少女賢者は救いたい   作:たったかたん

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黒魔術

 

 

 黒く、そして底の見えない深さがあった。それは先ほどまで見ていたはずの屋台が並ぶ道ではなく、活気のあふれる民の声も姿もなく、ただただ黒だった。

 

 男は歓喜していた。自身が築いてきた黒魔術の研究が、経験が、ここまで広範囲かつ強力に発動できるとは、思っていなかった。

 

 この魔術を、暗黒物質と言われる黒魔素を扱うために、一体どれ程の犠牲を払ってきただろう。泣き喚く人、恐怖に呑まれ笑い叫ぶ人、自我と理性を失った人だった動物。それ程の犠牲を払いながら男の黒魔素研究は、全く進展しなかった。

 

 ああ、なるほど。これが賢者でさえ扱うことが出来ないと言われている暗黒物質か。

 

 凡人でしか無い俺が手を出して良い物ではなかったのだと諦めようとしていた時だった。隠れ家の扉が開かれたのは。

 

「貴様の未知への探究心、人にしては素晴らしい。我が配下となれば黒魔素の一端を見せてやる」

 

 その方は、人ではなかった。しかしそこは気にならなかった。あの賢者クレイが到達し得ない領域にいる存在と、こうして会えたのだ。なにを気にする必要があろうか。

 

 伝説などの書物のみでしか知らなかった黒魔法が目の前で披露された。対象は国境近くの小さな村だった。その村をあの方はたった一言の詠唱で、

 無慈悲に皆殺しにした。

 

 俺は涙した。

 

 人生を賭けて求めていた知識が、初めて手に入った瞬間だったのだ。俺は再び研究に没頭した。普通の魔素では考えることが出来ない原理を利用して発動する黒魔素を、自在に操れる様になるのは快感だった。

 

 

 はやくこの魔法を放ちたい。

 

 実証実験しなければ気が休まならい。

 

 その欲求が積み重なる日々が今日終わったのだ。あの方からここで黒魔法【prigioniero】を発動させることを命令された。ウキウキしすぎて指定時刻よりも前にその場所を行ったり来たりした程だ。

 

「そちらの指先、どうなさいましたか?」

 

 すれ違った黒ローブの少女が、話しかけたと思えば突然そんなことを言い出した。

 

「指先…?ああ、少し魔法の練習をした時に冷やしすぎてしまって___」

 

「黒魔素」

 

「…え?」

 

「その症状は、黒魔素による高濃度汚染です。黒魔素を扱えば扱うほど指先に溜まり圧縮され紫に、最後には全身が黒ずんで死にます。悪い事は言いません、お辞めになった方が貴方の為ですわ」

 

 何を言っているのか、さっぱりわからない。

 

 黒魔素の高濃度汚染?あの方はそんなこと一言も言っていない。

 

 黒魔素を扱う人間は俺一人だと言っていた。副反応はあるだろうか死については何も言っていない。

 

 

 ああ、そうか。この娘は____

 

 

 

 

 

 俺に嫉妬しているのだ。人族の中で唯一黒魔素を扱うことが出来た俺と言う存在に。ああ、そう考えるとこの娘も可哀想に感じる。美人ではあるが凡才なのだろう。可哀想に。

 魔術の知識だけ詰めるだけ詰め込んで、肝心の才能は無かったのだ。だから俺の指先の事を知っていたし、こうして止めているのだ。

 

 ああ、笑えてくる。

 

 仕方ないな、俺が直々に君を__

 

 

 ____黒魔法の最初の犠牲者にしてあげよう。

 

 

 隠し持っていた杖を地面へと叩きつけた。

 

「【魂の囚人(アニマプリジュオネラ)】!!」

 

 

「!?」

 

 

 黒魔素の津波が周囲一帯を飲み込んだ。この黒魔法に囚われると最後、魂を捕らえられ、黒の世界に閉じ込められる。体と魂は引き剥がされ人形の様に死ぬ。一瞬だ。

 

「ふ、ふへひゃひゃひゃ!!!」

 

 ああ!神よ!偉大なる深淵の神よ!もしいるのであれば俺は貴方にこの命を捧げよう!!こんな素晴らしい黒魔法を生み出してくれてありがとう!!

