Lostbelt No.EX-異聞統合封土ガイア-地に落ちた林檎   作:飴玉鉛

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剣と槍の邂逅、月の王の机上

 

 

 

 

 

 

『臭うな……』

 

 突如鼻に皺を寄せ渋面を作った相棒に、冷酷な戦闘機械に徹した女執行者は反駁した。

 

(敵ですか)

『ああ。鼻が曲がるぜ、闇に潜んで隙を狙う溝鼠の臭いだ。――近いな』

 

 一日の猶予期間を過ぎ、開戦となった時間はジャスト12時。

 正午から拠点の双子館を出た槍の主従は、真っ先に街中に繰り出していた。

 槍の主従、バゼットとランサーの基本方針は単純明快である。まずは堂々と街中を練り歩き、仕掛けてくるか敵の出方を伺う。戦の誘いに乗ってくる手合いがいればよし、いないのならそれもよし、だ。好戦的な手合いがいるなら、それを倒し。誘いに乗らず穴熊を決め込むなら、今後はこちらも()()()()()()と織り込んだ上で対応を決める。

 

 最初に戦えば手の内が知られる? 情報を抑えられ弱点を知られる?

 それがどうした。

 下手な罠など正面から噛み砕いてやる。

 

 自分達にはそれが出来る事を彼らは知っていた。どうせ最後には全員倒すのだ、自分達が最強である事を知るからこそ、向いてない搦手に割く余分などありはしない。純粋に、正面戦闘で勝つ。

 

 とはいえ、彼らもそれだけで勝てる相手だと甘く見ていない。

 

 何せ各々の世界の未来が掛かっているのだ、それこそ人智を振り絞り、死力を尽くして此度の戦いに臨んでくるだろう。中には想像もしていない手を打って来て、窮地に陥る事もあると覚悟している。

 それでも勝つ。

 思いだけでも、力だけでも、その両方が揃っていても、負ける時は負ける。死ぬ時は死ぬのだ。決死の覚悟などあって当然、強力な敵がいることも当たり前。そういう世界でバゼットは生きてきた。ランサーもだ。故にこそバゼットは令呪一画の使い道を定めている。

 ランサーの真名を知られた場合、彼の力を削ぐのは容易い。宴の席に誘い、犬の肉を食うように仕向ければいい。それだけでランサーの力は半減どころではないほど落ちる。――それがクー・フーリンのゲッシュだからだ。詩人の要望を断れないというのもあるが、それは気にしなくてもいい。今の時代、ランサーのゲッシュを活かせる詩人は存在しない。

 バゼットは真名が露見し、クー・フーリンの伝承をなぞる形で死を再現してこようとした敵がいた場合、令呪でランサーに『ゲッシュを利用した敵の作戦に乗るな』と命じる事を伝えている。それはランサーの赤枝の騎士としての矜持に抵触するが、彼は『一度だけ見逃す。令呪を切るならな』と受け入れてくれた。あくまで彼はバゼットに勝たせる事を優先してくれているのだ。

 

 ……それが何故かは、まだ聞けていない。聞く必要がないから。ただ……全てが終わったら聞いてみたいと思っている。

 

(………! ランサーッ!)

『チッ……誘ってやがるな。いい予感はしないが、どうするバゼット』

 

 霊体化したままのランサーを伴うバゼットもまた、往来を行き交う人々の流れに逆らわず歩いている。そんな中、赤い影が視界の隅をチラついた。

 目敏く反応し小声で注意喚起するも、言われるまでもなくランサーは気づいている。

 サーヴァントだ。あの気配の薄さ……敢えて攻撃体勢に移る事で気配遮断のランクを落とし、こちらが気づくように態と仕向けたものだろう。――アサシンのサーヴァントだ。

 誘っている。まさか序盤からアサシンが釣れるとは思わなかったバゼットは判断に困った。正面からの白兵戦を望むような暗殺者など聞いたこともない、十中八九、罠だろう。

 

 なんのつもりだ……? 隣のランサーを見ることなく念話で意見を訊く。

 

(罠……ですね。食い破る自信はありますが……どうしますか、ランサー)

『決めるのはテメェの役目だ……って突き放すのも無責任か。アイツの狙いは見え透いてる、大方オレらと別の陣営をぶつけたいんだろうよ。伸るか反るかは好きにしな』

(……では、答えは決まってます)

 

 革の手袋を嵌める。バゼットの目は据わっていた。肝も、また。

 敵と遭遇させてくれるなら、望むところだと言わせてもらおう。アサシンの誘いに乗り、どれだけ追い掛けても敵と遭遇しなかったら、その時はこちらも何もせず撤退する。

 

(追いますよ。敵と戦闘に移れば、躊躇なく宝具を使っても構いません)

『初戦だぜ? いいのかよ』

(ええ。私達の戦闘は最強のワンパターンです。例えどんな敵だろうと、ランサーの宝具を凌ぐには相手もまた宝具を使わざるを得ないでしょう――そこを私が狙う。寧ろランサーの真名が割れた方が、私達の戦術に嵌まり易いはず)

『いいぜ、そうこなくちゃな。その思い切りの良さは嫌いじゃない』

 

