少女賢者は救いたい   作:たったかたん

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災いの夜

 

 北街道の外れ。皆が寝静まった夜のスラム街の中を一人の男が駆けていた。その様子は一目で何かに怯え、逃げていると分かるほどに取り乱している。

 小さな路地裏で地面で眠る住人に逃げろと大声で叫びながら走り続ける。

 

 それを見ていた住人達は特段気にしていなかった。この程度なら日常的によく見る光景だからだ。どうせ薬で幻覚を見ているんだろうと再び自分達の日常へ戻ろうとした時だった。

 

 女の叫び声が男が走ってきた所から響いてきたのだ。住人達は流石に危機感を覚え警戒した。無差別に殺しまわる狂った奴がこの北街道の外れにはたまに出てくる。今回もその類だろうと今までの経験から予測していたのだ。

 

 しかし、全く違うものが男が逃げてきた路地奥から迫っていた。

 

 異臭を放ち、所々の肉は腐り骨が見え、歩き方は速くはないがまっすぐこちらに向かって歩いてきている。

 

 __それは都市伝説で出てくる様な存在のゾンビそのものだった。

 

 

 

 ◆◆◆

 

 

 おじさんの尋問を終えて宿に戻った私達は食事の気も失せていた為、シャワーを済ませた後そのまま寝床へと入っていた。

 ダーナもテーブルの席で少し考え事をした後にそのまま眠りにつこうとしていた。そんな時だった。

 感じ取った気配に睡魔は一瞬で弾かれ、素早くベットから起き上がる。

 

「ダーナ!」

 

「ええ、早く向かいますわよ」

 

 街を黒魔術の気配が充満していた。方向は北街道だろうか。

 ローブを纏い窓からそのまま向かいの屋根へと飛び移る。そこから街を簡単に一望できるのだが、北街道付近が明るくなっていた。どう見ても火の手が広がっている。

 

「【感知魔法(ペルチェツォーネ)】!」

 

 すぐさま感知魔法を発動させ、北地区を知覚していく。私は思わず歯軋りをした。

 

「……なんて事をっ」

 

 魔法越しで知覚したそこには地獄の様な光景が広がっていた。犠牲者は既に千を超え、その全てが生きた亡者と化している。その規模は増え続けて北街道にも溢れようとしていた。もはやスラム街の住人達はパニックになっており、早く収めなければゾンビ以外で死ぬ人が出てくる可能性があるほどだ。

 

 隣に立ったダーナが私の様子を見ただけでおおよその状況を飲み込んだ様だった。

 

「私は住民の避難を。カリーナはこの黒魔術の元凶をお願いします!」

 

 そう言いパニックが起こっている所へと屋根を渡って走り出した。私もこの黒魔術が発動されている元を探るために、更に感知魔法を絞ることに集中した。

 

 北街道…違う。もっと街中……違う。

 

 魔法を絞り知覚度を上げて気配を辿れる様にしているが、どうも煙に巻かれた様にあちこちに気配が漂っていた。ご丁寧に妨害対策をしてある様だ。これでは発動元を探れない。

 

「…一つずつ!消すっ!」

 

 時間はかかるが確実なのは消去法しかないと決めた私は、ダーナが向かった方向とは少し外れた所へと駆け出した。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 私は屋根を息を切らしながら飛び移っていき、既に住宅が焼かれる光景がよく見える程に近づいていた。物が焼かれる臭いの中に腐った様な臭いがある事も感じ取って顔を険しくする。

 

 明らかにおかしいのだ。私達が読んだ歴史書にはこんな災いがあったとは書かれていなかった。そこから予想される答えは、私達がこの時代に来たことによる出来事の改変だった。

 

 賢者クレイの魔術レベルが思っていたよりも格段に低かった事。災いの一つであろう人物をこの自分が止めた事。そして目の前で起こっている明らかに歴史書に記載されていないのはおかしい程の惨状。

 

 カリーナと私が来たことによる事態の悪化が頭を過ぎるが必死に振り払い建物から飛び降りた。

 

「ひ、ひぃぃ!!」

 

 そこにはゾンビに襲われる寸前の男性が一人。男性に馬乗りしようとしていたゾンビを思いっきり蹴り飛ばす。子供が蹴った石ころの様に建物の壁へ一直線に飛んでいくと、壁に大きな割れ目を広げながらめり込んでそのまま動かなくなった。

