里見さんちの日常   作:レオナルド・荼毘

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2031年6月21日 午後1時30分

 休日の昼下がり。

 青空の下、蓮太郎は友人の家へ遊びに行くべく、悠河を伴って自転車を漕いでいた。

 

「梅雨入りしたんじゃなかったのかよ」

「すべては八意思兼命(やごころおもいかねのみこと)の胸先三寸といったところでしょう」

「神様も随分と気まぐれなんだな」

 

 つい先日梅雨入り宣言が出されたばかりだというのに、太陽は憎らしく輝いている。

 雲一つないとまでは言わないが、兎にも角にも陽射しがキツい。自転車を漕ぐたびじんわりと汗を掻くのは中々に不快だ。

 陽射しから目を逸らすと、蓮太郎の視界に悠河とその自転車が飛び込んでくる。

 その造形は蓮太郎の乗るママチャリとは明らかに異なり、競技用といった雰囲気がこれでもかと漂っている。配色もやたらスタイリッシュで、まるでアニメの世界から飛び出してきたような印象だ。

 興味が出て、持ち主たる悠河に問いかける。

 

「つーかお前なんだよその自転車」

「ロードバイクです。ロードレースを題材にしたゲームのコラボモデルなんですよ」

「......ちなみにそのゲーム、対象年齢は?」

「当然、成人向け(R-18)です」

 

 聞くんじゃなかった。

 まずどうやってそのゲームを買ったのだとか、どこにそんなものが売っているのだとか、そもそもどうやってロードバイクを買う金を捻出したのか等ツッコミどころはいくらでもあるが、蓮太郎はそれらをすべて呑み込んでスルーすることに決めた。

 悠河の行動に理解が及ばないのはいつものことだ。それこそが、悠河と過ごすうちに蓮太郎と鬼八がたどり着いた結論であった。

 

「コンビニ寄りませんか? このままでは移動中に干からびそうです」

「そうだな。ついでにお菓子も買っていこうぜ」

 

 蓮太郎たちは最寄りのコンビニに寄り道することを決定した。

 幸いここからコンビニまでは遠くないし、進行方向上にある以上時間のロスもない。

 どのみち道中で差し入れを買う予定だったので、蓮太郎としても願ったり叶ったりだった。

 

「しゃーせー」

 

 気の抜けた店員の挨拶を横目に、二人でコンビニに入店する。

 

「冷風が気持ちいい。やはりクーラーは人類の叡智の結晶ですね」

「ま、それには同意すんぜ」

 

 さほど広くない店内を練り歩き、袋菓子のコーナーで足を止める。

 こういうのは塩気のあるものと甘いものをひとつずつ買っておけばいいのだ。そうすれば大概の場合問題が起きることはない。

 適当に選んだポテトチップスとクッキーの詰め合わせをカゴに放り込んで移動。直後、ドリンクコーナーで立ち止まり逡巡する。

 喉は乾いているが、目的地まではそう遠くない。

 友人の家に着けば茶の一杯は貰えるだろう。ならばここは節約するが吉と見て、蓮太郎はドリンクの誘惑を振り切りレジへと向かう。

 会計を終えてコンビニを出ると、自転車の横で悠河がアイスを食べていた。

 

「アイスなんか買ってもすぐ溶けるだろ」

「いまここで食べればいいんですよ。一本食べます?」

「ま、貰えんなら貰っとくけどよ」

 

 投げ渡されたアイスをキャッチし、フタになっている部分を折ってかぶりつく。

 コーヒー系の味と冷たさが口内に染み渡り、炎天下という状況もあって二割増しで美味い。

 夢中で食べ進めるうちに、気づけばアイスは空になってしまっていた。

 

「ゴミはそこのゴミ箱に捨ててしまいましょう。これに入れてください」

「サンキュ」

 

 差し出されたアイスの袋に容器を入れると、悠河はさながらバスケットボールのシュートのような動きでそれを放り投げる。

 悠河が投げたゴミは放物線を描き、まるで吸い込まれるようにゴミ箱へ入っていった。

 

「......チェックメイト」

 

 渾身のキメ顔で残心する悠河を置いて、蓮太郎は無言で自転車を走らせる。アレは正直恥ずかしい。

 内心手遅れとは思いつつ、今からでも他人のフリをしたかった。

 

「えっ、ちょっと待ってくださいよ里見くん!」

 

