オーロラに転生ですか? 作:オーロラ・ル・フェイ
「妙なことになった」
地図を広げたダ・ヴィンチちゃんが低い唸り声を上げる。
それと言うのも、次なる目的地であるグロスターへと向かう道中、モースに襲われていたところを助けた妖精達がノリッジにマシュらしき騎士を見たと言うのだ。
彼らは来る厄災から逃れる為にグロスターへ逃げてきたらしいが、これでは進路が正反対に別れてしまう。
「グロスターへ向かう方が距離的には近い。ここからノリッジだと2日はかかる。一旦、グロスターへ向かうべきなんだろうが」
「厄災、だね」
「うん。百年に一度起きる大災害。その全貌はおおよそ伝えられているが、あくまで物理的、魔術的、手段を用いた対処が可能な『形態』だったとして推定魔神柱クラス。『私』は見たことはないが、複数の英霊で対処してやっとの相手だ。マシュ一人では荷が重い」
「二つに分かれるべきだと思うけど」
このブリテンは英霊を嫌う。
いつもなら藤丸一人で対処可能な事件でも、ここでは複数人で立ち向かう必要があった。
「ロビンと別れたのが痛手になりましたね。彼ほどのレンジャーなら、たとえ未知の街でもダ・ヴィンチ嬢を上手くサポートしてくれたでしょう」
もしロビンがいれば、藤丸とトリスタン、案内役のオベロンがノリッジに。ダ・ヴィンチとロビンがグロスターへ向かうという選択も取れた。
グロスターは春の國の領内であるため、そこまで警戒する必要がないからだ。とは言え、安全が100%保証されているわけでもないので、最低限の自衛の手段は欲しいところ。特に活動時間というホムンクルス故のデメリットのあるダ・ヴィンチを一人で向かわせるのは憚られた。
「オベロンがダ・ヴィンチちゃんに付いて行くのはどうかな?」
「僕なしだと多分、今のノリッジには入れない。何せ厄災が発生しようとしているんだ。住人は全員近隣の街に避難しているし、規制線が張られて、春の騎士団が厳しい目で監視してる」
「簡易召喚が制限されている今、私がマスターの下を離れるわけにも行きませんし」
これで、よし。グロスターは一旦放っておいて全員でノリッジに行こう。そう簡単に決断出来たら良かったのだが、また直前になって驚くべき情報が入ったのだ。
異邦人がグロスターのオークションにかけられる。
「なんで?グロスターは春の國の領内でしょ?」
「春の國にも奴隷制度はあるよ。色々と制約はあるし、奴隷が自分を買い戻すことは出来るけど、奴隷は奴隷だ。一度買われたら、取り返すのにえらく時間がかかる。オークションにかけられる前にオーナーに交渉するのが一番手っ取り早いね」
奴隷制度に難色を示したオーロラを説き伏せる為、ムリアンが事細かに制約を定めたので、奴隷達は身の安全を保証されるかわりに余程のイレギュラーを除いて解放に時間がかかるらしい。
「奴隷ってのはいわば、奉仕作業だよ。三禁では裁けない程度の借金や不法行為の罪を働いて償えって話だ。マシュ・キリエライトは……カジノで大負でもしたのかな?」
「マシュはそんなことをする子じゃありません!」
「ま、食うに困った連中が進んで奴隷に落ちることもある。もしかしたら彼女なりの身を守る手段として選んだのかもしれない」
「我々は現在、ノリッジかグロスターか二つの選択肢を突き付けられている。私としてはグロスターを諦めてノリッジを推すが」
「マシュを奴隷にさせるわけにはいかない!」
現代人感覚で言う奴隷とは少し違うらしいが、それでも借金の形にタダ働きを強要させるのがこの國でいう奴隷だ。(要は地下労働者)
「ふむ。なら君たちはどうするのかな?」
藤丸が先ず思ったのが、ロビンを呼び戻すことだった。だが距離が離れすぎているのか、それともこの土地故か、ロビンとのパスを昨夜から感じ取れなかった。
新しい英霊の召喚は絶望的だ。何よりマシュの盾がない。
「オレがオベロンとノリッジに向うしかない」
「それは無茶だ。相手は推定魔神柱クラスだぞ。護衛の英霊もなしに向かわせるわけにはいかない」
「ノリッジにはブリタニアの騎士団もいるんだよね?何とか協力出来ないかな?」
「そうきたか。うん、確かにそれは不可能じゃない。前回はガウェインだったそうだから、今回は恐らくウッドワスか、ランスロット辺りだろう。幸いにも彼らは穏健派で有名だ。上手く行けば共闘出来るかもしれない。だがウッドワスはともかく、ランスロットは少々問題児でね。交渉にはかなり難儀すると思うよ」
「ランスロット。それは私のように本人だったりは?」
「ないない、直接会話したことないけど、ちんちくりんだし、女の子だぜ?おまけに子持ちのオーロラに年中発情してるって噂さ。清廉潔白なランスロット卿とは似ても似つかないだろ?」
