【本編完結】灼眼のシャナ異伝~逆襲~   作:白井茶虎

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遅れました、すみません……!
難産でした。


11 元型

 

 見えぬ敵の本拠地『星黎殿』を捜索するフレイムヘイズ兵団本隊は、()()より爆発的に大きな気配が現れたのを感じ取って、皆が皆ぎょっと振り返った。

 違和感の大本では空が割れており、星空と破壊され半ば廃墟と化した城砦が垣間見えた。

 

「こんな、近くに……!」

 

 副官フランソワが呆然とつぶやき、それを引っぱたくようにゾフィーは声を雷鳴のように響かせた。

 

「距離は近く兵は薄い! 一気に突入しますよッ!」

 

 兵団は[仮装舞踏会(バル・マスケ)]直衛軍に包囲されつつあった。均等に。

 目標物が背後という唯一捜索の網にかからない方角にあったことから、位置を把握していないことを見抜かれていたのだろう。故に、新たに悟られないように()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして、『秘匿の聖室(クリュプタ)』の内部からの破壊。これは恐らく、日を合わせ何らかの行動を起こしているヴィルヘルミナらの工作だろう。

『星黎殿』からは続々と将兵があふれ出てきている。先頭で兵らを率いているのは、浅緑色の炎を揺らめかせる豹――“翻移の面紗(ほんいのめんさ)”オセだろう。隠しきれていない怒りや焦りから、この位置の露呈が罠ではないことを意味している。

 既に包囲は突破した。個々の能力が高いフレイムヘイズ兵団主力の士気は今最高潮に達している。無駄死にとなるはずの目的が、この短時間であっさり遂げられたのだから。ここからは夢にまで見た攻城戦だ。

 

「皆、思う存分に暴れなさい! そして、あの城を落としてしまいなさいッ!」

 

 本隊の切り札だった『各々の力の解禁』も、負け戦における最後の抵抗として切られるはずだったもの。

 ザムエルの自在法『ジシュカの丘』により、フレイムヘイズ兵団を象徴する旗が屹立する簡素な出城が、一息に造り出される。

 

「空中戦に適した者は、あの一団を蹴散らしなさい! 不得手な者はこの城を守り、()()()の支援を!」

 

 最高潮の士気に達したフレイムヘイズ兵団本隊と、次の戦いのために備えていた[仮装舞踏会(バル・マスケ)]予備兵団は、お互い全くの予想外の取り合わせで戦の口火を切った。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 一方、『星黎殿』内部では。

 硬く重い『破壊』の化身たる瓦礫の巨人が、一方的に追い詰められていた。

 その特性から瓦礫の補充を妨害し、質量の暴力に負けない力の奔流を操る“壊刃”サブラク。その相性最悪の相手だけでなく、瞬間的に瓦礫を粉々にする破壊力の自在法を繰る“哮呼の狻猊(こうこのしゅんげい)”プルソンが()()()()()()瓦礫の一部を削り取っていくのだ。むしろこの王らを一手に引き受けて辛うじて防戦出来ているのは、最古のフレイムヘイズの三千年以上の戦績がなせる、いわば意地のお陰と言えるだろう。

 四肢をもがれた瓦礫の巨人が最早檻と化した鎧を内側から爆発させ、今までより圧倒的な量の(つぶて)を二人の王に見舞う。その全てをサブラクが防ぎ、その茜色の炎の防壁を突っ切る槍の様な衝撃波が文字通り音速でカムシンを襲う。回避は、それに特化していないフレイムヘイズ一人の力では不可能だ。

 

 一人では。

 

「あの戦いを生き延びていたとは、誠に天晴」

 

「宿敵誤謬」

 

 その回避は、白いリボンの牽引という形で補助され成功した。

 

「ああ、流石に危なかったです。『万条の仕手』」

 

「ふむ、『炎髪灼眼の討ち手』はいないようじゃが」

 

 ギリギリで命拾いしたカムシンらは、ただ助かった現状を認識しこれからの動きを確認する。

 

「地上部へ上がったところ、余りの苦戦に目も当てられず参上した次第。()()()は協力者を拾ったので、そちらに任せるのであります」

 

「心配無用」

 