 背後からかかる声を無視して加速する。

 あれだけ容姿に恵まれていながら何故ああも残念なのか。その答えは誰も知り得ないのだろう。

 きっと、聖書の神すらも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、酷い目にあいましたよ......っと、こうですね」

「悪かった悪かった。今度何か奢ってやるからってオイ嘘だろそれ当たんのかよ!」

「当たるから使うんですよ。おや、バーストしましたね」

「マジかッ!?」

 

 結局、悠河は蓮太郎に三十分遅れて目的地に到着した。

 曰くコンビニの敷地を出た直後に信号に捕まり、ショートカットを使おうとして道に迷い、散歩中の犬に吠えられ、なんだかんだあって到着したのはコンビニを出てから四十五分後のことだったらしい。

 ちなみに普通のルートから行けば十五分で着くので、およそ三倍の時間がかかっている。武士の情けで本末転倒だとは言わないことにした。

 

「悠河さんのお茶持ってきたわよ、鬼八義兄さん」

「ありがとな火垂。お前も一緒にやるか?」

「蓮太郎さんと悠河さんがいいなら」

 

 この水原家の家主(厳密には違うのだが)である水原鬼八(すいばらきはち)と義妹の火垂(ほたる)が談笑するのを尻目に、悠河と蓮太郎は某国民的格闘ゲーム(ス○ブラ)で激戦を繰り広げていた。

 開始二分で蓮太郎の残ストックはあと一つのところまで追い込まれたのに対し、悠河のストックは開始時のまま。ダメージはかなり蓄積したものの、なんだかんだでしぶとくステージ上に残り続けていた。

 

「クソッ、あと一撃、一撃当てればバーストできんのに......!」

「その焦りが命取りですよ里見くん。ホラ、詰み(チェックメイト)です」

「だぁぁぁぁぁッ! 三タテかよチクショウッ!」

 

 一度もストックを削れないまま試合が終了し、蓮太郎はガリガリと頭を掻きながら叫ぶ。

 ラスト一機に至っては一度も攻撃を当てられないままメテオで沈められた。あまりのボロ負け具合に、蓮太郎は泣きたくなった。

 

「こっぴどくやられたな蓮太郎。あ、次の試合俺と火垂も混ぜてもらっていいか?」

「くっ……いいぜ。四人揃ってた方が楽しいし」

「僕も構いませんよ。里見くんは弱すぎて相手になりませんから」

「巳継テメー表出ろぶん殴ってやるッ!」

 

 悠河の煽りに反応し、蓮太郎は叫びながら立ち上がった。

 怒りと同時に途轍もない全能感を感じる。今ならば二千分の一秒の向こう側(ターミナル・ホライズン)とは言わないまでも、かなりいい線いくのではなかろうか。

 

「ゲームで負けたからってリアルファイトに持ち込むなよ......」

「蓮太郎さん、今のはちょっと情けないわ」

「言われてますよ里見くん」

 

 鬼八と火垂の呆れたような声で正気を取り戻す。

 再度の煽りに苛立つ心をぐっとこらえて、蓮太郎はそっと着席した。

 大人になれ里見蓮太郎。悠河は言動が残念なだけで気の良いやつだ。少なくとも最初の発言には悪気など一片たりともなかったのだ。

 そもそも二千分の一秒の向こう側(ターミナル・ホライズン)って何だよ。アホらしい。

 謎の電波に自分でツッコミを入れたところで、火垂が悠河を見て口を開く。

 

「悠河さんも煽りすぎ。そんなんだから好きな人を蓮太郎さんに取られるのよ」

「覚悟してください里見くん。あなたにはここで死んでもらいます」

「オイいま怒るべき相手は俺じゃなくて火垂じゃねえか?」

「終点で待ちます。そこで決着をつけましょう」

「無視かよチクショウッ! ああクソ仕方ねえ一戦付き合ってやんよ!」

 

 ルールの設定、キャラクターの選択、ステージの選定。

 その工程の全てを数秒とかけずに完了し、二人は再び対戦を開始した。

 

「......私たち忘れられてない?」

「気にすんな火垂。どうせ一戦終わったら落ち着く」

 

