【本編完結】灼眼のシャナ異伝~逆襲~   作:白井茶虎

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本編がさっぱり進まないから息抜きしていたところ、出来ちゃいました。
もうこの際なので投稿します。

時間は1巻1か月前


雅人の戦い -SIDE:Masato-
1


 今日も、つっまんねー一日だった。

 夕方まで寝て、昨夜買った菓子で腹を誤魔化し、いつも覗いている掲示板の巡回。部屋の前まで運ばれた夕メシを食べ、小遣いを取る。その後は腹がまた減るまでゲーム。小腹が空いて来たら着替えて、外に出る。近くのコンビニでインスタント食品や菓子を調達して、寄り道せず帰る。帰ったらまたゲームするか、ネットサーフィンで暇を潰す。

 退屈だ。ゲームを夢中で楽しんだのは、初めの二、三年だけ。インターネット巡回もその程度。

 オレは我が家――池家の不良債権として、ゴミみてーな人生を送っている。オレのせいで親父が出て行き、お袋は仕事をかけ持って金を稼ぎ、弟の速人は大学を諦めたそうだ。

 将来なんか捨てた。分かってるのは碌でもねー死に方をすること。楽しいことなんかない。このままだらだら生きて、ひっそり死んでいくんだろう。

 部屋にこもってから初めの方は、オレを無視して、そのくせ影口を叩き、時々暴力を振るったあいつらを恨んだ。だが今は恨みが消えた――でも、許した――でもなく、萎えた。何もかも、どうでもいい。

 ナメクジのような、鳥の糞のような、オレの日常。楽しみもなく、暇で退屈でつまらん時間をしのぐことを考えるだけの、オレの日々。

 望みがあるとするなら――日本に安楽死制度でもできること、かな。どうせ家族に見捨てられて死ぬなら、楽に死にたい。

 そう、軽く考えていた。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 三月。真夜中に吹く風はぬるさが混じり始めた。

 オレはこのコンビニの、深夜の常連だ。顔も買う物も覚えられているが、別にどーだっていい。うるさい入店音を背に、猫背を丸めて帰路に就く。

 人通りの無い商店街は、歩くのに不自由しないくらい明るい。以前警官に職質された経験を思い出し、ほんの少し足を速める。

 周りは静かだ。静かすぎて、自分の足音がやたらうるさい。それが気に食わなくて、なんとなく、足元の小石を蹴り上げた。

 しばらく歩いて、違和感に気付く。響くのは自分の足音だけ。小石が落ちて転がる音が、いつまでたっても聞こえない。

 

(まさか――)

 

 恐る恐る、顔を足元から前方へ上げると……。

 

「危ないぜー」

 

 誰かが、まさに蹴った小石を掌で弄んでいた。

 

「す、すいません……」

 

 もごもごと口の中で声を出し、ぺこりと頭を下げる。そのまま横を通り過ぎようとして――。

 腕を掴まれる。

 

「な、なんすか……」

 

「なんかの縁だと思ってさ」

 

 掴む手は、白く細い。なぜか着物を着ている。ゆっくりその人の顔を見る。

 男なのか女なのか分からない、ゲームの中から出てきたような綺麗な顔だった。

 

「お前さん、願い事はあるか?」

 

「……?」

 

「まー、大概の願いは“生き返りたい”で消費されるがな」

 

「……は?」

 

 分かった。危ない人だ。手を振り払って逃げようとしたが、見た目より強い力でがっちりと掴まれている。

 

「お前さんは既に“死んでいる”。だがチャンスをやろう」

 

「……あ、あの。離して……」

 

 電波で意味不明な言葉を重ねるが、怒りよりもなぜか、恐れが先立つ。逃げようとするが、離してくれない。

 

「これから……そうだな、一年。お前さんが正気を保ち続けたなら、お前さんの願いを一つだけ叶えてやる」

 

 ゲームの中にいるように、現実感が無い。そいつはオレの腕を掴んでいない方の手で、オレの胸に手を当てる。

 

