里見さんちの日常   作:レオナルド・荼毘

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2031年6月18日 午後4時30分

「──さて、ゲストは皆揃ったようだね」

 

 

 暗い部屋の中には、パイプ椅子が六つ置かれていた。

 そのうち五つには既に人が座っているのがわかるが、顔は暗くてよく見えない。

 

 

「座りなボーイ。俺っちの隣が空いてるぜ」

 

「その声、アンタ片桐さんか? これはどういう集まりなんだ?」

 

「直にわかるさ。それと、ここでは『アメリカン』と呼びな」

 

「......そうかよ」

 

 

 釈然としない感覚を覚えながら、蓮太郎はとりあえずアメリカン──『片桐玉樹』の隣に座る。

 室内は締め切られていて、光源は部屋の中央に置かれたランタン一つ。各々の顔は見えないが、それぞれの背格好には見覚えがあった。

 

「では早速始めようか。『ダークストーカー』、今日の議題を」

 

「はい、『議長』。今回の議題は──チラリズムです」

 

 

 聞き覚えのある声の人物たちの口から、あまりに馬鹿らしい議題が飛び出した。

 ダークストーカーと呼ばれた男はおそらく『巳継悠河』。議長と呼ばれたのは蓮太郎を呼びつけた張本人である『蛭子影胤』に相違ないだろう。どちらもそこそこ付き合いのある人間である以上、聞き間違えるはずがない。

 

 

「議長、発言の許可をくれ」

 

「許可しよう、『シスター』君。聞かせてくれ」

 

「ああ。チラリズムの魅力はやっぱ突発的、かつ偶然であるという点に尽きる。予期せぬモノであるからこそ、俺たち男子の心を掴んで離さねえ」

 

「よくわかるぜシスター。俺っちも全面的に同意する」

 

 

 シスターを名乗る男──おそらく『水原鬼八』が堂々と性癖を主張し、玉樹は大きく頷きながらその性癖に同調している。容姿も性自認も男の鬼八が()()()()と名乗る様はどこか滑稽だった。

 これ以上聞いていては頭がおかしくなると断じて、蓮太郎は議論を中断するべく声を荒げる。

 

 

「オイこの奇ッ怪な集まりは何なんだ! 誰か説明してくれ」

 

「ああ、新入りがいるんだったな。なら俺が説明しよう」

 

「ちょっと待て彰磨兄ぃまでいんのか!? 猶更訳がわかんねえ!」

 

「名前で呼ぶな新入り。俺のことは『サンバイザー』と呼べ」

 

「揃いもそろって偽名が安直すぎやしねえかッ!?」

 

 

 大真面目な口調で五秒で考えたような偽名を名乗る兄弟子──『薙沢彰磨』の姿を見て、蓮太郎の脳は完全にオーバーフローした。

 まるで意味が分からない。

 なぜ偽名を名乗るのか、なぜ各々の正体を秘匿するのか、なぜそうまでして話すのが小学生レベルの猥談なのか。その全てが全く理解できない。

 理解できたのは、この空間が異常だということだけだった。

 

 

「こんなとこにいられるか! 俺は家に帰らせてもらう」

 

「まあまあ、待ちたまえ同胞よ」

 

「同胞になった覚えはねえ!」

 

「君は猥談に興味はないのかね? 君は男子高校生、思春期の真っ只中にいるのだろう?」

 

「......そりゃ、人並みには興味あっけどよ」

 

「では今回だけでも聞いていきたまえ。なに、このことは我々だけの秘密だ」

 

「............聞くだけだ。聞くだけ聞いてやんよ」

 

 

 そう言われてしまえば、立ち去ることなどできない。

 やはり蓮太郎とて十六歳の健全な男子高校生。性への興味などあって当然。天童木更や聖天子という美女に囲まれている蓮太郎にとって、性という話題はもっとも縁深く、そしてある意味もっとも縁遠い。

 故に蓮太郎は興味に負け、雰囲気に流されることを選んだ。

 選んでしまった。

 

 

「では簡単に説明しよう。ここは様々な理由で性に関する行動を抑圧された人間が集う社交場。我々は議論によって新たな性癖を見つけ、開拓することを目的とした集団だ」

 

「この場において守るべきルールは、『本名で名前を呼ばないこと』『人の性癖を否定しないこと』『ここでの会話を口外しないこと』の三つだ。それさえ守れば、何をしても構わない」

 

「......なるほど」

 

「というわけで、だ。早速だが、君のコードネームを決めようか。そうだね──げろしゃぶ、あるいはフーミンというのはどうだろう

 

