【本編完結】灼眼のシャナ異伝~逆襲~   作:白井茶虎

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8 願い

 

 十一月某日、十六時。御崎第二公園に、悠二は到着した。

 シャナはヴィルヘルミナと自宅にいる。マージョリーもいつも通り佐藤家方面に気配がある。全員の位置をもう一度確かめて、悠二は公園を覗く。

 ミコトのあの小さな紅世の気配は無い。公園には一つの人影……一つのトーチ。

 調律が終わってトーチは消えた。ヴィルヘルミナとシャナの様子を探ったあの日、玻璃壇で御崎市のトーチは自分だけだと嫌ほど確かめさせられた。

 

(他の街から……?)

 

 トーチにそんな行動力があるだろうか――と考えつつ、まだこちらに気付いていない横顔を覗くと……。

 懐かしい面影が、あった。

 

「まさか」

 

 口から零れる驚愕。その声に反応し、そのトーチはこちらを振り向く。

 

「よ、悠二」

 

 声は低くなり、笑顔は力強く――だが、懐かしいその人は……池雅人だった。

 

「まさ、にい……?」

 

 悠二は何があったのかまるで理解できず、呆然と名を呼んだ。

 

「ああ、そうだ、池雅人だよ。ミコトじゃない、オレだ」

 

 堂々と、飄々と、胸を広げて自らを示す雅人。もう一度会って話したかった『兄』であり、もう失われてしまったはずのその人。悠二は頭を働かせるが、答えは見えてこない。

 

「本当に? なんで……」

 

 目の前の雅人は散々見てきてその度に胸を痛めてきたトーチに他ならない。罠らしき自在法や徒の気配は無い。

 

「うーんとな、ミコトと賭けをしてたんだ。『一年間正気を失わなかったらご褒美』って」

 

 悠二はトーチ相手になんて非道なことを、とも思うが、それ以上に“存在を乗っ取ったにも関わらず憑依元の意識を繋いでいた”ことに驚いた。

 

「今までのこと……御崎市で起こってたことは」

 

「全部知ってる。『マフツノカガミ』――宝具の中から見てたんだ」

 

 トーチの真実はもちろん、悠二や『零時迷子』のことも。

 

「で、そのご褒美は『なんでも願いを叶える』ってやつでさ。人間として生き返るって願いもオーケーだった」

 

「え、じゃあ。まさにいは!」

 

 ミコトは街を離れた。にもかかわらず雅人はここにいる。ということは――

 雅人は首を横に振る。

 

「別の願い事にしたんだ。オレは今夜完全に寝て意識を失った直後、消滅する」

 

 消滅。痛みは伴わないとはいえ、死に他ならないというのに。雅人は穏やかに言った。

 

「予定は来年の三月までだったけど、諸事情で期限を繰り上げたから、丸一日ボーナスタイムをくれたってわけ。午前中は親父に電話したり、おふくろ孝行したり、速人と話したりしてた」

 

 それは、紛れもなく終わりに向けての整理だ。雅人は本当に、自らの死を受け入れている。

 

「まさにい……。もう、何とも、ならないの?」

 

 ()()チャンスを捨てたのは分かった。しかし、今()()()()()雅人に少しでも可能性があるなら、捨ててほしくなかった。

 悠二の悪あがきは、その奥の想いも含めて伝わった。だからこそ、雅人は首を横に振った。

 

「今、これからも戦う悠二らを見てさ。オレだって何かをしたくなったんだ」

 

「でも、この“戦い”でまさにいが死ぬ必要なんて……!」

 

「オレは死んでるんだ」

 

 悠二は言葉を呑む。改めてトーチである自分と向き合わされた気がして。

 

「偶然生き返るチャンスを手にして、その中で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()人たちを、自分の安全のために大量に“狩って”貰ったんだ」

 

 それは、悠二も同じ。初めてシャナと共闘した作戦の中で、悠二はトーチを囮――いや、犠牲にして、徒をおびき寄せた。

 

「その罪滅ぼし……ってわけでもないけどさ。オレは生き返ってただのモブに戻るより、走り続けて、最後を少しでも“良く”するって決めたんだ」

 

「まさにいは……何を?」

 

 その命を燃やして、何を願った?

