少女賢者は救いたい   作:たったかたん

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最初のズレ

 

 ローブ姿の少女を前にして、クレイ=セロスは内心の動揺を隠すことに必死だった。自身と並ぶかそれ以上と思った魔術師が大人にもなっていない少女二人など、誰が想像出来ようか。しかし重要なのはそこではない。

 

「わしの手を借りる?それに400年後と言ったな?どんな魔術を使ったのじゃ?」

 

 400年の時を遡る魔術。魔法を極めし第一人者として、はっきり今の魔法技術では不可能と言える。わしの問いに賢者を名乗った少女が答えた。

 

「400年前から存在していた物から残留魔素を取り出し、その魔素を培養。私が開発した時空間魔法陣に充填する事で残留魔素を採取した物がある過去と場所へ跳ぶことを可能にしました。時空間魔術です」

 

「…ほう。残留魔素、か。そのような発想はなかったな」

 

 魔術師が使う魔法には、体内にある魔素に属性付与を加える事で発動する魔法。自然界に存在する魔素を魔法陣に充填し発動する魔術。この2種類に分けられる。この少女の話から察するに時空間魔術は後者の原理を更に進歩させた物なのだろう。

 

「それで、わしの手助けが必要と言ったか?今の話を聞いてる限りでは既に貴女らはわしよりも随分と上にいるように感じるがの」

 

 この少女達が時を遡ったと言うのは今の話と魔法の実力を見て事実なのだろうと思える。ただの悪戯な誤魔化しなら、自分自身が納得できる理論をこうも容易く説明はできないだろう。

 しかしそれではわしの手助けが必要とは思えない。

 

「クレイ様が400年前発明したとされる大魔術[不朽の黒壁]の解除方法を知りたくて来ましたの」

 

 奥に立っていた少女がフードを取りながらこちらへ一歩近づく。ダーナ=リルバーンと申しますと自己紹介をした。赤髪に力強いその目を見て、あのリルバーン家の血は強いのだなと内心苦笑いした。

 

 __しかし。

 

「不朽の黒壁?よく分からんが、この時代の魔法研究はたかが知れておる。少なくとも貴女らが手軽に発動している魔法も今のわしには発動できまいよ」

 

 その発言に、二人の少女が顔を見合わせた。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 きっかけは、不朽の黒壁が西の空に立ちはだかるようになってから50年、大飢饉に陥った年のことだ。

 

 巨大な蝶が羽を広げた形をしたニグ大陸の東側、右羽根の上部分にあるデミマーレ王国は決して痩せた土地ではなく、他の国に食料を輸出している程でもあった。なぜ大飢饉のような事が起こってしまったのかと言うと、不朽の黒壁による巨大な影が王国の領地を覆ってしまうのだ。日照不足が原因で多くの農作物が十分に育たない。

 

 災いは無くなった。

 

 民も死ななくなった。

 

 平和ではあった。

 

 しかし人は食料がなければ生きていけない。最初は、小さな村では食料を巡って争いが起きた。次には大きな街が次々と食料枯渇に陥り、そして食料を巡った内戦が勃発した。北と南で争い、そして愚かにも農作物を育てるために肥した土地を魔法攻撃による魔素汚染によって不毛の土地にしてしまったのである。

 そして内戦を繰り返し、黒壁ができて400年後、やっとデミマーレ王国は内戦を起こさなくていいようになった。魔法ポーション研究所が農作物成長促進魔素薬を作り出すことに成功した為だ。

 だから400年たった世界でも建物も文化もほとんど発展していない。魔法の研究でさえ内戦に駆り出された優秀な魔術師達が次々と死んでいったせいで400年後というにはまったくと言っていいほど進歩していなかった。この負の時代を「空白の400年」と蔑む人もいる。

 

 飢餓はなくなったが、それも内戦による人口減少が要因だ。魔素汚染による土地には数百年は不毛の土地となる。それは現状首の皮一枚繋がっているだけにすぎないと言う事だ。

 だから私とダーナは国命で黒壁の解除方法を聞き出しに来たのだ。しかし頼みの綱であった賢者クレイ=セロスが言った事は私達を強く動揺させるには十分だった。

 

「え、え?何か無いんですか?強力な結界魔術のような、そう言ったものは」

 

「ありはせん。たしかにわしがこの国で新たな魔法を発明して来たが、そんな魔法作る意味がわからんわい」

 

 嘘をついているようにも見えない。では誰があの黒壁を作ったと言うのだ。どの歴史書にも災いに賢者クレイが立ち向かい、原因を究明し、命をかけてあの大魔術を発動したとされている。

 

「その黒壁とやらは、そちらの時代でも解析はできなんだか?」

 

「…はい。魔素を取り出そうにも私では弾かれてしまって。他の人で試そうにも魔素を取り出す魔法は私にしか扱えなくて……」

 

「…ふむ、だからこの時代に来たという事か」

 

 私達の話を本当の事だと思って真剣に考えてくれているようだった。しかし私達の知識でわからない技術を隠し持っていないのならこの話をこの人にするのもいい迷惑になる。だがこの時代であの黒壁は発動されたのは歴史書からも確実だと言われているのだ。このまま帰るわけにはいかない。

 

「……では、この国の、この時代の災いとやらは、どういったものなのかは分かりますか?」

 

 静観していたダーナが落ち着いた口調で問いかけた。災い、と言う言葉にクレイは強く反応したように見えた。

 

「未来から来たのなら知っているか。災いは既に疎外にある村や町に及んでいる。そこの騎士団や魔術師達が対応しているが、災いがどんなものなのかは判明しとらんのだ」

 

「…何か理由が?」

 

「…ああ。災いとやらに遭遇したと思われる者は皆、生きて帰って来ておらんのだ。逆にそちらはわからんのか?」

 

「はい。歴史書には災いの大雑把な内容だけで、原因までは示されておりませんでした」

 

 歴史書には、病であったり、町ごと壊滅していたりなど、さまざまな災いがあったとされている。その災いの正体を掴んだのも、初代賢者クレイ=セロスただ一人であると言うことも。

 

 まさかこんな形で行き詰まるとは、予想もしなかった。

 

 研究室を先程の重圧のある重い空気とは違って、静まり返った重い空気が漂っていた。ダーナもどうすればいいか悩んでいるようだ。とりあえず、これ以上の情報が出ないのなら一旦宿に戻ろうかと、そう思考を動かした時クレイが少し明るい声で話しかけて来た。

 

「まぁ、なんじゃ。息抜きに茶でも飲んでみんか。歓迎しよう。その若さでどのような魔法を使うのか、教えてはくれないかの?」

 

 

 それはまるで、うまく行かずに落ち込んでいる私達を不器用に元気付けようとするエーヴェル師匠にそっくりな、やさしい顔だった。

 

 

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