ワクチンで寝込んだ土日でする予定だった書きだめ、してからまた投稿します。
西街道の裏道。北地区のスラム街のように寂れた建物は無いが、すれ違う者達の目は獲物を狙っているそれだ。ここは裏のルートで取引された違法物を売り捌く店ばかりが並んでいる。
国もある事自体は把握しているが摘発しても気がつけば新たに作られているといういたちごっこが続いている国の悩みの一つである。
一般人であればすぐ獲物にされるその通りを一人の青年、ヘイマン=ザラクは歩いていた。着ているものは魔術学院の制服ではなく、白い長袖シャツに黒いジャケット、そして黒ズボン。顔には丸メガネのサングラスを着けていて口元は小さな布で巻かれていて顔が見えない。しかし第一印象としては執事と思われるだろう。
しかし誰も彼を襲わないし、襲えない。彼から漂う匂いが自分たちよりも恐ろしい物だと見抜くベテランもいるが、最たる理由は片腕が無く歩く度に小さくバタついていた。
この国は魔術による回復魔法がかなり高レベルまで受けることができる。身なりもいいし雰囲気も金持ちのそれであるのにも関わらず、その片腕をそのままにしている理由とは、それこそ中央病院に行くことができないという事だろう。
そのことを瞬時に察するからこそ、誰も彼を襲わない。返り討ちに遭うのは自分だと本能で理解しているのだ。
そんな視線だけで弱肉強食の世界が繰り広げられている道をしばらく歩くと、ヘイマンは一つの店の前で止まった。
古びた四階建ての建物の一階。木でできた扉の右上には小さく「回収屋」と書かれている。町になら必ず一つはある要らないものを買い取ってくれる業者だ。しかしここでの回収屋は話が違ってくる。
ドアノブを回し中へと入る。扉を開いたことによって溢れ出た部屋の空気は様々な薬品の匂いが混ざり合っていて、少し匂いに敏感な人であればその場で吐いてるだろう。そんな匂いはもはや嗅ぎ慣れているとそのまま中へ入っていく。
店内は小物から大きな家具まで置かれている。手入れは行き届いていて埃ひとつもない、ここの店主のこだわりの一つだ。
「おや、これはこれは…」
ドアの音が聞こえたのか奥から人が出てきた。年老いた男。名はグレン・ベアだ。背はそこらの人間なら見上げるほど高く、服装は黒シャツに緑のズボンを着ているが少し汚れている。白髪は縛って纏めていて一応身なりは整ってはいるが、店から出てそこらに座っていればただのホームレスと思われるだろう。
グレンは胸に手をやると長年の染み付いた動きの様に丁寧な動きで頭を下げた。
「…どう言ったご用件で来たのでしょうか」
グレンとヘイマンは、子供の頃からの付き合いだ。今はこうして自分がやりたい事を支えてくれる貴重な信頼できる人間で、自分では手間のかかることをやってくれるなど、様々な支援をしてくれる協力者である。もはや何度目なのか忘れたこのやりとりに少しだけ小さくため息を吐くと、顔を上げたグレンと目を合わせた。
「爺、探して欲しい物がある。裏ルートでしか手に入らない物だ」
「…ふむ、以前の危険呪物『死屍釘』も中々時間がかかりましたが、また同じ様な物ですかな?」
「…『黒騎士の剣』を手に入れたい」
「…なんとそれは、首都どころか貴方まで死んでしまいますぞ!その右腕も無き今、危険すぎます!」
先程一度だけチラッと見ていた右腕の事はなんとなく察していたらしい。情報屋の一面もあるこのグレンは恐らくどこの闇医者で治療を受けたのかも把握しているだろうとヘイマンは思った。
無意識に存在しない右腕をさすると、何も通っていない長袖を握っていた。ひらひらとする長袖を見て顔を顰める。脳裏に過ぎるのは無表情だったカリーナ・エヴァットだ。
「次で終わらせる。僕もそれなりの覚悟でやるさ」
「………承知いたしました」
不服そうな声でそう答えてくれたグレンに一言すまないなと言い残して店を出る。次の襲撃は失敗が許されない。既に指名手配されて顔もバレているし逃げ切れはしないだろう。
だが、やり遂げなくてはならない。この国の、腐った膿を全て出し尽くすまで、そしてそこから初めて人族の浄化が始まるのだから、これは自分にとってはまだ始まりですらないのだ。
「……見ててください父さん、母さん。貴方達の息子が、世界を変えてみせます」
小さく呟いたそれは、誰にも聞かれる事なく空気の中へ溶け込んで消えていった。
◆◆◆
デミマーレ魔術国は、圧倒的な数と質の魔術師を保有しており、贔屓なしに大陸最強と言われている。最上位魔術師の賢者を筆頭に上級魔術師、中級、下級とランク付けされているが、下級と言えども他国では中級へとなれる実力者が一万人おり、中級が四千、上級は千人と、合計して一万五千人の魔術師がいる。また予備の魔術師戦力として首都ノプポラテスには一般の魔術師達が研究者と教育者として五千人ほど生活している。
さらに別で、他国の騎士達百人をまとめて一人で相手できると評価されているこの国の魔術師達は、それに胡座を掻くこともなく剣術を習い始め、選び抜かれた大陸最強集団とされる魔術騎士団に選ばれた精鋭が五千と、魔術師の数は勿論質も他国を圧倒的しており、魔術師以外に魔術特性がなかった者達がなる騎士団十五万を合わせれば総戦力二十万近くと、例え他国が騎士百万人揃えようが圧倒できる戦力である。因みに賢者候補になる実力者ともなれば、一人で一師団を相手できるとされている。
ここまでの国が本気で厳戒態勢を取るとなれば、物騒になるのも仕方ない事と言える。
西街道には、魔術騎士団第一師団のおよそ三分の一の人数が常時警戒に当たっていた。恐らく残りの三分の二は北と南の街道だろう。お陰様でここ最近の治安は圧倒的に良くなっている。
あの災いの夜から、既に一ヶ月が経っていた。スラム街で起こった騒動を知る者もこの警戒態勢を見て安心しているようで、一時客足が減った西街道は元よりもさらに人が増えて賑わっていた。治安が良くなったのも要因だろう。
因みに私は今、魔術騎士団にバレないようにいざと言う時対応出来るようにこっそりと歩き回っている。ダーナも北街道付近を警戒してくれていて、上流階級が住む南地区はクレイが担当してくれている。大抵のことならこの前のように犠牲者が膨れ上がることはないだろうと思える布陣だ。
しかし、暇ですね…。
目の前を行き交う魔術騎士と住民達、観光客から商人の馬車までひっきりなしに交差する忙しい西街道は、意外とやる事がない。私が生まれた時であれば魔法を使った見せ物といったものが沢山見られたが、逆にこの時代は他国の輸入品は常にあるもののそういった娯楽がない。ウィンドウショッピングをする趣味はないのでこうして路地裏から感知魔法を広げつつ眺めているくらいが丁度いいのだ。決してサボってる訳ではありませんよ。
だがどこかで喧嘩は疎か窃盗も起きない街道を眺めているだけでは寝てしまいそうだと思った私は適当に散歩することを決めた。路地裏に入っていき、迷路のように続く建物の隙間を歩くこと1時間、私の目の前には先程からみたような気がしてやまない壁と右か左の選択肢が置かれていた。
一応言っておくが迷子になったわけではない。感知魔法を国一番で操作できる私が迷うことなんてありえない。今は使ってませんけど。
…………とりあえず、右?