 火垂と鬼八の声を背に、蓮太郎と悠河は激突する。

 初めこそ悠河が優勢だったものの、ラスト一機、絶体絶命の状況から蓮太郎が覚醒する。

 まるで悠河の攻撃を読んでいるような神がかった動きで瞬く間に悠河のストックを削り、最後の一機同士での勝負となった。

 状況は蓄積ダメージ分蓮太郎の不利。しかし精神的に追い詰められた悠河の動きは明らかに精彩を欠き、先の戦闘ほどの恐ろしさは既にない。

 とはいえ精彩を欠いても悠河は強い。着実にダメージを重ねられ、互いの蓄積ダメージは一撃でバーストする危険領域まで突入する。

 一撃でも当たれば即死。そんなギリギリの攻防を制したのは──

 

「っしゃああああああああッ!」

「馬鹿な......この僕が里見くんに負けるなんて......」

 

 蓮太郎だった。

 蓮太郎が自らの勝利を宣言する一方、悠河は床に手をついて敗北を拒絶する。

 まさしく薄氷の勝利。技量的には二段落ちる蓮太郎が勝利できたのはまさに奇跡だ。悠河が回避方向を見誤らなければ負けていたのは蓮太郎の方だろう。

 

「次は私たちも混ざっていいのよね?」

「まだだッ! まだ終わっちゃいない。来い! 里見蓮太郎......ッ!」

「もう終わってんだよ悠河。これ以上火垂を待たせんじゃねえ」

 

 恐ろしい剣幕で三度再戦しようとする悠河を押しのけ、火垂と鬼八が参加する。

 一対一での戦闘を諦めたのか、心底嫌そうに悠河が言った。

 

「......仕方ありませんね。では三対一で里見くんをボコボコにしましょう」

「プライドねーのかお前」

「情けなさでは蓮太郎さんといい勝負ね」

「俺、コレより情けないと思われてんのか?」

 

 鬼八と火垂の総ツッコミに遭った悠河は渋々引き下がり、どうにか通常対戦にこぎつける。

 火垂の毒舌はひどく心に刺さったが、子供の言うことだと自分を持ち直しつつキャラクターセレクト。

 それぞれが持ちキャラを選ぶ中、鬼八が口を開く。

 

「悠河テメーいつもソレしか使わねえじゃねえか。もっと色々使えよ」

「僕は一途なんですよ。ロリコンでシスコンで浮気者な水原くんとは違うんです」

 

 空気が、凍った。

 

「......鬼八義兄さん。浮気って、どういうこと?」

「違うッ、スマブラの話だ火垂! 悠河の奸計に騙されるなッ!」

 

 恐ろしいオーラを纏いながら火垂が立ち上がり、鬼八が火垂から逃げるように後ずさる。

 その雰囲気はまさに修羅のごとく。いつもどこか達観したような表情をしていた火垂の瞳は、赤く光っているようにすら見えた。

 後ずさる鬼八を見た悠河は、調子に乗って言葉をつなげていく。

 

「僕は確かに見ました。先日里見くんの家で勉強会をしたとき、ティナさんのお尻をチラチラと......」

「......最低」

「決めたぜ水原。テメーは今日ここでブチ殺す」

「そんな事実はない! だから二人とも落ち着いて──」

 

 もはや鬼八の声など聞こえていなかった。

 ゆっくりと前進して鬼八を壁際まで追い詰め、火垂と二人で逃げ道を塞ぐ。

 ピンと伸ばした足をゆっくりと上げ、一八〇度開脚。足裏が天井と平行になったところで静止して火垂を見ると、見よう見まねで蓮太郎と同じような姿勢をとっていた。

 火垂が蓮太郎に視線を向け、蓮太郎は頷く。

 異口同音に叫んで、掲げた足を断頭斧のごとく振り下ろした。

 

「「死ねッ!」」

 

 天童式戦闘術二の型四番『隠禅(いんぜん)上下花迷子(しょうかはなめいし)』。振り下ろされた踵は鬼八の腹部に直撃し、口から空気が漏れる。

 鬼八が転がることすらできずに悶え、蓮太郎と火垂は勢いよく鼻を鳴らしてコントローラーを握る。

 今後迂闊にイジるのはやめておこう。悠河はそう決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「水原くん、そろそろ足がヤバいんですけど」

「一生そうしてろアホ」

「ちょっと足を蹴らないでくださいよ水原くん! 今めちゃくちゃ辛いんですよ!」

「知るか」

 

 鬼八が復帰してからしばらく。

 烈火のごとくキレた鬼八により、悠河はかれこれ一時間近く正座させられていた。

 復帰した鬼八の詰問に対して、

 