 そもそもこれは『奪還』作戦であり『救出』作戦ではない。ヴィルヘルミナはきっかけさえあれば()()()()()()()()彼女は難局を切り抜けられると信じている。

 

(そう、育てたのだから)

 

 先ほど、大挙して『星黎殿』を降りていく一団を目撃した。恐らくゾフィーら兵団本隊を対処するためだろう。

 ならば、使命の為にするべきことは、()()()()()()()()三柱臣(トリニティ)に代わって要塞を守るこの二人の王を討滅し、()()()()()()()()()()()

 意識不明のレベッカを受け取って『スティグマ』破りの自在法を施すも、効果は一向に現れない。大きく裂けた傷がそれ以上広がらないのも見て取れるため、敗北を喫したサブラクが新たに自在法を編み出したと判断する。

 ヴィルヘルミナはカムシンと目くばせを交わし、()()でなく()()を選ぶ。

 

「『輝爍の撒き手』が倒れたと思えば『儀装の駆り手』が現れ、追い詰めれば『万条の仕手』か。難攻不落の不可侵聖域とはどの口が言ったか」

 

「いやはや、これには言い訳のしようもありません。調査はさせておりますので今はそれでご勘弁を……」

 

 他の伏兵が“今はいない”と確かめ、サブラクとプルソンは二人のフレイムヘイズと相対する。

 殺気が交錯し、そして技が、“存在の力”が、ぶつかり合う。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 戦場となった城砦の隅、地表部の辛うじて壊れていない建物で。

 

「で、どういう要件だ。早くミッション遂行しないと怒られんだけどー」

 

 ミコトと対面するのは、顔まで隠れる大きな三角帽と襟を立てた燕尾服という装いの徒“笑謔の聘(しょうぎゃくのへい)”ロフォカレ。常に携帯し彼自身の一部であると自他ともに認めるリュートは、抱えるだけでつま弾かれていない。

 

「“客として”ここ(仮装舞踏会)に滞在してんなら、『久遠の陥穽』への同道だって出来ただろうに」

 

「畏みて仕え奉らむ導きの神――我らが主“覚の嘯吟”シャヘル様……どうか、我らがもとへお戻りください……」

 

 ミコトの問いは見事なまでに無視し、青年の憂い声で哀願するロフォカレ。ミコトは困りと呆れが半々の表情で、無言で神器“弥栄の璽”を取り出した。

 

「だってさ」

 

「……戻る、って……?」

 

 シャヘルが相も変わらず霧の彼方から発せられているような声で、ロフォカレに問う。問われたロフォカレは身と声を震わせ、歴とした“怒り”を神ではなく『器』に向けた。

 

「真に自由であるべきシャヘル様を閉じ込める無粋なる檻――『眇理の還手』と呼ばれしフレイムヘイズの契約を、どうか解除なさってくださいませ――!」

 

 ミコトの表情から呆れが消え、代わりに申し訳なさが浮かぶ。

 

「無理だな」

 

「貴様の言は求めていない」

 

 一蹴されて、お手上げと言わんばかりに崩れかけた壁に背を預ける。代わりにシャヘルが“それは叶わない”ことを告げる。

 

「私は、私の意志でここにいる……あなたの意志で私の現状は、変えられない……」

 

 信奉する神からの確かな拒絶に、ロフォカレは打ちのめされる。

 だが、諦める訳にはいかなかった。引き下がる訳にもいかない。

 

「本当に貴方様の意志でございましょうか。唆され、或いは何かと引き換えに、或いはその言さえ他者の意志によるものなのか。我らは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を知っております」

 

 シャヘルは内心厄介なことになった、と身構える。“彼ら”は()()()()に陥り他でもない『導きの神』が変容したことを知らない。あの頃の“無知で無邪気な神”はもうどこにもいない事を、決して認めないだろう。

 

「……それらのどれかであっても、私が私の現状を一番よく知っている……。今のこの在り様が、私にとって最善の道であること……理解してほしいわ」

 

 シャヘルの懇願は、逆にロフォカレの神経を逆なでした。

 

「ならば何故、()()()()()なさる! 見出されど導かれず消えた灯は、いずれも()()()()()()()()()()()()()()()ものばかり! 更にはその『檻』を(けしか)け御身が手により消滅させていることも知っている!」

