【本編完結】灼眼のシャナ異伝~逆襲~   作:白井茶虎

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お待たせしました。まだ読んでくださってる方、いるかな……?
これにてストーリー『雅人の戦い』終幕です。


3

 梅雨も明けて、外の人たちはもう夏の恰好をして歩いている。

 オレがシャヘルさんと引きこもってる部屋はクーラーが付いてるんでも無いのに暑すぎず寒すぎずの天国気温だ。

 

『お望みなら外の気温を忠実に再現していいぞー』

 

「いいっす」

 

 ここはミコトの世界。気温も湿度も、何なら時間も思い通りなんだってさ。

 

「ミコトの宝部屋……見る……?」

 

「え、なんすかそれ」

 

『いいよ、見ても』

 

 お許しの声が降ってきて、シャヘルさんが立ち上がる。続いて立ち上がったオレは、子供の頃に戻ったみたいにわくわくしていた。

 シャヘルさんは床に手をかざす。白い光がスポットライトみたいに床を照らして、その位置に下り階段が出現した。

 

「え、なんで、いつの間に!?」

 

 今更階段が見えるようになる魔法(自在法)くらいじゃ驚かないけどさ。それがさっきまで座ってた床に出来るとなると、いつの間にってなるよな。

 

「ここは“この世界の”中心……。そこの地下に『宝部屋』を設置するの……」

 

 と、つぶやきつつシャヘルさんは階段を下り、オレも後ろに続く。

 古い感じの石造りの階段は、電気や松明なんかの明かりは無いのに薄暗いに留まってる。空気は冷えてしんとして、池家のにおいじゃない不思議な香りが鼻を突いた。

 下りた先にはアンティークな感じの木の扉があって、それを開けると――

 

「ワインセラー?」

 

「そうよ……」

 

 薄暗い中(やっぱり明かりは無い)、果てしなく続く棚、樽、瓶……。部屋の広さは分からないし、突き当たりも見えない。無類の酒好きのミコトが数千年かけて集めた、ワインだけじゃないありとあらゆる酒のコレクションだ。

 

「うわ……この量、確かに宝部屋っすね」

 

「……選りすぐりの最高級だそうよ。私は飲まないけど……」

 

「そりゃそうっすよね」

 

 食に妥協しないミコトのことだ。全部合わせるとお金に換算できないくらいって分かる。

 ふと、シャヘルさんがある方向をじっと見つめているのに気づく。そっちに目を凝らすと……棚の間に扉があった。

 

「あそこは?」

 

「……ミコトの作業部屋。私も入れない……」

 

 そして、ふいと背中を向けて地上(?)への階段に戻る。

 なんかもやっと違和感が胸に広がる。昔なら無視してただろうけど、今のオレはそういうのをほっとかないと決めている。

 

(フレイムヘイズって……)

 

 まず人間が強い感情で紅世にいる“王”に気づいてもらう。そっから“王”が呼び掛けて人間に過去現在未来()()の“存在の力”を捧げさせる。そこに出来た空白に“王”が入り込む……そういう()()()()だって聞いた。

 なんでそれをおさらいしたかっていうと、フレイムヘイズと契約する“王”の力関係を考えたかったからだ。

 実際の世界を歩き回る行動権はフレイムヘイズにある。契約を破棄する権利はフレイムヘイズと“王”どっちにもあるらしい。自在法を使ったり動いたりもある程度は出来る――“神器”を介して。

 

(あれ)

 

 ミコトの神器は、今は池家のハンコとして大活躍してる“弥栄の璽”って代物。

 けど。この世界は『宝具』の『真経津鏡(まふつのかがみ)』の中。神器じゃないんだ。

 

「シャヘルさん――気になったんすけど」

 

 オレの部屋に戻って恐竜のクッションをつついているシャヘルさんに聞く。

 

「他のフレイムヘイズの王って、オレみたいな話し相手いなくて暇なんすかね」

 

 まるで……そう。

 

「契約者と話すから……」

 

 まるで、オレと同じようにこの()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

「雅人……」

 

 大体何を考えてるかなんて、シャヘルさんはお見通しだ。

 

「……あなたを、宿り主を一人にして孤独にしないため……人化した私を召喚しているだけ……」

 

