騒ぎが大きい北街道から離れた路地裏に黒い球体が一つ浮いていた。人がジャンプしても届かない高さで浮いているその球体を私は火魔法で撃ち抜く。
球体はパンッと軽い音を響かせて黒い塵と化して空気中に消えていった。ハズレだ。
「最後の二つでハズレですか!!」
災いが発生してから1時間ほど経っただろうか。火の手が広がる速さが遅くなった様に感じるが、以前ゾンビの気配は増えている。
まさかダーナの掃討を受けてなおこの規模の被害が出続けるなど、よっぽどヤバい物を発生源としているらしい。
しかし北地区に分散していた偽物は今ので最後、あとは本物のみだ。
最後の囮から高速で駆けて10分もかからない所に、それはあった。
「……地下、ですか」
気配を辿り見つけた小さな階段を降ると、壊された扉が開いた状態で放置されていた。まず最初に思い浮かんだのは、どういう事だろうかという戸惑いだった。
黒魔術の発生源がこの下にあるのであれば、普通ならこの扉を塞いでおくか、トラップを仕掛けておくのが基本だろう。しかし感知魔法を使ってみて分かるが、なんの細工もされていない。それが逆に不気味さを際立たせていた。
「……」
警戒し、自然と無口になりながら更なる地下へと階段を降りていく。湿気がひどく空気が澱んでいる。どうやらここは下水道の様だ。
しかし発生源付近には敵の姿は感知できない。感知魔法から隠れると言ったことは見えずとも違和感として感じるので実質不可能である為、実際にここには誰もいないのだろう。
大きな排水路へと出ると、左へと曲がり真っ直ぐ歩いていくと小さな扉があった。どうやら元凶はもう目と鼻の先の様だ。
火魔法を放ち扉を吹き飛ばす。念には念をだ。
そのまま中に入ると部屋は結構な広さがあり、まるで小さな教会の様に椅子が並べられていた。しかしその先には神などおらず、代わりに元凶が磔にされていた。
「…なんて酷いことを」
部屋の最奥の壁に打ち付けられていたのは、一人の男性だった。身は朽ちて白骨化している。その体の心臓部に、黒魔術の刻印が刻まれた太く黒い釘が突き刺さっていた。ゾンビを生み出す呪術は、生きた生物にこの釘を突き刺して殺すことで発動させることができるのだ。
その生贄には簡単にランクがあり、大量の虫、または小動物などなら少人数の人間までしかゾンビ化しない。
しかし発生源が人となり、しかも身が朽ちてからの時間差発動となれば、黒魔術の質が格段に上がる。きっと今歩き回ってるゾンビを倒した所で病弱などの体が弱っている人間がいれば、この黒魔術によって瞬時にゾンビとされてしまう。だからダーナでさえ抑え切ることができていないのだ。
「……安らかなる眠りを」
心が痛むが、既に死んでいる人間と街の住人達を天秤にかけるまでもなかった。足元に魔法陣を展開した。
「【
魔法陣から高密度の炎が燃え広がり、遺体を飲み込んだ。鉄をも溶かす炎が術者が指定した範囲を燃やし尽くす上級火魔法である。黒魔術の生贄となった遺体は上級以上の魔法の炎でしか消すことができない。遺体を高濃度の黒魔素が汚染しているのだ、触れることすら命に関わる。黒魔素の防御はできるが黒魔術の発生源を触れる事は難しくやはり限度がある。
…ダーナと合流しましょう。
遺体が燃え尽きたことを確認し、魔法を解除する。遺体とも言えど元は生きた人間なのだ。わたしは罪悪感で少し気持ち悪くなりながらもゾンビの集団がいるダーナの元へと走り出すのだった。
◆◆◆
「【
ゴウッと炎が大きく燃え上がり、球体へと形を変えるとそのまま前方に溜まっているゾンビ達へとぶつけた。炎魔法が直撃した周辺のゾンビ達は炭となり消えていく。20回目を超えたあたりで数えるのをやめたがそろそろキツい。
「ま、魔法使い様、私達は助かるのですか…?」
そんなことを考えてる私の背後、北街道には大勢の住民達が溜まっていた。話しかけたおばあちゃんは随分と怯えた様子だった。その周りの人たちも不安そうにみている。
北門にも襲撃があったらしく、外への避難が出来ていないのだ。
「大丈夫ですわ。私が出て来るゾンビを片っ端から燃やし尽くします。あなた方は安心なさって避難を」
