Lostbelt No.EX-異聞統合封土ガイア-地に落ちた林檎 作:飴玉鉛
と喜んだのもつかの間、一瞬で転落してた…
まあいい、できるだけ多くの読者を楽しませるだけだ…
はむ、と一口たい焼きを頬張り、もっきゅもっきゅと咀嚼するキャスターの顔は満足げだ。
次から次へと大事そうに抱いた紙袋からたい焼きを取り出し、しっかり味わいながらも、早食い大会も斯くやといった早さで食べていく様は、気品がありつつもどこか愛らしい。
なんとなくそれを見ていると、キャスターは草十郎の視線に気がつき頬に桜を散らした。
「現代は素晴らしいですね。これほどの甘味をいつでも、気軽に食べられるとは」
「うん、それは俺も凄いと思う。俺の世界でもあるにはあると思うけど、あんまり口にする機会はなかったからな。今度俺も食べてみよう」
「む……」
草十郎が衒いなく、思ったままを言うと、キャスターは最後の一つのたい焼きに目を落とす。それはもう一口食べてしまっており、彼女は逡巡したようであった。
酷く悩ましげに、キャスターは呻く。ちらりと草十郎の顔と見比べて、キャスターは未練がましそうに食いくさしのたい焼きを差し出してきた。
「……ソージューロー。特別に、そう、特別に……ブリテンの真の主人であるこの私が、このたい焼きなる甘味を下賜してあげましょう。口はつけてありますが……褒美です、遠慮なく受け取りなさい」
「え、いらないぞ」
目をぱちくりさせて即答すると、キャスターはどうしてか驚いたらしい。草十郎がまるで頓着せず、のほほんとしていると、何やら矜持を傷つけられたらしいキャスターは顔を赤くした。
「なっ……私からの褒美をいらないと? この私を現界させたマスターを労おうというのに、その私の気持ちを無下にするとは……!」
「いや、口をつけたものを他人に渡すとか行儀が悪いじゃないか。一度口にしたんなら、きちんと全部食べるべきだと思う」
「………」
熱い正論である。これにはキャスターも閉口したが、却って機嫌を回復させたらしい。
一瞬複雑そうにしながらも、どこか嬉しそうにたい焼きを口に運んで完食した。
もっきゅもっきゅ。
新都という未来都市を散策し、目に付いた店に足を運ぶ様は、こんな時だというのに現代を謳歌しているかのようだ。いや……ようだ、ではなくそのままずばり、キャスターは完全に楽しんでいる。
現にキャスターは、衣料品店に寄るまでは霊体化していたものの、その店でギリギリ妥協できる衣服を見繕い、着用したあと店員に暗示を掛け金銭を支払うことなく出て来ていた。現代風の衣装で白いワンピースとガウン、編み込みのブーツというよく分からない格好だが。
それはそれとして盗みはよくないと苦言を呈した草十郎に、彼女は悪びれもせずに言った。
『
思ってる。素直にそう言うとキャスターは噴き出したものだ。何が勝つための布石になっているのか、まるで見当もつかない草十郎としては、目的も知らずに歩き回るのにも流石に疲れてきていた。
「キャスター」
「………」
「……キャスター?」
「……え? ……ああ、はい。なんですか、ソージューロー」
行く先々で暗示を掛け、無料で商品を手に入れているキャスターに、草十郎も流石に我慢の限界を迎えた。険しい声音で一歩前を歩くキャスターに呼び掛けるも、反応がなく肩透かし感を味わう。
気を取り直して再度呼び掛けると、ようやくキャスターは思い出したかのような反応を示した。
振り返ったキャスターは、ワンピースの裾を靡かせている。黒いガウンや、編み込みの革ブーツという姿は、どこかセンスがズレているのに完璧に着こなしていた。傾城の美女は何を着ても似合う。
「勝つためにしているって言うけど、どれだけ考えても盗みを働いてる理由が分からない。理由も分からないのにいけないことをしてるのは納得できないんだ、説明してくれないか?」
「フフ……
「……夫?」