 

「ナイショ。どういう結果になるかは分からないけど、ミコトなら悪いようにはしないさ」

 

(まさにいも、戦ってたんだな……)

 

 悠二は悠二の時間の中で、戦ってきっと成長した。雅人も同じだった。

 

「ってことで悠二。オレは残りの時間を『家族孝行』に費やすって決めてんだ。だから……悩みはおにーちゃんに言ってみな?」

 

 悠二は泣きたくなった。兄弟のいない悠二にとって、雅人は兄で。雅人も悠二をもう一人の弟として認めてくれていた。

 だが、涙をこらえて真っ直ぐ雅人を見た。

 

「僕は……この戦いを、終わらせたい。御崎市のじゃない。誰かが喰われ、消えて、復讐を決意し、死んでいく……このどうしようもない戦いを」

 

 雅人はほー、と息を吐き目を丸くした。

 

「それまたでっかい願いを」

 

「出来る出来ないじゃない。やるんだ」

 

 誓いを、もう一度。

 

「悠二。さり気なく大物になりそうだっておまえのこと思ってたけど。想像以上だ」

 

 数千年続く戦いを自分が終わらせようという、無謀以外の何物でもない願いだ。雅人は無理だと否定せず、悠二の全てを肯定してくれた。

 

「計画はないんだろ?」

 

「うん……。でも、いつか。歩き続けてたなら」

 

 シャナに、己に誓った大きすぎる願い。雅人――兄に、後押ししてほしかった。

 

「大丈夫。おまえならできる」

 

 雅人も同じく、上手くいく確証も奇跡への道しるべも見当つかないだろう。

 それでもいい。欲しかったのは、自分の想いを受け止めてくれる“信頼できる”相手だったから。

 

「……まさにい」

 

「うん?」

 

 悠二はこれから消えゆく彼に、何を言えばいいのか分からない。それを受け入れているなら、尚更。

 口の中で言葉を作っては否定し呑み込んでいく悠二。そんな彼を見て雅人は笑いながら、悠二の腕をすくい肩を組んだ。

 

「悠二。おまえもオレのこと覚えててくれ。ずっと。その代わり……あの世か何かで見守っとくからさ」

 

 乱暴に置かれた腕は、それでも暖かく。悠二はとうとう、涙を一粒頬に流した。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 一つのトーチが消滅した。その翌日真昼。

 御崎市の大部分が、巨大な封絶に囚われた。

 いつものメンバーで昼食をとっていた悠二とシャナは、その色に軽い絶望を覚える。

 

 封絶を構成する炎の色は、濁った紫だった。

 

「“千変”シュドナイ――!」

 

 中でも田中は、パニック寸前に陥っていた。その名は尊敬するマージョリーが(本調子ではなかったとはいえ)破れ、倒しきれなかった徒のものだと覚えていた。そして、再びこの『日常』が壊れる恐怖。

 シャナは“友人の重荷を軽くしたい”という御崎市に来る前なら一蹴していた感情から、行動を決める。

 

「あなたたち二人と、吉田一美、緒方真竹、池速人を封絶の際まで運ぶ。そこからはなんとかして」

 

「玻璃壇には僕が行く。大丈夫、学校には被害が及ばないように戦う……そうだよね?」

 

 悠二の補足にシャナが頷く。封絶の主には一番近くにいたらしいヴィルヘルミナが対処しており、差し迫った状況ではないからこの行動を選ぶことが出来た。

 

「シャナちゃん、ありがとう。坂井、頼む」

 

 佐藤が短く礼を言い、震えつつ田中も頷く。

 

「ぐずぐずしてられない。行くわよ」

 

 固まっている三人と青い顔の二人を『夜笠』に包み、窓を開けて飛んで行った。

 

(十中八九狙いは『零時迷子』……。だとしても、乗り越えるんだ!)

