夏、青春、アイスクリーム。

なんかそんな感じの、山もなければ落ちもないウマ娘たちのお話。

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アイスクリーム

「アイスクリームばっかり食べて生きてみたいですよねぇ~」

 

 ──という、スペシャルウィークの言葉に、彼女と同じく教室でだらだらと過ごしているキングヘイロー、エルコンドルパサー、グラスワンダーの三人が反応した。

 

「そんな不摂生の極みみたいな生活を送ったら、早死にしてしまうわよ」

「ワタシは辛いアイスが食べたいデス」

「スぺちゃん、偏食は駄目よ?」

 

 わかってますけどぉ……と小さく呟いて、スペシャルウィークはそれにしてもと、この場に居ない最後の一人を脳裏に思い浮かべる。

 

「セイちゃん、遅いですね」

「購買にアイスを買いに行くだけなのに、いったい何をしているのかしら」

 

 一つの机を囲って座る四人は、かれこれ10分は購買に出掛けた友人──セイウンスカイを待ちわびている。ジーワジーワとセミの声が外から聞こえ、換気で開けている窓から入り込む空気が、カーテンをパタパタと揺らした。

 

 決して涼しくないが外よりはマシ──そんな程度の暑さに辟易していると、ガラリと教室の扉が開けられ、廊下から中へと誰かが入る。

 

「──や~、お待たせお待たせぇ」

「セイちゃん! 遅いデース!」

「ごめーん、購買がやたらと混んでてさあ」

「この暑さでは、どうやらみんなの考えることは同じみたいですねえ」

 

 ガサガサと片手のレジ袋を揺らして、軽く謝り四人の輪に加わるセイウンスカイは、机に袋を置いて中身を広げる。混んでいた購買でなんとか買えた人数分のアイスは、カップアイスが3つ、ソフトクリームが2つだった。

 

「これどう分ける?」

「うーん……先ずは買ってきたセイちゃんが選んで、あとは私とエルちゃんとキングちゃん、グラスちゃんでじゃんけんしませんか?」

 

 とりあえずは労働に対する対価を、という真っ当なスペシャルウィークの発言に異論を唱える者は居なかった。いやぁ悪いね、と言ってセイウンスカイはバニラのソフトクリームを選ぶ。

 

「無難ね、スカイさん」

「こういうのはシンプルなのが一番だよ」

「では、じゃんけんをしましょうか」

「そういえば、これあと何が残ってるんデスか」

「あー……チョコのソフトクリーム、バニラのカップ2つ、あと抹茶のカップだね」

「抹茶……?」

 

 ──刹那、グラスワンダーの目の色が変わる。その変化に気付かぬまま、スペシャルウィークとエルコンドルパサー、キングヘイローは拳を突き出しじゃんけんを行う。

 

『じゃーんけーん!!』

 

 

 

 ──抹茶のカップアイスを獲得したのは、グラスワンダーであった。

 なんてことはない、ウマ娘の動体視力と反射神経を用いて、ギリギリまで相手がどの形に指を曲げるか観察していただけである。

 

「ほぼイカサマ……」

「技術、ですよ」

 

 プラスチックのスプーンで僅かに溶け始めて柔らかくなっているアイスを掬うグラスワンダーが、キングヘイローへとにこりと笑いながら断言する。同じように溶け始めているバニラのカップアイスを食べるキングヘイローは、呆れたように頭を振るのだった。

 

「……はぁ~、それにしても今日は暑すぎ。空は雲ひとつ無い快晴だし」

 

「それでも空気の流れがあるだけ楽な方デース。放課後と休日の教室はクーラーNGなんてトレセン学園は無慈悲すぎマス」

 

「それなら、このあとトレーニングも兼ねてプールに涼みに行きませんか?」

 

「スぺちゃん、それたぶん皆同じ事考えてる。ごった返して蒸し風呂になっちゃうよ」

 

 でろんと傾きだしたソフトクリームを舐めとりながら、カップアイスを食べるスペシャルウィークとチョコのソフトクリームを舐めるエルコンドルパサーを見てセイウンスカイは言う。

 

 なるほど確かにと四人は内心で独りごつ。

 こうも暑ければ、トレーニングを言い訳にプールを使いたがるウマ娘はかなり多い。

 そうなれば、待っているのは休日の市民プール並の密度だ。そうなってしまうと、この教室と暑さがそう変わらないだろう。

 

「はぁー、これだともう、寮の部屋でクーラーを効かせて休むしかないですね~」

「──いえ、案外、そうでもないかもしれないわ。スペシャルウィークさん」

「へっ?」

 