 

「私たちが消した『灯』は皆危険だった……! そのままでは人間だけじゃない、“紅世の徒”もどうなるか……!」

 

「分からない! だからこそその未来を観測するのが貴方様でございましょう!」

 

「今を壊した先にまた未来が生まれるとは……!」

 

 ロフォカレは怒気を込めてシャヘルを睨んだ。そして、大きく首を横に振った。

 

「貴方様の『言』に“力”は無い。私を奮い立たせ心躍らせ未来へと導くだけの、“力”が――!」

 

 立ち上がり、リュートをかき鳴ら()()、拒絶の一歩を距離では踏み出し心では壁を築いた。

 

「『導きの神』が眷属、“笑謔の聘”ロフォカレ。巡礼者たちの代表としての、神を試す悪魔としての役、ここに果たす。そしてここに宣言する……()()の神は死んだと!」

 

 宣言した彼は、ミコトとシャヘルの前で初めてリュートを紡ぐ。その音は世界の底の軋みの様な不協和音だった。

 

(転移か――!)

 

(……ミコト)

 

 転移と同時に幾重にも巻き付けられる拘束と無力化の自在法。これを支えるのはロフォカレ個人ではなくその奥にある何十何百の“徒”と“王”の意志と力。抗うことは出来ない。

 

(……ごめんなさい……私の所為で……)

 

(しゃーねーさ。乗り越えるぞ、相棒)

 

 ミコト、そしてシャヘルは、身をよじる隙さえ与えられないまま、自在法に飲み込まれていった。

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 地表部の戦いは一層激しさを増していた。

 サブラクの炎と剣が瓦礫を纏わず生身で戦うカムシンを呑み込もうとし、同じくカムシンを狙っていたプルソンがヴィルヘルミナによって位置を挿げ替えられる。

 プルソンは全方位に衝撃波を放ち、サブラクの津波や追撃として迫っていた瓦礫の礫を全て粉々にする。だけで留まらずその奥のフレイムヘイズ二人も音による打撃を全身に受けた。

 ヴィルヘルミナが二人に迫るサブラクの剣をいなし、茜色の炎の向かう先はプルソン――ではなく宙に浮かぶ『神門』。絶対それに触れさせるわけにはいかないプルソンはすぐさま相殺させ、承知の上で作った隙を付け込む攻撃に備えた。

 しかし、来ない。

 来るはずの無い敵意を探す、それは皮肉にも()()()()となってしまった。隙を見せれば必ず付け込まれる戦いを生き残って来た歴戦の“王”だからこその不覚となった。

 その間一瞬。

 

「『万条の仕手』!」

 

 カムシンの合図でヴィルヘルミナに高々と投げられたのは、サブラクだった。サブラクは毛ほども痛くない衝撃に備えず落下するままだったが、打撃は来ずに包み込まれる。

 これこそ、カムシンが事前に仕掛けていた対サブラク用の罠だった。

 宙に浮く瓦礫の檻を破ろうとプルソンが口元に喇叭(らっぱ)を持って行こうとするが、視界が逆転しすっ転んだ。いつの間にか全身や宙を浮く喇叭にリボンが巻き付いている。

 

(し、まった――!)

 

 とにかく、この『戦技無双』から逃れねば。もがけばもがくほどリボンが絡みつき、リボンを貫通する衝撃波を外に向く喇叭から発するが――

 

「――――ッ!」

 

 反射の自在法により、全てがプルソンに跳ね返った。致命傷を負ったプルソンは、そのままリボン内部で桜色の炎に焼き尽くされて消滅した。

 一方サブラクは、檻に潰されその形を消していた。カムシンは『サブラク討滅の条件』は果たしたはずだと気配を探っていると――

 

「――ッ!」

 

 気配隠蔽の自在法を纏った他ならぬサブラクに、背中から斬りつけられた。

 

「一度の敗北はこうまでに屈辱を己にもたらすのか。よもや同じ手段で打倒される、そう見くびられるまでになるとは」

 