「じゃ、よろしくー」

 

 ああ、明るいのは、満月だからか。――最期にそんな思考が、頭を掠めた。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 次に気が付いた時、オレは自分の部屋に倒れていた。

 なんだ夢か、嫌な夢だった。ほっとして起き上がると、他人を拒絶し続けたパーソナルスペースに二つの人影が我が物顔でくつろいでいた。

 

「おはよー」

 

「……ここが貴方の部屋」

 

 一人は夜道で会った着物の人。もう一人は真っ白なワンピースと白い長い髪の、とんでもない美女だった。

 こんな美女、テレビどころかゲームでも見たことない。外人で胸は……そんなに大きくないが、そんなのどうでもいいくらい神秘的で綺麗だった。

 

「あ、あなたたちは……? なんで……?」

 

「せつめーすると長くなるが、自己紹介からだな。俺は『眇理の還手』ミコト」

 

「……私は、“覚の嘯吟”シャヘル」

 

「びょ……しゃへ……?」

 

「ミコトとシャヘル、それでいいよ」

 

 着物の人……ミコトがそれぞれを紹介した。それにしてもシャヘルさんは綺麗だ。この鬱屈としてうんざりする部屋が、美貌で心理的にも物理的にも真っ白で眩しく清らかに感じる。

 

「お前さんは?」

 

「池……雅人っす」

 

 どもりつつ、数年以来の自己紹介をする。

 

「あなたたちは……なんですか?」

 

 最も知りたいことは率直過ぎたようだ。ミコトとシャヘルさんは顔を見合わせた。

 

「……まずは、『この世の本当のこと』を知ってもらうべき」

 

「そだな、まかせろー」

 

 ミコトが語り始めたことは、ゲームとかラノベみたいに荒唐無稽で信じられないことだった。

 この世は紅世とやらからの客、“紅世の徒”によって喰い荒らされているらしい。人間はこの世に生きるための根本的なエネルギー、“存在の力”を奪われ……というか喰われ、誰からも忘れられて、記録からも消えてまるごと消滅するそうだ。

 で、このオレはまさに喰われた被害者で、後数日から数週間の命なんだってさ。

 

「いやいや、んなこと信じられるわけ……」

 

「現実感ないよなーそーだよなー」

 

「……第一段階は経たようね。早ければこの時点で発狂するわ」

 

 シャヘルさんが怖いことを言う。けどさ、信じられるわけないだろ?

 

「その内信じざるを得ないさ。お前さんこれからふつーの生活できねーもん」

 

「ま、まさか……その、“トモガラ”と戦う……?」

 

「死にたいのかゲーム脳」

 

 突っ込まれた。

 

「俺はお前さんの“存在”を借り受けた。お前さんの代わりにお前さんの身体を動かし、家族と接し、日々を送る」

 

 え。

 

「じゃあ……オレ、どうすれば……?」

 

「シャヘルと暇潰してろ」

 

 え!

 

「シャヘル……さんと?」

 

「……欲情したの?」

 

「いやいやいやいや!」

 

 綺麗で憧れるけど……そんな、襲うとか無理っす……そんな度胸無い。

 

「他人に自分の全てを乗っ取られ、その様を見せつけられながら日常を過ごす……これで一年耐え抜いたら、ご褒美って話」

 

 その言い草にぞっとしたけど、それより気になる言葉がある。

 

「ご褒美って……?」

 

「叶えられる願いを一つだけ、叶える」

 

 何それ。チャンスじゃん!