 筋は通ってるから言葉も疑問も封じられる。

 

 でも。

 あの部屋を見ていたシャヘルさんは、あの部屋の中を本当に知らない風だった。

 力関係が完全にミコトが勝ってるように思うのは。

 そして、シャヘルさんの“本体”がミコトの中いるんじゃなくて、今目の前の『鏡の中の彼女』がそうと思うのは。

 気のせいで済ませていいんだろうか。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 七月になると、御崎市は県下有数の大イベント、『ミサゴ祭り』で徐々に賑わってくる。うちの家はそのメイン会場真南川(まながわ)からそれなりに近くて、しかも間に高い建物も無い。

 よってメインイベントの花火がオレの部屋から見えた。だからオレにとってミサゴ祭りはうるさいうざいイベントではなく、夏の風物詩のままだった。

 その三日前。この街にまたフレイムヘイズが来た。

 

「調律師のじーさんだ。まだまだ元気なようで」

 

 そうミコトが称したのは、小学生くらいのフードを被った男の子。珍しくミコトより年上なんだってさ。

 

「“不抜の尖嶺(ふばつのせんれい)”ベヘモットのフレイムヘイズ、『儀装の駆り手(ぎそうのかりて)』カムシン・ネヴハーウ……」

 

 どこの国の人だろうな。昔の人で黒人だから……エジプトとか?

 

「調律師が来たってことは、歪みがマシになってこの街も安全になるんっすよね」

 

「たぶんなー」

 

「……」

 

 棒読みのミコトと、どこか心配そうなシャヘルさん。突っ込んで聞き出そうとしたら、その前に。

 

「この街に次々と現れた俺含むフレイムヘイズと徒が、歪みに引かれたんならな」

 

「今、因果の中心に在るのが歪みじゃなくて『零時迷子』なら……」

 

 それは、悠二が持ってるっていう。

 

「本腰入れて調べてないのもあるけど、謎に違いないんだ。考えすぎの悪い予感ならいいけどさー」

 

 そんな言い方されると、またひと波乱ふた波乱来そうな予感が……。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 悪い予感って、最悪に当たるんだな。

 例年通り家で花火を見てもよかったけど、祭りは好きだなんてミコトが言うから、メイン会場にいつもの着流し(着物じゃなくてそういう名前だって聞いた)で行ったんだけどさ。

 

「ナニコレ――!?」

 

 花火が歪んだ。うん、明らかに紅世関連の不可思議現象。

 みんなが騒いで慌てふためいてる数秒後、見ようによってはもっと不気味な現象が起きる。

 

「おー、これは調律の影響か?」

 

 花火を見ていた観客は、()()()()()()()()()()()()歪んだ花火に歓声を上げた。

 

「なななんっすか、なんで……!?」

 

「調律は……()()()()()()()()()という“違和感”をサンプルの『思い出』によって補完する自在法……。これを引き起こした()()()が調律を利用してるなら……花火が歪んでも()()()()()()()と補完された……のかもしれない」

 

 シャヘルさんもミコトも、起こってる事態は予測の域を出ないらしい。

 

「ただ……こりゃ本格的に不味いな」

 

 ミコトの声は、今までのどんな時よりも平静だった。いつもの声についている『色』は、余裕によって作られてるものだって分かった。

 観客は花火が歪むたびに悲鳴を上げて、また()()()()()()()と歓声を上げる。

 

「この調律って作業は、人の立場だけに当てはめて例えるなら『打たれた弾丸をえぐり取る』作業だ」

 

 アニメで時々見るやつだ。痛そうな。

 

「そもそも歪みってのは、“この世の物質”として在った“存在の力”が分解されて……()()()()()()()()に変換されたから起こるものだ。調律はその歪みをこのでかい世界全体に追いやって均す自在法。歪みを人は『違和感』って形で受け取る。その違和感を強制的に外へ流されてるんだ」

 

 えーと、歪みがマシになるっていうのは。局地的に盛り上がった『歪み』をへつって、広い庭にまき散らすようなものなんだな。

 

