至る所からガシャガシャと金属が擦れる音が聞こえて来る。すれ違う人達は皆鎧を纏い、剣を下げている。隣で一緒に歩くのはダーナで、フードに隠れていながらも雰囲気から相当な美人だと伝わるのか、皆の目を惹きつけている。これで無自覚なのが恐ろしい公爵令嬢だ。
ここは魔術騎士団ノプポラテス本部魔術騎士第一師団駐屯地の建物である。前回のゾンビ騒動でダーナの応援に駆けつけた騎士がここに駐在しているらしく、黒幕の男との戦闘で黒魔素による弱体化の症状が出て今は療養中らしい。今回はそのお見舞いみたいなものだ。
「今更ですけど、私達この時代の人たちと深く関わりすぎですよね…」
ほんとはこの時代に長く居座るつもりもなかったので、今まで深く関わっても賢者クレイと国王くらいに抑えていたが、悪魔が黒幕と判明した襲撃が起こるたびに関わる人は必然的に増えていく。仕方ないと言えば仕方ないのだが。
「…まあ、今回はあの方がいなければ私は生きておりませんでしたし、謝礼もなしなんて公爵家の者として恥ずべきものですから」
「…それもそうですね」
そう言うダーナの手元には簡単に食べられる果物と花を抱えていた。こうしてみると私からすれば夫の見舞いに来た夫人にしか見えないが、ローブでなんとかそう見えないようになっている。
因みに黒ローブは勘違いされることが増えてきたので白ローブに変えてある。白魔術師と言えばいいのかな。
そうこうしてるうちに病室にたどり着いたらしい。中に入ると10人の大部屋で、入ってきた白ローブの私たちに驚いた顔と訝しむ顔がこちらを向いていた。私だけだったら飛んで逃げてる。
「あ、貴方は……」
こちらを見ていた人で一番奥のベットで横になっていた男性がダーナの顔を見て驚いたように体を起こした。お腹に巻いた包帯を見るからにゾンビ騒動から8日もたっているのに黒魔素の影響で回復魔法が妨害されているようだ。この時代はまだ黒魔素の除去技術が確立されてないからほとんど自然治癒と変わらない。黒魔素を弾く事が出来るのは私と400年後の魔術騎士第零師団副団長と中央病院の院長しかいない。かなり難しい技術なのだ。
男性にダーナが周りの視線を気にする素振りもなく堂々と歩いていく。
「傷の調子はどうですか」
「あ、はい、もう生活はできる程度には大丈夫です」
「そうですか。私を庇って負った傷ですから、少し心配だったんです」
ダーナはベットの横に備え付けていた小棚の上に紙袋を置くと花瓶に丁寧な仕草で花を飾りつけた。もう夫人である。辺りからは男へ嫉妬の視線が刺さっていた。私はもう逃げたい、何故私をここに同席させたのか不思議でならない。
と思ったところでダーナが私の方へ顔を向けてきた。
「カリーナ……これは私からのお願いになるのですが…」
ダーナがとても申し訳なさそうに眉を八の字にした。しかし少し待っても続きを言わないので何だろうかと思ったところでピーんと頭の中で答えに辿り着いた。
「……分かりました」
「…感謝します」
ダーナがまさかこんなことを私にお願いしてくるなんて、この騎士に対してよほど恩を感じているらしい。このことがこの時代の魔術師達にバレれば時空間の歪みが生まれてしまう可能性があるが、もう既に私たちは手遅れだろう。
私とダーナのやり取りに未だに戸惑っている男性の元に近づいた。
「……手を」
「は、はぁ」
男性が戸惑いながら出した左手を握ると、私の圧縮した高濃度の魔素を流した。ほんの一瞬、瞬きの時間体が光る。
「こ、これは…?」
急に体が軽くなったであろう呆けた目で私を見る男性に、私は出来るだけ優しい声を出すように心がけた。
「……ちょっとしたおまじない、です」
……後でダーナにはとびきり美味しい夜ご飯を奢ってもらいましょう。
◆◆◆
重く、小さな咳払いでさえするのも殺されそうな空気が、会議室を満たしていた。机を囲う者は皆、この国で重要な立ち位置にいる者ばかり。国王はもちろん、様々な分野に至る大臣や師団長が集まっていた。
その中で国王の横に座っていた賢者クレイ=セロスはもう一度怒りを込めた声を放つ。
「もう一度言おう。私たちは、無能である。この首都の中心で発生した今回の襲撃も、その前の襲撃も、
その言葉に、首都の防衛を任されている魔術師第一師団長は顔を険しくさせる。今にも吠えそうに怒りに、悔しさに震えている。他の皆も、程度は異なれ国を裏から攻撃し続ける存在に怒りを見せていた。皆を一瞥し、さらに強く檄を飛ばした。
「このままでは!騎士百人相当と評価される魔術師を一万も抱えている、この大陸最強と謳われた魔術国家が!何者の仕業なのかすら分からず!弱体国家となろう!」
黒魔素、もとい黒魔術によって滅ぼされた村は50を超え、辺境の町も10潰された。ある所は病に侵され、ある所は建物ごと吹き飛ばされたかのように更地になり、村人全員が人形のように転がっていた村さえあった。既に国民の犠牲者は一万を優に超えている。そして今回の襲撃では、少なくとも四千人のスラム街の下流階級の者たちが犠牲となった。
勘違いしないで欲しいが、この国は他の国とは違う。下流階級の者達は貴重な労働力であって、奴隷ではなく決して見捨てた存在ではない。働けばお金は通常通り与えるし、衣食住も保証している。それでもホームレス達が路地裏にいるのは、黒魔術師の秘密結社が皆に気付かれない程度に人体実験を行い、病に侵し、薬を求めて働けなくなった者達は裏社会の闇金に手を出す。その結果絶えることのない失業者が一定数溢れている現状があった。どれほど手を差し伸べても行き渡らない所は必ずある。
しかし、それも言い訳に過ぎない。他の国はどうか知らないが、この国の王とその幹部達は、心の底から民達を、国を愛している。一人たりとも見捨てるつもりはない。
クレイの声に力がこもる。
「……次だ。次は、必ず私達の手で、潰すのだ!!」
その言葉に、会議室に座っていた全員が、大きく頷いた。クレイは思う。きっと次の災い、襲撃はさらなる災厄になるだろうと。脳裏によぎるのは、民達を守ろうと行動して怪我を負ったダーナと、その親友を人格を変えてまで守ったカリーナの寝顔だ。
カリーナとダーナに、頼ってばかりでは初代賢者の名が廃るものよ…!!
クレイの言葉を聞き終えた国王が立ち上がり、臨時会議の始まりを宣言した。議題はもちろん、襲撃の黒幕の新たな情報と、それを迎え撃つ算段についてだ。