【本編完結】灼眼のシャナ異伝~逆襲~   作:白井茶虎

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原作がきっちり完璧だと、改変すると当たり前のように状況は悪化する。


10 死闘

 

 星夜に見守られる城砦は、静けさを保っている。

 ここを埋め尽くしていた徒たちは、『フレイムヘイズ(道具ども)』をこの城砦に一歩でも近付けさせぬためにユーラシア大陸東西に大きく広がっている。西はルーマニア、東は日本――新しき世界を夢見る神楽舞いたちは、偉大なる神体とその座を守るため、燃やし踏み躙り攻め続けた。

 フレイムヘイズ側は良くて拮抗、悪くて陥落と旗色は著しく悪い。これは、[仮装舞踏会(バル・マスケ)]がこの戦の為だけに蓄えた数千年分の力を、計画通り存分に吐き出しているからに他ならない。

“守るための戦”は、古い世界を壊し新しい“理想の”世界を形作りつつあった。

 

 そして、世界を股にかける戦争の中心、守るべき神棚の中心部に、囚われの姫が佇んでいる。

『炎髪灼眼の討ち手』シャナは、御崎市に襲撃をかけた“祭礼の蛇”坂井悠二に敗れ、敵本拠地まで拉致されていた。彼女はフレイムヘイズとしての一切の力を封じられ、虚無の時間の中己と向かった。その中で新たに、世界の守護者としての自分と恋に揺れ動いた人としての自分が、この世でたった一人の自分(シャナ)だと自覚した。その過程で得た最強の自在法()を手に悠二に会うため、ひたすら息をひそめ機を窺っていた。

 当の悠二は数人の供を連れ、“祭礼の蛇”本体を取り戻しに『久遠の陥穽』へと突入している。その為今はどう足掻いても会いに行けないのだが、今の自分では意味が無い。悠二に会いに行くのは無力で守られるだけの少女でなく、愛を抱くフレイムヘイズ(『炎髪灼眼の討ち手』シャナ)でないと何の意味も無いのだ。

 そんな思惑を、誰も知りも察してもいない。フレイムヘイズとの戦争が始まり、()()()()()()()()()()()()()()最後方で待つ身だ、腑抜けはせずとも誰もが一種の空疎さを胸に抱えている。

 恋焦がれる少年をただ待っていると思われているゆえに、見張りの目も無かった。

 だから、客が来た。

 

「こんにちは、お久しぶりー」

 

 徒の本拠地にいたとは全くの予想外だった、フレイムヘイズ。

 

「……生きていたの」

 

 シャナは彼――『眇理の還手』ミコトを()()()()()斬り伏せた感触を思い出しつつ、不気味な不死性を噛み締めた。

 

「まーな」

 

 対するミコトは御崎市商店街のパン屋ですれ違ったかのような調子を崩さない。シャナのトレードマーク以上のペンダントが無いのを見て。

 

「やっぱ悠二が下げてたのは神器だったか。遠過ぎてはっきり見えなかったんだ」

 

 のんきに、全くのんきに少女が一人であることを確認した。そのまま備え付けのソファにどっかり座る始末。脇にはこの洋式の部屋には全く似合わない、()()()()()服で包まれた何か。

 

「何しに来たの?」

 

「ここで助けられればカッコよかったんだけどな」

 

 ミコトが手首を持ち上げるとじゃらりと耳障りな音が鳴る。シャナに嵌められた鎖より武骨な手枷が、両手首に嵌められていた。

 

「じゃあ何。世間話ならするつもり無い」

 

 シャナの心は凪いでいるため、怒りは感じない。呆れは別だ。

 

「こっちはこっちで悠二と話したんだ」

 

 一応この部屋はシャナが使っているが、そんな事実はどこか吹く風のように正面のソファを勧められる。どこにいても()()()()()()()()()()()()と思い知らされ、呆れの中に悟りと一種の安心感を覚えた。顔には出さないが。

