オーロラに転生ですか? 作:オーロラ・ル・フェイ
「ハァッア!?第二世代のカップルがまた誕生しただぁ?そんなもん数ヵ月も前に旬は切れてんだよ!不倫、浮気、寝取られ!人間の泥々した恋愛事情を探してこいって言ってんだろうが!」
「そんなこと言ったって、滅多に起きませんよそんなこと!」
ダンっと机を叩いたのは土の氏族でそれに食い下がるように声を上げたのは風の氏族の青年だった。
彼らの上下関係は端から見ても明らかだが、土の氏族の男は青年が提出した資料を投げ捨ててカメラを突き付けた。
「起きねぇなら捏造しろよ。風の氏族なら顔で女を寝取ってこそだろ?」
「今の発言……監査が来たら令呪一画追加されますよ」
「令呪が怖くてマスコミやれっか!来るなら来やがれ!!!」
「あー、ごほんっ。今日も元気かね、諸君?」
「ヒィィィィ!!!!出来心だったんです!許してくだせぇ!!!……て、シルフ編集長でしたか」
「うん。熱心なのも分かるがほどほどにね」
地面に張り付くように土下座した土の氏族が顔を上げると、一度でも筆を執ったことのある者なら狂ってしまうほどにとんでもなく美しい……けれど弱気な顔だ、と少し勿体なく感じてしまう表情を浮かべた風の氏族の姿があった。
「こちらにいらしたということはオーロラ様との会議が終わったのですね」
「そうだよ。売上が伸びたことはお喜びになられたけど、近頃過激な記事が多いとやんわり指摘されてしまった」
「何と……やはりオーロラ様は寝取られは悪しき文化だと?」
「あの方は多様性を尊ぶ方だから、全部が全部否定するつもりはないんだろうけど………兎に角ほどほどにね」
風の氏族が多く住まう街ソールズベリーには日々膨大な情報が風の知らせに乗せられて行き来する。
それを取り纏め検閲し、手紙のように直ぐに届けられたら便利と数十年前にオーロラは情報局を建てた。
はじめのうちはオーロラと希望者数人で切り盛りする小さな郵便局のようなものだったが、ある時から流れ込んだ雑誌という概念のせいで、今は出版社のような有り様になっていた。
「……慣れないなぁ。これ」
現編集長にして風の氏族の長シルフは強張った肩をほぐす。
最近次期女王となることが確定し、忙しくしているオーロラの後任として名乗りを上げたはいいものの、どうにも彼はヒトの上に立つのが苦手な性分だった。
部下が仕事中に令呪を刻まれるなんて監督責任を問われかねない話だが、強く咎めることが出来ない。
伸びるばかりの業績だけは誇りだが、伸ばす為なら何でもいいという風潮が最近広まってきていることにはため息しか出なかった。
(オーロラ様にも咎められた……やっぱり良くないよなぁ~これ)
風の氏族の長。その雄型としてオーロラに勝るとも劣らないと言われる彼の美貌には常に陰りがあった。
それは持ち前の美貌にして、何もかもが圧倒的なオーロラという先代への劣等感と尊敬の狭間で揺れるぐちゃぐちゃな精神状態から来るものであったが、彼自身がブリテンの妖精では珍しく良識的な妖精であった為、近頃はその要因にヒトのプライベートを好き勝手に暴いて金を稼ぐという行為自体に罪悪感を抱いているという要素が加わっていた。
「編集長!!!」
シルフが今後の方針をあぁでもないこうでもないと考えていると鬼気迫る表情をして部下の一人が叫んだ。
この情報局の大半を占める人間の部下だ。
「グロスター支部から伝令です!牙の兵団がライネック氏を除く全数!グロスターに氏族戦争を仕掛けたとのこと!翅の氏族の長ムリアン様から直々にオーロラ様に救援要請が成されました!」
「ムリアン様からオーロラ様に……救援要請ですと?」
ある程度大きな街には支部を作り、風の氏族の部下を一人以上置いている。その部下から風の知らせが届いたのだ。