 ランサーの宝具は二つ。『刺し穿つ死棘の槍』と『突き穿つ死翔の槍』だ。前者は因果逆転の必中の槍、後者は広域を吹き飛ばす対軍宝具。どちらも宝具以外での対処はほぼ不可能である。

 今のランサーの霊基なら、城などの宝具も引っ提げていないとおかしいが、生憎と異聞聖杯戦争のクラスの縛りは強い。槍兵なら槍だけ、剣士なら剣だけだ。その縛りがある故に、ランサーは魔槍しか宝具を有していない。――が、それで充分であった。

 

 初戦の敵は、因果逆転の対人宝具で討つ。次戦はランサーの真名と宝具の力が割れ、ランサーの宝具に対抗しようと敵も宝具を使わざるを得なくなる。――そこを現存する宝具『斬り抉る戦神の剣』の担い手、バゼット・フラガ・マクレミッツが狙い撃つのだ。

 バゼットの宝具は『切り札殺し』であり、相手が切り札と認識する攻撃の発動に反応して起動する。必然的にバゼットの宝具攻撃は相手の攻撃よりも後になるが、『斬り抉る戦神の剣』は因果を逆転させ自らの攻撃を『先に行った』ものとして改竄する事ができた。

 時を逆行して放たれる先制の一撃は相手を確実に殺害し、『死んだ者は攻撃できない』という概念によりその攻撃をキャンセルし、始めから無かった事にしてしまうのである。

 

 故に『ランサーの宝具に対抗するには切り札を切るしかないが、そうした場合はバゼットの宝具に討ち取られる。バゼットの宝具を警戒して切り札を切らなければランサーの魔槍に貫かれる』という二律背反を敵に押し付けられるのだ。一騎打ちで槍の主従に勝る者はいない。

 知れば知るほど、戦いたくない相手と認識される。それがこのコンビだ。バゼット達を倒そうとする者は徒党を組むか、あるいは搦手でランサーとバゼットを分断し各個撃破を狙うしかない。だがそんな手に訴えられても構わなかった、想定しているのだから対策はある。

 

 無論、バゼット達の黄金パターンを崩せる者がいる可能性はある。あるが、それがどうしたというのだろう。宝具による嵌め殺しが効かずとも、そもそも宝具を抜きにした戦闘でも二人は強い。どんな強敵であっても、正面から下せてしまえる自信があった。

 

「ハッ……何が出るか期待してたが、まさかサムライだとはな」

 

 赤い影(アサシン)が誘うまま、人混みから外れていく。辿り着いたのは狭い路地裏――そこにいたのは、着流しを纏い大小の刀を腰に帯びた初老の剣士だ。明らかに日本の英霊である。

 纏う空気は、最高位の剣聖のそれ。タイプは違えど、既視感を刺激されたランサーは苦笑した。冬木の聖杯戦争だと、どうにもサムライって奴とは縁があるらしいな、と。

 第五次聖杯戦争のアサシン、佐々木小次郎。あの技倆という一点のみであればクー・フーリンを上回る侍を思い出させられた。初老の侍の姿が、ランサーには佐々木小次郎と重なって見えたのだ。

 実体化したランサーが、犬歯を剥き出しにして嗤う。立ったまま瞑想し、静かに佇むこの剣士は、明らかにランサー達を待ち構えていた。いや、正確には自身を見つけて挑戦に来る者を、だ。

 

「ランサー、分かっているとは思いますが……」

「念押しする必要はねぇぜ。心配しなくとも出し惜しみはしねぇよ」

 

 朱槍を具現化させ、その穂先で地面を削りながら歩み寄るランサー。目を開いてランサー達の姿を視認するサムライ。ランサーは自身の間合いとサムライの間合いを見計らい、その一歩手前で止まった。

 太陽はまだ真上にある。路地裏とはいえ人目につく可能性は高い。だがそれがどうした? 野次馬が駆けつけてくる前に、速攻で終わらせるまでである。

 

 殺気も露わにランサーは口を開き、そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

  †  †  †  †  †  †  †  †

 

 

 

 

 

 

 

 

 岸波白野は、叫んだ。うわぁぁ! うわぁああああ! ぁあぁあぁあああああ! と。

 鉄格子を両手で掴み、ガッシャンガッシャンと体を前後させて音を立てる。目を血走らせ、口からは唾液を撒き散らしながら、意味不明な台詞をまくし立てた。

 

「我が名はフランシスコ・ザビ……! 異教徒どもぉぉぉ! 我が教えを聞けえぇぇぇ……! 宣教されろぉ……! 開国シテクダサーイ! 我は濁った世の中に新風を運ぶ黒船であるぅぅう!」

 

 我ながら真に迫った発狂ぶりである。溜まった鬱憤を全て吐き出す勢いだ。

 白野渾身、迫真の演技。手本は――誰だろう? 思い当たる節はない、まさかこれが自分の隠された本性だったというのだろうか……!

 これには警官の人達もたじろいでいる。ひそひそと、精神科医、違法薬物、などと囁き合い白野の精神にダメージを与えてきた。的確にこの岸波白野にダメージを打ち込むとは、この警官達、デキる……!

