オーロラに転生ですか? 作:オーロラ・ル・フェイ
「おはよう、昨日はよく眠れた?」
「ふふ、今日は貴方にとっておきのサプライズがあるのよ!」
「だから…………あら、今日は随分と夢見が深いのね?」
子供を飼っていた妖精は
下腹部の状態は勿論のこと酷い栄養失調気味だったその子供は、温かいスープを飲むと緊張の糸が切れてしまったのか、気絶するように眠り、それから2日ほど起きなかった。
そしてやっと起きたかと思えばその日の晩に原因不明の高熱を出して、訳も分からずメイドに泣きつけば「魔法の粉を使えばよろしいのでは?」という鶴の一声で救われたのは良い思い出だ。
魔法の粉のお陰で完全に再生こそしなかったものの、子供の排泄問題は改善し、栄養失調も一瞬で解決した。
魔法の粉、マジ万能説。
そんな説を提唱したくなるほど、度々お世話になったこれだが、こればかりはどうしようもなかった。
預かって早20年は経とうとするあくる日の朝、彼はベッドの上で眠るように亡くなっていた。
……老衰である。
「時間の感覚は妖精ボディに引っ張られてたのかね」
形だけでもと葬儀を行って、埋葬した今でも実感が湧かない。
正直言うとまだあの子供が死んでしまったことが信じられない自分がいる。
過去を振り返れば、彼が預かってから悪夢に魘されて、一晩中看病した思い出や、「……ママ」と恥ずかしそうに呼ばれて、どうしようもなく母性を擽られた思い出がまるで昨日のように思い出せる。
「そりゃ、20年も経てば大人になるだろうよ」
妖精郷の人間が三十年しか生きられないのは知っていた。
だけど、あの子供……いつか、とっておきの名前を付けてやろうと考えていたあの子が死ぬのはもっと先の事だろうと勝手に思っていた。
だってそうだろう。ちょっと少し前までは自分の腰までしか身長もない子供だったのだから。
だからまだ大丈夫。明日は何をして遊ぼうか。そう言えばちょっと前にサッカーをしてみたいなんて言っていたよな……と、いつものように起こしに行ってこれだ。
俺はあの時、冷たくなった子供……いや、死ぬ数年前からは足を悪くして、とてもサッカーなんて出来る状態にはなかった大人の男の死体を抱き上げて初めて、自分自身の中でのズレを認識した。
「おいおい……まさか興味がないから視野に入らなかったとでも言うつもりなのかよ」
結局、俺も妖精と言うことなのだろうか。
楽しいこと、愉快なことばかりを優先して、その他は一切考慮しない。
「じゃああれか?俺が三千年なんてとほーもない原作事情を気にして動こうとするこの想いも、街の様子を少しでも良くしようと動いたこれも、妖精特有の自己中ってやつ?」
だとしたら、妖精達の顔色を伺って勝手に怯えていた俺はとんだお笑い種だろう。他人に怯えるより先にまず鏡を見ろって話だ。
「20年……20年だ。楽しかったり本気で怖い思いをしたり、濃密な思い出の筈なのに一週間ぐらいしか経った気がしねぇ」
人間の頃なら20年なんて途方もない年月に感じたに違いない。それこそ人生観だって多少は変わっているだろうに、俺にはつい最近のことにしか思えない。
あぁ、そういや。自警団とか街の発展とか何も進めてないわ。
「……終わってんな俺」
「おお!オーロラ!?なんで来た!?いや、来てくれたのは非常に嬉しいんだがな!」
何となくこのままだとダメと思った俺は屋敷の馬車を引っ張り出してノリッジまでサラマンダーに会いにきていた。
理由はとくになかった。強いて言うなら子供と出会った日とサラマンダーと出会った日が一緒だったから。
思えばあの日以降、彼とは一度も会っていなかったが、とてもそんな長い間会っていなかったような気はせず、サラマンダーもそれは同じようで、三日ぶりに会ったとでも言わんばかりの丁重なもてなしを受けている。
「さて。今日は一体どうしたんだ?
物作りに夢中で会議の事をすっかり忘れちまってたことなら、すまぬと頭を下げるしかないが、そういった感じじゃなさそうだな」
「……人間の子供が死んでしまったのです」
「はぁ?別に珍しいことだとは思わんが」
「あの子は私が初めて愛した子供でした。10年先も20年先も……これから先もずっと一緒にいるのだと信じて疑わなかった。ですが私はあの子に名前を受け取って貰うことすら出来なかった。
……私の愛はただの独り善がりだったのでしょうか?」
「……成る程。つい殺してしまったのではなく寿命でおっちんだということじゃな。そしてお主はその人間を愛していたが、その愛故に盲目となり、気付いたら寿命がきて死んでいたと」
「えぇ」
肯定を受けて難しそうに首を下げるサラマンダー。
「ふむ……(鍛冶場仕事第一の儂にそんな事を聞かれても困るんじゃが……相変わらずオーロラは変わっておるのぅ)」
そのポケットには次再会した時に渡そうと思って拵えたイヤリングがあったが、とても渡せる雰囲気ではなかった。
「……そうじゃな。儂から言えることは少ないが、その人間は寿命で死ぬまでお主と側にいたのだろう。ならばお主の愛は移り変わりする安い物ではなく儂ら妖精の目的に匹敵する本物だった。それでいいではないか」
「でも、あの子にはそれが苦痛ではなかったのかしら」
「そんなことは儂もお主も知らんよ。きっと知ってるのはそれこそその人間だけじゃろうて」
「そう……ね」
確かにその通りかもしれないが求めていた答えではないとうつむくオーロラに「だが」、とサラマンダーは続ける。
「儂がその人間なら、その20年間はきっと何物にも代え難い、幸せな物だったと思うぞ。
儂は今、お主と話してるだけで胸の内から幸せが溢れてくる。
死んじまったら、手紙でも遺しとらん限りは思いを知る手段もないだろうが、こんな思いを死ぬまで抱き続けられるなんて最高じゃわ」
「……手紙」
がらがらと豪快に笑うサラマンダー。
下衆な話。彼がオーロラの見た目にやられ、惚れているのは分かっていた。だから、こうしたお綺麗な答えが返ってくるのも分かっていたが、手紙と言われてハッとなる。
そう言えば、少し前に何かが書かれた紙を寝室の机にしまっていなかったか。
あれが手紙だとは限らないが……もしかしたら。
そう思うと居ても立ってもいられず、急用が出来たと断りを入れて逃げるようにソールズベリーの屋敷へと戻った。
「手紙、手紙…………あった!」
そして上等な紙袋に記された『我が愛すべき母へ』という文字。それは確かに手紙で、飛びつくようにその中身を見た。
「………………そっか」
手紙の内容をあえて語るなら、母はいきなり死んでしまった自分にひどく驚いてしまうかもしれない。共に生きられなくてすいません。貴方と暮らせて私は幸せでした。いつか名前が欲しいと言った日、候補としてあげ、結局はちゃんとした物を考えるからと却下された、ホムロという名前、自分結構気に入ってるんです。だから勝手に使わせてもらっていましたなどと明るく、まるで今の悩みを見透かしていたような物だった。
「ホムロ……ホムロ…」
あぁどうしようか。手紙が涙で汚れてしまう。
「その名で呼んであげたかった!一緒にサッカーをしたかった、ずっと一緒に居たかった!また貴方にママと言って欲しかった!」
オーロラはそれから三日三晩、ホムロを思って泣いた。
翅の輝きが少し、薄らいだような気がする。