 サブラクはベルペオルから渡されていた身代わりの鎖と己をすり替えていた。カムシンは咄嗟の回避で致命傷を免れていたが、一度つけた傷など後でいくらでも広げられる。

 

「“逆理の裁者”の仕業、でありますか……」

 

 カムシンの自在法から垣間見えた金色の光を見て、ヴィルヘルミナは顔に苦みを走らせた。大きな傷を負ったカムシンを後ろに下がらせつつ、サブラク相手に防戦を始めた。

 

「残るは『万条の仕手』ただ一人。これを無駄な足掻きと言わずして何と言うのか。貴様は俺を討滅し得る火力が足りない」

 

 ヴィルヘルミナはただの思考の垂れ流しに付き合わない。

 だが、サブラクの言うことも事実ではあった。フレイムヘイズ『万条の仕手』は、直接的な破壊や有無を言わせぬ攻撃が不得手だった。

 

「その様に戦っていけば、やがて俺の隔離は完成するだろう。しかし隔離したとして止めが無ければ破るのみ。それともあの痴れ者に追い詰められる『儀装の駆り手』を頼みにするか?『輝爍の撒き手』の目覚めを待つか?」

 

 カムシンは怪我を負いながら、分断されたことで起動された教授の罠と戦っていた。

 ヴィルヘルミナは戦場全体の混迷とした気配の中、たった一つの可能性に生命を賭けた。サブラクの剣戟を受け、それと引き換えに大き過ぎる身体と意思総体を切り離す檻を完成させた。

 

「ほう、己への傷を顧みず包囲を完成させたか。しかし全くの無意味、先ほどは決定的な隙を作るために受けたが、包囲を破る自在法はいくらでもある。継戦力は確かに見事だが、俺を倒すことは不可能だ、『万条の仕手』」

 

 周囲から茜色の力の奔流が檻に突き刺さる。“本体から切り離された場合自動で発動することになっていた”自己修復の一種だ。檻は割れて大きな体は本体を取り戻す。

 傷から自在式が伸びる。引き裂かれ悲鳴が出そうになるが、それを呑み込み。

 

「っ――、私が手を下すと?」

 

 サブラクの独り言に、ヴィルヘルミナは初めて答えた。対策されようと、信じるだけ。『その時』まで戦いを続けるだけ。

 

「――『断罪』」

 

 徒がひしめくこの要塞で、個々の気配の判別など不可能だ。これはただの予感、サブラクは想像にもせず、ヴィルヘルミナは信じた。

 

「あ、ああ――!」

 

 サブラクは、紅蓮の大きな炎に巻かれた。サブラク()()の細々とした対処の自在法がどうにもできず焼き尽くされていく様を、そしてどうにもならず自らが炎に呑み込まれていく様を見た。

 

(こ、れが……)

 

 浸透するサブラクの身体からの補給が間に合わず、溶けていく。

 痛みに、喪失していく己に、サブラクは幸せと初めての欲望を感じていた。

 

(俺も、ちっぽけな存在だったようだ)

 

 いつか大きなサブラクに嫉妬し去っていった小さく哀れな“徒”を想い。

 

(俺もあの力に比べれば、……お前と同じだ、愛しい蝶よ)

 

 抵抗は意味を為さない。その()()()()()()()()を最期まで楽しんで、サブラクは消滅した。

 

「ヴィルヘルミナ、無事?」

 

「ええ」

 

「九死一生」

 

 以前までの彼女から昇華した新しい彼女に、今は亡き戦友を幻視するヴィルヘルミナ。『炎髪灼眼の討ち手』シャナは、彼女と同様の――いや、それ以上の輝きを全身に纏っていた。

 

「ひとまず合流をし、状況を整理するのであります」

 

「孤軍救出」

 

「分かった」

 

 リボンを結んで“娘”に引かれながら、ヴィルヘルミナは場違いな心地よさを感じる。どんな戦いがあってどんな葛藤があったのかは、分からないし訊ねない。

 だが、彼女は成ったのだ。彼女の思う強さそのもの――強い自分に。

 本当に巣立ったのだな――そんな一抹の寂しさが去来するが、自分が出来ることをやるしかない、そう気を張り直す。

 

(マティルダ……)

 

