オーロラに転生ですか? 作:オーロラ・ル・フェイ
「貴方はそうね。これからはリンカと名乗りなさい」
「りん……か?」
「ええ、リンカ。貴方の名前はリンカ」
六尺はあろう大きな薙刀を両手に抱える小さな女の子。
彼女はいきなり名を与えられ、少し戸惑っている様子であったが、目の前の人物――オーロラに頭を撫でられると「ふにゃり」と表情を崩して、喉を鳴らした。
「どうかしら?気に入ってくれた?」
「わたし、名前って初めてだから……よく分かんない。でも
薙刀を横にさして、オーロラを抱きしめる。少しするとオーロラも抱きしめ返してくれた。
「……ふふ、ありがとう」
「むしろ、ありがとうを言うのはこっち?」
端からみれば、仲睦まじい親子のようにも見えるこの光景。
「ねぇ」
「ん?」
「まーまぁは」
その横に立つ薙刀。今は地面に沈み込んでいるからこそ直立しているそれは、
当然見かけだけの重さではない。本来なら成人した兵士でも一手間かける作業になる……そんな姿を目にしていなければ、まさか少女が一角の戦士であるなど夢にも思わないだろう。
当たり前だが彼女はオーロラの娘ではない。
しかし、オーロラは彼女をある意味では……自分の命以上に重きを置いていた。
〇〇〇〇〇
「あぁこんなにまた怪我をして!……直ぐに治療しないと!」
私から見て、オーロラという妖精は歪だった。
何もしなくても全てを手に入れられるような美しさを持っていながら、まるで人間のように努力して、小さな幸せと不幸に一喜一憂する。
そして妖精にとって人間は家畜以下の……所詮いくらでも取り替えのきく玩具でしかないのに、何よりも大切に扱うのだ。
妖精とは本来、楽しく生きるものだ。
一見、他者からすれば苦行でも本人にとっては娯楽となるような物は多々あるが、性に惑わされぬ同性で、かつ非常に近しい距離感だからこそ分かることがある。
オーロラは今を楽しんでいない、むしろ苦しんでやっているのだと。
……これを歪と言わずしてなんと言い表そうか。
辛いことを率先してやる彼女の在り方は妖精としては破綻している。
初めから生きる目的の決まっていて、それが後々本人にとって苦痛になった……という話ではない。だって目的とはあくまで変えられるものだから。
それなのに彼女は楽しくない幸せを謳歌する。
妖精なんてクソ食らえ!人間は肥えよ、
彼女の統治するソールズベリーはこの妖精國でただ一つの人間の為だけの楽園になった。
この街では人間を傷つけることは赦されない。
何があろうと人間の生きる権利を侵害してはならない。
もしその人間が間違ったことをしているのだとしたら、必ず騎士団に連絡すること。
それを破ったら死ね。
それを彼女は定めた。
面白くない、と反感の声を上げる妖精達は力で無理やり分からせて、流石にそれはやりすぎでは?と妖精に同情するような声を上げた人間には、何日も何日も丁寧に時間をかけて妖精がいかに醜い生き物であるか聞かせて分からせた。
ここまで来ればバカでも分かるだろう。オーロラは人間を愛することを目的としている。
そして彼女にとって幸福ではなかったのは翅を見れば分かる。
かつては透き通るようだった彼女の翅は、今では灰がかかったように濁りを見せているのだ。
これでは直にモース化するだろう。
鏡の氏族の友人はこれに嘆いていた。
彼女が死ねば、この街がどうなるか?
