<第三者視点>
「おとうさん!おれ野球やりたい!!」
ある日、小さめのアパートに住む一家族の子供が言った。
その子供の名前は、山崎湊。五歳児。
実はこの家族、端的に言えば貧乏である。
だが、三食もやし飯というほどでもない。衣食住に関しては普通な程度に満たされている。その代わり娯楽に回す金がないというだけ。
つまり、この家にテレビや新聞はない。なけなしの金で買ったパソコンが一台のみ。
「おいおい、そりゃあどうしてそう思ったんだ?」
「あそこのらーめん屋のてれびでね、野球やってたの!かっこよかった!!おれもやりたい!!!」
父は納得した。確かに近くのラーメン屋にはテレビがあって、いつも野球かニュースかを放送していたなと思い出す。
だがしかし、この一家に野球に詳しいものなどいない。さらに野球と言えば習うのに金がかかりそうなものである。
でも、自分の可愛い子供の願いを無下にするわけにはいかない。
もっと稼げる仕事に就いてみるか、と考えるものの、今の収入は少なめだが安定している。現に衣食住に関してはある程度満足だし、一家安泰で幸せ家族である。
仕事を変えるのは大変だし、リスクも伴うのでこの案は却下だ。
「そうかそうか!でもな、野球をやるには体力が必要なんだぞ。だから今のうちは毎日走っておきなさい。」
「そうなんだー!おれがんばる!!」
父は考えた。野球はスポーツなんだから、体力があった方がいいよなと。
とりあえずまだ小学校に上がる前のうちはこれでしのいでおこうと。少しの罪悪感が伴うが、致し方ないのである。
「5時までには帰って来いよー。」
「うん!!」
自分の子供がルンルン姿でアパートを出ていくのを見届ける。
そしてとりあえずパソコンでいろいろ調べてみることにしたのだった。
「ただいまー!」
「ただいま。」
「おう、おかえり。」
帰ってきたようだ。
子供の話を聞く限り、どうやら帰りの走り道で買い物に行っていた母と合流したようだ。
その時に母がなぜ走っているかを聞いたようだが、「野球うまくなるため!!」という返答を聞いて全てを悟ったみたいである。
「おいしい!」
今は晩御飯の時間である。
食材は安いが、母の料理がうまいので関係ない。ちなみに今日は魚だ。
「とりあえず、野球がうまくなりたかったら、よく食べてよく寝てよく運動することだな!」
これはたぶんどのスポーツにも当てはまるだろう。父は自信をもって宣言した。
「わかった!おれもうねる!」
この言葉を聞いて子供はいそいそと寝る準備を始めるのだった。
「寝たな。」
「ええ、寝たね。」
父と母、密談である。
「湊が走りに行っている間に色々調べたんだが、野球には小学生チームとかもあるらしい。だけど、入団には一万円ぐらい必要で、さらに入団後は月々五千円ぐらいだ。」
「入団費は何とか払えるかもだけど、入団後の月々五千円は痛いわね。」
「そうなんだ。それで他に色々調べたんだが、やっぱり体を鍛えるのがいいと思うんだ。体力はそりゃあ必要だし、足もある程度速くないといけない。何より金をかけなくてもすむ。」
「そういえば野球選手は関節が柔らかい方がいいって聞いたことがあるわ。腕とか。」
「確かに俺も聞いたことあるぞ。」
「あ、あと、やっぱりボールを投げたりキャッチしたりは今のうちからやっていた方がよさそうよね。」
「ボールと触れ合うってやつか。確かに何事も小さいころからやっていれば上手くなるっていうしな。」
「でも家に野球のボールなんてあったかしら。ていうかそもそもボールだけじゃダメじゃない?グローブとかバットとか。」
「確かに、ちょっと今値段調べるぞ。」
カチャカチャカチャカチャ
「………………高い。これは今のうちに金を少しずつ貯めておこう。」
「おまけに歳によって道具も変わるのね。湊が野球を高校生になってもやりたいと思っているかも関係するわ。」
「それはまだ今はわからないからな。とりあえず体力と筋肉と下半身と柔軟とかを鍛えておけばいいかな。」
「ええ、とりあえずこの続きは湊が小学生になってから考えた方がいいわね」
*****
山崎家長男(一人っ子)は小学三年生になった。
あれから三年めげずに毎日走ったり柔軟したり腹筋したりしている。
筋肉は余りついていないように見えるが、体力はバカみたいに増えたようだ。努力のたまものである。
その分そればっかりしていたので友達はあまりいないようだ。というかそもそもの性格が、話しかけられない限りは自分からは話さないようなものだ。親しい人は別だが。
そして、父と母はそろそろ何か始めないといけないような気がしてきた。
少し前に、中学生や高校生になっても野球をやるかと聞いたところ、やる!!と言っていた。特に何も考えずに返事をしたようだが、父も母も特に気にしなかった。
お金に関しては、ある程度貯まった。たまったといっても、もしもの時の貯金を引けば十万円ほど。それでもこの一家にとっては十分なお金だ。
子供が外に行っている間に両親ともどもきびきびと働いたのである。
そしていよいよ今日、野球のボールとグローブを買うことになった。
父調べによれば、確かにバットも必要だが、少し遠くにバッティングセンターとやらがあることが判明したので、バットの購入の優先度が下がったのだ。
ボールは、父と母で相談した結果、硬式球というのを買った方がよさそうだということになった。
あとは店の人に任せればいい。
「お父さん!はやくいこう!」
「おう。」
母は買い物である。
ちなみに店は二駅ぐらい離れているのだが、歩きである。交通費の節約のためだ。
父は慣れているし、子供の方も体力がバカみたいに増えたおかげで何ともないようだ。たくましくなったものである。
「これが~~こちら~~~」
「ふむふむ」
こんなやり取りをして、子供にも実際に触らせたりして、良さそうなのを購入した。
「早くなんかやりたい!」
「とりあえず家に帰るぞ。」
*****
俺の名前は山崎湊。小学三年生になったばかりだ。
友達は少ない。話しかければ返答はするけど、なんだか会話を続けられないのだ。
そして今日、なんとグローブとボールを買ってもらったのだ!
