御崎市の危機は、ロリ系美少女フレイムヘイズと坂井悠二のお陰で、当面は去った。
「当面?」
「大量のトーチと歪み、謎のミステスは残ってんだ。大丈夫とは思うが、何が起きるかよそくふのー」
「……調律をすれば、歪みについては危険性が減るわ」
また知らない用語を。
「調律は、世界の修正力に呼び掛けて歪みを緩和する作業。分かりやすく言やぁ、歪みはマシになる」
「それ、しないんすか?」
「フレイムヘイズでもやるやつは少数派なんだ。『炎髪灼眼』はまあ多数派だろうさ」
「……ミコトは出来る」
シャヘルさんがぼそりと重要なことを言う。今までなんだかんだ、人のために行動してると思ってたミコトが、途端疑わしく見えてきた。
「なんでやらねーのかっつうのは、理由が二つ」
普段通りゆるい口調だけど、少しだけ背筋を伸ばされるような、不思議な強い感じがする。
「一つ、『炎髪灼眼』に存在がバレるから。見たらすぐ討滅~なんてのは無いと思いたいが、このまま隠れてる方が安全」
ミコトの危険はオレの危険。安全って言われるとこっちが弱い。
「二つ、トーチが減るから。このトーチは元人間ってのから目を逸らせば、俺にとって貴重なエネルギー源だ。例えるなら外付けハードディスク。これを“摘んどけば”万が一危険に出くわしても、身を守るくらいは出来る」
ミコトは好きにできる“
「俺の危険はお前さんの今後に直結する。だからお前さんの意見を聞いてから行動に移す。調律して危険の可能性を減らすか、調律せず危険回避に努めるか、それとも何もしないか」
シャヘルさんと一緒にオレを見る。要するに街の危険かオレ自身の危険かを選べってことね。
「調律するフレイムヘイズって、いつ頃来るんすか?」
「さっぱり。だがこの歪みのでかさだ、遠からず……半年以内には来るだろうさ」
「なら、調律しないでエネルギー貯金してください」
軽く即決した。
トーチが元この街の人間って言うのは理屈では分かるけど(オレもそうだし)、情は湧いてこない。そもそも赤の他人だし。
調律ってのも一生されない訳でもない。強いフレイムヘイズだって街にいる。そもそも街の安全を守る責任も、無いんだ。
「りょーかい。こっちとしても助かる」
「……最近の懐、寂しかったから……」
シャヘルさんの声も、気のせいだろうけどほっとした感じだ。
「じゃ、そーゆーことで。朝飯の準備があるから~」
そう言ってミコトはそそくさと出ていった。
後ろ姿が見えなくなっても追っていると、シャヘルさんがぽつりと問いかけてきた。
「外、出たい……?」
正直なところ。
出るなと閉じ込められたら不思議と出たくなる。自分の意志で引きこもってたっていうのに。
不思議なその感覚を素直に話すのは、なんとなくプライドが許さなかった。
「全然」
強がってる訳だけど。
「そう……」
シャヘルさんはきっと見抜いてるんだろうな……。それくらいは相手のことが分かるようになった。
―*―*―*―
街の危機は当面去ったみたいだけど、波乱はすぐにやって来た。
新しいフレイムヘイズの気配が入って来たからこっそり偵察に行ったら。
「あら……マージョリー」
知り合いだった模様。
興味が湧いてそのマージョリーってフレイムヘイズを遠くから盗み見ると。
「うわっ。グラマラス系眼鏡美女!」
「欲情した……?」
「してないっす」
またまたとんでもない美人が来た。ロリ系美少女フレイムヘイズこと『炎髪灼眼の討ち手』もこっそり見せてもらったけど、シャヘルさんやミコトもそうだしフレイムヘイズって美形が多いんだな。
「で、どういう知り合いなんっすか?」
シャヘルさんたちの過去は、訊ねたら話してくれる。やり飽きたゲームより、オレにとってよっぽど娯楽になっていた。
「……ミコトのいわゆる元カノ」
「ぶっ」
吹いて変な音を出してしまった。まさか元カノと来るとは!
