世界には守りたい人がいない。自分の世界には、アイリとイリヤがいる。

 なら、答えは決まっていた。どうあっても結局六つの世界は切り捨てられるのが決まっているのなら、自分の世界を救うために全力を尽くして何が悪い。自分の世界(妻と娘)の為に戦って、何が悪い――!

 

 大切な人の為に。最愛の人の為に初めて戦えるこの戦場で、奮い立って何がいけない!?

 

 

 

 ――この瞬間、衛宮切嗣は過去最高に。否、生涯最高に戦意を燃やした。

 

 

 

「――ふぅ……」

 

 そして落ち着く。心は熱く、しかし頭は冷静に。積み重ねてきた戦歴と、確かな実力が、浮き足立ちかけた衛宮切嗣を沈静化させた。今こそ全盛期の『魔術師殺し』に回帰し、それを超える時だ。無駄に熱くなって判断を誤るようでは笑い話にもならない。

 意識の解体清掃をもう一度挟んで、フラットな精神に戻す必要がある。24時間……後20時間は戦闘禁止時間だ。ガイアの言う『戦闘』とやらがどこからどこまでの行為を指すのかはハッキリしないが、逆にハッキリしないからこそ、他の面子も身動きが取れまい。2時間もあれば意識が自然再生するのだ、意識を解体清掃しても寝首を掻かれる事を恐れる必要はない。

 

 2時間の休息をただちに取る。そしてその上ですぐにサーヴァントを召喚して、最適な戦略を練り、最高のパフォーマンスで立ち回る。誰も侮らない、全員殺す。力と知恵、経験の全てを出し切る。

 

(――駄目だ、まだ心が踊ってしまっている。何が『後20時間は安全だ』、だ……戦闘は禁止されていても、()()()()()()()()()()()()()()ことを戦闘行為と捉えるか分からないんだぞ……!)

 

 コンディションが良すぎて、逆に空回っている。切嗣は今度こそ本当に冷静さを取り戻した。

 

(サーヴァントは召喚する、今すぐにだ。そして眠ってる僕を守らせる。その後にサーヴァントにこの冬木の地形を見せ、()()()()戦略を練ろう。何も僕だけしか考える頭がないわけじゃない、知恵を借りれるなら例えどんな英雄様からでも借りるさ。それが合理的だ)

 

 1分1秒を無駄にはしない。そう決断して、切嗣は英霊召喚の呪文を唱え出した。

 さあ、誰が来る。召喚の触媒はない、なら切嗣に似た英霊か? それなら遣りやすい、是非そうであってほしい。切嗣はそう思った。果たして彼の召喚に応じたのは――

 

 英霊の座はおろか、汎人類史には存在せず、有り得たイフの存在でしかない――英霊()()()である守護者の、更に()()()であり。召喚条件として『人類史そのものを根底から破壊し得る脅威、グランドオーダー案件のみ』である存在だった。

 

 武者を想わせるアーマーを装備し、赤いフードで顔を隠したそのサーヴァントは、『人理が破綻しており』『グランドオーダーが発動して』『縁のある存在が』召喚した事で現界した者。

 即ち、

 

「――()()()()のサーヴァント、真名を()()()。召喚に応じ参上した。……フン。なんだその顔は」

 

 衛宮切嗣の、イフ。

 

「……どうやら僕は、アンタの世界から引っ張って来られたらしい。迷惑な話だが、やる事は変わらない。上手い作戦があると言うなら聞くだけは聞いておこう。

 ああ……慎重さ、綿密さ、後は黙って無駄口を叩かない事。それだけで僕とアンタは上手くやっていけるだろう。アンタの事情なんて知ったことじゃないし、聞きたくもない。ただサーヴァントとしての務めだけは果たす。……それでいいだろう?」

 

 

 

 

 

 

 

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