 食べ終えたカップアイスをゴミ袋代わりのレジ袋に捨てると、キングヘイローはガタッと席を立ちながら外を指さして口を開いた。

 

「敢えて走るのよ」

「なんて?」

「なるほど……心頭滅却、火もまた涼し──ということですね、キングちゃん」

「………………、そういうことね!」

「キングさあ、何も考えてなかったよね」

「暑さに頭をヤられてマース」

 

 ──そこ! うるさいわね! というキングヘイローの怒号が、教室中に響いていた。

 

 

 

 

 

 

 

「アイスクリームばかり食べて生きてみたい」

「──なに?」

「……って、スぺちゃんなら言うかなって」

 

 ──廊下を歩くサイレンススズカは、隣を歩むエアグルーヴにそう言った。

 突然の発言を噛み砕いて、ああ、と呟き額の汗を手の甲で拭って言い返す。

 

「実際にやられては堪ったものではないが、この暑さではそう言いたくもなるな」

「ふふ、そうね」

「……自分の好きなものだけを、か」

「エアグルーヴ?」

 

 ポツリと呟いたエアグルーヴの声に、サイレンススズカが反応する。一拍置いて、エアグルーヴはおもむろに問い掛けた。

 

「もし、好きなことだけをして生きてもいいと言われたら、スズカは延々と走り続ける人生を送るのだろう……と思ってな」

 

「……………………流石にそこまでは」

 

 しない、と思う。たぶん。と目を逸らしながら言うサイレンススズカに、エアグルーヴも呆れ顔を作る。それからふと、窓の外に広がる雲ひとつ無い快晴の青空を見た。

 

「綺麗な夏空だ」

「ええ」

「……夏は暑さに虫と、嫌な要素が多いにも関わらず、どうしてか嫌いにはなれん」

「──そうね。それは、きっと」

 

 サイレンススズカはエアグルーヴに習って外を見て──自信満々で断言する。

 

「走ったら気持ちがいいからよ」

「…………なんだって?」

「走ったら、気持ちが、いいからよ」

「いや、聞き取れなかったわけではない」

 

 サイレンススズカも窓の外を見た。見たが、厳密には上ではなく下だった。そこにあるのは、青々とした芝生が整ったレース場。

 

 ちらりと下を見てからサイレンススズカに視線をずらすエアグルーヴは、頬を伝う汗も気にしない程にウズウズしている彼女の姿を視認した。

 

「エアグルーヴ」

「おい、待て」

「ちょっと走ってくるわね」

「スズカ」

「大丈夫、ちょっとだけ……ほんの2、3……いや4、5本走るだけだから」

「待て……スズカァ──っ!!」

 

 脱兎のごとく踵を返して廊下を走るサイレンススズカの背中に、エアグルーヴの悲鳴にも近い声は届かない。通りすがりの学級委員長の言葉すら置き去りにして、彼女は夏に惹かれていった。

 

 

 

 

 

 

 

「アイスクリームばっか食って生きてえ~とか、マックちゃんなら言うよなァ」

「言いませんけど!?」

 

 そうかぁ? と言って、ゴールドシップはジャージの前を開け放ち、校舎裏の木陰で額に汗を滲ませて片手のソフトクリームを大きな舌で舐めとる。その隣で風評被害を浴びせられたメジロマックイーンが、半ばまで食べ進めたカップアイスを片手に声を荒らげた。

 

「まったく……貴女はわたくしをなんだと思っていますの? 流石にアイスだけなんて」

「じゃあ、パフェオンリーなら?」

「む」

「ほらな」

 

 悩むそぶりを見せたメジロマックイーンにゴールドシップはけらけらと笑いかける。

 残りのソフトクリームをコーンごと口に放り込んでまとめて咀嚼すると、飲み込んでほうっと一息ついて後ろ手に地面に手のひらを押し当てながら空を見上げた。

 

「マックイーンよぉ~、メジロのコネで南極とか行けねぇの~?」

「避暑地に南極をチョイスするのはお止めなさい。それと、出来ても行きません」

「ちぇっ、つまんねえの」

 

 ──おー、アチィアチィ。そう言いながら寝転がろうとしたゴールドシップだが、なんとなく隣を見れば、自分と同じように空を見上げるメジロマックイーンの顔があった。

 

「──雲ひとつ無い空は、何処までも真っ青ですのね。まるで、空に海があるかのよう。どうせなら南極よりも海にしませんこと?」

 

「厳密にゃあ海と空の青色は違うが、まあ、そんなもんだ。しかし海、海ねぇ……。海は行きてえけどよ、行くにしても──」

 

