オーロラに転生ですか? 作:オーロラ・ル・フェイ
あの子と初めて会った日のことは今でも覚えている。
しおらしい花のようであり、燃える焔のようで、今にも消えてしまいそうな儚さを持つのに今まで見た何よりも綺麗だった。だから馬車の窓枠から流れる景色の中にふと映り込んできただけだったのに―――目が離せなかった。
「ふべらっ!!?」
鼻先から鈍痛が響いて苦い味が広がる。
「……………………」
一瞬何が起きたか分からなかった。
口いっぱいに広がる苦い味とジャリジャリとする食感、何より土色一色の光景を見て窓枠から落ちたのだと悟る。
「うぺっ!ぺっ!ぺっ!」
直ぐに気持ち悪くなって口の中の物は吐き出した。
なんて無様な!
耳を赤くして女王にあるまじき失態に私は恥じた。
地べたに寝転がって土を吐き出す女王だなんて古今東西探してどこにいると言うのか。
いくら見惚れていたからといって。いえ全てが許され、全てを手に入れることが出来る私が見惚れるだなんてありえな
「もし、大丈夫かしら?」
ハンカチを持った白い手が目の前にあった。
取り繕ろうとした女王の仮面が剥がれる。
きっとその時私は笑ってしまうほど、惚けた顔をしていたのだろう。
ねぇ。オーロラ、一目惚れだったの。
こんなことを言ったらあの子は悲しむだろうか?結局は顔なのかと、貴方も私の内面は理解してくれないのかと拒絶されてしまうだろうか?
でもね。一目惚れだったのよ。
最初はキラキラに目を引かれただけだった。貴方が貴方であるとは認識していなかったの。もう少し見ていたい、そんな好奇心に駆られて身を乗り出してしまったのだけど、きっと貴方が見た目だけの美しさなら私はそこで一人恥ずかしい思いをして終わりだった。
「えっと。あの……ハンカチを……ね?」
割れ物を触るように私の頬を拭うその手の感触は今でも忘れない。
「ここら辺はにわか雨が降ってぬかるんでて、だから転びやすいからおかしなことじゃなくて、きゃ!!!ほ、ほら石もあって転びやすい!」
雨なんて降ってなかった。土も渇いてた。でも石につまづいて転んで汚れた貴方は恥ずかしいことではないと勇気づけてくれた。
一目惚れだった。
その不器用な優しさも、おっちょこちょいな所も、自分が恥じれば嘘になるからと気丈に振る舞う心の強さも全部引っくるめて、貴方に恋をした。
恋をしてから初めて貴方の顔を見たの。惚けた顔なんて見せたくなくて、ずっと下を向いていたから。
「その、顔!!?ノクナレア!?」
綺麗だった。万人が惚れるような魅惑の顏だった。
けど、容姿なんかどうでもよかった。性別だって関係なかった。私が惚れたオーロラはハンカチを持った『優しい手』だったから。
「さぁさぁ!皆様、遂にこの時が来ました。我らが女王オーロラ様。その治世を脅かす大罪の悪鬼!王の氏族。度重なる女王の恩情を踏みにじり!恩を仇で返すかの畜生!!!最早一片も慈悲の欠片は必要ありますまい!!!血祭りにしてさしあげましょう!!!!」
「「「オオオオオオオ!!!!!!」」」
「マヴを討ち取ったものにはオーロラ様から直接褒美があるぞ!!!!デートまでならOKしてくれます!かも!!!!」
「オオオオオオオオ!!!!!!」
「うおおおおお!!!そのデート権は僕の物だァァァ!!!」
王の氏族との戦争はブリタニアの首都であるソールズベリーまでもつれ込んだ。
島国日本生まれの前世があるオーロラからすれば本土決戦という言葉が頭をよぎり、実は大変不味い状況ではないかと心配になるが、既に王の氏族は軍隊としての体をなしておらず、元の数から半減していた。
援軍に期待しようにもマヴに次ぐ権力者達は私やメリュジーヌの手により葬り去られているので、恐らく彼らの街は大混乱でそれどころかではない。