 

「俺の精一杯の足掻きは、今んとこ何一つ届いていない。このまま突っ走って訪れるのは……誰も幸せになれない結末」

 

「何を知ってるの?」

 

 ミコトが見ている『結末』とやらを鋭く詰問する。

 

「そんなバッドエンドを回避……いや、『願い』があるから、ハッピーエンドへひっくり返すには。どうやら綱渡りは避けられないらしい」

 

 彼は構わずしゃべり続け、鞄代わりの服をほどく。中は大量の衣服と、何かの彫刻。

 

「一つ、確かめに来た」

 

 のんきさの中の、『贄殿遮那』のように鋭い芯。それを感じ取り、シャナはただ彼の言を聞く。

 

「お前さんにとってのハッピーエンド……いいや、歩もうとしてる道は?」

 

 彼女は、もう迷わない。

 

「フレイムヘイズである私として、悠二と共に歩む」

 

「お前さんにとってのフレイムヘイズってなんだ」

 

「この世と紅世、両界のバランスを守る者」

 

「悠二や世界を守るために、命を捨てなきゃいけない時は?」

 

「私は悠二と一緒に歩く。そうならないように死力を尽くす」

 

 彼が求めているのはその先の答えだ。それでも彼女は迷わない。

 

「死力を尽くした結果それが変えられなければ、命を捨てる」

 

 諦めるのではない。

 

「私は進み続ける。戦って、力を振り絞って――。難しくても、そう、あなたが言うハッピーエンドを掴み取るため」

 

 ミコトは、彼女は知らないだろう一つの面影を重ねていた。

 

「その末に私が命を燃やし尽くすとして。――それが悠二と共に歩むということ、それが私の生きる証」

 

 今は力の無い黒髪の少女でも。

 己の中の青い無念を新たな人生へ昇華させた紅蓮が、確かに見えた。

 

「分かった」

 

 重く頷いたミコトは、彫刻を手に取る。

 

「お前さんの理想と俺の『願い』は重なってる。だから、裏切ることも裏切られることも、お互い絶対に無い。ちょいと手伝ってくれ――」

 

 そして、躊躇いなく自らの左手に振り下ろした。嫌な音と共に骨が潰れ、左の手枷が外れた。

 脂汗を流しつつ、ミコトはシャナを見る。シャナは頷き、今の全力で重い彫刻を振りかぶって右手を叩き切る。

 

「治るの?」

 

「……いっぺん死なんと治りそーにねーな」

 

 持参の衣服で素早く応急処置を施し、冗談のような答えを聞いた。

 

「今は完全復活する“機”じゃない。が……それ以上の()()()()()をかけてやる」

 

 流れる血を数滴、シャナの手の平に垂らす。

 

「ある条件下でのみ、お前さんの“中身”を……半分ほどを使って、半分取り戻す、おまじないだ」

 

 それは、冗談としか思えない“おまじない”

 

「効力は一度だけ……『究極の決断』を迫られた後も、きっとお前さんは必要だ」

 

 一体どんな条理で屁理屈で、そんなことが出来るのか――シャナは訊ねなかった。

 ()()()()()()の犠牲以上の覚悟――それが見えたから。

 

「ありがとう」

 

 一言だけを、同志に。

 まだ温かいミコトの血を手に握り込んだ。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 それから僅か二日後。機は訪れた。

 轟音と共に崩れる城砦と垣間見える桃色の炎。

 

(来た――)

 

 か細く繊細な鎖の手枷は外れていない。ミコトも“おまじない”で力を使い果たしたそうで、こちらはどうともしてくれなかった。

 

 ――ま、お前さんなら大丈夫だ。しばらくは自力でがんばろーぜ

 

 そんな言葉と共に協力を約束した彼は、力技で手枷を解いた戒めで牢獄に囚われたらしい。念入りに掃除したため、シャナがそれに関わっていたとは気づかれていない。

 如何に力を取り戻すかも課題だが、今は外が心配だ。確認できたのは桃色の爆発で破壊をまき散らす“糜砕の裂眥”バラルと『輝爍(きしゃく)の撒き手』レベッカ・リード(シャナは爆弾女と呼んでいる)。そしてきっと、ヴィルヘルミナもいる。マージョリーは来ているのだろうか。

 

(気をつけて……! ここには“あいつ”がいる!)