 

 悠二は決意と覚悟を胸に秘め、同じく窓から飛び出した。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 鈍色の剛槍『神鉄如意』をリボンで受け流しつつ、ヴィルヘルミナはシュドナイの様子を観察する。

 

「小手調べをする理性があるなれば、“頂の座”は存命なようで」

 

「安穏無事」

 

 ティアマトーも挑発する。対するシュドナイはリボンに絡めとられた五体を何千の蝙蝠に変化させた。

 

「俺のかわいいヘカテーを危険に晒すだけでは飽き足らず、大事な“案内役”をこの世から脱落させてくれたんだ。その意味、分かるな?」

 

 そして蝙蝠は濁った紫の炎に変化し、圧倒的な質量を伴いヴィルヘルミナを呑み込もうとする。

 

「鬼さん鬼さん、ちゃんと目隠ししているかい!?」

 

「三回回って手の鳴る方へ!」

 

 炎の轟音を切り裂き『屠殺の即興詩』が戦場に響く。炎がヴィルヘルミナを避け、その遥か後方でぶつかり大きく爆発する。

 

「たった一か月前に来たばかりじゃない!」

 

「来月には“逆理の裁者”が突撃してきそうだなヒャハハハハ!」

 

 ぶつかった炎からビルほども直径がある槍が突き出てきて、マージョリーへと一直線に唸る。マージョリーが避けるまでもなく、桜色のリボンが緩やかに軌道を逸らす。

 

「あの口ぶりでは“嵐蹄”だけは仕留めれたようね」

 

「その弔い合戦でありますか」

 

「フェコルーには悪いが、それだけで仕事を中断できるほど暇じゃないんだ、な!」

 

 槍はリボンを内側に取り込み、繋がるヴィルヘルミナを地面に叩きつけようと翻る。

 その槍を、紅蓮の弾丸が真っ向からぶつかる。『神鉄如意』と『贄殿遮那』は一瞬拮抗し、紅蓮と紫の大爆発で両者は引きはがされた。

 

「『戦技無双』に『殺し屋』に『天罰狂い』――闘争の渦とはよく言ったな!」

 

 頬についた一筋の煤を拭いつつ、シュドナイは笑う。

 得た僅かな情報を伝えられ、シャナは屹然と声を上げる。

 

「なら、狙いはやっぱり『零時迷子』!?」

 

「お前たちの言うように弔い合戦でもあるのさ。狙いが知りたければ――!」

 

 シュドナイは腕を変化させた三つの虎の頭で三方に襲い掛かる。

 

「力づくでだッ!」

 

 マージョリーは姿ごとかき消し、ヴィルヘルミナはリボンで本体へと誘導させ、シャナは炎を噴射し本体ごと焼き尽くそうと突進した。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 悠二は御崎市のミニチュアと、鮮やかな炎、壊れ行く街を見て、冷徹に頭を回転させる。

 

(何か……何か。シャナたちを楽にさせる『何か』を、考えるんだ……)

 

 今のところ拮抗しているように見えるが、いつバランスを崩して犠牲が出てもおかしくはない。

 悠二は一度シュドナイと対面したことがある。あの時の記憶や気配から察するに、『気配の大きさ』はマージョリーやヴィルヘルミナ以上、『練られる“存在の力”の大きさ』はシャナ以上なのだ。

 シャナと音声が繋がっている栞から、シュドナイ言葉も伝わっている。シュドナイが弱点らしい弱点の無い純粋なる強者ならば、狙いを突き止めて追い払う方法を考えねば。

 

(普通に考えて、狙いは『零時迷子』の奪取だ)

 

 だとすれば、賢しく暗躍する[仮装舞踏会(バル・マスケ)]なら、もう少し上手くやるのではないか? 例えばシュドナイが三人の特別に強いフレイムヘイズを引き付けている間に、別の徒が自分に接触するなど。

 

(玻璃壇にも他の徒の自在法は無い。気配も無い……はずだ)

 