「その話聞かせてくださいっ!」
「生き生きしてるわね……」
「いやものすごく面白そうじゃないっすか」
『別にいーけどさー』
外からしぶしぶとしたミコトのお許しが出る。やったぜ。
オレはシャヘルさんの、途切れがちで小さく柔らかい語りを聞き入る。声ももちろん綺麗だけどさ……この口調が癒されるんだよな。
マージョリーとの関係は、彼女がフレイムヘイズになった直後から始まったらしい。
「マージョリーはフレイムヘイズとしての大きな『器』……大きな才能……そして巨大すぎる復讐心で常に暴走状態だったの……」
その暴走を契約直後から抑えてたのが、偶然近くにいたミコト。
「彼女は生涯復讐者だった……。今までは“つながり”から復讐を果たす算段を図り整えられた……。でも……“銀”はそういかなかったの」
復讐対象をあざ笑いながら喰ったという、謎の徒“銀”。シャヘルさんもミコトもさっぱり知らなくて、未だに手掛かりの先っぽすら掴めていないそうだ。
「大き過ぎる力を持て余し……彼女は自分を見失っていったわ……。徒を殺す支えと手助けをしてくれるミコトに……依存心が生まれた」
むらの激しい性格で、何もかも分からなくなってマージョリーは復讐も投げ捨ててみた。その間『恋人と静かに暮らす幸せな生活』を体験してみて。
「その生活は……彼女にとって虚しい物だった。どう生きたいか……ミコトは問うて……復讐という修羅の道を自分で歩く……マージョリーは答えた」
そして。
「マージョリーはミコトへの感情を“恋”ではなく“依存心”と……改めて名付けたわ……。その後押しで……ミコトは“恋心”を吹き飛ばした……」
シャヘルさんが語りを止めてこっちを見る。ミコトはどう言ってマージョリーの『未練』を断ったか、クイズを出してるんだ。
「うーん……」
少しだけ、胸がもやりとする。
「シャヘルさんが好き……とか?」
「全然違う」
ちょっとだけ安堵してるオレ、なんなんだ。
「『俺は女だ』……そう言った」
「はあッ!?」
はあッ!?
「同性愛趣味の無いマージョリーは……マルコシアスと一緒に数時間笑い転げたわ……。肩の力も依存心もすっきり抜け落ちて……彼女はフレイムヘイズとして巣立った……」
いい話風に締めてるけど! けどさ!
「実際女なの!?」
確かにミコトはなんか綺麗系で、言われてみればそう見えてくるけどさ!
『秘密~』
「だそうよ……」
この後数時間かけて、あの手この手で性別を問い質した。全部失敗して、真相はまだ闇の中だ。
―*―*―*―
マージョリーと『炎髪灼眼』はド派手にドンパチして、結果二人ともこの街に残っている。
フレイムヘイズ同士の戦いは、無いことも無いそうだ。元々が激情に身を任せ復讐者として動く戦士、意見の食い違いやらにケリをつける手段に、戦いって方法は手っ取り早いし納得も行く。どっちかが弾みで死ぬなんてのも普通にあるらしいけど、今回は無事(?)収まって二人とも生きている。
「会いに行かなくていいんっすか?」
何が原因かはよく知らないけど、喧嘩に負けたのはマージョリーだった。
元カレ(?)なら慰めに行ってもバチは当たらない気がする。
「殺されかねんぞ」
バチは当たるみたいだ。
―*―*―*―
それから約ひと月が経った。
奇妙な同棲も三か月も経てば嫌でも慣れてくる。
「いや~うまひ、うまいっす」
オレはミコトが作ったっていう和食な朝飯を堪能していた。余りにも暇すぎるから食べてみたい、と頼んだら快く毎日届けてくれるようになった。
にしてもうまい。ご飯も味噌汁も、おふくろが作ったのより雲泥の差ってやつだ。
「そりゃ冷めたやつしか食ってなかったからだろ」
褒めるつもりでそう言ったけど、ミコトはなんだか不機嫌そうに返した。
「で、でもうちの米と味噌使ってるんっすよね。それで料亭の味出せてるんっすから天才じゃあ――」
「無制限の寿命でごり押しした努力型。本物の天才の真似事しか出来んよ」
「……」
ミコトの料理哲学ってやつは、オレなんかが軽率に褒めても分け入れない、複雑な物らしい。
だったら、と。踏み込む度量は身に着いた。度量というか、暇を紛らわす処世術だけど。
「なんでそんな料理上手いんっすか?」
「料理歴四ケタなら、そりゃ誰でも――」
「いや、そうじゃなくって」
