講義終わりの昼、ベンチに座りいつものように結東焼きそばパンを頬張る。
はぁ、幸せ。こんななんてことない日々でも結東焼きそばパンがあれば幸せ。
「遊飛さんは惣菜パンだけですか?」
「今日起きるの遅くなっちゃって弁当作る時間がなくて...」
「まぁ、遊飛さんもお弁当作られるのですか」
「そんな大層なものじゃないよ!ウインナーとか卵焼きとかそこらへん詰め込むだけだし」
雪さんが隣りにいる。うわ、これ傍からみればリア充じゃん。しかも雪さんという美人だし。周囲からチラホラ視線を感じる。なんという優越感。
「それで、ドローおにぎりは何個ほど入れるのでしょうか?」
「ん、なんですか?」
「ドローおにぎりです」
そう言うと雪さんは自分のお弁当箱を僕に見せてきた。長方形の二段弁当で、下の部分には俵型のおにぎりが5個詰め込まれていた。一見なんの変哲もないおにぎりだが。
「具材は昆布、高菜、梅干しです」
「いいですね。定番って感じで」
「今日はモンスター2、魔法2、罠1という設定なんです」
あれ、なんか時空が狂ったのかな。話の流れとは関係ないデュエルの単語が出てきた。
「えっと、雪さん?」
「昆布がモンスター、高菜が魔法、梅干しが罠です。食べる時にどの具材を食べたいか頭に浮かべてからおにぎりを選ぶのです。必要な時に必要なカードを引くためのドローの練習になるんですよ」
ドローの練習。結東市では割とよく聞く。
何十枚のカードの束から1枚カードを引く行為なんて確率でしかないのに、ここの人間は練習すればいいカードが引けると思っている。
そんな念じればデッキトップが変わるなんて話あるわけがないのに。
「あははは...そうですか」
苦笑いしか出てこない。ここの人は本気で信じてるから間違ってるとも言えないし。
「そ、それにしても筋太郎くん遅いね」
「後教授に用があると言ってました」
だから講義中後教授の研究室教えてくれって何度も言ってきたのか。まさか課題のことじゃないだろうし、となると同好会のことだな。
「それで、今日から同好会活動が始まるのですのね!楽しみです」
「そう言えば雪さんデュエルサークルに入りたかったみたいだけど、他に沢山あるのになんで入らなかったの?」
この大学だけでもデュエルサークル、同好会は多数ある。どうも大人数で集まるよりは数人でグループを作り他のサークルと掛け持ちしながら活動している所が多いのが理由。
「入りたかったのですが、入れなかったのです」
ゆ、雪さんを入れない?なんて不届き者達なんだ。
こんな人が入れない理由なんて嫉妬位しか思いつかないぞ。
「歓迎デュエルをすると、何故か皆様驚かれた後大層怯えられて」
「いやーでもよかったよかった、筋太郎くんがちょうど新しく同好会を作って」
デュエルが始まるとデュエルに狂う戦士になること忘れてた。いや、あの強烈なキャラを忘れてはないが、それくらい普段の彼女とのギャップが激しすぎて同一人物なのを忘れてしまう。
「遊飛さん程のデュエリストが埋もれていたなんて、やはり結東市はデュエルの街ですね」
「僕は生まれも育ちも結東市じゃないよ。ここから山を越えた先の田舎の出身だよ」
「では結東市にデュエルのために進学されたのですか」
前提が間違っている。デュエルのためじゃなくて勉学のためだよ。目をキラキラ輝かせて言うものだから否定し辛い。あはは...と笑って話を変える。
「雪さんは結東市生まれ?」
「生まれは結東市ですが、育ちは別の街です」
「大学進学のため結東市に戻ってきたってことか」
「はい、結東市に帰ってくるのは12年ぶりです」
小学校に上がる頃にはもう結東市を離れていたのか。
結東市で育ってないのならなんでこんなデュエルで狂う戦士になってしまったのか。
「結構離れてたんだね」
「それまでは小中高一貫の女子校に通っていました。なのでやっとデュエルが出来る大学生活が楽しくて仕方ありません」
「女子校でデュエルできなかったんだ」
「裏でこっそりやってましたが、夜の時間ディスクなしでしか出来ませんでした」
これが原因か。抑圧されればされるほど反動は大きくなるって言うし。12年の間に溜まっていたデュエル欲が今爆発してるんだ。
「よろしければ今、デュエルしませんか?」
「今は、いいや」
彼女も立派な結東市の遺伝子で出来たデュエリストってわけだ。サラサラと揺れる黒髪、白のワンピース、大きくて可愛いタレ目、汚れの知らない白い肌。