決着がつく前に不吉だが、これはもうどうやって負ければいいのか分からないほど勝ち確な状況であり、取られたら終わりのキングの駒である私は億が一の可能性を懸念してブリタニアにある城の中の、地下にある隠し通路の、メリュジーヌぐらいしか知らない秘密の部屋で待機させられていた。
「……本当に何もない、わよね」
屋外ではムリアンがだめ押しで士気をブーストしているが、この秘密の部屋は外部からの情報が完全にシャットダウンされているので知らぬが仏であった。風の知らせを使えば声を拾うことが出来るが、逆探知されるかもしれないので使用は最低限にと厳命されていた。
「………………」
時間の流れが何倍も遅く感じた。
結果を待つのみというのは久しく経験のないことだ。オーロラになった頃は他より多少魔力が多かったぐらいで矢面に立つことは出来なかったが、それでもオーロラの美しさを駆使して妖精達を誘導したり、慣れない領主の書類作業に苦戦して、街の景観を良くしようと建築作業に精を出していた。竜の因子を取り込んでからは体のスペックに物をいわせてごり押ししてきたものである。
モルガンと悪魔のドリンクをがぶ飲みしていた時なんて年に何回寝たか片手で数えられる。
最近では他に色々任せることが多くなったとは言え、オーロラになってから自分の道は自分の力で切り開いてきた。
國の命運を左右する時に、呑気に茶を飲んで落ち着けるわけがない。
時計を見れば、まだ10分しか経っていなかった。
一時間置きなら大丈夫だろうかと思ったが、まだ風の知らせを使うには早すぎるだろうか?
「…………あ」
こんな時、話し相手がほしいと感じる。
マーリンが呼んでくれないかと期待していて、ふと思い出したかのように地面を見ながら、手を振った。
『ヌン?』
フワフワの白い獣の顔が生えてきた。
ケルヌンノスである。
一応この島に眠っているのは死骸である筈なのだが、人間牧場を停止した辺りの頃だったか、何となく結びつきが強くなったような気がして、このように手を振るだけで召喚して簡単な意志疎通ならできるようになっていたのだ。
「私ね。この前初めて罪のないヒト達を手にかけてしまったわ。生かしていればきっと國にとって良くないからと、一方的に、殺してしまった」
『ヌン?(何か問題あるか?の意)』
「少しは軽蔑してくれると思ったんだけど……まぁいいわ。王の氏族ははじまりのろくにん、聖剣を作らなかった妖精達とは関係ないでしょ?その仔達が原罪を抱えたブリタニアの仔達に蹂躙される様を見ても何も思わない?」
『ヌヌンン?(戦争吹っ掛けてきたのはあっちじゃん?の意)』
「はぁ……まぁ分かってたことよ。北部と南部、原罪のありなしが関係しているのか分からないけど、この二つは病的なまでに馬が合わない。わだかまりを解消して仲良くなったと思っても、まるでそれが自然だというようにいつしか険悪になってしまう」
それは体感で感じていたことだった。
思えばおかしな話で、王の氏族はソールズベリーには一人も住んでいないのである。
彼らはマヴを中心として1ヵ所に固まり、その近辺で暮らしているという他の氏族の話も聞かない。
王の氏族とそれ以外とでは見えない境界線(確執)のようなものがあるのだろう。
原作でもそうだったようにこの二つが本当の意味で分かり合うには同じ罪を背負う覚悟をするか、それとも罪を精算する覚悟をどちらかが抱かないと解消出来ないのだと思う。無理やり分かり合おうとするから衝突するのだ。両者ともに向き合うべき問題が先にあった。
『ヌン?(王の氏族を滅ぼすのか?の意)』