「普通なら紅世関連の歪みっていう根本(弾丸)と、調律って変化(治療)の少なくて二度の痛みで済む。が、実際に見ているおかしな現象にまで調律が働いてんだ」

 

「弾痕じゃなくてかすり傷をえぐり取っているようなもの……」

 

「それ、無駄に痛くないっすか?」

 

 シャヘルさんとミコトが同時に頷く。

 

「ああ、無駄なんだ。調律による人の存在への痛みは、余りにも小さすぎてフレイムヘイズも徒も調律師本人でさえ感じられず知らない。人の中の“存在の力”が違和感と平常を行ったり来たりしまくってると」

 

「傷が重なって、大きくなるっすか?」

 

 しかもこの危機は犯人の徒も探偵のフレイムヘイズも知らない――つまり誰も止めるやつはいないんだ。

 

「その通り……。やがて存在の調和は崩れ……“人としての存在”を維持できなくなるわ……今のペースなら、一時間もしない内に……」

 

 花火を見てる全員が!?

 

「事態の収束――無駄な治療をやめさせるのはマージョリーやじいさんらが頑張るだろう。それは相手次第で時間がかかる」

 

「同じ行為を四人がかりでやるより……三人に任せて私たちは『痛みのショック死を防ぐため麻酔をかける』……」

 

 時間が無いんだ、原因の排除より応急処置のが先決か。

 

「まずはこの調律無駄放出の発信源を突き止める。……」

 

 ミコトとシャヘルさんがオレを見る。分かってる。

 

「使ってください」

 

 この街には、速人もおふくろも、悠二も速人の好きなやつも、いるんだ。

 二人とも頷いて、人込みから飛び立った。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 事の中心は御崎市駅にあって、そこの中枢の自在式の『調律』を司る部分を改変して人の精神の『振幅』を抑える効果を付与した。らしい。

 そのお陰で御崎市の人々が“存在の力”へとばらけることも無く、ついでに他のフレイムヘイズたちのド派手な破壊活動も世に伝わることも防がれた。

 でも、なんとか作業を終えたところで隠蔽が切れて、首謀者の手下に見つかって(そいつも知り合いで、殺しても無駄だって分かってたようだ)けちょんけちょんにされたり、フレイムヘイズたちの攻撃に巻き込まれて潰れかけたり、大変だった。死を覚悟した、怖かった。

 御崎市で貯めに貯めたミコトの“存在の力”は、一番多い時の七割を切った。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 八月は平和にだらだらと過ごした。いつもだらだらしてるのは指摘しちゃいけない。

 紅世方面で変わったことといえば、調律師のじいさんが出てった入れ替わりに、また昔の知り合いのフレイムヘイズがまた来たことくらい。

 日常方面は、オレはなんもなし。シャヘルさんのゲームの腕前はちっとも上達しない。ミコトがおふくろや速人と過ごす時間を見るのも、苦痛じゃなくなってきた。

 速人は塾の格安夏期講習体験に行った。ちょっと機嫌がよかったのを見るに、優秀な学力を見せて良質な学習を取り入れたみたいだ。

 速人はきっと、他人の考えていることを察するのが超能力的に上手いんだ。思いやりがあるっていう?

 だから先生の言いたいことを察して学んだことはカラッカラのスポンジみたいに吸収するし、他人が分からないとこだって分かるから教えるのだって上手い。

 小さいころは自由に何にも考えず生きてたから明るかったオレに、たぶん思慮深いせいでオレの後ろにくっついてた速人。そんな弟が前へ出るようになったのは、のほほんと“ありのままの速人”を受け入れた悠二のお陰だと思う。

 関係は泥に沈んで、ミコトが掬い出した今、そしてオレが戻るだろう未来。どう接すればいいかなんて、どうでもいいんだ。お互い大きくなったんだから、人格を作らないでそのまま接すればいい。ミコトが家族の中で堂々と自宅警備員しているのを見ている内に、そう前向きに考えるようになっていた。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 カレンダーは九月になっても、夏は続く。おふくろも速人も涼しい格好をして暑そうに出ていく。ミコトはがっちり和装なくせに涼しそうな顔で家事をしている。