 

 ひと際大きな爆発音、それが発する色を確かめられないまま、部屋から退去する。

 世話役の白い侍女に避難を急かされつつ、シャナは機を待つ。

 

       ―*―

 

 シャナを探すためにヴィルヘルミナは『星黎殿』中枢と思われる地下へ。陽動を担うレベッカと、“不抜の尖嶺”ベヘモットとフレイムヘイズ『儀装の駆り手』カムシンは準備の後、表層で暴れまわる手筈となっている。

 今日この日、フレイムヘイズ兵団本隊も『星黎殿』探索の為中国奥地に降り立つ予定だ。

 先日観測された尋常ならざる歪みからおおよその範囲は絞り込んだが、それでも広過ぎる。“どこにあるのか分からない拠点を世界中に展開している構成員の包囲網によって一網打尽にされる前に落とし切る”、そんな絶望しかないにもかかわらず絶対に負けられない負け戦に、数多くの知人たちが身を投じているのだ。

 一騎当千とはいえたった三人――実質二人――だけで壊滅させ得るとは思わない。よって、せめて最高峰の隠蔽機構『秘匿の聖室(クリュプタ)』の破壊だけでもして、兵団の援助をしたい――そう考えていた。

 

「ああ、これは」

 

「ふむ、まさかの」

 

 カムシンとベヘモットは組み上がらない『瓦礫の巨人』の端に灯る()()の炎に、平静に驚愕する。

 

「ああ、『輝爍の撒き手』。“壊刃”が潜んでいる様です」

 

「ああん!? あいつぁヴィルヘルミナがブッ倒したんじゃねえんじゃ!?」

 

「ふむ、『万条の仕手』から聞いた奴の特性上、辛うじて気付かれては居らんらしいがの」

 

「『天道宮』で語ってくれた、“地域一体に浸透する身体にはアンバランスな小さな司令塔”のことだね。興味本位でも聞いておいて助かったな」

 

 ヴィルヘルミナに“壊刃”生存の報告をしつつ、お互いに意思確認し合う。

 

「ああ、このまま大人しく隠れていれば戦わずに済むかもしれませんが」

 

「へっ、種は割れてんだ。そうでなくても臆病風なんざ地球の裏側さ」

 

 分かり切った、攻撃開始の意思確認を。

 

「ああ、『偽装』を組み上げるのは現状不可能なので、補助に回ります」

 

「ふむ、どうやら儂らの相性は最悪のようじゃて」

 

「なっ!? おい、待て!」

 

 そう言い残してカムシンたちは“壊刃”サブラクを倒した――いいや、退けた方法の再現を目指し、工作へ向かった。

 

「ったく世話の焼けるジジイどもだ! おっぱじめるぞ!」

 

「了解。手傷は追わないように、注意するんだよ」

 

 のんびりとしたバラルに視線もくれずに応え、桃色の爆発で部屋を吹き飛ばした。

 城内が騒然とする中、気配を覆い隠す殻『秘匿の聖室(クリュプタ)』を吹き飛ばすため光球を飛ばした。

 

 瞬間、

 

 大小の剣が無数に入り混じる洪水のような茜色の炎に、レベッカは飲まれる。

 

(これが来ると分かってはいても――!)