こんな綺麗な人なのに、口から出るのは「デュエル」しかないなんて残念だ。
ため息を一つ付いた時、ポケットのスマホが震えだした。取り出して画面を見ると筋太郎くんから通話がかかっていた。
「どしたの?」
「よ、遊飛。雪もいる?」
「いるけど」
「なら一緒にデュエル棟に来てくれ」
「でゅ、デュエル棟?」
「生徒の間じゃそう呼んでいる。あれ、大通りの向こう側の敷地の奥にある古い別館だ」
「そこに行けばいいんだね、わかった」
そこで通話が切れた。携帯をポケットに戻して雪さんに通話内容を伝える。するとデュエル棟と聞いてすぐに
「あそこですね、向かいましょう」
「じゃあ、付いていくから」
「はい、今度は私が遊飛さんを案内しますね」
張り切る彼女の仕草がとても可愛かったが、デュエル棟という通称の建物に嫌な予感しかなかった。
大学を出てすぐの大通りを渡ると真向かいにも大学の敷地があり、少ないが建物が建っている。3階~4階のアパートのような建物が3つほど連なっているここはかつて特別な講義を行う別館だったらしい。
今は新しい建物が建ち、こちらは使われなくなり専ら物置やサークル活動のために貸し出されている。
デュエル棟はその中でも奥にあり、外観は他の2つに比べて明らかに築年数が違う。まるで大きめのボロアパート。
無料通話アプリには筋太郎くんから『この建物の3階だ』とメッセージが来ていたので、3階に上がった。壁は染みまみれで元の色がわからなくなっており、床も踏むたびにギシギシと音をたて、照明も汚れていて薄暗い。夜に来るべきじゃないのはわかった。
「よ、来たな」
3階の階段から2つ目の部屋の前に筋太郎くんがいた。僕達2人を指差しで確認すると満足げに頷いた。
「それで、こんな所に呼び出してどうしたの?」
「どうしたって、『デュエル研究会マッスル』の活動拠点が決まったんだよ」
名前に関してはもう思い出したくない。罠カード『筋肉の呪縛』によってこの名前になった。
「同好会の活動拠点って、所謂部室的な物?」
「まぁそんな感じだ」
「じゃあ今後はここに集まって活動を?」
「まぁそうなるが、別にここに集まらなくてもいいと言うか」
じゃあここ必要ある?適当に集合場所決めたらいいんじゃないかな?
「でもさ、後教授がここ4回生が卒業して空きになったから使っていいよって言ってたし」
「とりあえず、抑えておこうってことね」
まぁ、使わないなら使わないで返せばいいし。貸してもらえるなら当分は活動拠点として利用すればいいか。
「あの、早速中に入ってみたいのですが」
「それが、ちょっと待って欲しいんだ」
するとドアがぎぃぎぃと擦れる音を音を立てながら開いた。そして中でから七三分けの眼鏡の男性が顔を出した。
「ごめんね、今整理中なんだ」
「あの、貴方は?」
「俺は加治 士(かじ つかさ)。理学部の3年だ」
加治さんはそう言いながらダンボールの箱を持って部屋を出てきた。
「国光遊飛です、こんにちは」
「臥竜院雪です。ご機嫌...いえこんにちは」
「というわけで今から加治先輩の整理を手伝おうと思う」
どういう訳なのかわからないが、見ている限りかなりの重労働だ。一人じゃ時間がかかるのは明白。
「わかったよ。何すればいい?」
「粗方中の物はダンボールに詰めたんだ。それを外に運ぶだけでいい。雪は加治さんと部屋のダンボールを廊下に運び出して欲しい」
まさかこんなことになるとは。上着の腕を捲ってダンボールを持ち上げた。
15分もすれば運び終わり、無事ダンボールを指定された部屋に運び出せた。その指定された部屋というのが建物を出て3棟ある内の真ん中の1階にある『理系サークル』という別のサークルだった。数式の書かれたホワイトボード、大量のビーカーやフラスコが流しで逆さまになって乾かしてあるのを見て文系の僕は軽い頭痛がした。
誰もいない部屋にお邪魔し、邪魔にならないよう隅に積み終えた時には汗でぐっしょりだった。
「いい運動になったな」
親指を立てて汗を拭う筋太郎くんは良い顔をしていた。
「僕にはハードワークだよ」
「筋肉が足りてないからだ」
「そんなわ...いや今回は合ってるか」
筋肉というかパワー不足だ。普段動かさない筋肉も使っちゃったし全身が気怠い。今回だけは君の筋肉が羨ましい。
「それで、これはどういうことなの?」