 オレはこの夏、ずっと涼しい部屋にいて夏を感じなかったらアイスもうまくないってことを学習した。なら部屋を外の世界仕様の温度にするか、と言われて丁重に断った。

 シャヘルさんは相変わらず。微妙に変化したことといえば、恐竜ふかふかクッションを抱える時間が長くなったことかな。

 ミコトはもうすっかり街に馴染んでる。着物を着た料理に詳しい人として、ご近所商店街でも評判だ。

 そんな『商店街友達』の中には悠二に片思いしているって女の子までいる。速人をそれとなく探ると、悠二はその大人し系清廉美少女とロリ系美少女フレイムヘイズを両天秤に取ってあたふたしてるらしい。四月から。爆ぜろ。

 

 事態が急変したのは、高校二学期が始まってすぐだった。

 オレ……というかミコトが脱引きこもりをして、家族も再生してるってことを悠二が知ったんだ。

 当然の流れとして、会うことを打診された。ミコトによればまず間違いなくバレるって。速人の方も引きずってでも連れてくなんて言ってるし、逃げられない。

 

「なるようになるさ。全員知り合いみたいなもんだしー」

 

「彼女らからは恨みを買っていない……」

 

 でも、安心できない。だってさ……そう勧められたからではあるけど、オレの保身のためにミコトは今まで隠れ続けてたんだ。今更のこのこ出てったらどう思われる? しかもオレの蘇生計画は、フレイムヘイズにも徒にもトップシークレットらしいし。

 

「何故そんなに怯えるの……? あなたが直接何かされる訳じゃないのに……」

 

 シャヘルさんが心配そうに至極当たり前のことを聞いてきた。

 

「なんか……なんか、不安なんす」

 

「ミコトがあなたを乗っ取った時よりも……?」

 

「あの時とは違うんです」

 

 あの時はもう何もかも“起こった後”だったから。

 

「今は……これから、何か変わるじゃないっすか」

 

 その起こった異変がオレにとっての“心地よい日常”に、やっと落ち着いたから。

 

「そう……」

 

「悪いようにはしない。お前さんの『日常』は、壊させないよ」

 

 やっぱりというか、あの人らはお見通しみたいだ。それに悔しさはもう覚えない。

 

「……お願いします」

 

 自分の中の不安が、オレの戦う相手だ。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 案ずるより産むが易し。元カノ以外の二人との邂逅は、あっけなく終わった。ミコトは日頃の行いが悪いからか(?)()()()()()()()()()()()()()()でもそういうやつだとして片づけられた。

 でさ、意気揚々と向かった元カノ(フレイムヘイズ『弔詞の詠み手』も、速人のクラスメイトの家を拠点としてた。世の中狭すぎだ)んちに突撃したんだけどさ。

 

「相も変らぬお前さんとの再会を祝して」

 

「相も変らぬあんたとの再会を祝して」

 

 という文句から始まった酒盛りは……凄まじかった。

 元カノはすぐに酔っぱらってしまったけど、ミコトはザルだ。飲む飲む。けろっとした顔で飲みまくる。他人の家なんだからちょっとは手加減しろよ、と思わず漏らすと……

 

「その気になればいくらでも飲めるから……好きにさせてあげて……」

 

 一応セーブモードらしい。ほんとかよ。

 けどさ、そんなのどうでもいい、嬉しいことがあったんだ。

 楽しそうな元カノに、そっちは楽しいのか、と聞かれたミコト。

 ミコトは楽しいって頷いて、何が、って質問には。

 

「少年の成長を、かな」

 

 って答えたんだ。

 蔑ろにされてる訳でもないし、見てくれてるって分かってる。

 けど、改めて他人に向かって言葉にされると、嬉しくならないか?