「……なんですの?」

 

 意味深に言葉を区切るゴールドシップに、メジロマックイーンは疑問符を浮かべて問う。

 そんな彼女に、ゴールドシップは、起き上がりながらしれっと指で腹を押しながら言った。

 

「ダイエットしねぇとな」

「な────っ!?」

「ちなみにマックちゃんよ、カップアイスを当然のように5個も平らげたけど……それ1つがなんカロリーか知らねーだろ」

「つ、つつくのを止めなさい!」

 

 むにむにと柔い腹をつつきながら、ゴールドシップは愉快そうに続ける。

 

「カップアイス1つでだいたい370キロカロリー前後、それが5個で1850キロカロリー前後。大雑把に1900キロカロリーを摂取したとしたら、ほぼカツ丼2杯分になるなァ」

 

「ぬっ!!!??」

 

 ぎょっとした様子で硬直したメジロマックイーンに、ゴールドシップは喉を鳴らすように笑う。そして、いよぅし! と気合いを入れて立ち上がると、彼女の手を引いて立たせて言った。

 

「ほんじゃ、だぁれも使ってないターフで走るか。マックちゃんが子豚ちゃんになる前に」

 

「誰が子豚ですか!!」

 

 購買のレジ袋にゴミを積めて、二人は校舎裏から表に躍り出る。誰も使っていないと、誰もが考える芝生の上へと向かって。

 

 

 

 

 

 

 

「アイスクリームばっかり食べる生活、送ってみたいよね~っ」

「太るぞ」

「もうっ、ブライアンさんはデリカシー無さすぎ。甘いものをたくさん食べたいのは、女の子なら誰だって考える夢なんだからねっ」

「私は肉の方が好きだ」

 

 直射日光を避けて木陰の地面に寝転がるナリタブライアンに、マヤノトップガンが言う。

 

「それにしても良いの? また生徒会のお仕事サボってるんじゃない?」

「ふん、いいんだよ。私なんか居なくても、二人だけでどうにでもなるだろうしな」

 

 あっけらかんとそう言って、ナリタブライアンは咥えた細い枝をカリカリと歯でこすらせるように動かす。その隣でマヤノトップガンもまた寝転がり、ぼんやりと青空を見上げる。

 

「ブライアンさんってば悪い子だ」

「なら、私の居場所を黙ってるお前は極悪人だな。なんて悪いやつだ」

「違うもーん、悪いとわかってて黙ってるだけだもーん。未必の故意だよ」

「なお悪いだろ」

 

 あはははっ、と笑い、マヤノトップガンはナリタブライアンが枕にするように曲げている腕の肘部分に頭を乗せて顔を近づける。

 

「おい、邪魔だ」

「聞こえないもんっ」

「……チッ」

 

 ナリタブライアンが苛立たしげに顔を向ければ、マヤノトップガンは歯を見せて笑う。

 邪気の無いそれに、彼女は毒気を抜かれて渋々と脱力した。それから一拍置いて、マヤノトップガンがおもむろにナリタブライアンへと口を開いて声をかける。

 

「今日は併走しないの?」

「……この暑さじゃあな」

「えーっ、それじゃつまんないよ~」

「他の誰かを誘え」

「……ぶぅ」

 

 不満そうに息を吐いて、マヤノトップガンはそれでもナリタブライアンに体を預ける。

 

「ホントに走らないの?」

「今日はパス、ってだけだ」

「──もし、この一回で、ものすごーく差が開いちゃったらどうするの?」

「……む」

 

 突如、がばっと起き上がり、マヤノトップガンはナリタブライアンの首もとに両手を叩きつけるように押し付けて、ぐあっと見下ろす。

 

「ブライアンさんが足を止めてる間にマヤが先に行っても、待っててあげないよ」

「──フン」

 

 まぶたを閉じて、その裏で眼球が悩むように逡巡する。そして、マヤノトップガンを押し退けるように起き上がって、ころんと仰向けに転がった彼女にナリタブライアンは言う。

 

「仕方ない」

「……!」

「ただ、一回だけだ。暑さで参ってるのは本当なんだからな。わかったか?」

「わーい! あ、その前にアイス1個食べよっ」

「お前の奢りなら食べる」

「えーっ!」

「冗談だ」

 

 飛び上がって跳ね回るように喜ぶマヤノトップガンに、ナリタブライアンは口角を緩める。やれやれと立ち上がってその場を後にする彼女は、マヤノトップガンが指さした空に顔を向けた。