『妹さんの反応が思いの外良かったので調子に乗りました。後悔はしていません』

 

 などと答えたのが悪かったのだろう。

 蓮太郎は同じ目に遭うことも覚悟していたのだが、

 

『気にすんな。俺が蓮太郎の立場だったら同じことやってっからな』

 

 という理由でお咎めはナシ。なお、火垂はシスコン特有のガバガバ判定により無罪判決が下されている。

 それはそれとして、鬼八は正座中の悠河の足を蹴って遊んでおり、悠河は鬼八の攻撃で悶えていてとてもコントローラーを握れる状況ではない。

 よって、暇になった蓮太郎は火垂に見守られながら一人用TPSに興じていた。

 

「また死んだ......いつも思うんだが、このゲーム難しくないか?」

「蓮太郎さんが下手なんじゃない?」

 

 火垂の毒舌はいつものことなのでスルーする。

 傷つけるつもりで言っているわけではないということはわかっているし、いちいち気にしていては身が保たない。

 

「まあ否定はしないけどな。そもそも持ってねーし」

「そうなの? 慣れてるみたいだったから、てっきり家にあるんだと思ってた」

「ここか巳継の家でヒマになったときにやるくらいだよ。アイツら普通に客放置するからな」

 

 実際、鬼八が妹絡みの用事で急遽家を空けたり、悠河が叔母に呼ばれてしばらく部屋を空けたりということは珍しくない。

 このゲームはミッション制で、一つのミッションがそこまで長くないのもあって、暇を潰す手段としてもってこいなのだ。

 

「そういうことなら、ちょっとコツを教えてあげる」

「コツ?」

「コントローラー貸して」

 

 コントローラーを要求してきたので手渡すと、火垂は蓮太郎が失敗したミッションを選択。キャラクターセレクト画面を表示すると、一度操作をやめて話しかけてきた。

 

「いつもはどのキャラを使ってるの?」

「今カーソル置いてるヤツ」

「そう。ならこのキャラでやるから、見てて」

 

 ミッションの開始演出が終わると同時に駆け出し障害物の影に隠れると、五秒ほどで敵兵二人が出現。通り過ぎるのを待ち、完全に背後を取った段階でナイフキル。瞬く間に兵士二人を倒し、アイテムを奪って施設の奥へと走る。

 

「あそこに隠れてれば発見されないから、二人目が通り過ぎてからナイフキル。モタモタしてると分かれ道で別れるから、素早く殺さないと時間が無駄になるわ」

「殺さずに行っちゃ駄目なのか?」

「このミッション、最終的にここまで戻るから。全員殺しておかないと脱出が面倒になるだけよ」

 

 解説しつつも淀みない動作で進んでいき、進路上の小部屋に侵入。

 物陰に隠れて巡回をやり過ごし、同じようにナイフキル。死体を漁ってカードキーを手に入れると、兵士の巡回ルートに躍り出る。巡回の兵士と鉢合わせするが、相手が銃を抜く前にこれもナイフキル。死体を放置して巡回ルートを回り込み、最後の兵士を後ろからキルして部屋を制圧した。

 この間わずか四十五秒の早業である。

 

「早いな」

「二人目の兵士が曲がり角を曲がったあたりで飛び出せば大体今と同じ動きができるわよ」

 

 話しながらカードキーを差し込んで次の区画に入ると、蓮太郎がぼやく。

 

「この辺でいつも死ぬんだよ」

「さっきも死んでたわね。ここはタイミングが重要だから、よく見てて」

 

 巡回の兵士が奥の小部屋に入ると、一瞬だけ左右の通路を確認して即座に飛び出す。

 まずは小部屋に入った兵士を死角からナイフキル。奥にある階段から上階の様子を伺い、三人の兵士の姿を捉える。

 

「全員が目を逸らすのは三秒だけ。ナイフはモーション長いから、拳銃も使うわよ」

 

 そう言った瞬間、全員の視線が外れる。

 手近な兵士をナイフキルし、残った二人をヘッドショット。死体を漁って弾薬を補充し、リロードしながら通路を疾走する。曲がり角に辿り着くと兵士が現れるが、すかさずナイフキル。死体を漁って再びカードキーを入手すると、奥の小部屋に入って端末を操作する。

 画面の右上に目標達成の表示が出現し、次の目標──施設からの脱出に切り替わった。

 

「流石だな。ここまでノーダメージじゃねえか」

「別に難しいことじゃないわ。常に死角を意識して動けばいいだけだもの」

「それが難しいんだよ......」

 

