___悪いが消えてくれ。
その言葉が届いた瞬間、青年は剣を振り上げた。動作も申し分なく隙もない。魔法を放とうと構えるが魔素が上手く扱えない。剣に黒魔素が付いていたのだろう、体の魔素が乱されている。動こうにも傷口から血が吹き出して体を動かすのは困難だった。このままでは防御も出来ずに死ぬ。
振り下ろされる剣を見ながら死を覚悟した時だった。
「うぉぉらぁぁぁ!!」
ガキン!と振り下ろされた剣が弾かれた。緑髪の男は軽く舌打ちをすると後ろへと距離をあける。
「魔術師様によくも傷を負わせたな。事情も知ってそうだ、貴様を拘束させてもらう」
その人物は先程応援に駆けつけてくれた若手の騎士達のリーダーだった。少し遅れて駆けつけた仲間達が大丈夫ですかと声をかけながら庇うように剣を構える。
どうやら運命は私を見逃したわけではなさそうですわね。
しかし騎士五人に囲まれても青年は平然とした態度を崩さなかった。騎士達も攻めることが出来ないでいる。彼の剣には黒魔素が纏わされており擦りでもすれば魔素耐性の低い騎士には致命傷になる可能性があったのだ。
「その女を守るのか?」
「この方は今回の英雄だ。それをまんまと殺されてたまるかってんだ。どうせお前がこのゾンビ事件の犯人だろう?」
「まあ、間違ってないかな」
「だろう…な!」
先頭で話していたリーダーの騎士が素早い動きで青年に斬りかかった。その剣をギリギリで躱した身のこなしはリーダーの騎士と遜色ない。
「なぜ!こんな事をしたんだ!」
「なぜ?ふむ、逆に聞きましょう。なぜこんな心も体も醜い人間達を庇うのですか?」
「この国の騎士として、民を守る剣になるのは当然のことだ!」
二人の剣術はこの場にいる誰よりも突出したものだった。他の騎士達は加勢したいが実力差を分かっているのか距離を置いて見守っている。
何十回目かも分からない鉄と鉄がぶつかる音が響いた時、緑髪の青年が押し負けたのか大きく弾かれたように後退した。辺りで見守っていた人々から歓声が漏れた。
「どうやら、ほんの僅かに俺の方が実力は上らしいな!」
着地して僅かに体勢が崩れた青年へ騎士が素早い動きで距離を詰めると剣を大きく振り上げた。青年はまだ剣を構えられずにいる。
実力は拮抗していても勝負が一瞬の隙に決まるのは良くあることだ。他の騎士達もリーダーの勝利を信じて疑わない様子だった。
「__ええ、そうみたいですね」
「ぐっ!?」
その瞬間、騎士の体が地面へと叩きつけられた。まるで地面へ吸い付くように動かせないでいる騎士を見下ろしながら青年はゆっくりと立ち上がる。
「たしかに貴方と僕の剣技は互角だったようですが、魔術の使い所は僕の方が圧倒的に上だ」
青年は躊躇いも見せずうつ伏せでひれ伏す騎士の背中に剣を突き立てた。
「ぐ……ぁっ」
騎士が受けた魔法は「重力魔法」だった。おそらく剣を躱す際に手をついた瞬間、地中に魔法陣を仕込んでいたのだ。そうとなれば恐らく弾かれた動きも全て誘導するための演技だったのだろう。
……戦い慣れていますね。
「貴様!よくも!」
周囲で見守っていた騎士達が青年を取り囲み斬りかかろうとしていた。全員が踏み込もうとした瞬間、青年は僅かに頬を吊り上げているのが見えた。
「…っ!?皆さん!その男に近づいてはいけません!!」
腹部の痛みを感じながらも腹から声を出して止めようとした。しかしそれももう手遅れだった。
「ぐぁっ!?」
「な、なんだと…」
騎士達が全員地面へと張り付いている。隠していた魔法陣は一つではなかったのだ。恐らくさっきの攻防でそこかしこに大量に仕込んであるのだろう。
「僕は魔術師としての才能は欠片もないのですが、使い方はずば抜けていると言われたことがあります。別に貴方達が間抜けな訳じゃないですよ」