のんびりーとミコトがこっちを向く。
「千年以上もなんで作り続けてるんっすか?」
ミコトはゆっくりと瞬きしている。シャヘルさんの夢見るような瞳も、じっとミコトを見ている。
いつもの即答より少し長い間を挟んで、ミコトは口を開いた。
「喜ぶ顔が見たいから、だよ。食わせたやつの」
小さくため息をつきながら、そんなピュアな答えを発した。余りにもピュアすぎるもんだから、今度はこっちが黙ってしまった。
「期待外れか?」
ミコトはいつもより憮然としている。それがオレにも分かるくらい。
「い、いや……期待とかじゃなくって……その」
口ごもりながらも、二人と喋るようになってから大分素直な気持ちを言えるようになったな、って思った。
「数千年生きてきて、人外の戦いと人の生き死にを見てきて、そんな普通の理由だったって驚いてるんっす。ほら、もっとRPGの賢者みたいに悟り開いてそうじゃないっすか」
「悟り、ねえ……」
「あの彫刻師みたいに……?」
あ、シャヘルさんからかってる。いつもよりちょっと声が明るい。
一方ミコトは居心地悪そうに座り直している。
「俺は賢者じゃなくって人になりたいんだ」
そう言ってミコトだけが出ていける扉の向こうへ逃げていった。何だこの勝利感。
「雅人……」
シャヘルさんが優しい声でオレを呼ぶ。いつもの『少年』って呼ぶ時と、違った響きだ。
「あなたは……出口の無い袋小路から、いつでも出られる……」
「それ、は……?」
「いつ体や心が死んでもおかしくない、この状況で……あなたは生きることを覚え始めた……。死んでいるも同然だった“生前”から、あなたは確実に踏み出している……」
そう言われて、“生前”と今の自分を比べてみる。よく分からないけど……前よりなんとなく、楽しい感じかな?
唐突に、気付いた。
「生きるって、楽しいんっすね」
シャヘルさんが昔話を聞かせてくれて、ミコトがうまいもんを食べさせてくれる。生前と比べて楽で恵まれてるのは当たり前だけどさ。今、楽しいんだ。
シャヘルさんはこくりと頷いた。
「成長したなら……次へ、踏み出すべき……。本当に……生きるために」
生きるためにするべきこと。それは『生き返るために』精神を安定させることじゃなくって――その後。『生き返った後』、シャヘルさんとミコトって理解者がいなくなった後、前みたいに死ぬのを緩慢と待ち続ける生活から抜け出すために出来ること、だ。
ずっと怖くて目を背けてた……オレの家族を、見つめ直すこと。
ずっと嫌で見捨てて来た……オレ自身を、見つめ直すこと。
「オレに、出来るっすか?」
甘えだって分かってるけど……もう一押し、欲しくて。シャヘルさんに求めた。
「……」
シャヘルさんは何も言わず、ただ頷いた。
「……ありがとう。オレはきっと、生き返って――そんで、生きてみせるっす」
その時、彼女は微笑んでいた。無表情だけど、気のせいといわれるだろうけど、オレには分かったんだ。
―*―*―*―
そう決意表明して間もなく。ミコトは新しい“徒”の痕跡を見つけた。気配とか自在法とかそういうのは一切分からないらしいんだけど、四月に討伐された“狩人”が作ったのじゃないトーチを見つけたんだってさ。
それを街に残ってるつよっつよフレイムヘイズ二人に伝えるべきか迷ってる内に……
「『封絶』……オレらも入っちゃったっすね」
山吹色の木の葉がそこら中を飛ぶ結界に囚われた。
「いいえ、これは封絶の亜種……」
「その通り、バカでかくて気分悪いほど複雑だ。フェイクやら遊びやらぐっちゃぐちゃに入り乱れてて、全容がさっぱり分からん」
ミコトが苦い顔をして山吹色に染まった空を見上げる。とりあえずこの結界から出ようと端っこまで避難してみたけど……。
「うわ、捕縛効果もあるらしい。出られんぞこれ」
「のんきに頭かいてていいんっすか」
「いや、結構やばい」
山吹色の壁を撫でながら、しれっといいやがる。
「え……でも、元カノさんと『炎髪灼眼』が戦ってるんっすよね?」
「敵の気配は三つ……一つは本気を出されたなら
そ、そんなヤバいのが……。
「しかもどーやらマージョリーは本調子じゃねーな。いじけてんのかね」
結界の中心では、山吹色と紅蓮の炎がド派手にやり合ってる。数で負けてる上に質も粒ぞろい……か。
「雅人……」