今でこそ出版社のような情報を金に変える情報局だが、その本分は迅速に情報のやり取りをするところにある。
誰が誰に何を伝えたいか。それの仲介役を果たす。そしてその情報が嘘か本当かを判別するのも情報局の仕事で、「ムリアン様からの伝達である証明はありますか?」
妖精達の悪性についてはオーロラから耳にタコが出来るほど教えられていた。
シルフはマニュアルに従い、情報を受け取った部下に問いかける。
あまりに緊張感のない話であるが、この時点ではバカな妖精が流したデマだと思った。こういう話が特に珍しいものではなく月に何件かはあったからだ。
「声を変える方法などいくらでもあります。何かムリアン様だと証明出来る物はありますか?」
そしてあぁと頭を痛める。
これではまるでマニュアルのことすら頭にないバカな部下を叱る上司の構図だが、そのマニュアルを新人教育に用いていたのは5年も前のことだった。
妖精の感覚からすればつい最近の出来事だが人の一生は短すぎる。恐らくこの部下はマニュアルの存在すら知らないだろうとシルフは自分の無能さ加減が嫌になった。
こんなミス、オーロラ様ならしないのに。
「秘蔵の酒が割れていると」
だがその言葉を聞いて、耳を疑った。
「は?」
「そ、それが…………ムリアン様はシルフ様にそう問われたら秘蔵の酒が割れていると伝えろと……申し訳ありません!あちらも大分混乱しているようで今すぐに確認出来る情報はないか送信を!」
「いえ。結構。秘蔵の酒が割れているのなら……冗談ではないのでしょう」
それはマニュアルにて、グロスター陥落の危機という隠語であった。
しかも部下達には教えられない、特級案件だ。これを知るのはシルフとムリアン、そしてオーロラぐらいである。
モルガンですら知らない。と言うかモルガンが頼りにならないとムリアンが確信した時にのみ使う極秘中の極秘だった。
ことは重大だと理解したシルフは急いでオーロラへと繋いだ。
『ええ、そう。牙の兵団が……分かったわ』
そしてオーロラは短くそう答えた。
私が何とかすると、話を切り上げ、それでシルフの仕事は終わりだ。
恐らくオーロラはメリュジーヌを出す。
彼女はこのブリテンで唯一の竜の妖精だ。その実力は力ずくでブリテンを統一したモルガンですら無下には出来ないとされている。
ライネックを除いた牙の兵団など瞬く間に蹴散らしてしまうだろう。
だから何の心配もない筈だ。
これからの牙の氏族との付き合いを思えば、和解という形になってくれれば幸いだが、どうしようもない時は殲滅という手段を彼女は取らざるを得ない。
その事について仕方がないと割りきっている。
シルフは良識的な妖精であって、良識そのものがあるわけではない。
もしあったらモース化している。ないからこそ究極的には自分本位のヒトであり、同時にオーロラのようにあれない自分を卑下する卑屈なヒトだ。
「待てよ」
シルフは風の氏族の長である。
前任であるオーロラが竜になったので必然的に生まれた妖精だ。
別にオーロラから何か受け継いだ訳でもないし、魂は全く別物。
だが言葉では言い表せない繋がりがオーロラとはあった。
相手がどこにいるだとか、何をしたいかが分かるほどのものではない。ただ目の前に相手がいて変装していても分かってしまうぐらいの非常に弱い繋がりだ。
「あれは……間違いない」
バルコニーからメリュジーヌの出撃を見届けようと、魔力にものを言わせ、ロケットのように高速で滑空する鎧騎士を見て、シルフは呟いた。
「何故……オーロラ様がメリュジーヌ様の変装をしているんだ?」
▽▲▽▲▽
「あぁ!良かった!メリュジーヌ様!もう来てくれたのですね!」
彼女がグロスターについた時、既に街は火の海だった。
城塞都市であるソールズベリーを倣ったグロスターだが、何故か門が開いていた。
聞けば内側から手引きしたものがいるのだという。