 例えばミコトのように悠二が感知できないほど小さな気配なら、玻璃壇にも映らないが。

 そんな小さな徒が接触するなら、フレイムヘイズたちが戦闘モードに入り連絡をこまめに取り合っている今ではないはずだ。

 故にまだ接触が無いということは、これからも無いのではないか。

 悠二は気配隠蔽などしておらず、シュドナイの腕とフィレスの全ての“存在の力”を保有している。気配の大きさだけなら、三人にも引けを取らない。悠二の居場所が分からず探しているというのはあり得ない。

 

(そもそも『零時迷子』には[仮装舞踏会(バル・マスケ)]の発信機みたいなやつが刻まれたとこだし)

 

『清秋祭』の戦いでヘカテーが言った『烙印』とは、そういう機能があると分かっている。無作為転移という強硬手段をフレイムヘイズ側が選べなくなったのだから、悠二自身は少しほっとしたのだが。

 

(少しずれたかな)

 

 思考の方向を修正する。

 シュドナイは先の戦いで討滅したという“嵐蹄”フェコルーのかたき討ちが目的の一つだと言った。しかし『それだけでは動けない』重鎮であるとも、語っているしそう聞いている。

 だから狙いは『零時迷子』。

 

(……)

 

 しかし、非効率的だ。忙しい切り札であろう『将軍』を、一人でこの死地に放り込んだ理由は。

 

(そうか、狙いは()()()()じゃないんだ!)

 

 パズルのピースがかたかたと組み上がり始める。正解たる『言葉』に行きつく前に、直感に従って、悠二は玻璃壇を離れた。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 一進一退、ぎりぎりの攻防を三人のフレイムヘイズと一人の“紅世の王”は繰り広げている。

 なんとか学校方面の破壊は免れているも、戦場たる旧市街地は廃墟と化している。

 そんな中、響き渡ったのは。

 

『“千変”シュドナイ!』

 

 シャナの栞を通した、悠二の声だ。

 シュドナイが攻撃の手を緩め、戦闘も惰性で緩まっていく。

 

「おや、この声は確か……“ミステス”の?」

 

『そうだ。『零時迷子』の“ミステス”、坂井悠二だ!』

 

 シュドナイが完全に手を止め、戦場に響くのは二人の声だけとなる。

 

『あんたが今回ここに来た理由は、『零時迷子』の奪取じゃない。そうだな!』

 

「だとすれば?」

 

 にやりと笑う気配を栞越しに受け取り、答え合わせをする。

 

『『零時迷子』が無事かを確かめに来たんだろう!』

 

「く……くくく」

 

 シュドナイは笑いを声に含ませ、槍をがんと肩に乗せた。

 

「その通りだ。慧眼だな、坂井悠二!」

 

 これ以上消耗するのは愚策だと判断し、シュドナイは上空からゆっくりと廃墟に降り立つ。

 

『『零時迷子』には『烙印』が刻まれた。なのに()()()()。緊急事態だからあんたが駆け付けた』

 

「まさしくその通り。そこのフレイムヘイズどもが細工をしたのかと探っていたが、そうではないようだな」

 

 そして、煙草に火をつける。

 

「停戦だ。『零時迷子』の危機だ、共に原因を調べようではないか」

 

 三人で戦って()()()()討滅し切るには難しい相手だ。共通の目的があるなら、手を組むしかない。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 悠二が合流し、まずは街を修復する。規模が規模だけに消耗になるという『封絶』も、解いてしまった。

 佐藤たちには(近くにいるだろう池や緒方に配慮し)電話をかけ、学校に戻るよう伝える。悠二たちはひとまず佐藤家の庭で現状確認をすることになった。

 

「そのミステスの推測通り。かわいいヘカテーが『零時迷子』を見失ったから、俺は様子を確認するためにこの街へ来た」

 

「僕はここにいる。『烙印』にも手出しできていない」

 

 シュドナイは悠二をしげしげと見つめる。“愛染の兄妹”戦でのはったりと怒りを思い出し、悠二は背筋が冷たくなるのを感じた。

 