 オレは、嬉しかったんだ。

 認められるって、嬉しい。

 もっと、認めてほしい……他でもない、この二人に。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 ミコトの深夜帰りは、さすがに咎められた。

 

「悪い友達……じゃないわよね……?」

 

 心配そうに聞いてきたおふくろには

 

「そんな怖い友達と付き合う度胸は無い」

 

 と言うとそれもそうね、とあっさり納得された。不本意だけどそれが池雅人の真実だ。

 速人にもおふくろほどじゃないけど注意されて……その後が面白かった。

 

「お前さん、一美のこと好きか?」

 

 昨日二人が見抜いたことを剛速球ど真ん中ストライクでぶつけやがった。いや、知りたいとは言ったけどさ。ほら、味噌汁で溺れてる。

 一美とはそう、悠二に惚れてる料理好きの女の子だ。その一美も『炎髪灼眼』と悠二を取り合ってるんだから、いやぁ青春だ。

 恋なんかしたこと無いけど、アニキ風を吹かせたくなってさ。

 

「悩みはおにーちゃんに言うんだぞー」

 

 と、ミコトに頼んで伝えてもらった。

 

「恋は……若さの華……」

 

「そうっすねー」

 

 シャヘルさんと訳知り顔で頷き合った。恋なんてしたこと無いけどさ。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 身バレ一週間後に起きた初の共同戦線は、なんとミコトを狙って引き起こされた戦いだった。悠二のお陰で消耗は無かったけど、後味の悪い結末だった。

 

「“覚の嘯吟”シャヘルのフレイムヘイズ、『眇理の還手』ミコト! お前は人間の(てき)だッ!」

 

 きっと『正義の味方』だったはずのフレイムヘイズは、そう叫んで消滅していったんだ。

 

「フレイムヘイズは……存在からして復讐を糧に生きる……。怨敵はフレイムヘイズでも直接面識のない相手でも異常じゃない……」

 

 シャヘルさんはぽつりと漏らす。オレに聞かせるためなんだろうけどさ。

 モーリスってフレイムヘイズの背景はミコトへの罵りから推測するしかないけど、徒の一団に協力したってのは確からしい。その[革正団(レボルシオン)]って組織はフレイムヘイズも少なからず混じってたそうだけど、残りは徒だったんだ。

 

「ミコトも……シャヘルさんも。人間の味方だったんじゃないんっすか……!?」

 

「私はともかく……ミコトは、誰よりも」

 

 それから、何も知らずに喰われ続けている人間たちに、この世の本当のことを知らしめるって[革正団(レボルシオン)]について、教えてくれた。その人間と徒の関係性を一気にひっくり返しかねない“うねり”を内部から見ていたことを。

 

「でも、でも――!」

 

 今まで言えなかった“オレが見た本当のこと”を、この時ばかりは容赦なくぶつけた。

 

「シャヘルさんたち、弱いじゃないですか。見てるだけじゃ、何にも変えられないっすよね」

 

「……」

 

「願いを叶える時だけ強くなれるって言ってたっすけど、その仕組みもまだ分かってないんっすよね」

 

「……」

 

 シャヘルさんは曇った顔で……都合悪そうに、困ったように、悲しそうに? うつむいてる。

 でも、やめちゃだめだ。ミコトたちの本当の目的を知ること、それが出来るのはオレだけだから。

 

「あんな……フレイムヘイズは、あんなあっけなく死んじゃうのに。人間だってどれだけ儚く消えてくか、いっぱい聞かせてくれましたよね。なのに……シャヘルさんたちだけ『救済措置』って、なんなんすか」

 

「ミコトは……」

 

 シャヘルさんは一瞬唇を震わせて、すぐに閉じてまたうつむく。それっきり何も言わない。

 

(言えないのか?)

 

 根拠なんかない安い想像。けど、シャヘルさんをずっと見てきて、それが当たってるっていつの間にか確信してた。

 誰がシャヘルさんの口を閉ざしてるんだ?

 

(ミコト……?)

 

「シャヘルさん……」

 

 それを確かめようと名を呼ぶと、シャヘルさんは顔を上げた。いつものぼんやりとした表情じゃない。強い意志が、無表情と、何よりも綺麗な薄い色の目に灯ってる。

 

「フレイムヘイズが戦うのは復讐のため……。契約する“王”が戦うのは両界のバランスを守る……すなわち故郷たる“紅世”を守るために戦う……。豊饒なる大地の“神”と『神官』たちが戦うのは……時や流れ、悪霊たちが放埓することさえも含めた『世界』を守るため……」

 

『豊饒なる大地』の……いつか教えてくれた、アメリカをずっと守ってきたフレイムヘイズたちのことだ。

 

「私が…… わ、たしが …… !」

 