グロスターに自衛団のような存在がいなかった訳ではないが、真っ向勝負となれば相手が悪すぎる。
例外はあるとはいえ、これまで厄災から妖精國を守ってきたのは牙の氏族の力があってこそだ。
六氏族にて牙の氏族は最強。
翅の氏族が執拗に狙われ、もう二回以上死んでいない妖精となると自分ぐらいしかいない。
このまま良いようにやられていれば、次代すら誕生しなくなってしまう。
泣きそうな顔で嗚咽を漏らすムリアンの頬を撫でた。
『まだ間に合う?』
「ッッッ!はい!妖精達は今も尚傷つき命を奪われていますが、まだ間に合います!牙の兵団を、奴らを!どうか倒して下さい!!」
『…………ええ、そのつもりだわ』
彼女は鎧を脱ぎ捨てる。
ムリアンは驚いた。メリュジーヌ様かと思っていたらオーロラ様だったからだ。
認識阻害の力でも働いていたのか、身長差も今の今まで気づけなかった。
「お、オーロラ様?何故貴方が……」
「あの娘にも連絡はいれたわ。でも出来るだけ早く来るべきだと思ったの」
「それはありがとうございます、しかしオーロラ様では」
「大丈夫。だって私竜なのよ?」
「ですが……」
ムリアンは不安になる。
オーロラは確かに種族としては強い。もしかしたら竜の妖精であるメリュジーヌよりも、純粋たる竜種である彼女は高いポテンシャルを持っているのかもしれない。
だが、オーロラは戦闘の素人だった。
狙撃の腕はそれなりにあるらしいが、そう簡単に射ぬかれて死んでくれるほど牙の兵団は甘くない。
「ありがとう。心配してくれたのね?でも本当に大丈夫よ」
違う。心配はしているがそれ以上に、彼女が来たところでお荷物が増えただけだとムリアンは落胆していた。
万が一にもオーロラ様に何かあったらブリテンが傾いてしまう。メリュジーヌが駆けつけるまで何とか策を立てないと、「だから、もう。……いいわ。そこで見ていてね」
オーロラはムリアンの制止を無視して、服の紐をほどき身に纏っていたドレスを脱いで一糸纏わぬ姿になった。
「「「なっ!」」」
あのオーロラ。ブリテンの光とも言われる美貌の女の全てが見えてしまっている。
これには嗤いながら翅の氏族を手にかける牙の氏族もあんぐりと口を開けて釘付けになっていた。
「あら。見られちゃった」
「あら、見られちゃった……じゃないですよ!何やってんですかぁぁ!!!!?」
「やっぱり少し恥ずかしいわね。でも買ったばかりのドレスを破いてしまうわけにはいかないもの」
慌ててムリアンが服を被せようと魔力を作って生み出す。
「真名解放、我が名はオーロラ・ア■ビオ■」
その瞬間。グロスターに雷が落ちた。
その中心にいたのはオーロラで、魔力による突風が吹き荒る。小柄なムリアンはスッ転んでしまった。
「な、何が……ッゥ!?」
滅びた筈の神秘、朽ちた筈の竜の得体。
全長は5メートルと竜にしては小柄だが、溢れ出る神秘が炎のように全身から吹き出している。
この迫力は……今までにない。
オーロラは真の名を口にすることで、自らの竜としてのポテンシャルを最大限引き出したのだ。
ブリテンでたった一人の竜の『真の姿』にムリアンは目を剥いた。
『少し街には被害が出てしまうかもしれないけど……なるべく気を付けるわね』
「は…………いっっっ!」
竜になったオーロラが動いた。
まさに、あ、という間の出来事だった。
街全体が揺れ、街のあちらこちらで血しぶきが舞う。
『この街にいる牙の兵団は全員殺したわ』
「も、もう?」
十秒もなかったと思う。
街の喧騒は嘘のように静まり返り、鉄の匂いがむわりと沸き出つ。
思わず聞き返してしまうほどに速い命の狩り尽くしだ。
竜。その存在、神秘の上位種という格の違いを見せつけられたのかもしれない。
全身を返り血で真っ赤にしたオーロラを「赤き竜」だと誰かが言った。