「ええ、そうです。貴方は私の夫ですよ。数いる英霊の中からこの私を喚び出したということは、
「キャスターに好かれるような事は何もしてない……どころかまだ半日ぐらいしか付き合いがないんだけどな……」
「時間は関係ありませんね。私から見て暗示も掛けられていないのに、此度の件を受け入れている貴方の在り方はヒトらしからぬほどヒトらしい。貴方は在る物は在ると受け入れ、理屈を付けられるだけの知識がなくとも、現実に在るものを見たのに信じないという事をしない。それが好意に値すると言っているのです。……光栄に思いなさい? 打算なしに私は貴方を認めている」
「それは……ありがとう?」
「どういたしまして」
首を傾げながら礼を言う草十郎に、可笑しそうに微笑むキャスターは只管に美しかった。
道行く人々は、そうしたキャスターの美しさに目を奪われ、溢れる淫蕩な色香に鼻の下を伸ばしている。だが草十郎は綺麗だと感じ、男としての欲望を感じながらも邪念を持っていなかった。
そうした浮世離れした草十郎だから――
キャスターは草十郎を容易く操れる。意思を持たぬ木偶人形にするのも簡単だ。弁舌で誤魔化し、煙に巻き、魔術も使わず意のままに動かすことも可能だろう。しかしキャスターはそれをしない。
なぜか? 本当に、キャスターは草十郎を欲しいと思っているからだ。こんな珍妙な人間、キャスターは今まで見たこともない。折角結ばれたこの縁を手放してやろうと思うほど無欲ではなかった。
故に夫にする。これはキャスターの中での決定事項だ。籠絡するのも容易いが、それをせずこうして徐々に仲を深めようとしているのが、キャスターが本気である証左と言えよう。
「さて……私が何故こんな迂遠な真似をしているのか、語って聞かせてあげましょう。ですがその前に、ソージューロー。私のことはキャスターではなく真名で呼びなさい」
「む。俺は構わない、けどいいのか? 真名を伏せるのは基本だって、キャスターが言ってたんじゃないか」
「ええ。ですが気が変わりました。私に明確な弱点などありませんし……よくよく考えてみると、
「分かった。じゃあ、モルガン。説明を頼む」
キャスターは――モルガンは淑やかに微笑み、それとなく簡単な幻術を自身の口と草十郎の口に被せた。その上で互いの声を互いにしか聞こえないようにする。草十郎本人には気づかせずに。
そうして彼女は語った。
「まずはじめに、私は汎人類史のモルガンではありません。ブリテン異聞帯の女王でもない。私は貴方の世界の過去に実在した魔女であり、それは他の陣営のサーヴァントも基本的に同様でしょう。マスターの存在した世界の者として召喚されている。これは分かりますね」
「分かる。けどそれがなんの関係があるんだ?」
「人が人の都合で編み出した英霊召喚という儀式……これは本来なら星側の存在である英霊を、人側の守護者として現界させるもの。境界記録帯……と言っても分かりませんか。簡単に要点だけを言うと、境界記録帯というデータベースに記録された『情報』の切れ端が、英霊召喚システムが形成するサーヴァントの正体です。英霊という星に刻まれた情報を、人側の都合でどうこうしようとしている故に、人側の信仰の多寡によって霊格に差が生じる。ドがつくほどマイナーな神話の大英雄の霊基が、メジャーな神話の大英雄に及ばないといった現象はこれが原因です。しかし――此度の異聞聖杯戦争は、星の意思そのものが開催したもの。人側の信仰などで霊格は左右されない。つまりサーヴァントという括りの中での最高の性能を、全ての参加者が発揮できるということであり、また全ての参加者が各々の世界のために全力を尽くすということでもあります。すなわち
言いながら自販機に手を触れたモルガンが、中から缶ジュースを転移させて手にした。二つ取り出したものの片方を草十郎に押し付け気味に手渡し、自身はコーラというもののプルタブを開けて呷る。