「最近この街で変化は?」

 

「ミコトが出てったことくらい?」

 

 マージョリーが答える。一昨日バーで飲み明かし、泥酔して目を覚ますと姿を消していたという。

 

「そういえばいないな。あの()()()()()()()()

 

 気配の小ささ故、シュドナイは“ちびっこ”と呼んでいる。

 気配も直接的な戦闘能力もない故に、報告で滞在は知っていたが気にしていなかった。

 

「玻璃壇にもおかしな自在法は映ってなかった……」

 

「『零時迷子』をもう一回調べてみる?」

 

 シャナの提案を聞き、シュドナイはごそごそと懐に手を突っ込む。

 

「それならこれを使ってくれ。俺のかわいいヘカテーが持たせてくれた、『烙印』を調べる自在式さ」

 

 出したのは、明るすぎる水色の水晶。マージョリーがまず手に取って確かめるが、調べる以上の妙な式は無いらしい。

 

「嘘なんてつかないわよ。私だって何も分からないまま『零時迷子』がどうにかなるのは困るから」

 

 敵の自在法をまた受け入れることに渋る悠二とシャナ。しかしマージョリーが発動することにより情報をまずこちらが精査するという条件を呑まれたことで、観念するしか無かった。

 

「これが星のお姫様の自在法ね……」

 

「精緻さも力強さも完ぱブッ!」

 

 完敗と口走りかけたマルコシアスを殴る。やがて水晶の色は群青色に変わり、悠二の胸に押し付けられた。

 

(調べられてる……以上の感覚は無い……)

 

 悠二も全身全霊で自在法の効果を感じ取るが、妙な気配は無い。

 ひと通り自在法が稼働し、奇怪な文字列が水晶に吸い込まれていく。その文字群を“グリモア”に写し、マージョリーが読んでいく。

 

「あら……?」

 

「んあ?」

 

 マージョリーとマルコシアスが同時に疑問を声に出す。

 

「何かとっかかりを? 『殺戮の美姫』」

 

「『烙印』は今も正常に動いているわ。ただし、()()()で」

 

 自在式は“本来”とは真逆に、全くの真逆故に正常に、作動しているらしい。

 分かったのはそれだけ、とマージョリーは沈思する。シュドナイは水晶を受け取り、中を覗く。

 

「いや、鏡映しなのはこの水晶の方だ。受け取った時と文字列がそっくり逆になっている」

 

 そしてシュドナイも腕を組み煙草の火を点け直す。

 全員がこの意味について考え、やがて後方から警戒しつつ見守っていたヴィルヘルミナが、ぽつりと漏らす。

 

「鏡映しなのはその水晶であるのでしょうか。それとも、我々か」

 

「戯言」

 

 ティアマトーが言ったように、ヴィルヘルミナは言葉遊びの類で口に出したのだが、それに刺激され悠二は少しずつ糸のもつれが解けていくのを感じる。

 

(鏡……)

 

 その単語は最近聞いた。

 

――「八咫鏡は別名真経津鏡(まふつのかがみ)といい……」

 

 寄り道の多い日本史教師が、授業で語っており。

 

――「全部知ってる。『マフツノカガミ』――宝具の中から見てたんだ」

 

 雅人はそこから悠二たちを見守っていた。

 この予感が正しいとすれば。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

「ミコトさんは、異空間を作る宝具を持っていました」

 

 悠二は険しい顔をして、その場所への道を歩いていた。

 

「酒蔵に使ってるっていうあれかしら」

 

「『マフツノカガミ』っつったか。……ああ、それで」

 

 マルコシアスの軽薄な声は低く沈む。

 

「つまり、私たちは『眇理の還手』が作った異空間にいるっていうこと?」

 

「もしかしたら」

 

 シャナの率直なまとめに悠二は頷いた。

 

「しかし、このような大規模な空間の維持だ。“存在の力”が尽きたばかりの『眇理の還手』に可能なのか?」

 

 アラストールのもっともな疑問に、全員が無言で同意する。

 