 先程とは逆の順番で施設内を駆け抜ける。

 ここまでで遭遇した兵士は全てキルしたが、脱出中に出現する兵士はその限りでは無い。

 階段下の小部屋から通路を見渡すと、T字路の左右に兵士がいるのを見つける。双方ともに明後日の方向を向いているのを確認して、火垂は勢いよく中央の通路を駆け抜けた。

 

 区画を脱出すると、警報が鳴り響く。

 どうやら潜入中に殺した兵士の死体が発見されたらしい。

 

「警報ね。ここからは銃撃戦になるわ」

「これって兵士殺したら絶対鳴るのか?」

「死体を隠蔽すれば鳴らないわ。カードキー持ちだけ殺して隠蔽すればノーアラートクリアもできるわよ」

「俺には無理そうだな。モタモタしてるうちに発見されそうだ」

 

 武器をアサルトライフルに持ち替えて物陰へ。足音が段々と近づき、BGMが大きくなる。

 物陰から入り口の様子を伺い、敵が侵入してきた直後に撃つ。

 火垂の射撃は正確無比の一言。一発たりとも外さず兵士を次々と倒していくと、キルスコアが十を超えたあたりで兵士の流れが途絶えた。

 

「第一波が終わったわね。ここからは部屋もないし、一気に突破するわよ」

 

 そう言って武器を下ろし、警報響く廊下を駆け抜ける。

 足を止めるのは最小限。散発的に訪れる廊下の兵士を指切り三点射(バースト)で瞬く間に倒しつつスタート地点へと突き進み、ついに脱出に成功した。

 キャラクターを乗せたヘリが空に飛び立つ様を見ながら、火垂はコントローラーを返してくる。

 

「で、どうだった?」

「少なくとも、火垂がこのゲームをやりこんでるってのはわかった」

 

 鬼八や悠河にするように茶化すと、火垂は不機嫌そうな表情を浮かべる。

 

「そうじゃなくて、参考になったかを訊いてるんだけど」

「ああ、なったよ。あんがとな」

 

 礼を言って、火垂の頭をくしゃりと撫でる。

 ティナや延珠にするように、ほぼ無意識で行っていた。

 

「......それで、その手はいつ離してくれるの?」

「悪い。嫌だったか?」

「髪が乱れるから、あまり好きじゃないの。まあ、悪い気はしないけど」

 

 火垂の頭から手を離すと、強烈な悪寒がした。

 咄嗟に周囲を見回すと、鬼八が般若、いや悪鬼羅刹のような凄まじい表情でこちらを見ていた。

 空気を読まずに話しかけようとした悠河が、蛇に睨まれた蛙のように硬直する。あの表情を見てしまっては無理からぬことだろう。

 鬼八が立ち上がり、蓮太郎に向かって歩き出す。

 

「蓮太郎」

「な、何だよ」

「お前、いま火垂の頭を撫でたな?」

 

 蓮太郎の背中を冷や汗が伝う。

 逃げ場などない。部屋の出口は鬼八の向こうで、ここは二階。窓の下には砂利が敷かれている以上、下手に飛び降りれば骨折もあり得る。

 仮に蓮太郎の右足が超合金製の義足であれば話は別だが、そんなうまい話はない。

 

「お、落ち着けよ鬼八。別にお前の義妹をどうこうしようとしたワケじゃ......」

 

 蓮太郎は弁明するが、悪鬼羅刹のシスコンと化した鬼八は止まらない。

 少しずつ距離が詰まり、ついにオーラのような何かすら見え始めたその時。

 

「ああもう、そうやってすぐ暴走しないで! 義兄さんの馬鹿!」

「ヒュッ」

 

 火垂が言い放つと同時に、鬼八が格ゲーのごとく綺麗に崩れ落ちた。

 ......気持ちはわかる。仮に同じことをティナに言われれば、同じように崩れ落ちる自信がある。

 

「死亡確認、というやつですね」

「死んでねーよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数時間ほど遊び倒して、水原家の両親が帰ってくる時間が迫ってきたのでお開きとなり、帰宅中。

 行きと同様、蓮太郎と悠河は談笑しながら来た道を戻っていた。

 

「いやはや、水原くんが崩れ落ちたサマは傑作でしたね。格ゲーみたいで」

「お手本みてーな崩れ落ち方だったな。いや気持ちはわかるんだけどよ」

 

