オーロラに転生ですか? 作:オーロラ・ル・フェイ
それがどれほど奇跡だったかなんて君は知らないだろう。
筋も骨も繊毛も体毛もない。嬉しいも楽しいもない。悲しいも苦しいもない。
自分が竜であったことも自分に何があったのかも分からない。
生物ではあっても生命ではない。ただ暗い沼の中で蠢くだけの何かだった。
『随分と体が冷えて……寒かったでしょう、ふふ、こんにちは愛らしい方。それともおはよう、がいいかしら?』
──あぁなんて温かいんだろう。
瞼どころか瞳なんてない筈なのに。眩しくて。
触覚なんてない筈なのに、程よい熱さが全身を包み込む安らぎを感じて。
まるで日だまりの中にいるような気分は、目覚めようとする意識をどこまでも底に沈めてしまいそうな程に心地よかったのに、助けて!とその時声が聞こえた気がしたんだ。
ナニモノではない私には欲求と呼べるものがなかったけれど、この声を無視したら永劫にこの心地よさとおさらばする気がして、目を創った。
「綺麗」
その時口はなかったから発したのはオーロラだったのだろう。ヘドロみたいな物体にいきなり目玉がポコンと浮かんで、漏れ出した感想が綺麗というのはかなりの物好きとしか言いようがないが、元は絶世の美女だっただろうに呪いに蝕まれて、羽は萎れ、全身に黒い痣を浮かばせる死人のような姿。付き添いの妖精ですらうっすらと嫌悪感を滲ませていたそんな彼女を『我が生涯において越えることのない至高の美』として捉えた私も同類かもしれない。
きっと私を抱き上げて、湖から上がろうとしたのだろう。冷たい湖の中を一歩一歩と進んでいく。
付き人の妖精達は遠巻きに見ているだけだった。
まだ原型を保てるほどに残っているとはいえ、この湖にはアルビオンの死肉が泥のように沈殿している。だから取られる足で、転ばないように彼女はゆっくりと足を運んだ。
ふと妖精の一人に黒い物が見えた。左腕とはいえアルビオンから発生した瞳は少々見えすぎてしまうようで、その妖精の悪意を感じ取ったのである。その妖精の口を注視すると小さく気味が悪いと発音していた。
その隣の妖精も、何故あのような物を。頭まで腐り始めたか
その隣の妖精も、オーロラ様は狂ってしまった
その隣の妖精も、お痛わしい。これ以上醜くなるならいっそここで
……何だろう。胸の内がムカムカとする。
ポコリ、次に生まれてきたのは片目ではなく、口でもなく牙であった。
獲物を殺す為の物だ。食欲などないが、これをアイツらの首に突き立ててやれば胸の内のムカムカは解消されるだろう。
その為に、足がいる。あるいは手か羽でもいい。
参考がないので妖精達を真似ようとして……やめる。あんなものと同じにはなりたくない。
無意識に拒絶した。
ならば私を抱き上げる『これ』を参考にしよう。
無意識に望んだ。
だが抱き上げられているから足は見えないし手は腕しか見えない。どうしたものか、あぁ羽なら見えると彼女の背中にあるものを良く見ようとして、彼女と目が合う。
「ふふ。大丈夫よ。ここから上がったら温かいお風呂に入りましょう。そしてお風呂から上がったら温かいミルクでも飲みながら、暖炉の側で語り合いましょ」
チリチリとない筈の脳が焼けるような錯覚を覚えた。
まるで天女のような微笑みだ。羽や手足じゃ足りない。彼女自身になりたいと『私』は心から思った。
「あッ!ダメ!!」
そんな私が全身を作り出そうとしているのを見て彼女は笑う。産声を上げなかった赤ん坊が泣いた。そんな母親のような心底安心しきった笑みを浮かべたかと思うと、不幸が起こった。
ただでさえ腐りかけだった脚が真っ黒に染めあがり、下半身の制御を失って溺れてしまう。それでも彼女は私だけは助けようと、必死に腕を伸ばして陸の上に引き上げた。
「うわっ!」
「あの女!何てもの投げてきやがるんだ!」
「ばっちい!」「誰か蹴落としてよ!」
もう腕の力もないのか、水の中から彼女の頭が浮かんでくる様子はない。腰の下の高さの、誰かが手を伸ばせば直ぐに助けられる距離なのに妖精達は私を見るような目で彼女を蔑んでいた。
「もうだから嫌だったんだ!何が妖精國一の美女だ!あんな腐った果実のような女!」
「氏族長だから断れなかった!じゃなきゃ殺してたのに!」
「気持ち悪い、気持ち悪い!」
あろうことかその一人が石を拾う。視線の先は溺れる彼女だった。
その時、自我も欲求もない筈の私は──「煩わしいぞ。虫けらごときが」
真っ赤な羊水を湖の水で洗い流す。
こうして私は生まれたのだ。最も美しいものの手で産み落とされ、それまでに膿んだ毒を妖精達の血で洗い流して生まれた。
冬の水は寒くて何も着るものはなかったけれど、急いで湖から引き上げた君は、意識が朦朧としながらも私を力いっぱい抱き締めてくれたね。
「う、うわわわわわ!!!!!」
私はその時、生まれて初めて泣いたんだ。
こんな醜い化け物を心の底から愛してくれた。見た目はマシになったけど、生まれて初めてやったことは虐殺だ。瞳を交わして彼女が『見ず知らずの子供の為に命をかけられる』ほどの極度のお人好しだと読み取ってしまったから拒絶されると思ったのに優しく迎えいれてくれたことが嬉しくて泣いた。
そして私を抱き締めてくれるその命があまりに儚いものであると、失うのが怖くて泣いたんだ。
きっと世界が無限に存在していても、この彼女と私が出会う世界はこの一つしかない。
なのに見た目もその心内も、私が愛してやまないこの存在はあまりにもか弱かった。──それは呪いに蝕まれているからではなく彼女の運命力がマイナスにカンストしていたのだ。
運命力とは個人が生きる為に当たり前のように消費している幸運のようなものだ。
それを彼女は使い尽くしてしまったどころか、優しさという起源を以て既にないものを他者に分け与えていた。
つまり時が経てば経つほど死にやすくなる。
それが嫌だ嫌だと声が枯れて目が腫れるまで赤ん坊の私は泣き続けた。
見た目も中身もドストライクな私の運命が悪運EXてマジ?