 

 ああ、……研究室に帰ったら久々に一杯飲もう。15年振りの酒だ。死ぬほど美味しいにきまってる。

 

 広げた魔術を解除する。ここ一帯は死体が所狭しと転がっている事だろう。あの方の命令通りだ。報酬も、更に上位の黒魔術が期待できるだろう。

 

 ニヤけながら広げた魔法陣を絞っていき【魂の囚人】を吸収していく。発動できたとはいえまだまだ序の口だ。体力はほとんど持っていかれ、保有していた黒魔素もほとんどない。しかし体は高揚感に溢れていたから問題はなかった。

 

 

 ____ローブ姿の、赤髪の少女が目の前に平然と立っている光景を目にするまでは。

 

 

 !?

 

 何をした??何をして無事でいられたのだ?この魔法を受けた村の人間は糸人形の糸が切られたかのように死に絶えていたと言うのに、なぜ生きていられる?

 

「……せっかちな人は、嫌いですわよ」

 

 その瞬間、体全体が締め付けられ地面へと無様に転がった。あり得ない。こんな魔法存在しない。詠唱もせずにこの少女が発動させたのか?

 なにが起こったのか全く検討もつかなかったが、焦りから逆に頭が冷めて周囲の状況が情報として飛び込んでくる。

 

 

「ば、ばかな…。そんな、あり得るわけがないだろう…。黒魔法をまともに食らって人がなぜ生きていられるのだ!」

 

 あたりをよく見てみれば魂を奪った筈であろう住民達が不思議そうにこちらを見ている。それはまさにあり得るはずがない光景だった。

 魔法の詠唱をしようにも声が出ていないことに焦りが募る。

 

「無駄です。貴方の声帯から音を発する事はできません。まぁ最初の詠唱は手遅れでしたが」

 

 そう話す赤髪の少女の手のひらが光った瞬間、酸素が肺から奪われていくことに気づいた。どんどんと視野が狭まっていく。

 

 なんと……いう……こと…だ。

 

 静かに、苦しみもなく男の意識は闇の中へと消えていった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

「ダーナよ、災いを止めたそうじゃないか。犠牲者も居らんしお主の隠蔽魔法のおかげで民達も暴漢が暴れたとしか思っとらん。良くやったのう!」

 

「まさかこの時代の黒魔法発動があそこまで早いとは思ってませんでしたが、まあ問題はありませんね。あの程度なら400年後にも結構います」

 

 黒魔術師が奇襲してきたその日の夜中、私たち三人は再び研究室で合流していた。既に私が駆けつけた時にはダーナの目の前におじさんが転がっており、辺りは少しの人集りができていた程度で済んでいた。流石賢者候補の天才と言われていたダーナである。

 

「しかし黒魔素をまともに食らってなぜ無事なのじゃ?あの魔素の痕跡からして災いが起きた村に残されていた黒魔素の特性と一致する。

 関連性を探っておった。おそらく魂を刈り取るものじゃろうて」

 

 その問い掛けは最もなものだった。黒魔素を使う黒魔法や黒魔術は400年後でも危険なものとされ、革命を考えている様な活動家には好んで使われる。

 その革命グループと衝突する事件が度々発生するのだが、その時は自身の命を犠牲にした革命グループと、黒魔法を防げずにそのまま死んでいく魔術師の応酬で犠牲者が後をたたなかった。

 しかしダーナは黒魔術師に対抗できる存在の一人として有名である。因みに他には私を含めて五人ほどしか居ない。

 

「圧縮した魔素を体の表面に展開していたのです。この時代には判明していないと思いますが、無属性魔素と黒魔素は混ざり合う事がありません。その特性を利用した防御魔法みたいなものです」

 

「ううむ、流石400年も経った時代は研究も進んでおるのじゃな。しかし魔素を圧縮するだけでも普通の魔術師ならいっぱいいっぱいじゃろうて。流石賢者の付き添いとして認められる実力であるな」

 

「そこまでではありませんよ。クレイ様も原理が理解できれば出来るはずですので」

 

「では民達が無事だったのは?」

 

「あれは黒魔素が広がり切る前に魔術師の周辺を私の圧縮魔素包んで__」

 

 

 魔術の話に花を咲かせているのを横目に、二人の魔術論議が終わるまでいつもの夜を迎えた首都の夜景を眺めていた。

 黒魔術師のおじさんは明日から尋問が開始される。おじさんが黒幕なのか、更に裏に黒幕がいるのか。

 

 この時の私はまだ危機感というものが足りていないのだと知る日は、すぐに訪れることになった。

 

 

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