「滅ぼしはしないわ。マヴには残酷なことをするだろうし、数百年は辛い思いをさせるだろうけど、大厄災までには決着をつけて、國でも作らせようかしら。それでブリタニアの加盟国にして特別に自治権でも与えたら」
『ヌン(調子に乗った他の氏族がなら自分達も!と訴えるな。の意)』
「よねぇ……」
良い案だと思ったが、これでは円卓の二の舞である。
この辺りは自分ではなく知恵者の意見を参考にするべきだろう。
『ヌン(ところでマヴという妖精をどう思ってるのだ。の意)』
「マヴは友達よ。私よりも年上で、会うと必ずといっていいほどお菓子をくれた。昔からよく告白されていたけど、そういう気持ちを抱いたことは一度もなかった、ただの友達」
告白だって最初こそキチンとお断りしていたが、いつからか適当に流すようになった。付き合いこそ長いが、肝心な時ほど何かと用事があって頼れず、平時で世間話をする程度の関係がずっと続いていただけ。
喧嘩の一つもしたことがない。
何処までいってもマヴは私の中で友達だった。
「マヴの告白が何処まで本気だったかも分からないの。断ってもショックを受けた様子はなかったし、次の日も同じテンションで告白してきたから。これがマヴにとってのコミュニケーションなんだなって思うようになって、最近は聞かなくなったからそれも飽きたんだろうって」
『ヌン(友には死んで欲しくないか?の意)』
「そりゃ、そうよ。でも割りきることにしたの、いえ割り切れちゃったと言うべきかしら?私の根本は臆病で寂しがりやだから、きっとメリュジーヌやムリアン…モルガンになら何を奪われたってやり返せない。憎むでしょうけど、それでも傷付けたくないの。でもマヴにメリュジーヌを奪われるなら……私って結構残酷なのね」
『ヌン(それはつまり、あの竜の為なら友を殺せると?の意)』
「ええ。断言するわ」
ムリアンに注意されたばかりだが、私は一度情を抱いた相手には弱い。モルガンと殺し合いの戦争をしないといけなくなったら全力で回避しようと動いてしまうだろう。
それにしても、竜の為なら殺せるか?とは随分と具体的に尋ねるものだ。
まさかメリュジーヌがマヴに殺されそうなの?と私は軽く聞き返して
『ヌン(そうだ)』
と答えられた瞬間、部屋を飛び出した。
「……オーロラ。貴方の手は、血で汚されていいものじゃ、ゴポッ」
赤い、赤い、赤いその手。私が好きなオーロラの手。
『私は知ってるわ。血で汚れたぐらいで貴方の優しさは染まらない』
今日出来た傷痕、少し前に出来た治りかけの傷痕、ずっと前に出来た、もう治ることない傷痕がその手には無数にある。
『私には分かるわ。傷だらけになったのは貴方が不器用で頑張り屋さんだからよね』
その手には似合わない無機質な槍が握られている。
『私には理解出来ない。この優しい手で殺せと命じるブリタニアの民達を理解したくない』
やめてほしかった。これ以上好きなヒトの命をすり減らして生を謳歌する南部の妖精達を赦せなかった。
私の仔達はそれに同意してくれた。ブリタニアには勝てるとは思っていない。だからオーロラをさらって皆で暮らそうって思ったのだけど…………
槍と共に私は投げ捨てられた。
最後に私を見た彼女の瞳は、凍えるほどに冷えていた。
ああ、一体どこで間違えたのだろう?
ずっと、ずっと、好きだって伝えてたのに。
「メリュジーヌ!!!メリュジーヌ!!!」
あの子と私。何が違ったんだろう?
悲痛に泣き叫ぶ彼女の声を子守唄にマヴは永遠の眠りについた。
ケルヌンノスには分からなかった。
マヴもメリュジーヌもオーロラへの想いの強さは同じぐらい強かったから。
だがオーロラはマヴは切り捨てられる。
メリュジーヌは嫌だと言った。…ので少しだけ肩入れすることにした。