「加治先輩はあの部屋を活動拠点にしていたデュエル同好会のメンバーだったんだ。理系サークルとの掛け持ちでな。でもさっきも言った通り4回生が卒業して同好会には加治先輩1人になって、同好会を抜けたんだ」
「そうだったんだ」
「俺、最初加治先輩を同好会に誘ったんだけど、『化学の先生になるための勉強が忙しくなるんだ』って言って断られたんだ」
「仕方ないよ。加治さんには夢があるんだ」
「でもさ、それを理由にデュエルしないなんて」
「辞めちゃうの?」
「辞めたりはしないけど、大学卒業まで封印だって」
夢があるってすごいことだと思うし、その夢のために努力してるのは素晴らしい。夢もなく大学に来た僕からすれば目標があるって羨ましい。
その努力のために好きなものから身を引くなんて、尊敬に値する。僕は結東市のデュエリストは苦手だけど、デュエル自体は好きだ。
我慢してまで叶えたい夢を、僕は見つけられるのだろうか。
「でもよ、俺思うんだ。先生になる夢を追いながらでもデュエル出来るって」
「できるかもしれない。でも加治さんは本気なんだ。本気で先生になりたいんだよ。同好会に入るくらいなんだし、デュエル好きなんだろうね。でもそれを断ち切ったんだ。悩んで苦しんで出した答えなんだ。だから僕達がとやかく言うのは間違ってると思う」
「...でもよ」
デュエルで育った生粋の結東っ子には、デュエルから離れることが理解し難いのかもしれない。歩いて戻る僕らの間に沈黙が流れ続けた。
「みんなありがとうね」
整った顔立ちの加治さんの笑顔はとても絵になる。目もぱっちりで二重で小顔で整っていて中々にイケメンだ。とてもいい笑顔なのに、事情を知るとどこか哀しげにも見えた。
雪さんもどこか元気がない。それは疲れではなく加治さんの笑顔を見てから目を伏せていたので、きっと本人から直接聞いたんだろう。
「今日からここは君たちの物だからね。はい、これ鍵...えっと、代表者は?」
「あ、俺っす」
一応この同好会を作ったのは筋太郎くんなので代表者である彼が鍵を受け取った。
「こうしてデュエル棟の部屋は次の世代のデュエリストに継がれていくんだね」
「デュエル棟ってそもそもなんでそんな名前になったんですか?」
「昔いくつかのデュエル系の同好会が勝手にここを使い始めちゃって、大学側と揉めて結局デュエルで解決しようってなったんだ」
うわ出たよ、デュエルで解決。というか大学側は不法占拠されてるんだから警察呼んだほうがいいよ。
「それで同好会側の代表者が勝利したので、大学側も使用を認めたんだ。そしてここはデュエル棟って名付けられて正式に同好会の活動拠点になったんだ。すると大学にいた別のデュエル同好会やサークル達からも入れてくれって声が上がって、全部入れちゃったんだって。それが受け継がれていき、今のデュエル系のサークルや同好会専用の建物になったんだ」
デュエルで勝ち取ったデュエリストのための活動拠点、それがデュエル棟。なんだか良い話っぽいが大学側から力尽くで建物奪い取ったって話、だよね。
「ここには多くのデュエリストが入ってきては出ていった。...この建物の壁は薄くてね、隣の部屋のデュエルする声が聞こえて、それをよく先輩達となんのデッキ使ってるかとか次にサーチするカードは何だとか話してたな」
加治さんは笑いながら思い出話を聞かせてくれた。
楽しそうに話している姿からやはりこの人はデュエルが好き、いや大好きなんだなと思う。
「加治先輩、本当にデュエルから距離を取るんすか?」
そんなノスタルジーな雰囲気を筋太郎くんは切り裂いた。
「2年だけだよ。立派な先生になって、今度は子供たちにデュエルを教えてあげたいな」
「なら先輩、俺と大学最後のデュエルをしませんか?」
ディスクを取り出し、腕にはめながら加治さんを見る。
「デュエル棟の次の世代の実力を見てみたいと思わないっすか?」
加治さんは最後か、とポツリと呟いてから決心したように大きく頷いた。その目は力強く、彼の中のデュエリスト魂に火がついたことが見て取れる。この瞬間から、彼もデュエリストになったのだ。
「じゃあ最後に、後輩たちの実力を見せてもらおうか!」
「大学の中庭でしたら今は空いてるでしょうし、そちらに移動されては」
雪さんの提言に二人とも頷いた。
「では行くぞ、鋼山くん」
「はい、加治先輩」
中庭で相対するデュエリスト。勝負のゴングである約束の言葉が響き渡った。
「「デュエル!!」」