うちは普通より少し貧乏だし、誰も野球の知識がないから今までランニングと筋トレばっかりだったけど、今日からなんか色々できそうだ。
父調べによれば、壁になりそうなところにボールを軽く投げて跳ね返ってきたものをワンバウンドでグローブで取るっていう練習をすると、なんかいいらしい。本当かはわからないけど、とりあえずやってみることにする。命名球拾い。
家から少し離れた土手で取りあえずやろう。橋の支えはコンクリートだしいい壁になりそうだ。
ポンッ
とすッ
なんだかうまくはまらない。まあ初めてだから当たり前なのかな。
ポンッ
とすっ
ポンッ
とすッ
……………
…………
………
……
…
*****
小学四年生になった。
球拾いをやり始めてから一年。あれもだいぶ慣れてきて、だいたい壁に当たった時にどこに来るかとかもわかるようになった。
それで、実を言うと今日からお小遣いがもらえるのだ。一か月に300円。このお金で隣町のバッティングセンターまで行って打ってこいと言われた。
なんだか野球っぽくなってきたぞ!!
隣町のバッティングセンターとやらまで来た。流石に隣町は遠いので、帰りが遅くならないよう走ってきたが、いつの間に体力バカになった俺にはどうってことなかった。
そしてバッティングセンターに入る。
一回300円で25球できるそうだ。一か月に一回って考えるとものすごく貴重だから無駄にできない。
実を言うと俺、体力以外にも一つだけすごいことがあるのだ。
動体視力である。ラーメン屋さんで野球を見ていて思うのだけど、球筋がとてもよく見えるのである。今からでも審判になれそうなくらい。
テレビ越しでもきわどいボールとかも普通にわかるし、しっかり見えて捉えられるのだ。
皆もそうだと思っていたけど、店の客とかにここは今こんな球筋だったよね、だとか、今のはぎりぎりボールだね、とか言ってたらものすごく驚かれたので、気づいた。
ちなみに何回も見たことのある選手とかは、投球フォームでどんな球を投げるかわかる。
そしていよいよ俺の番。
店の客によれば、動体視力がそこまでいいのなら、いろいろ一番難しそうなのにして試せばいいといわれた。
とりあえず、硬球、ランダムにした。
バッティングセンターは基本軟球らしいが、ここは東京だ。ちゃんと硬球のとこもあった。
まず一本目。
見よう見まねの構えをとってバットをふる。
カキン
バッティングってこんな感じなのか。めちゃ楽しい。
ちなみに打ったボールはバットに当たったけど、あまり飛ばなかった。
ボールはまっすぐ飛んできた。凄い遅いというか、見える。
次、
カキン
次、次、、、
九本目で球に変化があった。テレビでよく見る変化球ってやつだな。
まあ球は見えるので楽勝だった。曲がり方に合わせてバットを動かせばいいだけだしな。
そしてまた何本目かに変化球が来た。今回はさっきより遅い。
曲がりだした頃に俺がバットを振る感じだ。当然ヒット。
そしてあと四球ほどになったころ。
カキーン!!
俺、人生初のホームランを打ちました。
そっからは慣れて残りも全部ホームラン。
俺バッティングの才能ありありなようだ。だって周りの人たち驚いてるし、俺以外にホームラン打ってる人なんて全然いなかったし。
えへえへえへへとか思ってたら、なんかホームラン賞でただで新たなチップをもらった。節約だ。これからはなるだけホームラン打とう。
*****
家に帰って、ホームランいっぱい打ってタダ券みたいなのもらったんだ!といったらものすごく喜ばれた。
今日も寝る前に少し運動してから寝る。これは習慣みたいなもんだ。
楽しかった。