はらわたが煮えくり返る。風魔法により高速に飛来して目に飛び込んできた光景は、表に出した記憶すら乏しい程の怒りと言う感情を激動させるに足るものだった。
目の前、破壊された建物の中から瓦礫を退かし出てくる男がいた。その男は、この世界で賢者クレイ以外で唯一名前を話した人物、ヘイマン=ザラクだった。
「やあ、また会いましたね。カリーナさん」
「……」
「次会った時は魔術についてお話ししましょうと思っていたんですが、まさかこんな再会になるなんて、残念です」
口と頭から一筋の血を流しながら薄い笑顔で話しかけてくる。右腕は折れているし、恐らく内臓も一つや二つはつぶれている筈。ここまで軽傷の様に振る舞えるのは、間違いなく黒魔法だろう。
「どうやら貴方に真正面から勝つのは難しそうだ。ここで引かせて貰います。【
ヘイマンの周囲の地面が黒く染まったと思うと、そこからゾンビ達が溢れる様に這い出てきた。先程のゾンビ達とは違い、武装して走ることも出来るようだ。恐らく与えている黒魔素の純度と量が違うのだろう。
「では僕はこれで。また会える時を楽しみにしていますよ」
ゾンビ達が召喚された黒い地面へと沈んでいくヘイマンは、薄い笑みを貼り付けたまま姿を消していった。
__まさか、そのまま帰られると思っているのか?
自分の真上。遥か上空に、先程の【
【
ヘイマンが沈んだ黒い地面が消える寸前、天が瞬いた。轟音が首都に轟き、衝撃波で周囲にあった建物の窓が音を立てて割れる。辺りからは住民達の悲鳴が聞こえた。
最上級雷魔法。本来ならこの魔法は広い一帯に魔力が続くまで強力な落雷を落とさせる。単体に使う物ではないが、これでも足りないほどに今の自分は怒りに満ちていた。
落としたところは煙が充満していた。徐々に晴れたそこには既に黒い地面は無くなっていた。
今ので死ねばいいのに。
そう心の中で吐き捨てた時、周囲からさらなる悲鳴が聞こえた。目を向けると先程の落雷で吹き飛ばされたのであろうゾンビ達が住民達へ向かっていた。間髪入れずに足元に魔法陣を展開する。
【
『『ギャァァアア!!』』
先程のゾンビ達とは違い多少の知能があるらしく、上級魔法に焼かれる痛みを感じ取っている様だった。魔法は住民達の目の前からゾンビ達を全体を囲むように発動させた。赤黒い炎に包まれたゾンビは炭となって崩れ、周囲には肉の焦げる臭いが充満しており、住民達の中には吐き出すものもいた。
しかしまだ私の怒りは収まっていない。まだだ。あの男の死体を確認するまで止まるものか。
幸いにも彼が逃げる場所は予想できる。感知魔法で全力で探せば1時間もかからず特定できるだろう。手に魔法陣を展開しようとしたその時、体が揺れた。
背中が暖かい。ふと目線を落としてみると、体に手が回されていた。その手は震えていて、それでも強く私を抱きしめていた。
「…もう、大丈夫です。大丈夫…ですから、落ち着いてください、カリーナ。ね?」
子を宥める母の様にその声は優しく、怒りの感情が風船が萎む様に、小さくなっていくのを感じた。
___今、私は何をしていた?
視野が急に晴れた様に感じた。それと同時に、今この瞬間まで自分が何をしていたのか、記憶が曖昧になっていた。息が荒くなる。
血を流して倒れているダーナを見た。
その側で剣を構える男がいた。
その後は、何だ?なにを、したんだ?
体が、震えた。膝から崩れ落ち、抱き締めているダーナの手を握った。
思い出した。私は、生きている人を全力で蹴り飛ばして、その人に最上位魔法を、放って__。
「わ、私……な、なんて事、をっ」
凄まじい恐怖が襲った。もし彼が、ヘイマンがあれで死んでいたら、それこそ私は人殺しになってしまう。
「大丈夫、大丈夫です。あの黒魔法はあの落雷を全て通せるほど大きくありませんでした。恐らく多少の怪我は負っているでしょうが、死ぬほどでは無い筈です。黒魔法で重傷でも動けていたじゃありませんか」
背中から慰める様に声をかけ続けてくれているダーナの言葉が、どこか遠く感じる。
そのダーナの言葉に紛れて、遠くから魔女、化け物だと言う言葉が私に対して言われていると言うことも、理解してしまっていた。
息が更に荒くなり、そして私は、そこで意識を手放した。
◆◆◆
空気が澱む部屋の中には水滴の落ちる音が絶えず響いていた。その部屋の天井、真ん中付近が黒く染まった。そこからずるりと一人の男が落ちてきて、地面へと倒れ込んだ。
「…ぐ、あぁぁあ!!」
最後、逃げ切ったと思った。ゾンビ兵に囲まれ、消える寸前の転移魔法に沈み切った瞬間、レイマンを襲ったのは眩い光と強烈な衝撃だった。
それが雷だったと理解するのは、焼かれた右腕を見た時だった。
「ふ、ふふふ、ふふ。まさかこれ程の魔術師とは、驚きましたよ、カリーナ=エヴァット」
黒魔素を体内に留めていると、自然と恐怖や痛みなどを感じなくなる。あの方から定期的にいただく黒魔素は、とても純度が高く、体内に入れるだけで別の生き物になったかの様に錯覚を起こす程だ。
その黒魔素が、右腕から無くなっていた。
恐らく先程の雷魔法は、かなり上位の強力な魔法だった筈だ。でなければ右腕がここまで焼かれるなどありえない。
地面から起き上がると、近くの壁へ背中を預けた。黒魔素を注入したせいで黒く染まっている首元をガリガリと掻き乱しながら今回の事を考える。
あの炎の魔術師までは別に良かった。あの程度なら奇襲して一刺しすれば後はただの一般人と変わらない。しかし彼女、カリーナ=エヴァットは敵に回してはいけない存在だった。
目に見えるほど体の表面に漂わせる程の膨大な魔力。人を殺すことに躊躇いもなく、なによりも魔法技術が次元が違いすぎる。彼女は僕に対して放ったこの魔法の
「…カリーナ=エヴァット。貴方は間違いなく、あの方と並ぶ化け物です」
焼かれた右腕の痛みに慣れてきた。掻きむしる手を止め、ゆっくり立ち上がる。今回の事を報告するために、痛みを誤魔化す体を引きずりながらその部屋を後にするのだった。