 

(きついものはきついね。ほら、こっちも吹き飛ばそう)

 

 以前相まみえた時よりは圧倒的に楽な状況だが、それはサブラクに対してのみ。ここは敵の本拠地のど真ん中、そこにたった一人なのだ。

 レベッカは“自身の攻撃からの”防御方法しか持ち合わせていない、超攻撃型の討ち手だ。ならば同等以上の破壊力で以て、相殺し切るしかない。

 壮絶な破壊の応酬がしばらく繰り広げられ――

 

「なるほど。対処の速さから見て潜伏は見破られていたようだ。俺の生存すら漏れていないはずだが、察知は『輝爍の撒き手』の力とは考えにくい。となれば、他にも侵入者はいるということか」

 

 ぶつぶつと、誰に対してでもないつぶやきを漏らしながらゆらりと現れる人影、“壊刃”サブラク。

 レベッカには……小さな傷が、二つ。

 

(前と違って開いてはこねえな。治る気配もねえが)

 

(油断は禁物だよ。機能不全の自在法を用いるなんて馬鹿な真似、彼がする訳ない)

 

 険がこもり過ぎて鋭過ぎる睨みを向けて、レベッカ・リードはサブラクと交戦を開始した。

 多種の剣が混じる茜色の津波の先頭に乗り、ゆったりとした動作でサブラクはやってくる。緩やかなのは波の上で剣を構えるその動きだけで、破壊力も実際の速さも並の討ち手では対処不可能な領域だ。

 レベッカは胸元に浮かべる神器“クルワッハ”の目を開かせる。すると、サブラクの炎の津波にも負けない威力の桃色の爆発が地面から巻き上がる。下から爆風に突き上げられる形となり、真上にすっ飛んでいくサブラクだが、無論傷一つ負っていない。

 細々とした工作――特にサブラク討滅に必須となる周囲からの力の供給の妨害――が不得手なレベッカは、ただ時間稼ぎに没頭する。彼女には討滅のもう一つの方法、サブラクが浸透する『星黎殿』を破壊し尽くす方が討滅の可能性があり自分自身も爽快だが、今優先させるべきなのは()()()()だ。更にここは完全なる敵地、そちらの破壊に注力すればサブラク以外の[仮装舞踏会(バル・マスケ)]の名だたる将たちを一人で相手せねばなくなる。それを当然のように理解しているため、レベッカは破壊も最小限に厄介極まる王一人だけを相手に戦う道を選んだ。

 

「以前戦った際の積極性が見られないな。破壊が取り柄の貴様からそれを取ればただの木偶の棒となるが、狙いがあるのか単に怖気づいているのか」

 

 ぶつぶつと思考を口から垂れ流しているサブラクは、己と共に巻き上がっていた炎を背後に集約させる。

 

(これは――!)

 

(大技だね)

 

 先に交戦した時に、危うく討たれかけたその攻撃が過ぎる。レベッカに出来る対処は、一つ。

 

「弾けろおおおぉぉ!」

 

 威力には威力を、それが彼女の戦いだ。手加減した先にあるのは、死だけ。

 レベッカの周りに浮かぶ光球全てを一点――サブラクとぶつかるその空中の一点――へと投げつけ、破壊力全てを前方への推進力、すなわち向かってくる死への盾とした。

 桃色と茜色の大爆発で、『星黎殿』の地表部はほぼ壊滅する。レベッカ自身も後方へ吹き飛び、ようやく止まった時には要塞の端にまで達していた。

 そして、余りに致命的なことに。

 

(やっべえ!)

 

(見失ったか)

 

 先の全力の攻撃で、サブラクの気配が掻き消えた。普通なら倒したと判断していたところだが、()()()()()()()()()()()()()

 

(消えたということは――あれが来る!)

