オーロラに転生ですか? 作:オーロラ・ル・フェイ
巡礼の鐘が鳴り響き、ソールズベリーのみならずブリテン全体が騒がしくなる最中、オーロラの屋敷には珍しい来客が訪れていた。
「急な訪問になってすまない。決戦前にオーロラ様に挨拶を、と思ったのだが、どうやらそれどころではなくなってしまったようだな」
「いえ、オーロラ様であれば喜んで出迎えていたでしょう」
旧知の仲なのだろう。出迎えたコーラルは柔らかな表情を浮かべ、脱いだ外套を受けとる。
「それで、他には誰がここにいるのだ?」
白の鬣を撫でるその男。
一目見て分かる通り牙の氏族であり、犬科の多い彼らには珍しい猫科。それも獅子の顔を持ち、風貌だけならブリテンの王として遜色ないと言われていた。
「はて、誰とは?しもべ妖精なら数人いますが?」
「……わざわざ言わせるな。ウッドワスだ。それにムリアンやランスロットなど、私があまり顔を合わせたくない連中についてはお前が一番詳しいだろう」
彼の名は、ボガード。とても紳士的な妖精であり、着名を受けた妖精騎士に迫る実力を持つ、ブリタニアの将の一人である。
「いえ、ウッドワス様は訓練場の方に向かいました」
「そうか。ならあちらの指揮はアイツに任せるとしよう」
「ですが、ランスロット様は屋敷でお休みになられています」
「ぐぅっ。……ま、まぁ休んでいるならいい。当然、オーロラ様とは部屋を別けているのだろう?」
「はい。いつもなら駄々をこねるところですが………流石に遠慮したのでしょう。隣の部屋に入られました」
「聞くが、覗き穴とか空いてないよな?」
「新築ですから。壁も『そういう音』を溢さないように分厚いですしランスロット様が空けない限りは」
「……空けないと思うか?」
「猥談は好きでも性犯罪は毛嫌いするタイプの人ですから、たとえ穴が空いていても『覗き』はやらないかと」
「猥談は好きなのに、性犯罪は毛嫌いするのか。あれはあれで、性犯罪の一部ではあると思うのだが……うぅむ……やはり、分からん。お前達はよくあんな頭のおかしいやつの相手が出来るな」
「慣れですよ、慣れ」
死んだ目をして遠くを見るコーラル。
これでも昔は公衆の面前では抑えるようにしていたらしい。コーラルが生まれる前のことだったそうで、200年以上昔のことになるが、嘘か真か、その頃には彼女のファンクラブがあったそうだ。
「では、いってくる」
「はい。オーロラ様はまだ目覚めてはいませんので、無理に起こそうとはなさらずに。お医者様が自然と起きるのを待つのが一番だとおっしゃっていました」
オーロラの部屋はブリタニアという大国の女王の部屋というには狭く、一人で使うには広い、そんな質素な部屋だった。
この部屋唯一の扉が閉じられる。窓から照らす月明かりだけがこの部屋の照明で、月の陰の下で眠る彼女の姿はとても幻想的だった。
「……ふぅ」
分かってはいたが、ここまでとは。
深く息を吐く。たった数歩、この巨体なら二歩歩けば届く距離がどうしようもなく遠く感じた。これが彼女の持つ力……いや、魅力なのか。
まるで無力な姿なのに、決して開けてはいけないパンドラの箱に手をかけているような緊張感が、喉を鳴らす。
「……」
覚悟を決めて、ボガードは一歩踏み出す。
なに、やましいことをするわけではない。
ただいつものように、天気の話とか、朝食の話とか、世間話をすればいいだけだ。
二歩、もう目の前である。
ボガードは膝をつき、オーロラの顔を見る。
「……本当に、綺麗だ」
心からの吐露だった。シミの一つもない肌。1ミリも狂いのない眉。小さく動く鼻。そして閉じられているが、その瞳はきっと、宝石みたいに輝いているのだろう。
「やぁ、オーロラ様。ご機嫌はいかがかな?今日の夜空は星が良く見えるぞ。明日は快晴だそうだ。きっとピクニック日和になるだろう。子供達の手を引いて野原を駆け回る。あぁ、そういうのが貴方には似合う」
オーロラの頬に手をあて、なぞり、唇に触れる。
「ピクニックに行くなら、お弁当も必要だな。バスケットいっぱいのサンドイッチに、ブドウジュース。そしてデザートの林檎だ。……今から準備するんじゃ間に合わない?うんや、実は林檎はもう用意してあるんだ」
ボガードは笑う。彼女の頬を掴んで、口を開かせ、そして胸元から取り出した林檎を彼女の口へと押し込む。
「おい、お前。何をしている?」
バキリっとボガードは、いや、ボガードに化けていた彼は気付けば地面に倒れていた。
「……は?殴られ、おいおい……覗きはしないんじゃなかったのかよ」