それは火に油を注ぐより明らかで、彼女の國が傾く美貌、氏族の長として一介の妖精よりも豊潤な魔力。
このあり得ない街の姿は彼女が美しく、かつ強いから。それだけで成り立っていた。彼女の意思を継ぐものは必ず人間からは現れるだろうが全う出来るとは思えない。
故に滅ぶ。君たちの子孫はまた妖精達にとって都合の良いオモチャに成り下がるだろう。
それを聞いて、嫌だなぁ。と思う。
私はこの國で生まれた人間ではないが、この國に流れ着いてしまってから暫くはノリッジで妖精達のオモチャにされていた。
女の身ではあるし、他より多少容姿が優れている自覚はあったが、オモチャというのに性的な意味はなく、文字通り幼子が楽しむ為だけにあるだけのオモチャとして扱われた。
まだペットとして飼われていたほうがマシなぐらいで、毒を食事に混ぜられて苦しんでる様を笑われたり、手足の骨を折られて獣に追いかけ回されたこともあった。
縁あってオーロラに拾われ、今は人並みの生活を送れているが、あれを知ってる身として、子供達にそれを強いるのは親として堪える。
元の世界には戻れないのはもう分かっているし、この街で妖精の友人や最愛の人に出会って、もう子供まで孕んでしまった。
少なくとも鏡の氏族の友人は私が死ぬまではオーロラは存命している未来が見えると言うが、そのあとはさっき言った通りになる。まだ先のこと過ぎて見えないらしいが、見えるものとして予測は出来るそうなのだ。
五十年先か百年先か、オーロラはモースになって消える。
彼女の次代には期待出来ない。それだけオーロラのあり方は妖精としては異常で例外なのだそうだ。
……嫌だなぁ。
何とでも口だけでは言えるが、所詮私は人間の端くれ。
気まぐれで神様から権能を貰ったり、自力で獣を狩れるような特別な力はない。
せいぜい私に出来ることがあるとすれば、それは
「よ、オーロラ!また孤児の世話を焼いてんのかい!」
「ッ!ダフネ!貴女は全く!もうすぐ子供が生まれると言うのにまた一人で歩いて来たのですか!」
「しっかたねぇだろぉ?ロビンはモース狩りで忙しくてろくに家に帰ってこないんだ」
「……早く家に帰れと言ってるのにあの子は!」
「まぁまぁ、その分がっぽり稼いできてくれるんだから私として有難いって訳よ」
ケラケラと笑う。
オーロラは命の恩人でそれなりに偉い立場にいるが、話してみると、ただのお人好しのようでどうにも畏まれない。
無礼だとは思っちゃいるが、本人がそれで良いと言ったので、子供の時に拾われてからこれだけは変わらなかった。
「……ハァ。今度彼には強く言って聞かせるから」
「別に私は良いんだけど、オーロラがそうしたいならすればいいんじゃね?」
「貴方達は本当に……子供がそのまま大人になったみたいで見てるこっちが心配になる、わ」
オーロラは魔力で毛皮のような物を作って、私に被せる。
「ふぁわ。暖かい」
「体は冷やさないように。貴方は大丈夫でもお腹の子はそうじゃないのよ?」
「私とロビンの子だぜ?このぐらいなら平気だって」
「……もう一回、学園に通わせようかしら?」
「それは勘弁してくれ。もう補習は嫌なんだ」
学園と言うのはオーロラが造った城にも似た巨大な学舎のことで、この街では7歳から15歳まで人間はそこで教育を受ける。(編入という形で何歳からでも通い始めることは可能だ)
妖精も望めば入学出来るそうだが、その場合、少し高めの学費を払わなければならないらしく、他者から金を借りることは禁止されている。まともに稼げるだけの真面目な妖精かどうかはそこで篩にかけられるらしい。
私は人間だったので無料で入れたが、文字書きや簡単な算数をするのがやっとで、10歳クラスとなると学力に限界を感じ、テストでは毎回赤点を取っては補習居残りをさせられていた。
何とか頑張って卒業したが、もう一度あれを味わえと言うのはごめん被る。
さっきの鏡の氏族の友人と出会ったのもロビンと出会ったのも学校だったので、嫌な思い出ばかりが残る場所という訳ではないが、苦手なものは苦手だ。
「ならせめて季節にあった服を着なさい。お金はロビンが稼いでるんでしょ?オシャレしろとは言わないけど、体を壊すような服装でいろとは学校では教えていない筈よ」
「はーい」
大人しくオーロラから渡されたそれに袖を通した。
魔術でも込められているのか、直ぐに表面からじんわりと暖かさが伝わってくる。
ポコリっ
「お?蹴った」
それにビックリしてしまったのかお腹の中でガキが蹴りをかましやがった。
こいつめ、生意気な……と私が軽くその上からこづいてやろうとしたら、「やめろ」ガチなトーンでオーロラに諌められた。
「それで今日はどうしたの?」
「別にどうってことはねぇよ。暇だから散歩してた」
最悪よりの未来を憂いていたのは事実だがどうしようもないのかと暇を持てあましていたのも事実。
多少オーロラと仲が良いからって、無理をするなと言われて止まるようなやつでないことは私が一番分かっている。