 

 バラルが予測した次の攻撃元は――

 

「クッソ――!」

 

 自在法を壁という壁、地面という地面に撒いたと同時に、まさにそこからサブラクの炎と剣が噴き出してくる。レベッカの“防御という名の攻撃”は間一髪間に合い、前からの攻撃を完全に防ぎ背後の安全地帯(セーフゾーン)へと退避する。

 それは、『星黎殿』を包む殻、『秘匿の聖室(クリュプタ)』。サブラクはまだ壊れていないそれを、守る役目だ。

 徐々に収まる攻勢を前に息を吐こうとして――

 

「なん、だ――!」

 

「避けろ!」

 

 己につけられた切り傷から、茜色の自在式が伸びているのに気付く。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、百戦錬磨の討ち手としての危機感からその場から離脱する。

 ゆるりと、まるでヴィルヘルミナの何の力も籠っていないリボンのように、自在法はその場に置かれ揺れる。先ほどまでレベッカがいたそこにサブラクが滲みつつ出現し、二本の自在式の端を断ち切った。

 

「が、あッ!!!」

 

 全く悍ましいことに、傷口を無理やり手で広げたかのように、引き裂かれた。吹き出すおびただしい量の鮮血に意識まで引っ張られかけて――

 

「レベッカっ!」

 

 相棒の一喝により、戦いの中に無理やり引き戻す。

 

「まだだッ!」

 

 伸びたままの自在式にまた手をかけようとしているサブラクを、自在式ごと吹き飛ばす。しかし、それだけで体力気力の限界が見えて――

 

「否、終わりだ」

 

 未だ闘気の燃え尽きないレベッカの瞳に、サブラクが非情なる死の宣告を下した。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 一方、ヴィルヘルミナはシャナを探して要塞地下層を駆けていた。

『万条の仕手』の最も隠密性能の高いジャンプスーツの様な衣装をまとい、行き会った徒は隠密裏に始末し。

“彼女に与えられた名”を認められないという私情から、彼女を呼ぶことが出来ない己を嫌悪しつつ。

 

 と、己を呼ぶ声が微かに聞こえた。

 

「いるのでありますか?」

 

 期待を平常心で押し包み、()()()()でそちらへ向かう、が。

 

「お目当ての人物ではないが」

 

 か細い、知った()()()()()()()()声を拾った。

 しかし、手掛かりとなり得る人物だ。無視して通り過ぎず、彼の目の前に降り立った。

 

「『眇理の還手』……」

 

「無事懐疑」

 

 ティアマトーが皮肉ではなく歴とした心配の声を放るほど、痛ましい姿だった。

 暗い牢の壁に力無く持たれており、足枷を嵌められている。何より手首から先は壊死しており、腐った血が彼の周りを濡らしている。

 

「手短に行くぞ。“お察しの通り”『炎髪灼眼』は非常時、この近辺に避難()()()()()はずだ。だが気配は無い」

 

「道中で何かが起こったと?」

 

「恐らく。元々の監禁場所まで逆走すれば見つかるだろうから、出せ」

 

 今更悩まず、小さく頷いた。

 フレイムヘイズの力を封じ込める牢らしいが、外側から壊すのならばヴィルヘルミナにも可能だ。

 

「すまんが……補給も……」

 

 注文の多い協力者に、自身の“存在の力”を僅かばかり受け渡す。

 

「これでしばらくは動ける、ありがとう。――右の階段を上がれ」

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 ただ、奇跡を信じて必死の戦いへ臨もうとする一団がある。

 

《サバリッシュ総司令官、降下地点上空まで後五分です》

 

 世界広く苦戦を続け芳しくない戦況の中、ただの防衛戦としないため主力を集めたフレイムヘイズ兵団本隊だ。

 そう、これは負けてはならない戦。人類の、世界の存亡がかかっていると、戦に臨む皆は信じていた。

 フレイムヘイズ兵団は二つのプロセスからなる一つの作戦を立てていた。

 すなわち『凪』と『交差点』。『凪』作戦は世界中の空港に散らばり待機している討ち手らが、封絶を張り人知の及ばない範囲で飛び立つもの。『交差点』作戦は歪みが観測された大まかな範囲の中の一点に、数人単位の討ち手が乗る飛行機を僅かな時間差で終結させ降下させるというもの。

 

「ありがとう、機長。今のところ異常は?」

 