 苦しそうに息をする。支えようとしたけど、手を払われる。

 そして、いつかこの部屋で『力』を使った時の様に、白い光が溢れ出す。

 

「《―― 我が存在 此の空 自らが為 ――》」

 

 伝えようとしてくれてる。大きな『ナニカ』に抗って。

 声でじゃなく、心に直接語り掛ける。それがシャヘルさんの力だ。誰かに伝えること、それだけに特化した“神様”なんだ。

 

「《―― 彼の存在 唯 いつ  ――》」

 

 それでも、シャヘルさんの“思い”は途切れ途切れになっていく。

 

「《―― と が、 た …… に ――》」

 

 そして、純白の後光もかき消されて、力無く床に倒れる。

 なんとか倒れる前に割り込んだけど……軽い。羽根みたいに。

 

「無茶しやがって……」

 

 扉が開くと同時に、ミコトが呆れた声と一緒に入って来た。酒の匂いがぷんぷんしてるけど、酔ってる風には見えない。

 

「ミコト……あんたは」

 

 シャヘルさんをゆっくり床に寝かせて、ミコトを睨む。

 

「遠からず近からず、かな?」

 

 守らなきゃ。シャヘルさんを抱く手の力を強める。

 そんなオレを……そして、シャヘルさんを見て、ミコトは――。

 

「恥ずかしながら、シャヘルの言う通りだよ」

 

 かすかに笑って、伝わっただろ? そう言った。

 少し遠くに落ちていた恐竜のクッションを拾ってシャヘルさんに抱かせて、そのまま出ていった。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 シャヘルさんは数時間後に目を覚まして、いつもと同じぼそぼそ喋るぼんやりとした表情に戻った。

 シャヘルさんからもミコトからも、あの時以上の情報も言葉も引き出せない。

 シャヘルさんが何故ここにいるのか。ミコトが何故存在するのか。言葉には出来ないけど、うっすらと浮かぶ雲のような感じで()()()()()()()()()()

 オレは、その意味を考えた。

 そして、オレが崖っぷちで存在する意味を。

 

 夏が過ぎて肌寒くなったのか、外の人は薄いけど長袖を着始めた。

 速人が着る制服も冬服になって、そうなると御崎市恒例の()()()()の時期ってことだ。

 

『清秋祭』

 

 弟たちと見物していたオレも、いつか――そう“憧れて”いた、祭りだ。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 中学で引きこもってから、花火大会とは違って『清秋祭』は見たことが無い。昼間にやるからとか、自宅から見えないとか関係なく、単純に見たくなかったからだ。

 今なら分かる。

 オレがあいつらに奪われた未来の象徴、なんだ。

 花火と違って全然乗り気になれないのも、シャヘルさんたちには当たり前のようにバレてる。おふくろからパレードに参加するって速人の写真撮影ミッションを与えられたけど、行くか行かないかはやっぱりオレに委ねられた。

 うだうだと決断を先延ばしにして……

 

「写真撮影だけ頼むっす」

 

 外の世界を映す窓からは体ごとそむけた。

 シャヘルさんは、小さく座ってケータイを覗いてる。

 気にならないなんて、嘘だった。部屋の中を歩いたと思ったら椅子に座って貧乏ゆすりしたり、時計を見てさっきから五分も経ってないことを確かめたり。とにかく全然進まない時間をいらいらと浪費してた。

 なん十回目か時計を見て、視線を下ろすとシャヘルさんがじっと見ていた。

 

「……気になるなら……見ればいい」

 

 今日初めての誘いだ。

 

「でも……」

 

 例えミコトたちが出ていって外の世界に生きるようになっても、逃してしまったイベントは一生参加できない。

 失った時間は戻らないんだ。

 シャヘルさんはまだ迷ってるオレを見かねて、いつもの窓に景色を映し出す自在法(?)の準備をする。

 

「ちょ、ちょっと」

 

 シャヘルさんは賑やかな景色とざわめきを部屋に取り込んで、オレを見た。

 

「今のあなたなら……乗り越えられる……」

 

「……」

 

 ふっと、こわばってた筋肉が緩まる。

 

「……。そうっすね」

 