 足に【重力魔法(グラビィータ)】を纏って蹴り飛ばしたのだ。

 

 ゾンビは全身の骨と関節を粉々に粉砕し行動不可にするか、全身を消し炭にしない限り止まらない。単体なら低級魔物と変わらないが、数が多過ぎる時は上級魔物と同じ扱いになるから四百年後でも厄介な魔物として嫌われている。

 

「あ、あんた…」

 

「早くお逃げなさい。それから魔術騎士団が近くにいるのであればここら辺のゾンビは私が足止め致しますとお伝えください」

 

 未だに頭が整理つかない様子の男に出来ればして欲しいお願いを伝えると、焦りながらも男は立ち上がった。

 

「わ、分かった!魔法使いさん!あんたも死ぬんじゃねぇぞ!」

 

「お任せください」

 

 男が西街道に向かって走っていく。今の出来事を周りで見ていた住人達もその男に言われるがまま逃げ出していた。簡単に感知魔法を広げるが、ここら辺の住人は今逃げ出した者達で最後だったらしい。

 

「……さて」

 

 その背中を眺めた後、ゆっくりと振り返る。北街道程では無いがそれでも一般道としては十分に広いその道を肩狭しに歩いてくるゾンビの集団がいた。簡単に感知した数も千を超えている。正直言って気持ち悪い。

 

 迫ってくるその集団を見つめながら手のひらに魔法陣を展開する。これから先私達がする事で未来がどうなっていくのかは、今は考えない。

  

 振り上げた手の魔法陣から炎を発現させ、その炎を圧縮し、膨張させる。火球を自在に放出する中級魔法だ。魔術師なりたての者が初めて挑戦する攻撃魔法でもあり、そこまで難しくは無い。しかし火球の形成には術者の魔素量に依存している。

 

 

 私の振り上げた手の真上には大きな馬車を飲み込めそうなほどに巨大な火球が形成されていた。

 

 

 ここまで来たならとことんやりますよ!カリーナ!

 

「【火球よ(ボーリデ)】!」

 

 火球をそのまま振り下ろす。ぎゅうぎゅうに道幅を埋めていたゾンビ達に真っ直ぐ飛んで行き、着弾した瞬間、音もなく先頭付近にいたゾンビ達は木っ端微塵に消し飛んで行った。

 

 先頭集団を潰したところで奥の方にこちらへと向かうゾンビの集団が見えた。ここはゾンビが侵攻する道の一角であって、更に別の所では魔術騎士団や一般の魔法使いが食い止めているはずだ。

 

 住人が逃げた方から複数の気配がこちらへと向かってきていた。どうやら先程の男はしっかりと伝言を伝えてくれたらしい。ありがたい限りだ。

 

 振り向くとそこには若い魔術騎士が小隊で駆けつけていた。

 

 

「お、遅くなりました!………大丈夫…ですか?」

 

 私の背後に広がる光景を見て言葉に詰まった様だ。まだ経験も浅い騎士なりたてには見たこともない規模の魔法行使後だろう。それに私の固有魔法で音も消していたのだから、少し光っていただけに見えいた筈だ。

 

 未だに頭の整理がつかない様子の新人騎士達に対して私は優しく微笑んだ。

 

「私は賢者クレイ様の弟子ダーナと言います。ここら一帯のゾンビは私が片付けます。住民の避難をお願いしてもよろしいですか?」

 

 

「……っ!は、はい!分かりました!」

 

 

 おそらくリーダーであろう最初に声をかけた騎士は、優しく声をかけてきた先程とは違い、まるで貴族に言われたかの様に畏まった様子になって来た道を仲間と一緒に引き返して行った。

 

 

 先程の感知魔法で把握したこのゾンビ達には黒魔素が自然に発生する物よりも多い事は確かだった。確実にこのゾンビは黒魔術によって生み出されている。それなら最後の一体まで消し飛ばそうが更に別の所で新たなゾンビが生まれ、襲った住民達を仲間と化して増えていく事になる。

 

 走り回っているであろうカリーナの負担を少しでも減らすために、私はこのゾンビを一掃する。

 

 

 

  ____お願いしますわよ、カリーナ。

 

  

 更なる火球を形成し、私はゾンビの集団へと駆け出した。

 

 

 

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