《天候は良好、タイムスケジュールに照らし、修正誤差範囲を超える異常は、当空域内で一つも出ておりません》

 

 機長の声は重くはなくとも、固い。乗客らが生きて帰る可能性はおろか、望みを果たす可能性すら低いと分かっている故に。

 

「なあに、そう心配せずとも我々に与えられた仕事は果たして参りますとも」

 

 フレイムヘイズ兵団総大将、ゾフィー・サバリッシュの額から、らしくもなく明るく希望論を宣うタケミカヅチ。

 

()()()()で、ほぼ確実に敵の意表を突くことが出来るのですから。どうか胸を張って帰還してくださいな」

 

 ゾフィーも機長以上に己を鼓舞するために、彼を励ます。

 

《ええ……。人間が守られるだけの時代は、終わったのですから》

 

 強がりだと分かって、だからこそ手元を揺らさず自らの仕事を確実に果たす。

 

《降下地点に侵入開始――ニアミス、通信、航路、全て異常なし(オールグリーン)

 

 固くとも、せめて張りのある声を、と。

 

《これより当機は『凪』より『交差点』へと、作戦を最終段階へと移行します》

 

 常に死と隣り合わせであった討ち手、ゾフィーはやわらかい笑みと声で、機長を称える。

 

「良い旅をありがとう」

 

《どうか……どうか、ご無事で》

 

 常に生きるために生きてきた人間、機長は最後の最後で声に涙が滲んでしまい、祈った。

 

「さて……征きますぞ? 準備が出来ていないとは言いませんな?」

 

 タケミカヅチが同乗する討ち手ら――兵団と主力と呼べるだけの人員を集めた幕僚長“吾鱗の泰盾(ごりんのたいじゅん)”のフレイムヘイズ『犀渠(さいきょ)の護り手』ザムエル・デマンディウス、本作戦の要となる精密な天候予測を成し遂げた副官“布置の霊泉(ふちのれいせん)”グローガッハのフレイムヘイズ『姿影(しえい)の派し手』フランソワ・オーリック、戦と世界の行く末を判断するために同行する『大地の四神』が一人“殊寵の鼓(しゅちょうのつづみ)”トラロックのフレイムヘイズ『皓露(こうろ)()い手』センターヒル――その三名にして六人に声を放つ。

 ザムエルはいつものように姿勢よく真顔で、フランソワは少々青い顔で、センターヒルは穏やかな微笑を浮かべて。それぞれの形で了承した。

 

「では……行きましょう」

 

 ゾフィーが飛行機の扉を開く。耳障りな高音のブザーと、それが掻き消えるほどの外の暴音。

 快晴の為、雪に覆われた山の稜線が澄んで見える。

 ゾフィーを筆頭に、次々と落下していって――

 

「時間との勝負です! さっさと陣形を整えて『星黎殿』を見つけますよ!」

 

 晴天に交わる飛行機から落下する討ち手たちに、号令をかける。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 いずこかの水底。

 

(何故、如何にして、『輝爍《きしゃく》の撒き手』はただ一人、現れた)

 

[仮装舞踏会(バル・マスケ)]外界宿(アウトロー)征討軍総司令官である“紅世の王”、“淼渺吏(びょうびょうり)”デカラビアは、戦況を分析する。

 フェコルーが亡き今、要塞本殿の防衛の要は“壊刃”サブラクが担っており、今のところ単騎のレベッカの敗北は時間の問題だ。

 東西の主力軍はフレイムヘイズ兵団を相手に互角以上の戦いを繰り広げている。誤算は、ただ一人のフレイムヘイズが要塞内に侵入していること。

 デカラビアが要塞近郊一帯に張り巡らせた警戒網に、穴は無く異常も無い。何度確認しても、それは間違いなかった。

 

(討滅は時間の問題、ならば後続の侵入を防ぎ、外を固めねば)

 

 本拠地を守る防衛線は完璧に統率の取れた精鋭で、その間には自身の感知系自在法が張り巡らされている。侵入されてしまった中のことはひとまず中に任せ、いっそう警戒するが――

 

(な、に)

 

『星黎殿』の北、僅か数十キロに、忽然と気配が現れる。

 次々と。

 それはやがて、軍と呼べるほどに膨らんだ。

 

(座標が、漏れている――!?)