 

「それってなんでも……?」

 

「まー、大体は。生命的な意味の死を覆すことはできた例がない。複数人を直接どうにかするのも不可。願い事を増やす願いはダメ。それ以外なら大体おっけー」

 

「……貴方は『存在亡き者』。人間としての存在を元に戻す……その願いが多い……」

 

 そっか。大金持ちになりたいとか願っても、オレは使えないってことか。

 

「ミコトさん……ここのパソコンとゲーム機……使えるっすか?」

 

「ん? 望むならいいぞ。パソコンは閲覧だけで発信は無理だけど」

 

「なら……楽ショーっす」

 

 二人は同じようにオレの目を覗いた。

 

「オレ……六年、引きこもってるっす。食事とか買い物とかうざい家族とか、全部代わりにやってくれんなら……一年くらい、楽ショーっす」

 

 ついでに絶世の美女付きって。ここは天国か。そうか、死んでたな、オレ。

 

「随分軽いやつだ。こーゆーケースは珍しい」

 

「……現実感が湧いていないのと、外との接触を拒んでいた生活がそうさせるの……?」

 

 ミコトは部屋を見渡しながら、シャヘルさんは恐竜のクッションを触りながらつぶやいた。

 

「願い事は……今決めなくちゃ、いけないっすか?」

 

「いや、約束の一年後でいい」

 

「……生き返り、じゃないの……?」

 

「……」

 

 そうだ。オレはもともと碌な死に方をしないと思ってたんだ。この天国で好き放題やって……後腐れなく死ぬ。

 

「……こんな死に方、理想的じゃん……」

 

 聞かせるつもりの無かった声は届いて、視線が痛いほど刺さる。

 

「まー、じっくり考えな。時間はいくらでも、じゃないがたっぷりある」

 

「……相談、乗るから」

 

 そんな憐れむような言葉に、ついむしゃくしゃして、立ち上がる。

 

「うっぜーな! お前らもオレに説教を……!」

 

 二人はお袋のように怯えず、速人のように侮蔑せず……不思議な目で見返していた。どんな思いを乗せているのか、よく分からない。

 

「……」

 

 ベッドにもぐりこんで、ふとんを被った。眠気はなかなかやってこなかった。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 再びの覚醒。夜中は睡眠に費やしたから、六時は六時でも珍しく朝の方の六時だった。

 部屋にはオレと、シャヘルさんだけだった。彼女は三角座りをして俯き、何かを覗いているようだ。

 

「……起きたのね、おはよう……」

 

 そう小さな声で挨拶するが、シャヘルさんは視線をそらさない。

 

「おはよう……ございます。……何見てるんっすか?」

 

 シャヘルさんは無言のまま、窓を指さす。すると眩しい朝の風景に波紋が走り、みるみる景色が変わる。変わった景色の先には、久しぶりに見る明るい我が家のリビングを背景に、お袋の泣き顔と速人の凍り付いた顔が映っている。

 

「な、なんだよこれ!?」

 

「……ミコトの視点」

 

 窓枠を掴みがしゃがしゃ音を立てるが、向こうは気づかない。

 

「ただ、この『真経津鏡(まふつのかがみ)』にミコトが送る景色を、映してるだけ……。私たちからの干渉は、不可……」

 

 そう、昨夜この人たちが言ってた通りだ。オレの身体は……もう、乗っ取られた、後なんだ……。

 

「……見たくない?」

 

「……」

 

 どっちなのか、分からない。オレの中の冷静……というか他人事のように人生を放棄した部分が

 

(こんなの見続けてたら、確かに発狂くらいするな)

 

 とか考えていた。だけど気にならない、見たくないかというとそれは嘘になる。

 返事をしないまま俯いていると、時間切れとなった。

 

「雅人……」

 

 お袋の涙が滲んだ声。

 

「おはよー。今日から顔出すから」

 

 ミコトののんきな声。

 

「今更なんなんだよ……」

 

 速人の冷たい声。

 

「……お、お腹空いた? 朝ごはん、今からだから。一緒に、食べる……?」

 

「あー、ありがたく」

 

 視点が揺れて、オレの椅子――引きこもってから、一度も座ってない――が引かれて映像が低くなる。

 オレの……じゃない。これは、オレが捨てて、拒絶していた、家族の風景。

 

「消せ!」

 

 また窓ガラスに波紋が立ち、ただの風景に戻った。

 衝動のまま、明るい内は絶対に触らなかった廊下へ出るための扉の取っ手を引く。しかし鍵はかかっていないのに、扉は接着剤でくっついているように、元から隙間なんか無いように、動かない。