窓に映るミコトの視点を凝視する。壊れる街、人……。
どうしたいか、問われてるんだ。
「……なんとか、助けられないっすか?」
「見つかったら最後だぜ?」
「なら、見つからないようにこっそり……は!」
都合がいいってことは分かってる。けど、さ。ずっとオレが住んでる街、これから生きていこうって決意した街なんだ。
どれくらい出来るかなんて他人任せで、卑怯だなんて承知の上だ。だから……。
「貯めたエネルギーも使ってください」
じっと嵐が過ぎるのを待つのが
「りょーかい。見つからないように――ついでに効率よく、支援しよう」
ミコトのゆるくて穏やかな笑顔は、どんな時よりも頼もしく思えた。
シャヘルさんも頷いた。
「大丈夫……ミコトなら、出来る」
数千年の信頼が、そこにある。この状況では、オレに対するどんな励ましより安心させてくれて……ほんの少し、羨ましかった。
ミコトはオレとシャヘルさんがいるこの世界の入口だっていうケータイ――『
(鏡だ……)
ケータイは街を映し、この結界を作るって自在式を映し――
「うわ、床が」
「座っていていいわ……」
床が山吹色の蔦模様で埋め尽くされた。
「さて、解析するかー」
ミコトが入ってきて、部屋の中心に立つ。
「……自在式を模写して、こちらの世界に丸ごと展開したの……。これで……誰にも気付かれず調べられる……」
シャヘルさんが解説してくれる。鏡に映して、鏡の中に入って好きにいじくるみたいな感じかな。
ミコトが帯に手を突っ込むと、中から長さ的に隠してたなんてありえない鞘付きの剣を出して、差し直す。
「攪乱と偽装の自在式を全て排除する。まずはそれぞれの癖を見極める。――シャヘル」
「ええ……」
シャヘルさんが床に手を触れて、霧のような白い靄を纏う。
「まずは攪乱……」
呟いたと思うと、靄が一気に眩しい純白の光に変わった。
「《―― 導きの神“覚の嘯吟” 名において これ 伝える ――》」
「!」
声が出せない。ちがう、なんだこの声は……!
ミコトが唇に指を立てて黙ってろと示す。そんな余裕なんて、無いのに。
「《―― 乱し 眩ます 惑いの術 ――》」
普段のシャヘルさんは、遠くから話しかけられてるようにぼんやりとした、柔らかい感じだけど、今は違う。霧が晴れたみたいにはっきりと――まるで耳と頭に直接文章を打たれているみたいだ。
「《―― 我が声 立ち上がり 喚起せよ ――》」
床の蔦が――全部じゃない、三分の一ほどが――盛り上がって見えるくらい山吹色を濃くした。
その強く光る蔦をミコトが斬る。
「《―― 装い 捻じ曲げる 偽りの術 ――》」
意味が刻み付けられる。どんだけ馴染みが薄い単語でも、それを飛び越えて概念を理解
「《―― 我が声 立ち上がり 覚醒せよ ――》」
残る半数の蔦が輝き、片っ端から斬って消していく。
床に残るのは、中心部から延びる数十本の蔦。
「《―― 収束 我は 求む ――》」
そして、シャヘルさんを覆う光は靄の様に薄くなり、やがて消えた。
「今の……」
「……私の力……呼び起こし、ただ影響を与える……それだけ」
それだけ、というけど。それだけかもしれないけど。耳がジンジンし、頭はシャヘルさんの言葉を繰り返してる。
オレは呆然としてる横で、ミコトたちが残った『本命』の解析を進めていた。
「なるほど。自動人喰い機能付き
「中心に在るのは異質な物体……宝具かしら……」
燐子っていうのは前に聞いた。徒が作る使い魔みたいなやつだ。
「宝具も燐子も直接どうこうしたらバレる……なら位置を教えるか」
「マージョリーに……?」
いや、とミコトが首を振る。
「ターゲットは探索の自在法を垂れ流してる坂井悠二だ。奴の感覚にこの“整理された”自在式を送り込む」
「そうか……普段から
これで解決の鍵を渡すことは出来る、みたいだ。
その後は、今回使った分(以上)のエネルギー補填の時間に充てた。
―*―*―*―
それを決意したこの日の夜は、ずっと眠れなかった。
耐えられるかどうか分からない。気が狂う確実な一歩目だと思う。だけど、これを乗り越えなきゃいけないと思うんだ。
家族とちゃんと向き合う。お袋が、速人が、どんなことを考えてどんな風に生きてるかを、ちゃんと見る。