 亡き親友の名を胸に灯し、新しい戦いへと目を戻した。

 シャナは全方位から襲い来る“紅世の徒”や罠を全て焼き尽くしつつ、姿にしては悠々と、速度としては超速でもう一つあった戦いの中心へと急いだ。

 

「ああ、やっと……来てくれましたか」

 

「ふむ、待ち遠しい切り上げ時じゃの」

 

 そこらかしこに散らばるのは、若者が好き勝手に騒いだパーティーの後の様な打ち捨てられたパーティーグッズ群。これら一つ一つが教授謹製凶悪トラップだというのだから、カムシンの疲れた声に納得する援軍たち。

 

「い……てててて」

 

「本当、今回ばかりは死ぬと思ったよ」

 

 包帯でぐるぐる巻きのレベッカがうめき声と共に意識を取り戻し、バラルがのんびりと危機を振り返る。

 周りを破壊しつくしひとまずの安全地帯を作り、皆は情報を交換し合う。

 ヴィルヘルミナは、この皆が揃っての小康状態を作り出すに至れた“立役者”の一人――自分に発破をかけカムシンたちの救援へ向かわせた彼――がいない事に気付いた。

 

「ところで、『眇理の還手』は」

 

「戦いが始まってからは会ってない」

 

「送迎失敗」

 

 端から期待はしていなかったとティアマトーが切り捨て。

 

「ああ、協力者とは彼でしたか」

 

「ふむ、また厄介の中心に首を突っ込んでおったか」

 

 最早呆れも心配も枯れ果てたカムシンとベヘモットが、毎度のことな旧知の存在をただ確認し。

 

「あのシェフジジイ……まあ、ご苦労なこった」

 

「ほっといていいんじゃないかな」

 

 そして何度か世話になった知り合いを思い出すレベッカと一番取り付く島の無いバラルだった。

 誰も心配せず、疑わない。倒すべき裏切り者でも、救援すべき味方でもない。彼は()()()()()()()()()()()だ。

 シャナは静止する『星黎殿』、浮かぶ『神門』、参戦しない代行体(悠二)三柱臣(トリニティ)の行方と狙いを余さず語る。

 

「私はこのまま『天道宮』へ脱出しないし、戦いにも参戦しない。悠二に会いに行く」

 

 確固たる意志の下宣言するシャナから、恋愛に揺れる少女の面影は見えなかった。だから、皆は彼女を信じて同道を申し出た。

 

「行こう、『神門』へ」

 

 

     ―*―*―*―

 

 

 ミコトが次に見た光景は、純白の背景と見下ろした己の手足。身体的自由は腕を伸ばせるほどの空間だけで、それ以上先は純白の壁に阻まれ音すら“外側”へ伝えることが出来ない。

 

「『眇理の還手』。自在師としての貴方を、我々は誰よりも恐れている」

 

 響く声は天井からか地面からか、それとも耳元で囁かれているものなのかも判別できない。

 そして、この声はロフォカレ()()()()()()()。ミコトもシャヘルも聞いたことが無い、真名も通名も分からない、しかし何なのかだけは嫌な予感として目星はついた。

 

「そして、貴方の不死の秘密を、何年何十年何百年何千年と調べて来た」

 

 この声は、彼()だ。『導きの神』の眷属、その役目を与えられた“紅世の徒”全ての声だ。世界中に散らばり旅し見聞を広める神の五識たちが、ただの一つとなっている声。

 

「『眇理の還手』、そして“覚の嘯吟”。しばらく時間はかかる故に、答え合わせをする」

 

 ミコトは唯人となっている。動くのは身体だけで、“存在の力”の動きは完全に固められている。純白のこの壁、そして空間を構成する自在式を破るどころか動きを垣間見ることすら出来ない。

 

「第一に。『眇理の還手』はフレイムヘイズに非ず。その『存在』は人間に分類される」

 

 足先が、徐々に純白に染まり始める。見えず、感覚も無く、そこで触れているのかも判別できなくなった。だから、純白に侵食された部分は無くなっているのかもしれない。

 

「第二に。『眇理の還手』は『導きの神』の眷属である。“覚の嘯吟”に代わり手足として世界の在り様を見定める存在である」

 