目を見開き喉を押さえたモルガンが悶える。必死に堪えようとして、堪えられずに「けぷっ」とゲップを漏らしてしまった。赤面したモルガンに、草十郎は苦笑する。
誤魔化すように咳払いをして、モルガンは続ける。
「つ、通常は、神秘の秘匿に気を遣い、夜のような人目のつかない時間帯で、人里を避けて戦闘は行われるでしょう。しかし異聞聖杯戦争では、どこであろうと戦闘は発生し得る。現地人に危害を加えられないルール上、可能性は低いですがね。つまり――
「……えっと。よく分からない。つまりどういう意図で、俺達は街を練り歩いているんだ?」
「キャスターのセオリーである陣地作成が愚策である以上、セオリーにはない陣地を作る必要があります。私は今――
……なるほど、と草十郎は頷いた。
長ったらしく話してもらっておいてなんだが、全く理解できないことが理解できた。
だが少なくとも、無駄に歩き回っているわけではないことは分かった。
草十郎は不満を捨てて、黙々とモルガンの後に続いた。
一日という猶予時間を全て使い、歩き続ける。その最中、ふと草十郎は疑問に思った。
(そういえば、なんでモルガンは霊体化しないで、態々この時代の服を着て歩いてるんだ?)
まるでサーヴァントである自分の姿を、他のマスターやサーヴァントに、見てくださいとアピールしているかのようではないか。山で例えるなら――飢えて、人の肉の味を覚えた危険な熊の巣の近くを散策しているようなものだ。極めて危険である気がする。
だが草十郎はその疑問を口に出すのはやめた。だってモルガンがその危険性に気づいていないはずがないし、どう考えてもモルガンの方が頭が良い。モルガンがそうするなら、その考えに乗っかり、
主導するのはモルガンだ。余計な口出しをして勝率は下げたくなかった。草十郎だって死にたくないし、何より――彼もまた身近な人のためにも、負けられないと思っている人間の一人なのだから。
やがて夜が来て、夜が明ける。その頃になると新都を歩き尽くし、モルガンは人目も憚らずに草十郎を連れて空間転移を実行した。
忽然と姿を消し、モルガンと草十郎が現れたのはどこかのホテルの一室だった。
既に先客がいる。それに息をするように暗示を掛けて追い払い、ベッドに腰掛けたモルガンが微笑んだ。
「お疲れ様でした、ソージューロー。休んでも構いませんよ? 私が優しく寝かしつけてあげましょう」
「……いいのか? もう時間だと思うぞ」
「ええ、気にする事はありません。さ、休むならお早く。誓って眠っている貴方に、誰にも危害を加えさせません。休める時に休んでいてください」
「……分かった。正直、くたくただったから休むとする。後は頼んだ」
「はい」
流石に草十郎も疲労困憊だった。モルガンがいるのに気にする余裕なく、彼女の隣に倒れ込んで眠りについてしまう。
そんな草十郎の髪を優しく梳いてやりながら、モルガンは妖しく相好を崩す。
時間が過ぎるのを愉しむように。
自らの策が的中する事を、長年の経験で培った勘からモルガンは確信していた。
「……24時間経過。さあ、戦争を始めましょう? 騙し合い、競い合い、殺し合いなさい。私の掌の上で踊り狂い――私の眼下に跪かせるその時を、今から愉しみにしていましょう」
モルガン必勝の策は、草十郎に全てを話したわけではない。またそのつもりもない。
モルガンは自らが喚び出された瞬間から、策を練り、手を打っている。その思考の瞬発力と決断の早さは、円卓を崩壊させた魔女に相応しい陰謀家のものである。
こと化かし合いで、モルガンを上回れる者はいないだろう。
モルガンは狡猾だ。貪欲だ。野心を漲らせ、自身に逆らう者は許さない。ブリテンを手に入れる為ならなんでもする。そう……なんでもだ。自分のブリテンを滅ぼさせはしない。『
全てに勝利しよう。
必要な布石は
「私は