 世界の終わりかのようなオーラを漂わせた鬼八と、それを必死に宥める火垂の絵面は傍目から見る分には大分面白かった。

 とはいえ蓮太郎も妹分がいる身。血の気が引くとは言わないまでも、明日は我が身と思えば笑い事とは思えなかった。

 

「そういえばお前、未織とはどうなんだよ。最近よく放課後手伝ってるみたいじゃねーか」

「残念ながら何も。話題の8割はアナタの話で、残りの2割は仕事の話……どうやら僕のことは眼中になさそうです」

「お、おう……なんか悪いな」

 

 友人の恋路の進捗を聞こうと話題に出してはみたものの、蓋を開けてみればそれは地雷。どうやら恋敵めいたポジションにいるらしい蓮太郎としては、謝る以外の言葉を見出だせなかった。

 そもそも何故そんなにも自分の話題が出るのか、という点に蓮太郎は疑問を覚えたものの、そこに触れるのは悠河の傷口に粗塩を紙やすりで擦り込むような所業かと思い直す。

 

「賢明な判断ですね。その話題を続けるようであれば、僕はアナタを殺していたかもしれません」

「ハッ、もしそうなったら天童流戦闘術の恐ろしさを見せてやんよ」

 

 いつもの微笑から放たれるやたらと物騒な軽口を、蓮太郎は同じく軽口で受け流す。

 よく見れば悠河の瞳が笑っていないことは分かっていたが、見えている地雷を全力で踏み抜く必要はないのだ。

 

「大体、里見くんはあちこちの女の子にコナをかけすぎなんですよ。天童さんとお付き合いがしたいのならもう少し節操をですね……」

「バッ、もうだいぶ家近いんだぞ木更さんに聞かれたらどうすんだよッ」

「むしろそれが狙いですから。ホラ、アナタと天童さんがくっついてしまえば司馬さんがフリーになるので」

「確信犯じゃねえかッ、もういい俺は帰る!」

 

 そう吐き捨て蓮太郎は立ち漕ぎの姿勢に移行。全力で漕ぎ続けたものの、長く伸びた悠河の影は一向に振り切れない。

 ちらりと背後を見れば、涼しい顔でロードバイクを漕いでいる悠河の姿。必死で漕いでいる自分が滑稽に思えた。

 

 目が合った瞬間に笑顔を浮かべた悠河に内心腹が立ったが、ぐっと堪えて速度を落とす。

 何も知らない悠河のファン達には優しい微笑みに見えるのだろうが、蓮太郎は友人として悠河を理解している。どう見ても内心でしこたま煽っている時の顔だった。

 

「あー、やめだやめだ。ママチャリでロードバイクに勝てるかっての」

「スペックが違うんですよ、スペックが」

 

 やっぱ撒いて帰ろうかな、という思考が脳裏に去来したものの、実際悠河の言うとおりなのでどうしようもない。

 これがフィクションならば旧型で最新鋭の兵器を圧倒する───などといったロマン溢れる展開になったのだろうがこれは現実。ママチャリとロードバイクの間には、あまりにも埋め難い断絶が存在している。

 それに、そろそろ進路が別れる頃だ。今撒こうとしたとて何の意味もなかった。

 

「では僕はここで。また月曜日に会いましょう、里見くん」

「おう、またな」

 

 ややおざなりな挨拶を返して悠河を見送り、蓮太郎は停めていた自転車から降りる。

 目の前に広がるのは地獄めいた上り坂。それを漕いで登るには、体力はともかく気力が不足していた。

 げんなりしながら坂道を上って自宅へ。物置と化した車庫に自転車を戻し、玄関を開くと───悪寒がした。

 トテトテと小さな足音を立てながら、青い顔のティナがリビングから玄関へ蓮太郎を迎えにくる。虫か何かに怯えているのか。いやその程度の生易しい雰囲気ではない。

 震える口を開いて、か細い声でティナが謝罪を口にする。

 

「ごめんなさいお兄さん、その……止めきれませんでした」

 

 その言葉の真意を理解するまでのその刹那。

 視覚情報として飛び込んできた答えに、蓮太郎の顔もまた青ざめる。

 

「お帰り里見くん。今日はビーフシチューを作ってみたの! ホラ、いつも里見くんに頼り切りだったから───」

 

 神様、と。

 蓮太郎は小さく呟いた。

 

 

 

 

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