「…んっ」
ぼんやりとした意識の中で、光を取り込んだ目からの情報が一気に頭の中に入り込んでくる。風は心地よく、本を読んでいたはずが晴れていて気持ち良すぎたのかうたた寝してしまっていた様だ。
「……あの頃を夢で見るなんて、思ってるより私は貴方にのめり込んでいるみたいですわね」
カリーナの素顔を知った時の事をまた夢として思い出していたのがほんの少し照れ臭く感じる。あの後ポカンとしたエーヴェル師匠が大声で笑ったのも鮮明に覚えている。
そういえばあの後無言のまま敵を圧倒的な力で駆逐していく所から冒険者協会と魔術師協会が『沈黙の魔女』という二つ名をつけたのだが、その記憶がないカリーナは人見知りでしゃべらないからだと思っているのも、エーヴェル師匠は腹を抱えて笑っていた。ちなみに勘違いを教えるつもりはない、面白いから。
ふと窓から外を眺めると下の方で西街道は今日も大勢の人で賑わっていた。
首都ノプポラテスの西街道。王城の正面に位置する街道にこの国の中央病院が建てられていた。400年後にはその建物の外見も随分と年季が入り歴史を感じさせる建造物だったが、この時代は建てられて間もなく、外も中も真新しい物だった。
この病院は五階建てになっているが、上に行くほど上流階級専用になっていく。その中の四階の個室で、私、ダーナ=リルバーンは目の前ですやすやと寝ているカリーナの隣に座っていた。
災いの夜から2日経っているが、未だに彼女が目覚める気配はなかった。
やる事も今は無いので本を読んでいると、聞き慣れてきた老人の声が扉から聞こえてきた。
「失礼するぞ」
「クレイ様。お見舞い感謝致します」
簡単に食べられそうな果物を紙袋いっぱいに持ったクレイ=セロスがゆっくりと入ってくるところだった。事後処理で寝れてないのだろう、とても顔がやつれている様に見える。
「カリーナはまだ目覚めんのか?」
眠るカリーナの寝顔を見た後、私と目を合わせて優しく問いかけた。
「……ええ、彼女はこうなってしまうとしばらくは目覚めませんの」
クレイはそうかと返事を返すと訝しげな表情をした後、私を見た。
「……何か理由があるのじゃな?聞いてもよいなら、聞かせてもらえんか」
カリーナの寝顔に視線が移ると、クレイの表情はまるで孫を心配している祖父のようだった。そう言ったところは本当にエーヴェル師匠にとても似ている。
「紅茶をお入れします。少し長くなるので、待合室に行きましょうか」
◆◆◆
「……」
暖かい日差しと涼しい風が窓から強すぎない程度に入ってきては被り物から唯一出している顔を撫でていた。とても心地よく、二度寝してしまいそう。
と、言うところまでは軽い現実逃避である。今思ってることを言うと、ここは何処だ、だ。
知らない天井、知らない部屋、いつ何処で寝落ちしたのかすら覚えていない記憶力。全てが答えを導けない要因になっていた。
軽く部屋を見渡してみても、多分病室だろうかと言う予測しか立てられない。私は魔術以外になるとポンコツになるのだ。自覚のあるポンコツ。
ゆっくりと体を起こして顎に手を置いた。うーんうーんと記憶を辿っていくと、一つの大事なことを思い出した。
ダーナ!ダーナ、血!流してた?!
頭が真っ白になっていく。私は昔から人の血を見ると貧血の様な症状に襲われその後はこの通り病室のお世話になる。恐らく今回はダーナの血まみれの姿を見てふらつきそのまま地面に強打した可能性がある。
それに確かダーナの側に剣を構えた男がいた気がする!ダーナ!?ダーナは無事なの?!
急の記憶の復活に体と感情が追いつかない。手をワタワタとさせながらベットから降り出口の扉を勢いよく開いたその瞬間誰かにぶつかった。
「うひゃあ!?」
尻餅をついて少し痛むお尻をさすりながらぶつかった人に謝ろうと見上げると、そこには目を丸くしたダーナが立っていた。
「……あら、やっと起きましたの"ぉ!?」
何か言っていたが私は我慢できずにダーナに勢いよく抱きついた。変な声が聞こえたが気のせいだろう。彼女は公爵令嬢なのだ。
「だ、ダーナ、け、怪我!!怪我は!?」
「だ、大丈夫です」
そう言えば最後に見た時のダーナは腹部と肩が血まみれだった。
「お、お腹!飛び込んじゃった!!か、肩も!抱きついてご、ごめんなさい!!」
思い出してすぐに体を離して後ずさった。私のダイブで同じように尻餅をついていたダーナが少し呆れ顔をしながらも心配してくれてるのは嬉しそうだった。
「無事です。もう怪我は完治しております」
どうやらすぐに助けが来たらしく、その日のうちに回復魔法で完治したらしい。その一言を聞いて大きなため息をついたその時、喉が強烈につっかえる感覚に襲われ、そういえばあまり声の通りがよくないことに気がついた。
「ん?んっんっ!んん?」
心なしか喉も渇いて……いやめっちゃ渇いている。口の中が砂漠だ。口を開けて寝る癖は無いはず___待てよ?