五年以上の歳月サボって来たつけが、ここに来て一気にやって来たんだ。と、眠れない中思うことにしたけど。部屋の外へ出るために、部屋の外をきちんと見なきゃいけないんだ。
朝、挨拶に来たミコトに、今日からオレも『視点』を見る、そう伝えた。
「分かった」
簡潔に答えて、背中を向けた。ミコトが一瞬シャヘルさんの方を見て、彼女は数ミリくらい頷いた。
『真経津鏡』を窓に向けて、それが映す光景を窓に転写する。時間は五時少し過ぎ、電気はついてなくて、廊下は薄暗い。
「おはよう、雅人」
眠そうで少しぼんやりしてるけど、明るい声が響く。お袋の声だ。
お袋って、こんな声だっけ――胸がズキリと痛んで、違和感の正体がすぐに分かる。オレが聞いてたのはもっと暗い声。引きこもってから、悲しそうで気を張り詰めた声しか聞いてなかったからだ。
そうさせてたのはオレで、今そうじゃないのはミコトが成り替わったから。
「おはよー。もうちょっと寝てていいのに」
「習慣よ習慣。二度寝したらかえって不調になるのよ」
軽く笑いながら答える。こんな早くから起きてるなんて、知らなかった。
「雅人こそもう少し寝てれば……とは言えないわね。朝食が恋しいわ!」
冗談めかしていても、嘘偽りないことくらい分かる。
「はいはーい」
と、お袋に続いて一階へ降りていくミコト。調理器具を出す仕草も、食材メモを手に取る仕草も、すっかり手慣れた様子だ。
今日の朝食はベーコンエッグとサラダとロールパン。パンを焼くトースターが音を立てたタイミングで、お袋は席に着いた。
「いただきます」
「どーぞー」
ロールパンは市販のもので、サラダも洗っただけだった。けど、お袋は凄く嬉しそうだ。子を喜ばせるより親を喜ばせる方がずっと簡単だって、したり顔のネット賢者が書き込んでたけど……そうだよな。
食事の間、昨日のことやら家事のことやらをミコトと話すお袋は、ずっと嬉しそうだった。
家事の負担が減ったからか、早い時間に起きた割にはゆったりとした調子で、お袋は出ていった。その数分後、今度は。
「おは――て、なんだその隈」
「おはよう」
目の下に濃い隈を乗せてげっそりとした速人が、居間に入る。
てきぱきと速人と自分の分の朝食を並べつつ。
「眠れなかったか?」
「別に……」
そう誤魔化しながら、いただきますともそもそ口の中で言った。
速人とは、喧嘩すらしてなかった。オレの姿を見た速人は、汚物を見てるかのような不快感を全面的に出して、オレも口を利くつもりが無かったからそれだけだった。
(背、伸びたな)
ミコトはオレより少し背が高いのに、そう感じる。手も大きくなってて、顔に一つニキビが出来てた。
お袋の時と違って食器の鳴る音だけが響く朝食。二人が食べ終わる頃、速人がぽつりと言った。
「特別なくらい『助けたい』って思ってる時は、下心がある時なんだろうか」
何の話だ?
「ごちそうさま」
ミコト――違う、兄の答えを聞く前に、それから逃げるみたいに、食べ終わった食器を洗い桶につける。今から出ようとする背中に。
「『助けたい』も立派な欲望で、下心はつき物さ」
ミコトが声をかけた。出ようとする速人の足が、止まる。
「それが特別な『助けたい』なら、下心だって特別なんじゃないか?」
「……」
振り返らないで、でも歩こうともしない。考えてるんだろうか。
十秒くらい二人は黙ってて、速人が
「参考になった」
と、小さく……確かな礼を言って、二階へ上がっていった。
全員分の食器洗いタイムになって、シャヘルさんに今のは何だったのだろうかと質問した。
「……恐らく、速人は恋をしてるわ……」
「こ、恋?」
あのお堅い速人が?
「それより……どうだった……?」
どうだったか……か。
「家があんなに暗かったのは、オレのせいだったんだな……改めて、そう思ったっす……」
もうどうしようもないと思ってた状況は、数か月見てない内に解決してた。
「オレの居場所……あるんっすかね……?」
『ここは俺の居場所じゃない、お前さんの物だ』
ミコトの声が響く。
「その通り……そして、
オレが思い込んでたより、家族のみんなは“やらかした過去”より“今”を見てくれるらしい。だから、良くも悪くも
そんな、希望的なくせに重い真実を、伝えられた。
2回で終わるはずだったヒッキー君パート。もう一回くらい続きそうです。