「絶対却下だコンチクショウッ!」

 

 

 いくらなんでも吐瀉物のようなあだ名は御免被る。

 正気を疑うほどに壊滅的なネーミングだった。どうやら彼はネーミングセンスを娘たちで使い切ってしまったのかもしれない。

 いくらコードネームとはいえ、本人の情報に一ミリも掠っていないのはどうかと思う。

 

 

「フム......やはり通じないか」

 

「毎回それやんのやめねーか? 今んとこ誰にも通じてねーだろ」

 

「これ毎回やってんのかよ......」

 

「コードネームの件だが、『ロリコン』というのはどうだ。翠から学校で噂になっていると聞いたんだが」

 

「そのウワサ翠にまで知れ渡ってたのか!? 子供に手を出したことはねえよッ」

 

()()()? まさか里見くん、ついに天童さんを手籠めに......」

 

「言葉のアヤだっての! ああチクショウ話が通じねえッ!」

 

 

 ボケとツッコミの応酬に嫌気がさし、蓮太郎は叫ぶ。

 こんなどうでもいいことで議論して時間を使うならせめて本筋の話をしてほしかった。

 

 

「とりあえず、彼のコードネームはロリコンということでいいかな?」

 

「「「「異議なし」」」」

 

「......もう好きにしてくれ」

 

 

 心底嫌そうな表情で、蓮太郎はロリコン呼ばわりを受け入れる。

 これ以上コードネームに時間を取られたくなかったし、なによりあまりに生産性がない。蓮太郎の胸中は、既に早く帰りたいという思いでいっぱいだった。

 

 

「では話を戻そう。チラリズムについて、何か意見のある者はいるかな?」

 

「よろしいでしょうか」

 

「いいとも。ダークストーカー君、発言を」

 

「先ほどシスターが述べた『チラリズムは突発的、かつ偶然の産物である点が魅力』という意見は非常にいい着眼点だと思います。ですが、綿密に計算された故意によるチラリズムにもまた多大な価値があると考えます。つまり────『たくしあげ』です」

 

「たくしあげ......成程。想定されるシチュエーションとしては『意中の相手に対するアプローチの一種』あるいは────」

 

「『自身より立場の弱い相手に対する挑発行為』か。アリだな」

 

 

 悠河の唱える『故意によるチラリズム』の魅力を想像する。

 木更が恥ずかしそうに目の前でスカートをたくしあげ、顔を赤らめて目を逸らす。

 あるいは小悪魔的な微笑みを浮かべながら、耳元に顔を寄せて────!

 

 

「......悪くねーな」

 

「お、わかってんじゃねえか」

 

「そうだ。自分に正直に、もっと欲望を解放したまえ」

 

 

 この場に流れる独特の雰囲気が蓮太郎から正常な思考を奪っていく。

 影胤曰く、ここで話したことは秘匿される。それはつまり、身近な女性陣にはバレないということ。

 そのルールがあるが故に、口が軽くなる。普段あまり考えないようにしていた欲が溢れる。

 暗くて人相のわからない部屋も、この集まりにおける三つのルールも、全て口を軽くするためのものなのかもしれない。

 

 

「発言いいか」

 

「構わないよ」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「俺はチラリズムのシチュエーションを追求したいと思う。チラリズムはなにもスカートだけに限定されるわけじゃないハズだ。例えば胸元の開いた服で少し前かがみになった女子。わかるだろ、その先に広がる未踏査領域が────!」

 

「『胸チラ』、ですね」

 

「そうだ! スカートじゃなくトップス。偶然にしろ意図的にしろ起こり得るチラリズムだ。俺が不意に見えた木更さんの胸元に何度悩まされたことか......!」

 

「ククッ、今のうちに目に焼き付けておきたまえよロリコン君」

 

 

 それは羽化だった。

 常に女性の目がある生活によって抑圧されてきた性への探求心。里見蓮太郎の心の裡にくすぶっていた種火が、隔絶された空間によって燃え上がる。

 ここに来るまでの里見蓮太郎はもういない。今ここにいるのはロリコンという仮面で自らを隠し、性への探求心をさらけ出す男子高校生に過ぎなかった。

 

 

「議長。俺も発言して構わないだろうか」

 

「珍しいね。続けたまえ、サンバイザー君」

 

「俺は表情という着眼点を開拓したい。例えば見えてしまっても気にしない女性もいれば、激しい羞恥に襲われる女性もいるだろう。あるいは気付きもせずに友達と駄弁っていたり、気付いた上で誘惑を仕掛けてくるような女性もいるかもしれない。それについて、何か意見はあるだろうか」