「せめて何かあった時の為に友達ぐらいは一緒にいなさい。もういつ生まれてもおかしくないんだから…………いえ、この際、生まれるまで私の屋敷に住まわせようかしら?ずっとは居られないけど、ホムロなら……痛ッ」
途端。オーロラは翅が痛んだのか顔をしかめて手を伸ばした。
「…………違う、違う。アン。そうねアンなら任せられるかも」
また翅の色が少し暗くなったような気がした。
気のせいかもしれないが、オーロラがこういった反応を見せる時は、死んだ誰かを悲しんでいる時だ。
「ねぇダフネ。提案なんだけどその子が生まれるまで私の屋敷に来ない?その間はロビンに近衛を任せれば、今よりもずっと一緒に居られると思うんだけど」
気丈に振る舞っているが、翅に添えられた手は僅かに震えている。
「うーん。悪くはない提案だけど、うちの近所には産婆やってる婆さんもいるし、いざとなったらミッパが予知して助けにきてくれるから遠慮しとくかな」
ミッパと言うのは鏡の氏族の友人の愛称だ。
下手に環境を変えるよりは安心出来る状況で居たい。あとそれと、これ以上オーロラの傷を増やしたくなかった。
友人の子供が生まれる。しかも自分の家でと言うのはオーロラのことだ。自分のことのように喜んでくれるだろうが、私たちが寿命で死んでしまった頃にふと思い出して、今のように悲しむ未来が想像出来る。
オーロラが将来モース化するのは止められないのだとしても、友としてそんなことを哀愁の思い出にして欲しくない。
せいぜい何百年も経ったあとに、あんなバカな女が居たな……と笑ってくれればこっちとしても有難かった。
「そう。ならせめて何か困ったことがあったら直ぐに言ってね」
「そうか?だったらこの子が生まれたら、腹一杯飯を食べたいな!」
「そんなことでいいの?」
「おう!こっちも金出すからロビンも含めて三人……いや、四人で飯を食いに行こうぜ!」
「えぇ。楽しみにしてるわ」
この約束。私は生まれてから直ぐのつもりだったが、オーロラは赤ん坊がミルクを卒業して飯が食えるまで育ったあとだと解釈したらしく、若干の誤差が生まれてしまった。
それでもまぁ、ギャップが凄いと笑い合って改めて日程を決めて飯を食いに行くことになったのだが…………ハァ。
「だめだめだめだめだめだめだめ!!!!」
「なぁ、オーロラ……子供はどうだった?」
「助けた!無事に生まれたから!なのにどうして!!!!?」
「……なら、いいか」
お願いだから塞がってよ!と泣き叫ぶ彼女の声がどんどんと遠くなっていく。
油断した。
最悪の当たりを引いてしまった。
犯人は十中八九……あの妖精だ。
『
それだけは幸運で、何とかロビンとの子供だけは守れたらしい。
ロビンとミッパを殺された恨みはマグマのように煮えたぎっているが…………相手が悪かった。
オーロラは相手の顔を見ていないらしいと分かって、だから私は諦めることにしたのだ。
あれが、私たちを殺したと知ったら、きっとオーロラは終わってしまう。
子供が生きていなかったら、私の代わりに復讐してと呪いを託していたかもしれないが……私の子供には幸せなこの街で生きて欲しかった。
オーロラには散々親の自覚が足りないと説教されたが、どうやら私情よりも子供の未来を優先するぐらいには私も親をやれるらしい。
「なぁ、オーロラ……その子のこと頼むよ」
「頼むって何よ!勝手に諦めるなよ!待ってて、あと少ししたらアンが妖精の粉をありったけ持ってくるから!」
「私なんかより、オーロラならよっぽどマシな母親になれると思うんだ……きっとロビンに似て強くなるだろうから、騎士団にいれてさ……」
「やめて!やめてよ!!!!貴方の子供でしょ!?この子の母親は貴方だけなのよ!?」
感覚の朧げな手で何とかオーロラの服を掴む。
「……頼むよ。この子にありったけの幸せと明るい未来を、残してやりたいんだ」
思えばこれも立派な呪いだろう。
だけどその言葉を最後にダフネという本当にただの人間だった
ダフネ 汎人類史から流れ着いた正真正銘の一般人。幼少期に流れ着いた為、自分があっち側の人間であるという自覚は薄い。
ノリッジで玩具として妖精に弄ばれていた時期があったが、オーロラに拾われてソールズベリーに移り住むことになる。
特別な力も使命もない人間であったが、妖精と友人関係を築いていたり、学生時代に問題児としてオーロラの頭を悩ませたりと、何かと彼女の記憶に残る人間であった。
色々と立場が邪魔をして人間から敬われることが多いオーロラは、友人として接してくれる彼女には好感触であった。
学生の時からの付き合いであるロビンとは半分彼女が押し倒すような形で結婚。
街を挙げてオーロラが式を執り行ったが、これをオーロラは生涯一度も忘れたことがない春の記憶として語っている。
数年後、そこそこに結婚生活を楽しんで子供が生まれるまであと少しという時期に、とある妖精に旦那のロビンごと殺されたが、当時のオーロラがその妖精に自分たちが殺されたと知ったらモース化しかねないと悟って最後まで語らず、娘を託して眠りについた。
リンカ 『妖精の守護者』最強の槍兵として伝説を残すことになる。かなりのマザコンであったらしい。