「僕は一度、そこに入りました。宝具の起動にも維持にも、“存在の力”は必要ないと思うんです」

 

『貪奪』戦で緊急避難的に“酒蔵”に入った瞬間、ミコトが宝具を起動したと気付けなかった。異空間のはずのその世界も、現実世界と区別がつかず――まさにこの世界のように――違和感なく()()()()()()

 

「ここが酒蔵――ミコトの世界だとすると、向こうからの攻撃も足止めも無い訳は?」

 

 マージョリーも断片的に『酒蔵』について聞いている。温度湿度時間までも思い通りだと言っていた。

 

「ミコトさんと同じように、戦闘の役には立たないからじゃないでしょうか。例えば……」

 

 温度は“現実的にあり得る気温”まで、湿度も同様、時間は()()()()()()()()()()()()などなど。

 

「『暗躍迷惑ちびっこ』なら納得できる性能だ」

 

 シュドナイが半分呆れつつ『眇理の還手』を思い出す。彼は気配の小ささの割に、足元をすくう“力”を持っている。この宝具は規格外の能力を持つ割に、役立たせるには難がある。正反対は、似ているにも通ずる。

 

「では、『眇理の還手』の狙いは」

 

 ヴィルヘルミナのシャナに似た率直な問いには、悠二は答えられない。

 

「『零時迷子』が異空間に取り込まれたから『烙印』を見失ったのであって、そこに狙いが無いなら……分かりません」

 

 本当は、手掛かりならある。

 雅人の願いを叶えるために、今彼は動いているという手掛かりが。

 だが、言えない。

 別れ際に、雅人にこう言われたからだ。

 

――「オレが人間として復活する道もあったってのは、フレイムヘイズたちには内緒にしといてくれ」

 

 これが、雅人が悠二に接触する条件だったらしい。

 まだ敵とも味方とも判別つかないのだ。世話になったのも事実、迷惑はかけたくない。

 この場の皆は悠二の言わなかったことに幸い気付かず、ああでもないこうでもない、考えるだけ無駄ではと、移動の間の暇つぶしとして議論を広げていた。

 

「着きました」

 

 そこは、池速人の家。

 

「封絶」

 

 消耗について気にしなくていい悠二が、銀色の封絶で池家を囲む。

 

「宝具に入った時、『入るな』ってきつく言われた部屋が、池雅人の部屋でした」

 

 鍵が閉まった扉を破壊しつつ、池雅人のもの()()()部屋に入ると……。

 

「見つかったか……」

 

 何も無いがらんどうな空き部屋の中心で、ミコトがあぐらをかいていた。

 

「それは……!」

 

 ミコトが抱えるのは、噛み合っていないにも関わらず回転する歯車群。その鼓動は、ただ不安定なリズムを刻んでいる。

 

「『零時迷子』!」

 

 見たことが無くても、それがそうなのだと分かった。

 シャナが炎髪と『贄殿遮那』を煌めき閃かせ、ミコトに迫る。

 

「何をしているの」

 

「何をしてるように見える?」

 

 彼の周りには……『零時迷子』を形作るパーツに似たものが、散らばっている。

 

「それを……解体しようとしている」

 

「誤魔化しきれんな。当たり」

 

 純白の光が鼓動として発せられ、また一つ小さな歯車が、ぱきんと音を立てて床に落ちた。

 

「あーあ。夜まで気づかれんかったら、無事バラバラだったのになー」

 

 マージョリーが大きなため息をついて、訊ねる。

 

「自分の“存在”を消費してまで?」

 

 諦めたように頭を抱えるミコトの右半身は、既に無い。輪郭を留めている左半身も、純白の炎を微かに散らしながらぼんやりと形を失いつつあった。

 

「力が無いなら『自前』を使うしかねーじゃん」

 

 その声に迷いはなく。消えつつあるからこそ力強く、最期の輝きを放っていた。

 

「元に戻してくれるなら……“存在の力”をあなたに分けます」

 