「あ、あの、ダーナ?」
少し掠れた声で冷や汗を流しながらダーナに尋ねる。すでにダーナは立ち上がり服を整えていつものダーナに戻っていた。
「はい、なんでしょう」
微笑みながら答えるいつものダーナを見て心の何処かで安堵しながら聞いた。
「……あの、私、今回はどれほどお眠りに……?」
恐る恐る聞くとダーナは優しい聖母のような微笑みで答えた。
「今日で四日目よ、カリーナ」
◆◆◆
医師の軽い診察を終えて無事退院する事ができた私はダーナから聞いたゾンビ襲撃の痕跡を見にきていた。北街道の一部の建物は全焼するものがいくつもあり、結構広い範囲がゴーストタウンの様な廃都の雰囲気を醸し出していた。
後から聞いたが、ダーナが随分とゾンビを掃討してくれたようで北地区ではダーナの顔が知れ渡っているらしい。赤髪がバレてないだけマシなのだろうが、そろそろ貴族達から情報を探られそうだ。
「……ん?」
何故か分からないが先程から視線を感じる気がする。ダーナと違って私は元凶を潰しに走り回っていたので住人達には認知すらされてないはずである。あ、もしかしてダーナの目の前で気絶したところを覚えている人達だろうか。
もしそうだとしたら恥ずかしい。ここから早く去るために足早に歩いていくと、後ろから走ってくる足音が聞こえた。
「あ、あの!!」
振り返るとそこには小さな女の子がいた。髪も服装も少し汚れていて、きっとスラム街の子なのだろう。女の子は少し、いやとても緊張したようにスカートを強く握りしめているようだった。
いやそんなこと思ってる私も緊張してて焦っているのだが、無視するわけにも行かず返事を返した。
「……なにか」
出てきたのは低い、明らかに警戒していますと言っている声色だった。しまった、大人の人であればまだなんとかなるが、小さな子になると怖がられる。予想通りに女の子はおどおどし始め、ギュッとした後、意を決したように大きく開いた瞳で私の目をしっかりと見た。
「ま、魔法使い様を、た、助けてくれてありがとう…。あの、そ、その、ま、魔女さんも、みんなを助けてくれて、あり、がとう」
……はい?
一瞬何を言ってるのか分からなかった。多分魔法使いさんと言うのは、ダーナだ。しかし助けた?助けてなんて無い。私はいつも助けられる側だ。今回だって大事な時に気を失って四日もぐーすかしてしまっていたのだ、礼を言われる事は何もしていない。いや、してましたけど。
しかし女の子の瞳は真剣そのもので、私のことをしっかりと見続けている。感謝の真意は分からないが、きっとダーナが私も活躍したと伝えたのかもしれない。
それに魔女って、私の二つ名を教えましたね?
しかしながら私も貴方と同じくらい緊張しているのだ。顔に出ないのが良いのか悪いのかは置いといて言葉のレパートリーが絶望的になる私の人見知りを舐めないでいただきたい(?)
「……あ」
私は女の子から目を離し、再び向かってた方へと体を向けた。背を向けた女の子から寂しそうな声が聞こえて心臓が鷲掴みされた気分になる。
な、なななにか言葉をかけてあげないと!
「……力なき民を守るのが、私達魔術師の使命です。彼女も、私も、貴方達が生きてくれて良かったとおもっせ、…います」
……言えた?いえた!?とうとう私も人見知り卒業か?!……いやそんなことありませんね最後めっちゃ噛みましたね体が燃えるように熱を帯びてるめちゃくちゃ恥ずかしい穴があったら入りたい。
そのままいればさらに言葉が来そうだったので振り向かず早足で歩き出す。チラッと振り返れば女の子はまだこちらを見続けていた。まだ両親が生きていた頃の小さな私に重なるものがあった。
…はぁ、レンブ焼き食べに行きましょう。
活気のある西街道へと足を踏み入れて、私は緊張で消費した体力を戻す為に出店が並ぶ方向へと進路を向けた。
「お母さん!」
「どうしたんだい、そんなに慌てて…」
「私、魔術師になって魔女さんと一緒にみんなを守る!!」
「……ん?」