 

 警官達がいなくなるまで喚き散らし疲れてしまった白野は嘆息した。

 壁に背中を預け地面に座り込む。思っていたよりも早いが、留置所で粘るのにも限界が見えてきた。開戦の時間を迎え、後一日は粘りたいのだが、どうにも白野は演技に気合を入れ過ぎたらしい。あまりにも迫真のそれは警官の心象を悪化させたようだ。

 

 これからどうしようか、と漠然と考えている。ずっと。

 個人的背景が白紙に近いのは良い。終わった後にじっくり悩もうと思っている。白野が考えているのは、目の前にある戦いのことだ。

 聖杯戦争云々。異聞がなんたらかんたら。

 難しい話だ……だがまあ、これに関して白野は難しく考えていないし、結論は出ている。他の参加者がどれだけ本気であろうと、白野は自身のスタンスを決めている。

 

(今回の聖杯戦争は別に、()()()()()()んだ)

 

 ――それは他の参加者には欠片もない発想であり、結論である。

 白野の戦術眼は、歴戦の魔術師殺し、稀代の魔女、世界の守護者を含めた全ての参加者と比較しても劣らない。むしろ戦術の更に先、戦略面では上回っているとさえ言える。こと戦略、戦術を練らせて白野を上回る者はいないのだ。これは極めて異常であると言えるだろう。

 平凡な少年にしか見えない白野が、どの手練のマスターやサーヴァントよりも戦略で上を行っているなどと、果たして誰が予測し得るというのか。

 

 そんな白野が()()()()()と認識しているのは、今回の異聞聖杯戦争が最後ではないからだ。勝てるなら勝つに越したことはないが、それはそれとして勝利に拘泥する必要もない。

 大事なのは()()()()()()()。すなわちマスターである白野が生き延びて、自分の世界に危機を報せて広く周知し、対応策を練られるかどうかに掛かっている。

 

 白野の戦術眼が幾ら優れているとは言っても、なんの前振りもなく――白野にいたっては記憶も曖昧で、準備が少しもできず、手札がサーヴァント以外に何もないのでは勝ちようがない。

 破れかぶれの特攻を仕掛けるには早すぎるのだ。まだその段階ではない。故に白野が悩んで……思案しているのは、気になることがあるからだった。

 

(……普通。世界の危機で、命運を懸けた生存競争があるなら、どの世界でも周知徹底されて事前準備を各々が整えているものだろう)

 

 そう。それが本当だ。

 

(今回で2004回目の聖杯戦争らしい。なのに――()()()()()()()()()()()()()と、藤丸立香……名前は知らないけどもう一人も、この聖杯戦争に関する事前知識があったようには見えなかった)

 

 白野が気になっているのはそれだ。もしもこの聖杯戦争に関する知識や記憶が、聖杯戦争後には削除されてしまうのなら、白野が生き延びて自分の世界に警鐘を鳴らす事はできない。

 記憶云々に関してガイアは言及していなかった。意図してのものか、或いは無駄な情報だから開示する必要もないと勝手に思っていて、別に深い思惑があるわけでもないのか……判然とはしない。

 客観的に考えて、西暦に入って一年に一度聖杯戦争をしたとしていたとするなら、普通は七つの世界の全員がそれに対する対抗策を練る。でないと余りにも馬鹿らしいだろう。

 

(俺がするべきなのは、戦争に勝つ事じゃない。理由はなんであれ、七つのどの世界も異聞聖杯戦争を知らないなら、この情報を持ち帰ることこそが肝要だろう。それはとんでもないアドバンテージになるはずだ。だから俺の目標は、情報収集。なぜ世界中の誰にも異聞聖杯戦争の記憶がないのか原因を明らかにする事。その上で収集した情報を持ち帰る。最優先事項はそれだ)

 

 目先の勝利に囚われない。――その目先の勝利がどれほど大きくても、その後にあるものを見失わないのが岸波白野だった。

 故に、彼の指示は明瞭だった。

 冷静に手元の情報を整理し、状況を理解すると、白野は方針を転換したのである。

 

(――聞こえてるか、セイバー?)

『無論、漏れ無く』

 

 打てば響くように、セイバー・柳生宗矩が念話で応じる。そんな彼に白野は命じた。

 それはサーヴァントに命じる事に慣れた、月の覇者の通達だった。

 

(――作戦変更だ。理由は後で話すから、初戦はセイバーが飾ってくれ。令呪でバックアップする、()()()()()()()()()()()()()()()。それこそ聖杯戦争のマスターとサーヴァント全員が気づくように。引き際は見誤らないでくれ、撤退のタイミングはセイバーが判断してくれていい)

『仔細承知。私にお任せあれ』

 

 合理性の鬼、柳生但馬守宗矩は揺らがない。戦術眼の確かなマスターだと認めている。

 セイバーのサーヴァントは忠実に従った。故に、彼は偵察を打ち切り路地裏に陣取ったのだ。敵が仕掛けてくるのを、ジッと待つために。

 果たして、ランサーらしきサーヴァントが接近してきた。アサシンらしき者の気配に導かれ。

 

 初戦が、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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