 転移の直前まで握っていたシャヘルを現す“弥栄の璽”は、手の中から消え失せている。懐を探っても見つからない。

 そして、ミコトはフレイムヘイズとしての契約を交わしていない『人間』であるため、呼び寄せることもシャヘルが戻ることも無い。

 

「我々は推察する。『導きの神』“覚の嘯吟”シャヘルは()()()()()()()()()()のか。我々が伝え繋げた“秘かな報せ”に置いて、『導きの神』は“変質前”と“変質後”の期間に神託が一切行われなかった“空白期”が存在した」

 

 聞き慣れない“秘かな報せ”とやらは、『導きの神』の異変を察した眷属たちが、神にさえ知らされないように伝えて来た情報群のことかと見当をつける。

 確かめようにもこちらの言葉は求められていない。反論する隙はおろか質問する隙すら与えられない、一方的な“通告”だからだ。

 

「“空白期”の終了は凡そ()()()()()()()『眇理の還手』の出現期と重なる。“覚の嘯吟”、貴方は“紅世の徒”を耳目として使うことに限界を覚えたのでは?」

 

「……ち、がう」

 

 どこかからシャヘルの声が聞こえた。否定も予想の内だったようで、眷属たちは構わず続ける。

 

「理由など変質した今となれば些末な問題だ。“覚の嘯吟”は“空白期”の末に()()()()()()()()使()()決断をした。“紅世の徒”と人間は似て非なるモノなのは認めざるを得ない。ならば、神霊として我々の意識上に揺蕩う()()()()()()()()()()が、人の世界にも存在したのではないか、そう考えた」

 

 純白の浸食は膝下まで迫っている。

 

「それはニ十世紀初頭に人間の心理学者に提唱された“元型(アーキタイプ)”という概念。人間の無意識に漂う普遍的な概念が持つ“力”。我らの神は、途切れることなく生まれ続ける人間の無意識、その大きな“一つの概念という器”に、一種の()()()()()に染め上げられてしまった」

 

「だからシャヘルは()()()()の神託ばかりを下すようになったって?」

 

 何もしないことによって訪れるであろう“今の破壊”を、ミコトは食い止めたかった。

 

()()()()()()へと染まってしまった我らが神をお救いする手段は、我々には無い。しかし、栄えある紅世の神が穢されてしまったのを我々は見過ごさない。その結論に至った後、“覚の嘯吟”そして『眇理の還手』に気取られぬように我々は計画を練った」

 

 一度色に染められた“純白”を塗り替えることは出来ない。なら、彼らは――

 

「俺たちを消す気か」

 

「……“紅世の神”として“紅世の力を振るう私”を……根本から消滅させる……でも、それじゃ……!」

 

「余りにも人間らしい()()だ。神にはとことん相応しくない」

 

 淡々と読み上げるように述べていた彼らの声に、初めて失望という色が混ざった。

 

「……あなたたち全員……消滅する気ね……!」

 

「その通り」

 

 さらりと彼らは、神との対消滅……いいや、殉教の意志を示した。

 シャヘルは実体を持たず眷属たちの()()()にのみ存在する。その性質ならば、『導きの神』全ての眷属がいなくなれば、シャヘルは『存在』出来なくなる。

 

「お前さんらなら知ってるだろう! 俺は例え()()()()()()()()消滅しない! 俺も眷属ならシャヘルの耳目は完全に消えず、どこかが開かれてるならシャヘルから“紅世”の力も引っ張り出せる!」

 

 彼らの推察通り、如何に人間の無意識に中てられたとしてもシャヘルは“紅世”由来の力で神意召喚を為す。よって“紅世由来”の力全てを消せば、この世に漏れ出した神霊は無視しても“力無き神”となるだろう。

 しかし、人間の眷属であるミコトがいる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、彼らが言う“変質後”にずっとやって来たように“紅世の眷属”の力を借りずに神意召喚をするだろう。

 だから無駄な自滅行為はやめろ――と続けようとするが、“紅世の眷属”らの嘲笑によってかき消された。

 

「『眇理の還手』、貴方の不死性についてはこう推察した。眷属に選ばれることによりフレイムヘイズと似て非なる人間となったのではないかと」

 