 時間は戻らない。そんなの当たり前だ。

 けど、時間は失われてなんかない。オレは歳を重ねて、色んなゲームをして、あいつらと同じだけ時間を生きてる。

 看板を担いだきらびやかな仮装を着た少年少女は、疲れを見せながら、高揚しながら、次へと進んでいく。

 今こうして、誰かに背中を押されながらでも歩き出せてるのも、きっと()()()()()()()六年間があったから。ふとそれを受け入れた。

 やがて……。

 

「おい……」

 

「……あれは速人よね……」

 

 青いお揃いの衣装を着る悠二と一美。堂々たる『炎髪灼眼の討ち手』。マージョリーの子分二人と犬耳の女の子、と……。

 

「『清秋祭』本番で……く、ふふふ」

 

 青を通り越した白い顔をして、たくましさを見せるようになった悠二に支えられ……自力で歩けず十字に磔になってるカカシ、速人。

 

「生徒会に目を付けられて……準備に忙殺されてたそうよ……」

 

「ふふ……一美にいいとこ見せるチャンスだってのに……く、くく」

 

 お世辞にもカッコよくない。コミカルで哀れで……気の毒な姿。

 

「あ、ははははは! オレは引きこもって出られず、速人は出られたくせにおじゃんだ! お似合いの兄弟だな! あはははは!」

 

 腹を抱えて、床を叩いて、足をばたつかせて、笑った。

 ずっと、笑ってた。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

『清秋祭』一日目シメの、『ベスト仮装賞』。それと二日目の閉会式……戦いは、その二つの真っただ中で始まった。

 琥珀の嵐、群青の炎、臙脂色の暴力……それらで押しつぶされていく学校、そしてそこにいた人々。

 酷い光景だった。それを目の当たりにしたマージョリーの子分の一方は、心が折れて紅世へのかかわりを拒むようになった。

 オレにも、一つだけ心の変化があった。

 一日目の琥珀色の暴風で吹き飛ばされた人々を見て、迷わず。

 

「戦ってくれ!」

 

 そう怒鳴ったんだ。

 身の安全や保険と言った保身は、頭から吹っ飛んでた。ただ、この“憧れ”を完膚なきまでに壊す異界の住人たちを、止めてほしい。それだけが頭にあった。

 その自分の変化に少しだけ驚いたけど、後悔なんて無かった。

 エネルギーが激減した二日目の戦いでは、迷いも後悔もなく、勢いだけだった昨日とも違ってどうなるか分かった上で。

 

「空っぽになっていい。みんなを助けてください」

 

 そう頼んで、オレ自身じゃなくみんなが無事に乗り越えられることを祈った。

 ミコトが無茶しすぎてオレが消滅するとしても、別に構わなかった。ここが命を懸ける場所と時だ、そう確信したから怖くもなかった。

 二つの戦いは無事に終わって、祭りを楽しんでた人々は修復された。

 オレも消滅はしなかったけど、“存在の力”残量はゼロとなった。

 でも、本当の戦いは、まだ終わってない。御崎市を襲う『嵐』の中心が、悠二とその内に宿る『零時迷子』だってはっきり分かったからだ。

 オレは、オレが手にしたチャンスについて――()()()()()()()()について、深く考えるようになった。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 それから数日後。

 

「なあ兄さん」

 

 そうミコトに呼び掛けた速人は、優秀な頭脳と神がかった勘で“この世の本当のこと”について肉薄した。

 

「教えてくれよ――仲間に、入れてくれ……!」

 

 泣きながらミコトに懇願する速人。胸に来るものがあって、もらい泣きの鼻をすする。

 全部、ぶちまけてしまいたい……きっと、オレがミコトに頼めば、そうするだろう。

 一人は、つらい。曲がりなりにも立ち直ったのは、シャヘルさんとミコトのお陰だ。だから思う。仲間外れは、つらい。

 全部、話してくれ。口の中まで出かかったその言葉は、結局呑み込んだ。世の中知らない方がいいこともある――そんな傲慢じゃなくてさ、なんだろう、()()()()()()が守りたいことの中心にいるのが、速人だからだ。

 オレが首を横に振ったのを端に、ミコトは速人を諭し始めた。

 