 悠二の最大限の譲歩に、ミコトは首を横に振る。

 

「これは俺の目的だ。今更やめる訳にはいかんな」

 

 この譲歩はミコトへの情からのものではない。『零時迷子』という厄介極まりないとはいえ己の生命線を握られているからこその、命を繋ぐ駆け引きだった。

 

「そう暗い顔すんな。この解体中の『零時迷子』は鏡。本物は“まだ”お前さんの内にある」

 

 シュドナイが外れた歯車をつまみつつ、問いかける。

 

「それじゃあなんだ。今やってるのは『零時迷子』解体の練習とでも?」

 

「それを答えて、見逃してはくれんよな」

 

「当たり前だ」

 

 強大で獰猛な気配をちらりと覗かせる。

 

「今すぐ元に戻せ」

 

 サングラス越しの睨みに、ミコトは真っ向から睨み返す。

 

「方法は一つ」

 

 立ち上がり、鏡だという『零時迷子』を残った左腕で抱える。

 

「解体を終えたらこの世界を崩す。その瞬間()()()()()()()調()()()。この世界が無くなれば、『零時迷子』は()()姿()になるって訳さ」

 

「それを回避するには?」

 

「術者の俺を()()しかねーよ」

 

 道理には叶っている。全員が闘気を表出させ、それぞれの戦闘準備を終える。

 

「遺言は?」

 

 シュドナイが濁った紫の火の粉を全身から吹き出しつつ、短く問うた。

 

「これが『願い』を叶える最短ルートだった」

 

(まさにいの、願いの……!?)

 

 悪いようにはしない――そう信じていた雅人を、このフレイムヘイズは裏切ったのだ。

 雅人は悠二の消滅を、望まなかった。それだけは、確信している。

 

「許さない」

 

 悠二のその言葉を口火として、シュドナイが巨大な虎の頭を顕現させミコトを呑み込んだ。

 

「がぁ――!」

 

 痛みに叫んだのは、シュドナイだった。虎の頭は消滅し、傷一つないどころか身体を再構成したミコトが残る。

 手には濁った紫の炎を吸い込む『鏡の零時迷子』。

 

「『戒禁』は最後まで残してんだよ!」

 

 つまり、ミコトへの干渉を『零時迷子』に写し、無尽蔵に“存在の力”を喰らう『戒禁』を発動させたのだ。

 また腕をもがれたに近いシュドナイだが、()()()()で闘志は絶やさず、炎弾で池家ごと燃やす。

 しかしまた『鏡の零時迷子』に吸収され、ミコトの“存在”は膨れ上がる。

 

「さすがは数千年()()()()()()()だけある。正面突破は無理か」

 

 シュドナイが感嘆を混ぜつつ様子を窺うフレイムヘイズらに言う。

 

「今は共闘の時間だろう?」

 

 世界のバランスを考えるなら、人を喰らうシュドナイに任せて消耗させるより、自分たちでやるしかないだろう。

 

「牡鹿は深い森が好き! 兎はやっぱり丘が好き!」

 

「騎士は輝く剣が好き! 貴婦人我儘通すが好き!」

 

『屠殺の即興詩』も『鏡の零時迷子』に向かうが、濁った紫が純白に変わり、それが盾となってはじき返す。

 その隙に、いつの間にか伸びていたリボンがミコトの足を払い転ばせる。緩んだ腕に一斉にリボンが巻き付き、『鏡の零時迷子』を奪い取る。

 そして、シャナが『贄殿遮那』を先頭に突撃する。炎はミコトの干渉で剥がれ落ちるが、勢いは消えず『贄殿遮那』も煌めく。

 

「はぁッ!」

 

 純白の盾を力づくで突き破った先に、倒れたミコトが剣を持ち身構えていた。

 

「――」

 

 力比べにもならず『贄殿遮那』はミコトを突き破り、彼はあっけなく消滅した。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 入ったであろう瞬間と同じく、出たであろう今も全く何も感じなかった。

 

「悠二、何ともない?」

 