 

「くそっ!」

 

「言ったでしょう……こちらからの干渉は不可能。……ここは現実のあなたの部屋じゃないから……床を壊すくらい騒いでも、何もならない……」

 

 消え入るようなシャヘルさんの声。決して家族に会うために開けなかった扉を開けようとした衝動のまま、シャヘルさんの胸倉を掴んだ。

 

「あんたらの目的はなんだ! あんたらは、一体何なんだッ!」

 

「……ミコト」

 

「説明たのむー」

 

 天井からミコトの声が降ってきた。こっちの様子は筒抜けなのか。

 

「昨夜言いそびれたことを説明するわ……。……だから、離してほしいのだけれど」

 

 青く透き通った瞳で見つめられ、少しだけ自分が何をしているのかを客観視できた。乱暴に掴んだワンピースをゆっくりと離し、数歩分距離を取った。

 

「すいません……」

 

「別にいいわ……慣れてる」

 

 シャヘルさんが掴まれていた胸元をひと撫ですると、ワンピースはアイロンをかけたばかりのようなしわ一つない状態に戻った。

 

「……私たちは何者か。それは『フレイムヘイズ』。昨夜言った“紅世の徒”討滅する者たちの中に属する」

 

 喰い放題荒らし放題だったこの世と紅世の狭間をある日見てみると、すっごい荒れていたらしい。それに危機感を覚えた“徒”の一部が、()()()()()()()放埓三昧の身内を止めることを決意したそうな。その結果、復讐を望む人間を殻にこの世に来て、同士討ちをしているとか。

 

「……私たちの目的は。それは“この世の調和を守ること”。“紅世の徒”を討滅する以外の方法で長い時を生きている」

 

 ミコトは『フレイムヘイズ』の中でも別格で()()らしい。正面からまともに戦えばまず負けるんだってさ。そんなミコトが“世界のために”出来ることを探した結果が、()()だとか。

 

「どう世界のためになるんっすか?」

 

「……願いを叶えるその時だけ、彼は大きな力を得る。その理由と力の正体を解き明かそうとしているの……」

 

 ……?

 

「もういいや。なんか、どうでも」

 

 考えるのも面倒になって、シャヘルさんから背を向けてテレビに向かう。ゲームの電源を点けて、せわしなくコントローラーを操作する。

 全く身が入らず、つまらないだけの時間だった。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 それから十日くらい。オレは外の映像を全く見ないで、ゲームをしつつ絶世の美女プラス時々美男と過ごした。

 コントローラーを買ってきてもらって、シャヘルさんと一緒にゲームをしたりもした。彼女はとことん不器用で、対戦相手としては勝負にならず、共同プレイでは介護のようで疲れる。反対にミコトはそれなりに器用で、コツを掴んだら並程度のことはできていた。ミコトのゲームの腕前を徹底的に鍛えるのも楽しそうだったけど、

 

「俺は外でやることあんだよー」

 

 と軽くいなされてしまった。

 

(オレの体で)

 

 その事実を思い出して、もやもやする。見た目とか社会的立場とか関係なくて、外に出られなかったのはオレの問題だ。それをつまびらかにされたってことだろう、ゲームも飽きて、ふさぎ込みがちになってきてた。

 

「雅人……」

 

「……シャヘルさん?」

 

 シャヘルさんが心配そうに顔を覗き込む。すっげー綺麗。無駄に心臓がどきどきする。

 

「外のこと考えるのが嫌なら……私たちが見てきたこと……話してあげる」

 

 見てきたこと。それはシャヘルさんとミコトが生きてきた、数千年の記憶のことだ。

 

「思い出話……っすか」

 

「あなたにとって……いい暇潰しになると、思うわ……」

 

「そうですね。……お願いします」

 