 この“最後の秘匿”が、二人の命綱だった。これをどのように把握しているかによって、シャヘルとミコトの命運は左右される。

 

「フレイムヘイズの成り立ちから、人間の運命は神霊である“覚の嘯吟”を納めるに足る器にはならない。人間を眷属化し耳目に接続するには、ある程度紅世の力に適応できる人間を()()()()()()()()()。貴方は自力か他の手を借りたかは定かではないが、一人の人間の“運命という名の器”を『導きの神』の領域に召喚した。『眇理の還手』の“器”を神霊化させ、元々顕現していた“中身”の記録を“普遍的無意識に保存”し、失った場合の供給源とした」

 

「……」

 

 純白の浸食は下半身をすっかり呑み込んだ。

 

「あなたたちは……“ミコトという人間”の()()()()()()が、私と同じ場所……人間たちの意識間を漂っている……だから死なない、と。考えた……?」

 

「世に知られる法則も()()()()()()()()“新しい灯”より導かれる法則も照らし合わせ、()()()()()がフレイムヘイズ以上の不死となる推測は建てられなかった」

 

 証拠は無く推測、改めてそれを認めるが揺れも不安も一切無い。

 

「我々は知っている。貴方たちがトーチ(残り滓)に寄生し、それを人間へと還していることを。およそ一年の時を費やし残り滓からの情報を元に『普遍的無意識』の中からトーチのこぼれ落ちた全て(元型)を拾い上げるのではないか?」

 

「それ以上……進まないで。至ってはいけない……!」

 

 シャヘルの懇願は逆効果としかならない。既に“彼女の意思”は彼らにとって無価値と定められたのだから。

 

「我々は考えた。『眇理の還手』は“破壊”“消滅”“死”――そのような『因子』を孕んだまま『普遍的無意識』へと還ると、再び“生み出される”のではないか。つまり、存在の一欠けら一滴たりとも元の場所へ戻さねば――」

 

「なあ」

 

 ミコトが無機的な声音で彼らを遮った。冷たいというには自然過ぎる、声だった。

 

「おしい」

 

「ミコト……」

 

 シャヘルは、切迫した様子で“相方”の名を呼ぶ。

 

「お前さんたちの“知識の継承”は、流石に『導きの神』の眷属らしく、鋭く確かなものだ。だから――」

 

「ミコト!」

 

 シャヘルの怯えに似た叫びに、()()は掴めない。

 

「材料は――全て、揃って、いる!」

 

「やめて!」

 

 眷属たちは知らされたこと、見聞きしたもの、そして事実を照らし合わせ。

 

「まさか」

 

 至った。

 

「正解」

 

 作ったような笑みをミコトが浮かべた。

 

「今この時に計画を実行したのは、[仮装舞踏会(バル・マスケ)]によって無視できないほど世界が変質し、シャヘル()()()を見失うのを恐れてか」

 

 豹変した『眇理の還手』を見て、『導きの神』の眷属である百体以上の徒は無力化の自在法をかけ直す。そして普遍的無意識(元の位置)に戻れば数千数万分の一でも再生しかねない“人間の眷属”の存在を分解し、純白の墓石(この世の物質)へと変化させる計画を急いだ。

 

「なるほど。流転しこの世へ還っていく“存在の力”を、見失わないよう全員分一欠けらも残さず“墓石に変えて”、神の存在を埋めようとしたか。普遍的無意識に『元型(アーキタイプ)』――そう呼んだか、なるほど……」

 

 彼は何もしていない。そのはずだ。“存在の力”の総量は相変わらず少なく、半身は既に石と化し、彼自身の“存在の力”の制御権も奪われていない。

 仕上げとなる存在の分解と自分たちの全存在を費やした包囲網は――完成し。

 

「なんとか切り抜けられたな」

 

 あり得ない“彼の声”が、いったいどこから発せられたものなのか、墓石と化した“紅世の眷属”たちは判断できないまま意識を堕とした。

 




 書き始めた時点でカムシンやレベッカの生死は決めていませんでしたが、なんとか生き残りましたね。
 フレイムヘイズ兵団もなんだかんだ上手く行ってるし……どう転ぶんだろうにゃ~
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