 

「あーっ! 見てブライアンさん、一個だけ大きい雲が流れてるよ」

「……ああ、本当だな。……どこかで見たことある形だ、なんだったか」

 

 顔を見合わせて、二人は考えて。

 合点がいったように、同時に口を開いた。

 

「──ソフトクリーム!」

「──後ろから見た姉貴」

 

「……え?」

「……ん?」

 

 

 

 

 

 

 

「アイスクリームもっと食べたいよ~、あとクーラーの温度下げてよ~~」

「ダメだよテイオー、君のワガママでもう25度まで下げてあるのだからね」

 

 ──じゃあもっと下げてよぉ~、というトウカイテイオーの声に、机の傍らに食べ終えたカップアイスのゴミを丁寧に置いているシンボリルドルフが困り顔で返した。

 

「それならこんなところではなく、自室に戻って存分に温度を下げればいいじゃないか」

「だってマヤノ居ないし、退屈だもん」

「なら、私の作業を手伝ってくれ」

「え゛~~~~~っ」

「ふっ、冗談だよ。これは生徒会の仕事だ」

 

 そう言いながらも、最後の一つを処理し終えたシンボリルドルフがゴミ箱にゴミを捨てると、だらけきっているトウカイテイオーの寝そべるソファに腰を下ろす。

 

「そういえばエアグルーヴ居ないの?」

「ああ……そもそも今日は祝日だから、こうして私が仕事をしているのもあまり正しくないんだ。彼女が居ないのは当然なんだよ」

「ふぅん。じゃあブライアンが居ないのは?」

「それは単なるサボりだよ」

「だめじゃん」

 

 寝転がる姿勢から普通に座り直し、トウカイテイオーはシンボリルドルフの隣にちょこんと座って体を彼女に押し当てる。

 

「こらこら、暑いんじゃなかったのか?」

「カイチョーは別~」

「まったく……仕方のない子だ」

 

 甘えてくるトウカイテイオーを、シンボリルドルフは頬を緩めて受け入れる。

 猫なら喉を鳴らしているだろうというイメージが脳裏を掠め、シンボリルドルフはクーラーの冷気をも無視して流れるトウカイテイオーの汗を自身のハンカチで拭う。

 

「んもぉー、夏って嫌いだよお」

「そうか。まあ、わからなくはない」

「だって暑いし虫出るし暑いし」

「ふふ、暑いのは嫌か」

「そりゃそうだよー。冬は着込めば良いけど、夏は薄着でも暑いじゃん」

「──けれどね、私は夏が嫌いではないよ」

「え゛~っ! うっそだあ」

 

 嘘とはまた、と呟いて、シンボリルドルフは子供におとぎ話を読み聞かせるように唱える。

 

「──春に溶ける淡雪、夏の夜に聴こえる虫の合唱、秋の豊かな実り、冬の一年の終わりを感じさせる空気。四季は巡るのに、同じ四季は無い。それは、すごく、貴いものじゃないか?」

「…………よくわかんない」

「ははは、テイオーには早かったかな」

「むっ、子供扱いしないでよぉう!」

 

 そうは言うものの、それでもトウカイテイオーは、窓の外を見て──逡巡ののちにソファを立ち上がりシンボリルドルフに口を開く。

 

「よくわかんない、けどさ。ねえカイチョー」

「うん? どうしたんだ」

「なんか、すごく──もったいない感じ!」

「……もったいないのか。そうか」

 

 だからさ、と続けてトウカイテイオーは窓を、窓の外を指差して言った。

 

「──走りたい! 走ろう! この綺麗な夏空の下を、思いっきりさっ!」

「──ああ、そうだね。こんなにも綺麗な夏の下を走らないのは、勿体無い」

 

 夏空を、或いはトウカイテイオーを、もしかしたらその両方を──眩しいものを見るような顔をして、シンボリルドルフはまぶたを細める。

 

 ピッ、と、クーラーの電源を切って、二人はジャージに着替えて下駄箱に向かう。外と中を隔てる扉を開けると、ぶわりと熱風が頬を撫でるが、不思議なことに──不快ではなかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──その後の顛末としては、どういうわけか、誰も使わないだろうと思っていたターフの上に何人ものウマ娘が偶然にも出揃っていた。しかして、誰もその事を疑問に思わない。当然だろう。

 

 結局のところ、ウマ娘とは、どうしようもなく走るのが好きな生き物なのだから。嫌なものはアイスクリームごと飲み干して、夏空はとても綺麗で──ただ、それだけでいいのだ。

 

 

 

『おわり』

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