 シャヘルさんは少しずつ、本当にたくさんの『過去』を話してくれた。

 日本の、外国の。古代の、中世の、近代の、現代の。存在を喰われてミコトって“チャンス”を手にした、人々の話。

 やっぱり気を保てなくて壊れた人がとても多かった。その理由も色々あって、自分の存在が消えゆくって事実でそうなったり、暇すぎてそうなったり、自分になり替わる他人を見てそうなったり、世界の残酷な『本当のこと』に絶望してそうなったりと、人の数だけその理由があるんだってシャヘルさんは言った。

 最後まで耐えて生き返った人も、その後色々な運命を辿った。元の平凡な幸せを噛みしめるような生活を送ったり、絶望的な時間を耐えきったところから来る自信で大いに目立つ功績を上げたり、逆に悪事を働いたり。変わり種ではなんと、フレイムヘイズになって紅世の徒との戦いに飛び込んだやつもいたとか。

 少数派の狂わなかった人たちの中でもすごくまれに、生き返る以外の望みを願った人も、確かにいるらしい。

 

「自分の命より大事な願い?」

 

「……大切な誰かが()()()()()()()()()()()()という願いが多いわ……」

 

「それは……うん、恋人とか、家族とか? 実感はできないけど、理屈は分かるっす」

 

「他には……。江戸時代日本の仏像彫刻師。彼は()()()()()()()を願った。……だからミコトに自分を忘れないでくれ、そう託したわ……」

 

「は……?」

 

「ミコトが日本でも外国でも時代錯誤な着流しを着ているのは……その彫刻師の願いがあったから……」

 

 どういう思考回路でそうなったんだ? さっぱり訳わからん。

 

「分からない……?」

 

「そうっすね」

 

「私も……」

 

 がくっ。

 

「彼は熱心な仏教徒で……生きることの意味、死ぬことの意味を……独特の理屈で考えていた……。その末の結論……何を言いたいのか、私には全然分からなかった……だけど」

 

 シャヘルさんはいつも無表情だ。笑わないし、怒らないし、悲しまない。けど、今の遠くを見るような、夢を見るような目は……今まで見たどの顔よりも、綺麗だった。

 

「生き生きとしていた。そして、晴れやかな顔で消えていったわ……」

 

 オレは。

 彼女にこんな顔をさせられるくらいの記憶を、遺せるだろうか。

 

(無理だ。こんな……ゴミ屑みたいな、ウジ虫見たいなオレじゃ……)

 

「あなたは……」

 

 いつの間にか、シャヘルさんの視線はオレに注がれていた。

 

「どうなるのかしら……。多くのケースを見てきた……多くの末路を見てきた。だからその行く末は一目見ればなんとなく分かるわ……」

 

 どきりとして、つばを飲んだ。

 

「あなたは幼く……同時に老いて。希望から目を背け、絶望を見放し……それ故に()()()()()()()()がその眼に映っている……」

 

 分からないなりに、言葉を呑み込む。引きこもり、社会のお荷物、ゴミ箱の中のホコリ。そんな肩書を飛び越えて、シャヘルさんはまっすぐオレを見てくれた。

 

「ふとしたきっかけで破滅する心……袋小路の精神……だけど、確かに見えるわ。少年、よく覚えておきなさい……」

 

 正座して頷き、次の言葉を待った。

 

「あなたは確かに、袋小路の中で彷徨っている……一見出られないように見えて、あなたもそう思い込んでいる……。でも、それは間違い……そこから抜け出せる翼を、あなたは持っているわ」

 

 翼……? どうしようもないクズのオレでも……

 

「成長できる……っすか?」

 

 シャヘルさんはつんと、そっぽを向いた。

 

「その可能性がある……だけ。あなた次第よ、少年……」

 

 そして外の様子が見えるって『真経津鏡(まふつのかがみ)』を、縮こまって見始めた。

 オレは不思議な気分になっていた。なんとなく、息がしやすいような……。こんなオレでも変われる『可能性』を見てくれた――そんな人が少なくとも一人いる。

 それだけで、この見飽きた部屋は明るく居心地のいい部屋に見えてきた。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 奇妙な共同生活が始まって、一か月が経とうとしていた。オレは正直なところ数えてなかったけど、カレンダーを取り付けて日付を教えてもらうとそのくらいだった。