遅れて痛みがくる。どうやら殴られたのは横っ腹だったらしい。「化けてなかったら真っ二つだったな」とボガードらしからぬ厭らしい笑みを浮かべてそれは立ち上がった。
「はじめまして、ランスロット様。俺の名前はベリル・ガット。ただのしがない殺し屋さ」
「……本物のボガードはどうした?」
「もしかして友達とかだったか?俺の魔術は填まれば強いが、とにかく使い勝手が悪くてね。この姿になる為に、心臓を抜き取って食べたんだ。それだけじゃ足りなくて、目玉やら、睾丸やら、内臓を盛りだくさん。確か、すい臓を取り出した時だったかな。ピクリとも動かなくなったのは」
「そうか、死ね」
ランスロットの槍は的確に、ベリルの心臓を狙った。
「やっぱ、噂は本当みたいだな」
その先をベリルは掴んで、勢いを後ろに流す。
「お前、霊基がボロボロなんだって?俺の世界で言えばアルビオンってのは、真祖や神霊よりももっと格上とされてたんだが……これじゃ良くてトップサーヴァントってとこだ。左手の分は残してるんだろ?それにしては弱すぎんだろ」
「黙れ」
ランスロットが間合いを詰めようとするより、ボガードの肉体を操るベリルの方が僅かに速い。
「弱った分はランスロットの霊基で上乗せしてるってわけか。立派だな。弱いなりに必死に努力して」
ベリルはランスロットに指を指す。
「お前の真名は【メリュジーヌ】だ。……ほら、これでまた弱くなった」
ランスロットの着名が剥がれた。彼女がしていたバイザーと鎧が消失する。
メリュジーヌはノータイムで全魔力を解放した。
「成る程。ボロボロの筈のお前が昔より強くなったと言われていたカラクリはそれか。強化で全盛期以上の身体能力を得ているってところだろ?竜が人間様の魔術を使うとは……なんともまぁ哀れなもので。だが、その魔力は何処から出している?湧いた側から回復に回さなきゃ、たちまち霊基が崩壊しそうなギリギリのお前に貯蔵出来る余裕なんてない。戦闘で使う分はこの女王様から受け取ってるんじゃないか?」
だとしたら、この力は一時的なものだ。
最後まで口にすることは叶わず、頭を掴まれ物凄い勢いで地面を引きずられるベリルは、それでも勝利を確信する。
「本当はウッドワスの身体が欲しかったんだが、これでもお前の相手なら十分そうだ」
「何か、勘違いしているようだけど」
メリュジーヌが地面を強く踏みしめると、二人をドーム状の結界が包み込む。
「これは、何だ?」
魔術体系が違いすぎて分からない。だが、恐ろしいほど高度な魔術なのは肌で理解出来た。
「安心しなよ。これは僕のじゃない。マーリンに用意してもらったんだ。僕とウッドワスが本気で戦っても街に被害が出ないようにってさ」
「はぁ?それで、逃げ道を失くして困るのはお前だろ?」
「さっき、わざと
「……のり?」
「ボガードは良い友人だった。妻談義で盛り上がって、何度夜を明かしたか……またやろうって約束したのに、お前は殺した。だから僕はお前を殺す」
「おお、怖い。だが予想や憶測だけで俺がここまで来るわけねぇだろ」
ベリルはもう一つの手札を切った。
地面から百を超えるモースが誕生する。
「万全のアルビオンの左腕を殺せる算段は立てて来たつもりだ」
「なら君は決して僕には敵わない。僕は万全のアルビオンの左腕の五倍は強いから」
メリュジーヌは槍を捨てる。
「……でも、それじゃあ生ぬるいよね。もしかしたら逃げられるかもしれないし、逃げたらきっとまた僕の大切な人たちを傷つける。だから絶対に殺さないといけない。
ウッドワスにも見せたことない、とっておき。冥土の土産に見せて上げるよ」
メリュジーヌは小さく呟いて、左手を掲げた。
「オーロラが眠っている間、僕はアルビオンとして回帰する」
閃光が走る。
「……は?」
ベリルは目の前で起きた変化に目を疑った。
「オーロラが寝ている以外にも色々とこれに成るには条件があるんだけど、お前は運が良い。それとも、悪いのかな?まぁ、運命だと思って受け入れてよ」
先ほどまでとは桁違いな迫力だ。
何より少女の姿が今は、大人へと成長している。そして手足に生える竜の爪は恐らく、当たれば防ぎようがない。
「……老けたか?」
「失礼だな。成長したと言っておくれよ」
落雷が落ちる。
その日、ソールズベリーに伝説が蘇った。
メリュジーヌ(回帰状態)
眠っているオーロラと力をトレードするわけではなく、あくまでオーロラが眠っている間に観る夢として顕現するスーパーツヨツヨ形態。