 

 

 彰磨の発言に、室内の全員が唸る。

 チラリズムに付随する表情という概念。そこに切り込む彰磨のチラリズムへの造詣の深さに対する畏敬と同時に、至高のシチュエーションと表情への思索が脳裏を駆け巡る。

 問われたからには応えねばなるまい。男たちは奇妙な連帯感に満たされていた。

 

 

「俺っちはやっぱ偶然見えたとき、顔真っ赤にして睨みつけてくる表情だな!」

 

「僕はそうですね、蠱惑的な表情で「もっと見たい...?」なんて言われるのが至高かと」

 

 

 思索に耽る蓮太郎の脳裏に、前者を木更が、後者を未織が自分に対してやっているような映像が映し出される。

 制服のスカートに隠された白い太腿がさらけ出され、肌とは明らかに異なる色合いの布地が覗く。睨みつける木更と、スカートの裾をつまんで誘う未織。

 そこまで想像して、蓮太郎は妄想を打ち消した。これ以上は二人の顔をまともに見られなくなる。

 

 

「そう言うサンバイザー君はどんな表情がお好みかね?」

 

「嫌悪感をにじませて罵られるのが好みだ。罵倒はシンプルなほど良い」

 

「アンタそんな性癖だったのか!?」

 

 

 尊敬すべき兄弟子のイメージが瓦解した音が聞こえた。

 いつも冷静沈着で頼れる大人な彰磨が実は罵倒されるのが好きだと知れば、木更どころかあの菊之丞でさえも目を見開いて驚くことだろう。それほどまでにギャップが大きかった。

 

 

「どんな人間であろうと性癖は自由だろ。お前がロリコンなのと同じでな」

 

「この場に外のしがらみを持ち込むのはナンセンスだぜ、ボーイ」

 

「あ、ああ。すまねえサンバイザー。ちょっと動揺した」

 

「構わんさ。似合わないという自覚はある」

 

 

 鬼八と玉樹に窘められた蓮太郎が謝罪し、彰磨がそれを受け入れる。

 特に傷ついた様子はなく、気分を害した様子もない。内心少しだけホッとして、蓮太郎はこっそり溜息を吐いた。

 

 

「さて、そろそろ私も意見を述べさせてもらいたいんだが────」

 

 

 空気が弛緩したのを見て影胤が話し始めると、雰囲気にそぐわない着信音が聞こえてくる。

 蓮太郎の聞き違いでなければ、天誅ガールズの二期オープニングテーマのインストだ。影胤の娘たちも天誅ガールズが好きだったはずだから、その影響かもしれない。

 

 

「失礼、電話だ────もしもし小比奈、パパだよ。どうしたんだい?」

 

「......準備が出来たのかい? わかったよ。......大丈夫、忘れてないさ。すぐに戻るから、待っていてくれるかい?......ありがとう。じゃあ、また後で」

 

「帰るのか、議長」

 

「ああ。家族全員で外食をする約束でね。悪いが、今日はここでお開きとしよう」

 

 

 そう言うと、影胤は立ち上がってラックにかけていた鞄を取った。

 他のメンバーも各々荷物をまとめて立ち上がる。蓮太郎もそれに習い、椅子の前で立ち上がると、彰磨が話しかけてきた。

 

 

「説明していなかったが、ここにはお決まりの挨拶がある」

 

「議長が「五翔会に栄光あれ」って言った後、全員で復唱すんだよ」

 

「この集まり、そんな名前だったのか......?」

 

 

 世界を又にかけて暗躍する超国家的組織のようなネーミングだった。

 あまりに中学二年生なセンスに蓮太郎は若干げんなりしたが、よくよく考えてみればげろしゃぶやフーミンよりは一億倍マシだったし、そもそも天童式戦闘術の技名も大概中学二年生だったのでどうにか立ち直れた。

 最初に提示されたのがげろしゃぶでなければ、あるいは天童式戦闘術の技名がもう少し普通だったら立ち直れなかったかもしれない。蓮太郎は内心で助喜与師範に感謝した。

 

 

「説明も終わったところで、そろそろ締めましょう。議長」

 

「ああ。では────五翔会に栄光あれ」

 

「「「「「五翔会に栄光あれ」」」」」

 

 

 そして全員が順繰りに退室し、それぞれ帰路に着く。

 後に木更と未織の顔をマトモに見られず、散々弄られたのは別の話だ。

 

 

 

 




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2022/03/11 19:27 誤字修正
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