 様子を聞くくらいでほとんど干渉してこなかったミコトが

 

「ちょっといいか?」

 

 そう前置きして聞いてきた。

 

「なんすか?」

 

 ミコトの口から出てきたのは、思わぬ懐かしい名前。

 

「坂井悠二って知ってるよな」

 

「ん……はい、速人の友達っすけど……」

 

「お前さんの記憶は大体読んだ」

 

 断定口調へのぼんやりとした疑問を、そう言ってバッサリ取り除く。ふとした拍子に現実に引き戻すような事実が飛び出てきて、結構ダメージが来る。

 

「喰われた……とか?」

 

「まあそうだが……そんだけでお前さんの精神をすり減らすこたーない」

 

「……知らぬが仏」

 

 シャヘルさんがつぶやく。この二人は、昔の知り合いが“チャンス無く”消えてしまうことを逐一報告するほど鬼畜ではないのは、なんとなく分かってる。

 

「可笑しな具合になってる、シャヘルとは共有したい。雅人、どうする?」

 

 坂井悠二――大切な思い出、キラキラしてた一番楽しかったころの象徴。単なる弟の友達じゃあ済ましたくない関係だってことも、お見通しなようだ。

 オレは、きっと何もできない。でも――

 

――そこから抜け出せる翼を、あなたは持っているわ

 

 シャヘルさんの言葉が頭に響く。

 

(どうしたい?)

 

 黙ってじっと見るシャヘルさんとミコトが、そう問いかける。

 出来る出来ないじゃなくて、オレは、どうしたい?

 

「聞くっす」

 

 この決断が“扉の外”に出る一歩目だってことは、不思議と分かった。

 勇気とか、そういうのとはちょっと違う。どうせオレは死んでるし、身体を動かすのはミコトだし――そんな開き直りに近かった。

 ……でも、確かに、ほんのちょびっとの勇気を、出してみた。

 

「ちょい驚き。どーゆー心境の変化?」

 

「教えないっす。早く話してください」

 

 茶化すミコトに恐竜クッションを投げつけた。

 どっかりあぐらをかき、あごを触りながらゆっくり話してくれた。

 

「世の中には『宝具』って、この世と紅世の狭間に存在する道具がある」

 

「この『真経津鏡(まふつのかがみ)』がそう……」

 

「場合によっちゃ人間も使える紅世の便利グッズって覚えとけ」

 

 便利グッズね……ふむふむ。

 

「この世と紅世どちらにも属してるって性質からか、ひょんな拍子に『トーチ』に入り込むことがある」

 

 トーチは、喰われた人間の残り滓。

 

「入り込む?」

 

「俺とお前さんの関係みたいなもん。“池雅人”って(存在)の中に、本体である俺がいるだろ?」

 

 複雑な感じだけど、この状況にもだんだん慣れてきた。

 

「宝具が入ったトーチは『旅する宝の蔵(ミステス)』って呼ぶ。そのミステスに、坂井悠二はなった。ここまではいいか?」

 

 うーんと、大丈夫、理解はできる。

 ――って、まさか。

 

「オレみたいに乗っ取られてるってことっすか!?」

 

「ぶぶー」

 

 あ、そうっすか。

 

「……宝具自体に意思があるとか、特別な事情が無い限り、そうはならないわ……」

 

 シャヘルさんが三角座りでぽつりと補足した。

 

「監視した結果、中身は『零時迷子』って分かった」

 

 ミコトの声が一段低くなった。なんか問題なんだろう、シャヘルさんのぼんやりとした目が、いつもより開いてる。

 

「その『零時迷子』は午前零時に持ち主の“存在の力”を回復させるって力を持ってて――」

 

 ミコトが突然黙った。

 

「持ってて?」

 

「……問題ない。本来の持ち主は俺らの古い友人。そいつらに何かがあったんだろう」

 

「……愉快な自由人で、奔放な友人」

 

 シャヘルさんの無表情と抑揚のない声が、悲しそうな感じがする。この人らの“何かがあった”って、大概は死んだとかだからな……。

 

「こっからが本題。遠くから出来る限りの監視をしてたが……以前とは、宝具の波長が変わった感覚がした。……」

 

「……」

 

「?」

 

 どういうこと?