「知らされないのは、戻ってこれないからなんだ。速人……お前さんは、悠二たちが逸脱した、だが大切でたまらない場所に、立っている」

 

 そう。悠二たちは速人を守りたいんだ。オレだって、速人を守りたい。

 

「そんな場所に立つお前さんが出来ること……いいや、するべきこと。それは“同じ場所に飛び込むこと”じゃない。――もう、分かるな?」

 

 出来ることと、するべきこと。この問いは、オレにも向けられている。

 

「“この場所”を守る……?」

 

 速人は、悠二たちの居場所を、守るべきものの象徴として、日常を営む道を指さす。

 そして、オレは……。

 

(うん)

 

 願いを確かな形に、造った。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 一年間オレが正気を保ち続けたなら、ミコトは凄い力でなんでも叶えてくれる。

 トーチの復活っていう普通ならあり得ないことだって、叶えてくれる。

 それを確かめてから、オレはミコトとシャヘルさんに、願いを打ち明けた。

 

「雅人……あなたは」

 

 じっと見つめてくれるシャヘルさん。正直こうして視線を独り占めしたいって下心も、無いことは無い。

 

()()()()どうとでも解釈できる、曖昧な願いは、いつ『叶えられる』か分からない。でかい“力”だって、発動しないかもしれない」

 

「それでもいいっす。少なくとも()()()()()()()()()()()って縛りにはなるんっすから」

 

 困ったように頭をかくミコト。

 

「信用されてないなぁ」

 

「日頃の行いっす」

 

「でも……」

 

 助け舟を出そうとするシャヘルさんの言葉を、先取りする。

 

「『ミコトは願いを捻じ曲げるようなことはしない』、ですよね?」

 

「……」

 

 最後に一つ、やり返してやった。ただただ爽快で……恐怖も後悔も、何も無い。

 

「分かった。叶えると言った以上は叶える。雅人、お前さんの望み通りになるよう……レールを壊す」

 

 つまり、ミコトは大方予測してるんだ。これからのことを。

 

「さて、そうと決まれば今すぐ動かねーと。……雅人、お前さんの勝ちでゲームオーバーだよ」

 

「あなたの心の準備はまだかもしれない……でも、時をこれ以上無駄にすれば……叶う願いも、取り零してしまう……」

 

 そっか。別れの時は突然に、ってことか。

 

「分かりました」

 

 すくっと立ち上がって、並ぶ二人と向き合う。

 

「ミコト……さん。メシ美味しかったっす。家族のみんなも喜ばせてくれて、今までありがとうございました」

 

 遥か昔学校で習った、一番綺麗なお辞儀をする。

 

「あんたのこと、全然分からなかったけど……オレの願いをいい加減に処理するような人じゃないってことは、分かるっす。後は、よろしくお願いします」

 

「……ああ」

 

 のんきないつもの声音で、重く頷いた。

 

「シャヘルさん……」

 

「……」

 

 最後の最後になって、淡いけど恋してたな……そう思った。

 

「ずっと話をしてくれて、ずっと気にかけてくれて、ずっと見てくれてて、ありがとうございました」

 

 ずっとシャヘルさんを見ていたいけど、こみ上げてきた涙を隠さないとと思って、同じようにお辞儀した。

 

「一度死んで、チャンスを掴んで……このチャンスを、根性でも奇跡でもなんでも使って、芽吹かせてください」

 

「……」

 

 小さくこくりと頷いたシャヘルさん。こみ上げる感情を抑えてる顔だと分かるから、これだけで……もう。

 

「ありがとう、ミコト。さようなら、シャヘルさん」

 

 オレは戦いの舞台から降りた。

 何にもできなくて、全部捨てて、ただのたれ死んでいくだけだと思ってた人生。

 この最後に、こんな最期を迎えるなんて、誰が予想した? こんな最高にかっこいい終わりを、しっかり見届けてくれるなんて、なんて幸せなんだろう。

 

 これからも続く戦いを降りて、後は祈るだけだ。

 おふくろが、速人が、……とりあえず親父も。

 楽しそうにパレードを行進してた友達のあいつらも……悠二も。

 

 みんな。

 

 

「幸せになりますように」

 

 

 

 

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