倒れる騎士達に目も向けず私を見ながらこちらに歩いてきていた。私が魔法を行使しようとした瞬間踏み込む準備もできているのだろう。仕込んだ重力魔法は重力の方向から重くも軽くも自由に変えることが出来る。恐らくそれを使えば一瞬の間に私を殺せる。
「貴方は何を目的にこんな事を…」
「目的?単純な事です。ここはこの国の中でも特に汚れている。餓死して死にゆく人を食料として食べる者がいれば、自らの子供を金のために売り飛ばす者もいる。そこらかしこで窃盗や性犯罪も当たり前。
貴方は随分と良い環境で魔術師となったようですが、そのような世界もあると知った方が宜しいですよ」
そう話す青年の顔は増悪に歪んでいた。それを見て聞いていた住人達が何人か悲鳴をこぼしている。恐らくその当事者の内なのだろう。
知っている。知っているとも。これから400年の時が流れるまでどれほどの人族の醜さが溢れ出ることになるのか、書面で伝えられている物でも想像するに難くない。私が生まれた時代だって、未だに食料が足りず共食いするのが当たり前の場所が存在していた。
やっと、その"当たり前"が消えようとしてきている。しかしそれでも黒壁によりすぐに限界が訪れるのが分かっているから、この時代に来たのだ。
「…確かに、私は他の方とは違う家で育ちました。朝起きれば食事は用意されているし、知識も欲しい時に欲しいだけ手にすることができました。才にも友にも恵まれ、貴方が言うその世界を欠片も体験したことはありません」
__しかし。
「それでも私は、この国の上に立つ者として貴方のような悲しい人も、そしてこの人々も、救わねばならない!!」
まだわたしには魔法を放つことが出来ない。体内に入った黒魔素を取り出すには時間がかかる。取り出さなければ回復魔法も使えない。
今の言葉で彼がどう動くのかはもう分かりきっている。しかしこの国の公爵家に生まれた者として、私は最後まで民達を守ろう。
ローブの中で足をガクガクと震わせながら立ち上がる。腰に装着していた申し訳程度の短剣を抜き構えた。体に無理矢理魔素を循環させ身体強化をしているが今の状態では立つのでやっとだった。
「…ふむ、貴方のような人を失うのは残念だ。ですが申し訳ない、僕の計画には邪魔でしかないようです」
青年の足元が僅かに輝いた。重力魔法を発動させ、こちらへと大きく踏み込んだその速さは目で追うのもやっとだった。
ギリギリで振われた剣を短剣で防ぐが、同時に短剣も手から弾かれる。
大きく振り上げられた剣が首元へ振り下ろされる瞬間、辛うじて体を捻り後退した。しかし躱しきれる筈もなく右肩を深く剣が切り裂いた。
「…いぎっ!!」
切り裂かれた衝撃で地面へと叩きつけられる。切り裂かれた肩から黒魔素が入り込んだせいで身体強化は切れた。顔を上げれば既に剣を突き刺そうとしていた。
「さらばです、炎の魔術師さん」
剣を突き刺す瞬間、青年の顔は増悪に満ちた顔ではなく、悲しみに溢れる表情をしていた。
その顔を見て私は目を閉じた。頭の中で走馬灯の様にさまざまな記憶が巡る。その中で初めて心の底から友と呼べた彼女の笑顔がよぎった。
__ごめんなさい、カリーナ。……お父様。
「ぐぁ!??」
死を覚悟したその時、青年の苦しむ声が耳に届いた。目を開ければ腹に蹴りを入れているカリーナの姿。青年は血を吐きながら地面に触れることもなく向かい側にあった建物の壁を突き破っていった。
強風と衝撃波が広がるのを肌で感じるとどれほどの速さで突っ込んできたのか分かる。
「……カ、カリー、ナ?」
霞んだ声で話しかけると、振り返って私の体に触れた。その瞬間体内にあった黒魔素が弾かれ嘘の様に体が軽くなる。すぐに回復魔法を発動させ出血を止めるとカリーナは無表情のまま再び立ち上がり、男が突っ込んだ建物へと歩き始めた。辺りにいた住人達が悲鳴を漏らし、化け物を見るかの様な目でカリーナを見ている。
無理もない。私の目に映るカリーナの体からは、慣れた私でさえ恐怖を覚える程の膨大な魔力が溢れているのだから。