 

 大軍は恐るべき速さで陣形を整え――

 

(なに?)

 

『星黎殿』がある南から背を向け、広く広がり北進する。

 

(一体、何を考えている――!)

 

 予想外が続く中、デカラビアは様々な可能性を統合した結果の最善手で対応する。

 

(あくまで『星黎殿』の正確な座標は悟らせず、展開する防衛陣を以って対処する)

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 レベッカが死の宣告を聞いた、瞬間。

 

 ズ、ガアアアァァ――――!!!

 

 褐色の炎を推進力とした巨大な瓦礫の拳がサブラクを――そして近くにあった『秘匿の聖室(クリュプタ)』を吹き飛ばした。

 

「お、せえぞ……!」

 

「ああ、すみません」

 

「ふむ、“壊刃”もじゃが『秘匿の聖室(クリュプタ)』破壊も狙っておったからの」

 

 虫の息となったレベッカを後方へ退避させつつ、時間をかけて準備した瓦礫の巨人を屹立させる。

 

(ああ、『秘匿の聖室(クリュプタ)』破壊はなりましたが、兵団本軍への助けと成り得たでしょうか?)

 

(ふむ、それもこれも天運次第。儂らは目の前の障害を何とかせねばの)

 

 ガラスのように割れ、夜の星空から雪の昼間を覗かせている殻を一瞥し、当然のように揺らぎ表れたサブラクへと拳を構える。

 

「護衛の任は幾度も果たせど、此度はやはり対象が大きい。しくじってしまった以上、くだらないプライドは捨てて全力で行くしかあるまい」

 

 サブラクがそうつぶやいた瞬間、カムシンがやっとの思いで構成した瓦礫の巨人が、揺らぐ。

 左の片膝が、粉々に砕け散った。

 

「名にし負う“壊刃”殿との共闘、誠に光栄ですな」

 

 衝撃の発生源には獅子の頭を持ち派手な宮廷衣装を纏う、大きな気配の徒が腕を組んでいた。

 

「“哮呼の狻猊(こうこのしゅんげい)”プルソンが破壊の咆哮……『獅子吼(ししく)』の味はいかがですかな?」

 

(ああ、とうとう連携を選びましたか。瓦礫を補給できない今、余りにも手痛い)

 

(ふむ、『輝爍の撒き手』は余波で戦闘不能のようじゃの。消滅していないだけ上出来と言えるが)

 

 意識を失ったレベッカを『カデシュの心室』へ緊急避難させつつ、なけなしの予備の瓦礫で膝下を作り出した。

 

「ああ、戦況は余りにも難しい」

 

「ふむ、しかし承知の上で来たからの」

 

 カムシンは圧倒的に不利な状況で、圧倒的に不利な相手に、孤立奮闘する。

 




 現在の大きな変更点は「フェコルーさん討滅済み」と「フィレス不在」です。
 前者の影響によりサブラクの出現スポットが詣道から『星黎殿』へ。後者の影響によりフレイムヘイズ兵団が『星黎殿』の座標を未捕捉ということになっております。

 フレイムヘイズ兵団本隊の降下位置はダイスで決定。
 『星黎殿』からの方角は? 1東2西3南4北 → 4
 『星黎殿』からどれくらい離れている? 0から300km → 31
 降下地点からどの方向へ行く? 1東2西3南4北 → 4
 近い。良かったねゾフィーさん。ちなみに位置が割れている原作では南から100km地点に降下しました。
 物凄く近いところからよりによって背を向けて進んだため、デカラビアさんには『完全に位置は割れていない』と判断されました。


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