 急に来た気まずい静けさに、二人の顔を見比べた。

 

「……そう」

 

「な。限りなく嫌な予感がする」

 

「二人だけで何納得してるんっすか……!」

 

 何にもできないけど、当事者になるって決めたところなのに。

 ミコトはオレの目をまっすぐ見て言った。

 

「まだ予感だけ。裏で……陰で、何が動いているか、誰が動いているか、どれだけ動いているか、まだ何も分かってない」

 

「この兆候が……取り越し苦労であってほしい……」

 

 まだあやふやだから、ただここにいるだけのオレには教えられないってことだろう。……沈黙で理解しあった“予感”は、教えてもらえないんだ。

 

()()()()ことは、絶対に言えない。それはお前さんだからじゃない」

 

「……大丈夫、私たちは見ている……あなたの成長を……」

 

 オレが引きこもりだとか、頼りないからとか、それは関係ないってのは分かった。

 もどかしさとか、焦りとか、嫉妬とか……そういうのは全部呑み込んで隠して、オレは申し出る。

 

「何か、オレに出来ることはあるっすか?」

 

 ミコトと――たぶんシャヘルさんも、ほほ笑んだ。

 

「じゃー、お前さんから見た坂井悠二のこと、教えてもらえんかな」

 

 オレはたどたどしくゆっくりと、悠二と速人とオレ、三人の思い出を振り返った。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 悠二は身に宿した宝具のお陰で自然消滅することは無いらしい。もっと詳しく調査したり、そうじゃなきゃ護衛についたりはしなくていいのか聞くと、なんとロリ系美少女フレイムヘイズががっちりガードしてて下手に接触できないそうだ。

 

「そいつ、俺はもちろん大体のフレイムヘイズより強いと思うから」

 

「じゃあこの街の徒は、退治されるんっすよね?」

 

「それがここの徒はすんげー強いから分からん」

 

「え……」

 

 じゃあ下手すりゃ、御崎市を根城にしてるそいつが飽きるまで、喰い荒らされ続けるってことか?

 

「そうはならんな」

 

 そいつ――フリアグネって徒は、御崎市ごと“存在の力”を喰おうって腹積もりなんだとか。()()()()()()()()()()それは成就しないらしいけど、でっかいでっかい『歪み』が生まれることは間違いないそうだ。

 

「その歪みが出来ると……?」

 

「歪みってのは灯みたいなもんだ。単純に目立ってそれが “分かるやつら”が集まってくる。下手すりゃ戦場になる。戦場になったら弱いやつ……つまり俺()の身が危ない」

 

 そういえば……。

 

「あの……ミコトさんが、その……負けると」

 

「……消滅する。あなただけ」

 

 えー、理不尽な。

 

「俺らは『救済措置』があるけど、お前さんには適用されん。無駄死にはするつもり無いが……下手なことに首突っ込まん方がいい」

 

 ぶっちぎりで弱いってミコト。急に不安になってきた。

 ロリ系美少女フレイムヘイズ……頑張ってくれ!

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 御崎市は燃えていた。街全体に紅世の戦場――『封絶』が張られ、中心には炎の巨人がそびえ立っていた。

 巨人の一息でビルが融け落ちる。それを『真経津鏡』を映した窓から見て、オレは心底怖くなった。

 

(これが紅世……紅世の、戦い)

 

 人間がどうあがいてもどうしようもない『この世の本当のこと』を、少しだけ理解した。

 

 




シャナ的常識からは色々と可笑しい状況に放り込まれたヒッキー君。
シャナの設定を色々忘れてる方は、ここから読めば思い出すかも?
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