そう言うと安堵する声がちらほらと上がり、小さな子供達からは応援の声すら聞こえてきた。小さく笑顔で応えて前に向き直った。
思いの外色んなところからゾンビが湧いて出てくる。考えられるのは、発生源が強力な物で尚且つこのスラム街には病などに苦しんでいるホームレス達が片っ端からゾンビ化させられているという事だ。
「なるほど、考えられていますねっ…【
更なる火球を集団にぶつける。このままでは私の魔素も尽きてしまう。そうなる前にどうにかしたいのだが、街中で上級魔法の使用は被害が大きすぎる。一歩操作を間違えれば辺り一帯を焦土にしてしまうことさえあるのだ。
私は賢者カリーナの付き人になれるほどに実力はある。魔素量も魔素操作にも長けているが、住宅密集地で放つなどそれこそカリーナ程でなければ不可能だ。
「魔法使い様、加勢いたします!」
後ろから声がして振り返ると、最初に話した若い騎士達が剣を片手にこちらへと走って来るところだった。戦力は心許ないが、今はありがたい。
「右の路地から複数の気配があります、そちらの守りを」
「お任せを」
リーダーの騎士を先頭にゾンビ集団が真っ直ぐ向かって来る道から右手にある路地裏へと駆けていく。すぐに戦闘音が響いてきたが、どうやら問題はないようである。
「…仕方ありません。少し無茶をしましょうか」
「…魔法使い様?」
後ろで先程応援をくれた子供が不思議そうに呟いていた。これからする魔法は、珍しくないし、少し技術があれば可能な物だ。しかしそれは400年後の話にはなるのだが。
「【
右手を振り上げ火球を作り上げる。これで終わりでは無く、左手も同じように振り上げた。
「【
左手にも同じ大きさの火球を形成する。後ろからは小さな歓声が上がっていたが集中する。これはここからが難しいのだ。
「【
作り上げた二つの火球をゆっくり重ねていく。一度魔法として作り上げた魔素の塊同士を重なった所から順に解体と融合を同時にさせているのだ。失敗すれば爆発し、最悪住人達を巻き込んで死ぬだろう。
まあ私は失敗した事は最初の2回しかありませんですし。
さっきの火球よりも数倍に膨れ上がった火球を、目の前に突き出し、ゾンビの群れへと放った。
「燃やし尽くしなさい!【
中級と中級を融合させた準上級魔法である。私が繊細な操作のできるギリギリの魔法だ。
ゾンビが歩いてくる道幅ギリギリを一直線に進んでいき、先頭の集団へとぶつかる。しかし爆発する事はなくそのままの熱と大きさを維持しながら更に奥へとゾンビ達を灰にしながら突き進んでいき、最奥のゾンビを灰にした所で魔法を解除した。
「すこし……疲れました…ね」
「す、すげえ!魔法使い様がここまでお強いとは!」
「もしかしたら次期賢者はあの方じゃ…」
後ろから様々な声が聞こえてくるが無視しておく。
中級魔法を少なくとも50以上は放った後にこの魔法はかなり体力を消耗する。多少は休めるから問題ないが、次のゾンビ達を探ろうとした瞬間今まで漂っていた黒魔術の気配が消えた。
「見つけたのですね、カリーナ」
これで新たなゾンビが発生する事はない。あとは文字通り掃討するのみだろう。
これでやっと休めますね。
そう安堵し、警戒体制を解く。残りは騎士達にやらせて、私は素性を調べられる前にここからおさらばしようと、体の向きを変えようとした瞬間だった。
「っ!?」
不意に体に衝撃が走った。右脇腹が燃えるように熱くなっている。見下ろすと鋭いものが腹から突き出ており、一気に抜かれてそのまま膝をついた。
痛みに耐えながら後ろを振り返ると、一人の帽子を被った若い男が立っていた。まだかろうじて覚えている。先程まで住人達と一緒に応援していた一人だ。
「あ、あんた一体何やってるんだ!!」
住人達が戸惑いと恐怖に染まった顔で男に問いかけた。男はその声に見向きもせずに私の血がついた剣を一振りして血を飛ばすと、ゆっくりと帽子を取った。
深緑の、薄い笑顔を貼り付けた青年がこちらを見下ろして剣を構えた。
「貴方は計画の邪魔になる。良い人間なのが惜しいが、悪いが消えてくれ」