「……そうですね。
「あくまでオレ達の目的はノリッジの厄災じゃなくてマシュの捜索だ。共闘して倒せそうならいいけど、無理そうなら直ぐに撤退するよ」
避難は既に済んでるという。なら準備も充分ではないままに戦う必要はないだろう。
ダ・ヴィンチちゃんはそれでも難色を示したが、最終的には折れてくれた。
「何かあったら令呪の発動を。威力は落ちますが、射程圏内なので」
「相変わらずすごいね。頼りにしてるよ」
ガウェインの魔力喰いで二画減ってしまったので令呪の発動は慎重にならなければならないが、こればっかりは長年の勘を頼りにするしかない。
そうして藤丸とオベロンはノリッジに向かうことになった。
▽▲▽▲▽
「ほうぉう。それで?厄災ってやつにアンタは関わらないのかい?」
「ええ。必要ないですから」
シェフィールドとノリッジの間にはモルガンの居城であるキャメロットがある。
急いでいるならここで馬車なり妖精馬なりを借りていけば時短になったのだろうが、最悪を想定して彼らはスルーすることに決めたようだ。
「またオーロラがやってくれるってか。スゴいね、オーロラって女王様は。あれもこれも、全部まるっと綺麗に治めてくれる。これでただの妖精ならいくらか隙もあっただろうに、肉体はアルビオンときた。当たり前のように壁は越えてくるし、一昨日のあれは笑っちまったよ。『異星の神』の追跡を簡単に振り切ってやんの。中身が我らがポンコツ所長だったのを加味しても、ビーストの霊基じゃ遊びにすらならない。どうやらキリシュタリアは北欧の終末装置でどうにかしようとしていたようだが、ぶっちゃけ無理だろ」
ケラケラと笑う男。全身におびただしいほど刻まれた令呪の数を見れば彼がどのような人間かは一目で分かるというもの。
「是非、一度会ってみたいな」
「その檻を出れば魔力の徴収で干からびますよ」
「なら、これを消してくれよ。そもそも冬の國では人間は令呪の罰は対象外なんだろ?」
「貴方は例外です。それに純粋な人間というわけでもないでしょう?」
「そうそう俺ってば雑種なわけ。そこんとこは親に感謝だな。お陰で人間嫌いの女王様に殺されなくて済む」
彼、ベリル・ガットはこの國に来てから僅か数ヶ月でブリテン史上、最多の罪を重ねた。最悪、とまではいかなかったが、悪辣な所業の数々には妖精達も眉をひそめ、令呪の刻まれた数はこれまでにない。
このまま放っておけば、来月の魔力徴収で干からびるところ、モルガンが特別に施した牢屋の中に監禁されるに至った。
(……妖精眼が機能しなくても分かる。この男の口から溢れるのは嘘偽りばかりだ)
モルガンにとっては生かす価値のないゴミであったが、これでも恩がある。
彼がいなければ今のブリテンがないどころかオーロラまで存在しないのだ。悪人ではあったが、人間が成せる悪など妖精達の中で見れば可愛いもの。
令呪の徴収の時期が過ぎれば、また外に出て令呪が刻まれるような罪を重ねるのだろうが、モルガンにとってはどうでもいいことだった。それでも、オーロラに迷惑がかかるなら話は別なので、無断で春の國の境界を渡れば頭が爆発するように魔術をしかけていた。
「ハァァ、誕生祭。参加してみたかったんだけどなぁ。どうしてこっちではやらないんだ?」
「誕生祭はオーロラの誕生を祝う祭り。各々の街が彼女を祝福し、彼女はその全てを観ようと街を訪れますが、冬の國には訪れません」
「春の来ない冬が期待するだけ無駄ってか。オーロラは冬の國には出禁なのか?」
「いえ、唯一オックスフォードだけは先代の領主が冬の國の官僚だったこともあり、オーロラも頻繁に出入りしていると聞きます」
「へぇ」
あそこは色々とグレーなところだ。ウッドワスが治めていることになっているが、内政の殆どは冬の國の者が行っていて、それなのに人間も令呪の対象なので春の國の法が適応されている。
無法地帯というわけではないが、どちらの國の領分なのかはハッキリせず、書類上だけは冬の國のものになっていた。
「なら運が良ければオーロラ様に会えるかもしれないんだな」
「ええ。何も一目見るぐらいのことでとやかく言うつもりはありません。ですが彼女が殺すと決めたら、私は助けませんよ」
そうか。とベリルは呟いて手の中にある林檎のような果実を転がす。
それはギリシャ異聞帯から帰還した時からずっと持っていて、モルガンはいつ食べるつもりなんだろうかと疑問に思ったが、面会の時間は過ぎたと牢屋を後にする。
「ふふふーん。ふ、ふーん」
まだその時ではないと、誰かが言った。