「うん……。『零時迷子』はいつも通りの調子だと思うよ……」

 

 半ば破壊されていた見たことなかった己の核。心臓がどきどきしたままだが、それ以上の違和感は無い。

 

「よかったのでありますか? 『弔詞の詠み手』」

 

「知友攻撃」

 

「別に。『零時迷子』が壊されて困るのは私もよ」

 

「それに、どーせどっかで生き延びてるさ」

 

 ヴィルヘルミナは心配するも、マージョリーはあっけらかんとしていた。

 

「そうか。『烙印』の反応が正常に戻ったらしい」

 

 シュドナイが本拠地『星黎殿』からの報告を伝える。となると、ミコトの鏡の世界からは無事抜け出れたということだ。

 灰燼と化した池家を修復してから、悠二はシュドナイに申し出る。

 

「今回の戦いで消耗した分、“存在の力”を渡す。……そうしなきゃ、どこかで人喰いするんだろう?」

 

「物分かりのいいことで。ありがたいな」

 

 吸われ過ぎないよう、ヴィルヘルミナのリボンを介して受け渡す。シュドナイは腕を復活させ、確かめるように握り締めた。

 

「共闘はおしまいだ。大人しく帰るとする」

 

 シュドナイがフレイムヘイズたちを順に見て、最後に悠二を見つめた。

 

「な、なんだ……?」

 

「つくづく面白いミステスだ。そう思ってな」

 

 因果の交差路で、その言葉と紫色の火の粉ひとかけらを残して、“千変”シュドナイの気配は消えた。

 全員が元の場所――悠二とシャナは学校へ戻ることとなり、その途中で()()()()シャナは訊ねた。

 

「悠二。なんであんなに怒ったの?」

 

 ミコトの“遺言”に対する答え――許さない、という言葉に対する疑問だろう。

 

「……。身勝手な“願い”でみんなを巻き込んだから……」

 

『零時迷子』の破壊もとい悠二自身の消滅には直接言及しないのは彼らしい。が、あれほどの静かな怒りは、その理由では弱い気がした。

 

「黙ってることがあるの?」

 

「……ううん」

 

()()()

 

 だが、シャナはそれ以上追求しなかった。悠二もありがとうと言いかけたが、シャナの気遣いを尊重して言わなかった。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 シュドナイが帰還した『星黎殿』には、新たな客の姿があった。

 

「さっきぶりだな。また殺されたいか?」

 

「やめてくれー」

 

 あのシャナの一撃で、普通のフレイムヘイズならまず間違いなく死んでいる。しかし『眇理の還手』は普通のフレイムヘイズではなかった。

 

「『零時迷子』の破壊は諦めたからさ。つかあれで無理ならいつまでも無理だ」

 

 シャナたち御崎市のフレイムヘイズも、[仮装舞踏会(バル・マスケ)]も、ミコトの破壊工作にはこれからはより警戒するだろう。その状況で成功させる策は無い。

 

「で、()()()()()

 

 数秒間、ミコトは唇を震わせ何も言わなかった。

 

「あの宝具が危険だからだ。それはお前さんらにとっても、だぜ?」

 

「戯言を」

 

 全ては盟主が為。念願のその時は近いというのに、この小さなフレイムヘイズの警告だけで何かを変える訳にはいかない。

 

「“逆理の裁者”の許可はもう取ってある。俺じゃなくてシャヘルの滞在を、だがな……」

 

 ベルペオルではなく盟主の望みだろう。彼はとことん()()()()で、無邪気なのだ。

 

「ならば仕方ない。――妙な真似を、するなよ?」

 

「分かってまーす」

 

 そうして宛がわれた居場所へと案内されていった。

 

(『零時迷子』が危険、か。()()()()はばれていないか?)

 

 シュドナイはサングラスの奥の瞳を細める。

 実に迷惑な、神と討ち手だ。

 

 




 これで(次の過去編1話も含む)序盤おしまいです。
 1/3か2/5くらい終わりました。

 時間はかかりますが、これからも頑張ります。
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